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高畑耕治

Author:高畑耕治
愛のうたの絵ほんは、高畑耕治の詩と詩集の海です。
Profile 高畑耕治 たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪府四條畷市出身、早稲田大学政経学部中退。東京都多摩市在住。
詩集『銀河、ふりしきる』(2016年5月イーフェニックス)
詩集『こころうた こころ絵ほん』(2012年同上)
詩集『さようなら』(1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25)
詩集『愛のうたの絵ほん』(1994年同上)
詩集『愛(かな)』(1993年同上)
詩集『海にゆれる』(1991年土曜美術社)
詩集『死と生の交わり』(1988年批評社)
雑誌「エヴァ」に扉の詩(1996~1997サンマーク出版)を連載。
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戦時マスコミと詩と詩人。萩原朔太郎。

 萩原朔太郎の詩と詩論を数回にわたって取りあげました。著名ではありましたが彼は生活無能者とされながら詩に生きました。私はそのような朔太郎が好きです。
 この「詩で想う」で取りあげる古典、詩人、詩集について、私は書く際に(学術的な細かさ自体に価値を求めるわけではなく)、詩人への礼節と偏向を避けるためと、自分が少しでも深く知りたいから、その詩人のすべては無理でも、できるかぎり主要な詩、評論は必ず読み返しています。
 朔太郎について共感を多く述べてきましたが、『萩原朔太郎全詩集』(筑摩書房)を図書館で借りて読み、以下のことも記しておきたいと考えました。
 朔太郎は、1937年12月13日付「東京朝日新聞」につぎの言葉(私にとって詩ではありません)を発表しています。題名は、「南京陥落の日に」。タイトルの通り、当時のマスコミ、大新聞が書き散らした、戦争勝利万歳の言葉です。それは国が戦さに勝って熱狂する臣民共有の感情(その感情を共有しない人間は非国民)を、マスコミが好み原稿料を払うその場限りの言葉で書きたらしたものです。当時の大多数の臣民を代表する言葉です。けれどそれは政治屋、マスコミに求められたものを返した空虚な所感でしかありません。
 政治屋、マスコミは多数者に「ウケる」方向に曲がります。その時有利な言論を喋り散らかし自分が正しいと主張しますが、後で権力を握った者や、多数派となった者に間違っていたと言われたら、弁解が驚くほど巧みにできる賢しらな頭脳をもっているし正反対に転向しても同じ顔でいられる無神経さの潜在能力があります。
 詩人もただの人間で完璧なわけがなく過ちだらけであるけれども、私は少なくとも、詩でないものを詩として発表することだけは恥じるべきことだし詩人としての自殺だと考えます。いくら周りのほとんど全員がしゃべりちらかし、わめいていても、同じように思ってしまい、しゃべりたい場合でも、しゃべっていても。
 戦争で殺し合いをせざるを得ない状況にまで追い詰められている個人の思いを、一人一人の心の表情を(捉え方はどのようであっても)伝えることができない言葉は文学ではない、少なくとも詩ではない、と私は考えています。心を描かない戦争小説は拵え得ても、詩には成り得ません。
 朔太郎が本気でこの言葉を詩と考えていたのなら彼はそのときにはもう詩人でなかったのだと思います。そのときの風潮・一般思潮に埋もれたその場限りの言葉を詩であるなんて思えたとしたら彼の心はもう既に潰されていたのだ、または原稿料がどうしても必要だったか、周りに少し持ち上げられることが必要だったのかと、悲しくなります。彼はもう行き場がなかったんだろうか? 詩人として自分が終わったと感じていた気がします。詩集をだしたらずっと詩人という迷信はつまらない嘘だと彼は知っていただろうし、私の自戒をこめて記します。
 一方で朔太郎は「近日所感」(出典同上)という次のような言葉も発表しています。
「朝鮮人あまた殺され/その血百里の間に連なれり/われ怒りて視る、何の惨虐ぞ」。
 この言葉は殺された人たちを思う心が少しはあるか? あるならまだマシか? 
 でもこの言葉はやはり「所感」としか感じられません。この言葉から真実の怒りは伝わってこないし、殺された人とともにある悲しみはない、書かずにはいられない思いが込められていない、マスコミに頼まれた原稿料分の所感で、詩人・萩原朔太郎の詩ではないと私は感じ、追い詰められた詩人・朔太郎を悲しく思います。
 戦時の言論と詩、詩人については、敬愛する高村光太郎の詩をとりあげる時にも、もう一度考えたいと思います。
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tag : 萩原朔太郎 南京 戦時 戦争 マスコミ 高畑耕治 高村光太郎 詩歌 詩人

詩人・山本みち子さんの詩「方言札 」「 ヒメユリは」を紹介します

 詩人・山本みち子さんの詩「方言札 」「 ヒメユリは」をホームページの「好きな詩・伝えたい花」で紹介しました。
 山本さんは、2010年11月のご詩集『夕焼け買い』(土曜美術社出版販売)であとがきに「前(さき)の大戦の記憶を辛うじて留める世代として、長崎への原爆投下を幼い目に焼き付けた者として、(略)いま何かに背を押される感覚」があると書かれていらっしゃいます。込められた思いを心に留め伝えたいと願います。


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tag : 山本みち子 高畑耕治 詩人 詩歌 絵ほん うた 詩集 ホームページ

詩の音楽2作品。萩原朔太郎

 萩原朔太郎の詩論を、「詩を想う」で考えました。彼が独自の言葉で浮びあがらせた日本の詩歌、自由詩の本質は、次の言葉に要約されます。
 「詩の詩たる真の魅力が、音律美を外にしてあり得ない。」
 「自由詩の原理は、日本語の『調べ』という一語の中に尽きる」
 「自由詩は、不規則な散文律によって音楽的な魅力をあたえるところの、一種の有機的構成の韻文である。」
 「有機的な内部律(調べ)とは、言語の構成される母音と子音とから、或る不規則な押韻を踏む方式であり日本の歌の音律美は、全くこの点にかかっている。」

  彼の詩はさまざまな音律美を響かせていますが、特に音楽性だけのために作り、音楽で感じさせる詩、印象の強い2作品を、詩集『定本 青猫』から選びました。詩人としての、作品への強いこだわりが私は好きです。
 詩「黒い風琴」は、リズムも含めたすべてが言葉の音楽そのものです。
 詩「蝶を夢む」は、より静かな調べ、母音と子音とから、或る不規則な押韻を踏んでいる詩です。
 たとえば、次の3行の詩句を朔太郎は、母音と子音の音楽性を奏でる短歌のように歌っています。
   夢はあはれにさびしい秋の夕べの物語       (「u・ゆ」と「a」の押韻を主に流れ、「i」で閉じる調べ)。
   水のほとりにしづみゆく落日と             (「i・し・じ」の押韻を主に流れる調べ )。
   しぜんに腐りゆく古き空家にかんする悲しい物語 (「i」から「u」へ、「u」から「a」の押韻に移り、「i」で閉じる調べ) 。


 黒い風琴

おるがんをお彈きなさい 女のひとよ
あなたは黒い着物をきて
おるがんの前に坐りなさい
あなたの指はおるがんを這ふのです
かるく やさしく しめやかに 雪のふつてゐる音のやうに…………。
おるがんをお彈きなさい 女のひとよ

だれがそこで唱つてゐるの
だれがそこでしんみりと聽いてゐるの。
ああこの眞黒な憂鬱の闇のなかで
べつたりと壁に吸ひついて
おそろしい巨大の風琴を彈くのはだれですか。
宗教のはげしい感情 そのふるへ
けいれんするぱいぷおるがん れくれえむ!
お祈りなさい 病氣のひとよ
おそろしいことはない おそろしい時間(とき)はないのです
お彈きなさい おるがんを
やさしく とうえんに しめやかに
大雪のふりつむときの松葉のやうに
あかるい光彩をなげかけてお彈きなさい
お彈きなさい おるがんを
おるがんをお彈きなさい 女のひとよ。

ああ まつくろのながい着物をきて
しぜんに感情のしづまるまで
あなたはおほきな黒い風琴をお彈きなさい。
おそろしい眞暗の壁の中で
あなたは熱心に身をなげかける
あなた!
ああなんといふはげしく 陰鬱なる感情のけいれんよ


 蝶を夢む

座敷のなかで 大きなあつぼつたい翼(はね)をひろげる
蝶のちひさな 黒い顏とその長い觸手と
紙のやうにひろがる あつぼつたいつばさの重みと
わたしは白い寢床のなかで目をさましてゐる。
しづかにわたしは夢の記憶をたどらうとする
夢はあはれにさびしい秋の夕べの物語
水のほとりにしづみゆく落日と
しぜんに腐りゆく古き空家にかんする悲しい物語。

夢をみながら わたしは幼な兒のやうに泣いてゐた
たよりのない幼な兒の魂が
空家の庭に生える草むらの中で しめつぽいひきがへるのやうに泣いてゐた。
もつともせつない幼な兒の感情が
とほい水邊のうすら明りを戀するやうに思はれた。
ながいながい時間のあひだ わたしは夢をみて泣いてゐたやうだ。

あたらしい座敷のなかで 蝶が翼(はね)をひろげてゐる
白い あつぼつたい 紙のやうな翼(はね)をふるはしてゐる


青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)(入力:kompass校正:ちはる)を利用しました。
底本:「萩原朔太郎全集 第二巻」筑摩書房 1976年、底本の親本:「定本青猫」版画荘。

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tag : 萩原朔太郎 詩論 音楽 音律美 調べ 青猫 高畑耕治 詩人 詩歌 詩集

萩原朔太郎『詩の原理』(四)自由詩、日本語の「調べ」

萩原朔太郎の詩論『詩の原理』を通して、文学、散文、詩、日本の詩歌を見つめ直しています。今回は、「第十三章 日本詩壇の現状 1、2」での自由詩についての考察を取り上げます。冒頭に私が教えられたこと、感じ考えたことを記し、その後に朔太郎の言葉の原文を区分して引用します。


 初めに朔太郎は、日本語による長篇韻文としての自由詩が生まれた軌跡を振り返ります。
 「新体詩」からの模索を通して「七五調が破格を生み、単調のものが複雑になり、そして最後に、今日見る如き自由詩に到達した。」、そして次のように言い切ります。
 「日本の詩の有り得べき形式は、この三つの者――和歌と、俳句と、自由詩と――の外にない。」。

 そのうえで朔太郎は伝統詩歌でない、若者たちが求めた新しい形式である自由詩そのものの考察を進めます。
 まず、「形式上の区別からみて、自由詩は明らかに散文に属しているのだ。」と大きな把握をしたうえで焦点を絞り、
 「散文(即ち小説や感想の類)と自由詩」とは、「一方が『描写本位―または記述本位―の文学』」あるに対して、自由詩が音律美を重視する『音律本位の文』であるということである。」、その本質的な違いを浮き立たせます。

 そのうえで、朔太郎独自の魅力的な言葉で自由詩を捉えていきます。
 「自由詩は、不規則な散文律によって音楽的な魅力をあたえる」、「一種の有機的構成の韻文である。」、
 「有機的である故に、形式律の法則によって分析されず、数学的の計算によって割り出されない。」、
 「自由詩とは、何等の法則された律格をも有しないで、しかも原則としての音楽を持つところの、或る『韻律なき韻律』の文学である。」と。
 自由詩をつくる一人として私には深い喜びを感じる言葉です。私は散文ではなく詩を生んでいるんだ、と言い切れる喜びです。

 続けて朔太郎は自由詩が伝統に根ざしたものであり、短期間流行るだけの根無し草ではないことを、強く伝えてくれます。
 「日本の詩歌は原始から自由主義で、形式上に散文と極く類似したもの」であり、
 「西洋人が『詩は韻文の故に詩なり』と考えている時、日本人は昔から『詩は調べである』と考えていた。『調べ』とは無形な有機的の音律であり、法則によって観念されないリズムである。」、
 「自由詩の原理は、日本語の『調べ』という一語の中に尽きる」。
 日本の詩歌、自由詩には、伝統に深く根ざした美しい音楽「調べ」があるんだ、朔太郎のこの言葉に私は日本の詩歌を愛する一人として感動します。

 日本の詩歌の本質を深く捉え、愛するからこそ、次のような厳しい批評の言葉を彼は吐き出します。
 「今日の日本の詩に、一もこの音律美がない」、「今日の所謂自由詩は、真に詩と言わるべきものでなくして、没音律の散文が行別けの外観でごまかしてるところの、一のニセモノの文学であり、食わせものの似而非《えせ》韻文である。」
 吐いた批評の言葉は自らの作品をも照射します。本物の詩を自らは生み出しているとの強い自負があるからこそ言えた言葉です。

 文語詩についての考察は、言葉が年月にさらされて育まれ磨かれるものであることを、「印象的散文」についての考察は、詩が全感的にあたえる強い魅力は軽い機智的のものでは決してないとの、大切なことを示していると私は考えます。
 最後に、この詩論での考察を、詩の音楽の結晶として輝かせている朔太郎の作品のうち、日本語の音律美が特に強く響いてくる詩を選び、別途「愛(かな)しい詩歌」に咲かせ、朔太郎の美しい調べを奏でてもらいます。
 私も美しい調べがふるえる詩を生み、伝えたいと願っています。

原典からの引用
以下はすべて、『詩の原理』の萩原朔太郎の原文の引用です。その核心の言葉を私が抽出し強調したい箇所は薄紫太文字にしました。

「(略)欧風詩体の創造を企図した一派は、当時の所謂新体詩である。(略)詩体は何の新しいものでもなく、日本に昔から伝統している長歌・今様《いまよう》の復活であった(略)。和歌俳句の音律的完美に対して、この種の長篇韻文が愚劣であり、当然一時の流行によって亡ぶべき非芸術的のものであった(略)。新日本の青年たちは、和歌俳句によって満足し得ない、別の新しい形式を欲していた(略)。遂に七五調が破格を生み、単調のものが複雑になり、そして最後に、今日見る如き自由詩に到達した。」
「(略)日本の詩の有り得べき形式は、この三つの者――和歌と、俳句と、自由詩と――の外にない。」
「(略)大切なことは、自由詩が辞書の正解する韻文に属しないで、より広義の解釈による、本質上での韻文に属するということである。(略)形式上の区別からみて、自由詩は明らかに散文に属しているのだ。けれども内容の上から見れば、自由詩は決して所謂散文(即ち小説や感想の類)と同じでない。また形式上から考えても、これ等の普通の散文と自由詩とは、どこかの或る本質点でちがっている。そしてこのちがうところは、一方が「描写本位――または記述本位――の文学」であるに対して、自由詩が音律美を重視する「音律本位の文」であるということである。」
「(略)自由詩は、不規則な散文律によって音楽的な魅力をあたえるところの、一種の有機的構成の韻文である。そしてこの「有機的構成の韻文」と言うことが、自由詩の根本的な原理である。即ちそれは有機的である故に、形式律の法則によって分析されず、数学的の計算によって割り出されない。(略)」
「(略)自由詩がもし形式律の法則に支配されたら、それは何の自由詩でも有り得ない。しかも自由詩にして特殊な音律美がなかったならば、言語のいかなる本質上の意味に於ても、それは韻文と言い得ないもの、即ち本質上での散文(詩でないもの)である。畢竟するに自由詩とは、何等の法則された律格をも有しないで、しかも原則としての音楽を持つところの、或る「韻律なき韻律」の文学である。(略)」
「(略)日本の詩歌は原始から自由主義で、形式上に散文と極く類似したものである。(略)西洋人が「詩は韻文の故に詩なり」と考えている時、日本人は昔から「詩は調べである」と考えていた。「調べ」とは無形な有機的の音律であり、法則によって観念されないリズムである。だから自由詩の原理は、日本語の「調べ」という一語の中に尽きるので、ずっと昔から、すべての日本人が本能的に知りつくしている事である。(略)」
「(略)実に驚くべきことは、今日の日本の詩に、一もこの音律美がないということである。(略)西洋近代の詩はもとより、日本の原始の自由詩でも、すべて詩としての魅力があるところには、必ず特殊の音律美がある。(略)要するに今日の所謂自由詩は、真に詩と言わるべきものでなくして、没音律の散文が行別けの外観でごまかしてるところの、一のニセモノの文学であり、食わせものの似而非《えせ》韻文である。」
「 (略)すくなくとも文語詩は、自由詩と言い得る程度の有機的音律美を有していた。(略)すくなくとも音律上で、文章語は遙かに口語に優っている。(略)口語の「である」に対し、文章語の「なり」が如何に簡潔できびきびしているか。「私はそう信ずる」と「我れかく信ず」で、どっちの発音に屈折や力が多いか。「そうであろう」と「あらん」との比較で、どっちが音律的に緊張しているか。(略)」
「(略)日本は、早く昔から文章語が出来、実用語と芸術語とを、判然と分けて使用していた。(略)然るに言語というものは、芸術上に使用されてのみ、始めて美や含蓄やを持つ(略)。明治の末になってから、西洋の言文一致を学ぼうとして、始めてこの日常語が文章に取り込まれ(略)今日まだ漸く半世紀に達しない。(略)そこに詩としての使用に堪え得る、音律や美がないのは当然である。」
  「(略)最近の詩は、この音律美によって失うものを他の手段によって代用させ、以て漸く詩の詩たる面目を保持しようと考えている。どうするかと言うに、言語の表象する聯想性を利用して、詩を印象風に描き出そうというのである。即ち例えば(略)「馬の心臓の中に港がある」とかいう類の行句(略。この種の詩を称して、かつて「印象的散文」と命名した。なぜならその詩感は、何等音律からくる魅力でなくして、主として全く語意の印象的表象に存するからである。(略)この種の魅力は、皮膚の表面を引っ掻くような、軽い機智的のものに止まり、真に全感的に響いている、詩としての強い陶酔感や高翔感やを、決して感じさせることがないからだ。詩が全感的にあたえる強い魅力は、常に必ず音律美に存している。(略)西洋や支那の詩を読み、自国の過去の詩を読んだら、東西古今を通じて、一もかくの如き没音律の詩がないこと、また詩の詩たる真の魅力が、音律美を外にしてあり得ないことを知るであろう。(略)」


引用は、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)入力:鈴木修一校正:門田裕志、小林繁雄、を利用しました。
底本:「詩の原理」新潮文庫、新潮社 1954年。


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tag : 萩原朔太郎 詩の原理 自由詩 日本語 調べ 高畑耕治 詩歌 詩人 詩集

萩原朔太郎『詩の原理』(三)散文律の自由詩に行く

萩原朔太郎の詩論『詩の原理』を通して、文学、散文、詩、日本の詩歌を見つめ直しています。今回は、「第十二章 日本詩歌の特色」についての続きです。冒頭に私が教えられたこと、感じ考えたことを記し、その後に朔太郎の言葉の原文を区分して引用します。

 初めに朔太郎は、詩の言葉としての日本語について、「日本語には平仄もなくアクセントもない」から、その「音律的骨骼は、語の音数を組み合す外にない」と、日本語を話し日本の詩を読む人の基本になっている感覚をとらえます。
 そして、詩を書こうとするときいちばん自然にでてくるリズム、「五七調や七五調の定形律」は、これに基づいていると教えてくれます。

 そのうえで、「語数律は、韻文として最も単調のもの」、「同韻の反復にすぎない」から、「少しく長篇にわたるものは、到底倦怠して聴くに堪えない。」とその弱点を見つめます。
 私も詩作で、五七調を続けすぎ場合に、「交通標語」のような単調な「詩ではないもの」に転じて感じられてしまう失敗した経験をしてきました。

 朔太郎は、これが原因で、「古来試みられた種々の長篇韻文は、楽器に合せる歌謡の類を別にして、悉く皆文学的に亡びてしまった。」「万葉集の五七調の長歌、古今集の時代の七五調の今様《いまよう》、明治の新体詩、同様な運命を繰返した。」と、日本の詩歌を振り返ります。示唆にとんだ考察だと私は思います。

 万葉集には、柿本人麻呂や山上憶良の美しい長歌がありますが、歌の数は短歌に比べ圧倒的に少なく、また詩の長さも、彼らのずば抜けた力量で、あの決して長くない言葉数が詩の構成全体の緊密性を保てる限界だと感じます。
 また巻十三の作者不詳の民謡風の美しい長歌にはその五七調の揺り返しが波のたゆたいのように快い歌がありますが、人麻呂や憶良の歌よりさらに短いからこそまとまって感じられます。
 なぜ日本語による長篇の「韻文」が生まれなかったのか?ホメーロスの『イーリアス』、オイディウスの『変身物語』、ルクレティウスの『事物の本性について』、ダンテの『神曲』、ミルトンの『失楽園』のように、流麗な音楽を奏で続けて渦巻くような壮大な長篇の、「韻文の」詩が生まれなかったのか? 私は朔太郎の言葉で理解できました。

 日本の言葉による美しい韻文について朔太郎は、短歌にある有機的な内部律(調べ)だと前回の言葉で教えてくれましたが、その詩歌自体の長さについて以下のように付け加え、教えてくれます。
 「昔から一貫した生命を有するのは、三十一音字の短歌」で、それは「語数律の単調を避け得べき、最も短かい形式」であり、「同律の繰返しが二度しかないから、何等倦怠を感じさせないばかりでなく、却ってその反復から、快美なリズミカルの緊張を感じさせる。けだし日本語の音律としては、これが許された限りに於ける、最も緊張した詩形であろう。」
 「(略)後世に生れた俳句に至っては、さらにまた短歌の半分しかない。そして短いものほど、日本語の詩としては成功している。」

 では、日本の言葉では、美しく流れていく川のような豊かな長さを持つ詩歌は生み出せないのだろうか? 朔太郎はさらに展開する考察に私は惹き込まれます。
 「短歌の内部的有機律を、そのまま長篇の詩に拡張したら」、どうなるか?「詩の骨骼たる外形律が、既に単調を感じさせる場合に於て、内部的なデリケートな繊維律は、何等の能力をも有し得ない。」、と彼の鋭い感覚が示し教えてくれます。
 では、「一つの詩形の中に於て、五七を始め、六四、八六、三四等の、種々の変った音律を採用し、色々混用したら」。朔太郎はここに答えを見出します。
 「詩の音律価値を高めるために、逆に詩を散文に導く――すくなくとも散文に近くする――という、不思議な矛盾した結論に帰着」することが、「日本の詩のジレンマ」であり、日本の「国語は、正則に韻律的であるほど退屈であり、却ってより不規則になり、より散文的になるほど変化に富み、音律上の効果を高めてくる。」、「そこで『韻文』という言語を、かりに『音律魅力のある文』として解説すれば、日本語は散文的であるほど韻文的であるという、不思議なわけのわからない没論理に到達する。」
 朔太郎はここから考察を、日本語による自由詩について進めていきます。それは次回に取り上げます。

 朔太郎はまた、日本語の長所として、「語意の含蓄する気分や余情の豊富」をあげ、「俳句等のものが、十七字の小詩形に深遠な詩情を語り得るのは、実にこの日本語の特色のため」、「僅か一語の意味にさえも、含蓄の深いニュアンスを匂わせている。」ことをあげ、「我が国の詩は早くより象徴主義に徹入していた。」と、日本の言葉で詩を生みたいと願う私を、励ましてくれます。

◎原典からの引用以下はすべて、『詩の原理』の萩原朔太郎の原文の引用です。その核心の言葉を私が抽出し強調したい箇所は薄紫太文字にしました。

 「日本語には平仄もなくアクセントもない。故に日本語の音律的骨骼は、語の音数を組み合す外にないのであって、所謂五七調や七五調の定形律が、すべてこれに基づいている。然るにこの語数律は、韻文として最も単調のものであり、千篇一律なる同韻の反復にすぎないから、その少しく長篇にわたるものは、到底倦怠して聴くに堪えない。故に古来試みられた種々の長篇韻文は、楽器に合せる歌謡の類を別にして、悉く皆文学的に亡びてしまった。例えば万葉集に於て試みられた五七調の長歌――それは多分支那の定形律から暗示されて創形した――は、一時短歌と並んで流行し、丁度明治の新体詩の如く、大いにハイカラな新詩形として行われたが、その後いくばくもなく廃ってしまった。後にまた古今集の時代になって、一時七五調の今様《いまよう》が流行したが、これもまたその単調から、直ちに倦きて廃れてしまった。そして最後に、明治の新体詩が同様な運命を繰返した。」
 「(略)ただ独りこの間にあって、昔から一貫した生命を有するのは、三十一音字の短歌である。この短詩の形式は、五七律を二度繰返して、最後に七音の結曲《コダ》で終る。それは語数律の単調を避け得べき、最も短かい形式である。此処には同律の繰返しが二度しかいなから、何等倦怠を感じさせないばかりでなく、却ってその反復から、快美なリズミカルの緊張を感じさせる。けだし日本語の音律としては、これが許された限りに於ける、最も緊張した詩形であろう。」
 「(略)後世に生れた俳句に至っては、さらにまた短歌の半分しかない。そして短いものほど、日本語の詩としては成功している。」
 「(略)先に言った短歌の内部的有機律を、そのまま長篇の詩に拡張したらどうだろうか。否。(略)詩の骨骼たる外形律が、既に単調を感じさせる場合に於て、内部的なデリケートな繊維律は、何等の能力をも有し得ないから。それでは五七や七五の代りに、他の六四、八五等の別な音律形式を代用したらどうだろうか。(略)その単調なことは何れも同じく、却って七五音より不自然だけが劣っている。そこで最後に考えられることは、一つの詩形の中に於て、五七を始め、六四、八六、三四等の、種々の変った音律を採用し、色々混用したらどうだろうということだ。(略)雑多の音律が入り混った不規則のものだったら、すくなくとも辞書の正解する「韻文《バース》」ではない。即ちそれは「散文《プローズ》」である。」
 「故にこの最後の考は、詩の音律価値を高めるために、逆に詩を散文に導く――すくなくとも散文に近くする――という、不思議な矛盾した結論に帰着している。そして実に日本の詩のジレンマが、この矛盾したところにあるのだ。何となれば吾人の国語は、正則に韻律的であるほど退屈であり、却ってより不規則になり、より散文的になるほど変化に富み、音律上の効果を高めてくるから。そこで「韻文」という言語を、かりに音律魅力のある文として解説すれば、日本語は散文的であるほど韻文的であるという、不思議なわけのわからない没論理に到達する。」
 「(略)日本詩の歴史は自由詩(不定形な散文律)に始まっている。そしてこの自由律の詩は、後代の定形された韻文に比し、一層より自然的で、かつ音律上の魅力に於ても優れている。すくなくとも原始の詩は、後代の退屈な長歌等に比し、音律上で遙かに緊張した美をもっている。(略)とにかく日本語の音律を以てして、短歌俳句以上の長い詩を欲するならば、いかにしても散文律の自由詩に行く外、断じて他に手段はないのである。」
 「(略)かくの如く日本語は、韻文として成立することができないほど、音律的に平板単調の言語であるが、他方に於てこれを補うところの、別の或る長所を有している。即ち語意の含蓄する気分や余情の豊富であって、この点遙かに外国語に優っている。かの俳句等のものが、十七字の小詩形に深遠な詩情を語り得るのは、実にこの日本語の特色のためであって、僅か一語の意味にさえも、含蓄の深いニュアンスを匂わせている。故に俳句等の日本詩は、到底外国語で模倣ができず、またこれを翻訳することも不可能である。そしてこの日本語の特色から、我が国の詩は早くより象徴主義に徹入していた。その象徴主義の発見は、西洋に於て極めて尚最近のニュースに属する。(略)」

引用は、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)入力:鈴木修一校正:門田裕志、小林繁雄、を利用しました。
底本:「詩の原理」新潮文庫、新潮社 1954年。
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tag : 萩原朔太郎 詩の原理 散文律 自由詩 詩論 高畑耕治 詩人 詩歌 詩集

古代歌謡。無韻素朴の自由詩。

 「詩を想う」の「萩原朔太郎『詩の原理』(二)有機的な内部律(調べ)」に記した古代歌謡の、非定型な無韻の詩のうち、私がいちばん好きな『古事記』の恋愛詩を、愛(かな)しい詩歌に咲かせます。
 日本の詩の歴史の初めに、『古事記』、『日本書紀』の記紀歌謡、美しい抒情詩《リリック》があることを、私は嬉しく思います。五七調が主流となる前の、無韻素朴の自由詩です。

出典は、『古典日本文学1』(筑摩書房、1978年)の「古代歌謡」(福永武彦訳)にある、古事記歌謡(198~199頁)です。
 詩句に続けて、( )内に音読みをひらがなで、そして非定型な無韻素朴の自由詩だとわかるよう、詩句ごとの音数律を記しました。

八千矛の 神の命       (やちほこの かみのみこと)  (5 6)
萎え草の 女にしあれば    (ぬえくさの めにしあれば)  (5 6)
我が心 浦渚の鳥そ      (わがこころ うらすのとりそ) (5 7)
今こそは 我鳥にあらめ    (いまこそは わどりにあらめ) (5 7)
後は 汝鳥にあらむを     (のちは などりにあらむを)  (3 8)
命は な死せたまひそ     (いのちは なしせたまひそ)  (4 7)
いしたふや 海人駈使     (いしたふや あまはせづかひ) (5 7)
事の 語り事も こをば    (ことの かたりごとも こをば) (3 6 3)
青山に 日が隠らば      (あをやまに ひがかくらば)  (5 6)
ぬばたまの 夜は出でなむ   (ぬばたまの よはいでなむ)  (5 6)
朝日の 笑み栄え来て     (あさひの ゑみさかえきて)  (4 7)
栲綱の 白き腕        (たくづのの しろきただむき) (5 7)
沫雪の 若やる胸を      (あわゆきの わかやるむねを) (5 7)
素手抱き 手抱き抜がり    (そだたき ただきまながり)  (4 7)
真玉手 玉手さし枕き     (またまで たまでさしまき)  (4 7)
股長に 寝は寝さむを     (ももながに いはなさむを)  (5 6)
あやに な恋ひ聞こし     (あやに なこひきこし)    (3 6) 
八千矛の 神の命       (やちほこの かみのみこと)  (5 6)
事の 語り事も こをば    (ことの かたりごとも こをば) (3 6 3)

(訳文)

八千矛の名前を持つ、尊い神の命(みこと)は、そのようにおおせられますけれども、
私は風に吹かれてそよぐ、草のような処女(おとめ)にすぎません。
あなたがお呼びになったところで、どうして出て逢われましょうか。
私の心は、浦の渚に住む鳥でございます。
今は私の心のままにしておりますが、
いつかはあなたに抱かれる鳥となるのでございますから、
この恋のために、ゆめお命をお捨てになってはなりません。
水底わたる海人部(あまべ)の駈使 (はせづかい)である私が、
事の次第を語り伝えること、かくのとおりでございます。
青山に太陽が隠れ、射玉(ひおうぎ)の実のように黒い夜ともなれば、
戸を開いてあなたをお迎えいたしましょう。
朝日が華かに射し込むように、あなたは嬉しげな笑顔を見せてお出でになり、
栲(たく)の川の緒綱(おづな)のように白い腕(かいな)で、
泡雪のようにやわらかな、私の若々しい胸を、
抱きしめ抱きしめて、
玉のようなあなたの手と、玉のような私の手とを、互いに取り合い枕として、
足を長くうち延ばして、安らかに寝ましょうものを。
どうぞそんなに夢中になって、私を恋い焦れないで下さいまし。
八千矛の名前を持つ、尊い神の命(みこと)よ。
事の次第の語り伝えは、かくのとおりでございます。
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萩原朔太郎『詩の原理』(二)有機的な内部律(調べ)

 萩原朔太郎の詩論『詩の原理』を通して、文学、散文、詩、日本の詩歌を見つめ直しています。今回は、「第十二章 日本詩歌の特色」での、詩の言葉の美しさについての深い考察を取り上げます。
 冒頭に私が教えられたこと、感じ考えたことを記し、その後に朔太郎の言葉の原文を区分して引用します。

 初めに朔太郎は、西洋の詩がギリシャの叙事詩から始まったのと異なり、「日本の詩の歴史は、古事記、日本書紀等に現われた抒情詩《リリック》から出ている」と見て、「上古に発生した詩は、すべて無韻素朴の自由詩である。」と提起します。
 その歴史的事実についての学識をわたしは持ちませんが、記紀歌謡には確かに、非定型な無韻の、美しい詩があります。日本の詩の初めにそのような言葉があることを私は嬉しく感じます。(特に好きな詩を、別途「愛しい詩歌」に咲かせます)。

 朔太郎は、日本の詩がその後、支那の影響を受け「万葉集に見る七五音の定形律(長歌及び短歌)の形式を取るに至った。」が、その定形律は、「単なる七五音の反復をするのみで、殆ど自然のままの詠歎」であり、「西洋の厳格な『韻文《バース》』に比して、極めて非形式的な自由主義のもの」だと捉えます。
 そして、その原因は日本語が特殊な性質をもつ「アクセントと平仄《ひょうそく》が殆どないため、音律的には極めて平板単調の言語」だからだと考えます。
 日本の詩には、西洋の韻文や漢詩のように目に見え耳に明確な分かりやすい規則がないので、日本の子供たちは、(短歌と俳句を除き)、詩と散文の違いを教わらず説明できません。私もそうでした。なんとなく詩には散文とは違ったリズムがある、くらいにしか言えませんでした。(完全な脱線ですが、小学生のとき初めて作った幼い詩を今思い出しました。題は「山」。「山よ/おまえは緑の服着ていいな」、続く3行くらいは忘れました。)

 では日本語の詩は結局、詩ではなくて散文と同じなのか? 私がずっと抱えていたこの疑問に朔太郎は次のように、答え教えてくれました。
 「しかしこうした没音律の日本語にも、その平板的な調子の中に、或る種のユニックな美があるので、これが和歌等のものに於ける、優美な大和言葉の『調べ』になっている。」。
 私は、ああ、日本の詩には散文にはない、「調べ」があるんだ、と強く感動しました。

 朔太郎は、考察を深めて記します。
 「この特殊の美は、極めてなだらかな女性的な美」であり、「断じて叙事詩の表現には適合しない。」。
 「例えば平家物語等」は「内容上から、西洋の叙事詩と類属さるべき文学」だが、「あの単調な、どこまで行っても七五調を繰返している文学」は、「琵琶その他の音曲によって歌謡される、文字通りの『謡いもの』であって、独立した文学としては、韻文価値のないものである。」。
 決して、平家物語などを否定しているわけではないけれど、この違いについての考察には説得力があります。
 たとえば1970年代以降、フォークソング、歌謡曲、ニューミュージック、ポップス、呼び名は変わっても、若者の心を捉えてきたのは、現代詩ではなく、メロディーを伴った「謡いもの」でした。その要因のひとつに、ただでさえ強くない日本語の音律、音楽性を、多くの現代詩が全く忘れ無くして行分け散文になってしまったからではないか、と私は感じています。

 では、特殊な性質をした日本語からは美しい詩は生まれないのか? この疑問に朔太郎は答えます。
 「独立した文学として、真に韻文価値を有するものは、日本に於て和歌俳句等の短篇詩があるのみ」。
 これ等の詩には、「その格律の内部に於て、或る特殊な有機的の自由律、即ち歌人の所謂「調べ」があって、不思議に魅力のある文学的音楽を奏している。」、「短歌に於ける有機的な内部律(調べ)とは、言語の構成される母音と子音とから、或る不規則な押韻を踏む方式であり日本の歌の音律美は、全くこの点にかかっている。特に新古今集等の歌は、この点で音韻美の極致を尽している。」。
 私はこの考察に感動します。朔太郎は、『恋愛名歌集』という美しい著作で、「短歌に於ける有機的な内部律(調べ)」を、愛する歌を通して丁寧に伝えてくれています。私が好きなこの本は別の機会に取り上げます。

◎原典からの引用以下はすべて、『詩の原理』の萩原朔太郎の原文の引用です。その核心の言葉を私が抽出し強調したい箇所は薄紫太文字にしました。

 「(略)西洋の詩の歴史は、古代希臘《ギリシャ》の叙事詩《エピック》から始まっている。然るに日本の詩の歴史は、古事記、日本書紀等に現われた抒情詩《リリック》から出ているのだ。しかも形式について見れば、西洋の詩は荘重典雅なクラシカルの押韻詩に始まっているのに、日本の上古に発生した詩は、すべて無韻素朴の自由詩である。左にその二三の例を示そう。」
  少女《をとめ》の床のべに我がおきし剣《つるぎ》の太刀、その太刀はや。
  大和《やまと》の高佐士野《さしの》を七行く少女ども、誰おし巻かむ。
  すずこりが醸《か》みし酒《みき》に我れ酔ひにけり、ことなぐし、ゑぐしに我れ酔ひにけり。
  尾張にただに向へる一つ松、人にありせば衣《きぬ》きせましを、太刀はけましを。


 「こうした自由詩に始まった日本の詩は、後に支那との交通が開けてから、始めて万葉集に見る七五音の定形律(長歌及び短歌)の形式を取るに至った。しかもこの定形律は、韻文として極めて大まかのものであって、一般外国の詩に見るような、煩瑣《はんさ》な詩学上の法則がない。外国、特に西洋の韻文は、一語一語に平仄《ひょうそく》し、シラブルの数を合せ、行毎に頭韻や脚韻やを踏むべく、全く形式的に規定されたものであるのに、日本の長歌や短歌やは、単なる七五音の反復をするのみで、殆ど自然のままの詠歎であり、何等形式と言うべきほどの形式でない。すくなくとも日本の定形律は、西洋の厳格な「韻文《バース》」に比して、極めて非形式的《アンチクラシック》な自由主義のものである。」
 「(略)そしてこの事情は、全く我々の国語に於ける、特殊な性質にもとづくのである。元来、言語に於ける感情的な表出は、主として語勢の強弱、はずみ、音調等のものによるのであって、アクセントと平仄とが、その主なる要素になっている。然るに日本の国語には、この肝腎なアクセントと平仄が殆どないため、音律的には極めて平板単調の言語にできている。特に純粋の日本語たる、固有の大和言葉がそうである。試みに我々の言語から、すべての外来音たる漢語一切を除いてみよ。後に残った純粋の大和言葉が、いかに平板単調なのっぺら棒で、語勢や強弱の全くない、だらだらした没表情のものであるかが解るだろう。」
 「しかしこうした没音律の日本語にも、その平板的な調子の中に、或る種のユニックな美があるので、これが和歌等のものに於ける、優美な大和言葉の「調べ」になっている。けれどもこの特殊の美は、極めてなだらかな女性的な美である故に、或る種の抒情詩の表現には適するけれども、断じて叙事詩の表現には適合しない。叙事詩は男性的なものであるから、極めて強い語勢をもった、音律のきびきびした音律でなければ、到底表現が不可能である。(略)」
 「西洋の言語は、どこの国の言語であっても、ずっと音律が強く、平仄やアクセントがはっきりしている。。(略)東洋に於てさえも、支那語は極めてエピカルである。支那語は古代の漢音からして、平仄に強くアクセントがはっきりしている。故に支那の文学は、昔から叙事詩的な情操に富み、詩人は常に慷慨《こうがい》悲憤している。吾人が日本語によってこの種の表現をしようとすれば、いかにしても支那音の漢語を借り、和訳された漢文口調でする外はない。純粋の大和言葉を使った日には、平板的にだらだらとするばかりで、どんな激越の口調も出ない。(略)」
 「(略)畢竟《ひっきょう》日本の詩は、西洋派の「韻文」という語にぴったりしないで、昔から称呼される「謡いもの」に符節するのだ。(略)例えば平家物語等がそうであって、これ等はその内容上から、西洋の叙事詩と類属さるべき文学だろう。(略)あの単調な、どこまで行っても七五調を繰返している文学が、もし韻文と呼ばれるものなら、世の中に韻文ぐらい退屈なものは無かろう。畢竟するに平家や謡曲等の詩文は、琵琶《びわ》その他の音曲によって歌謡される、文字通りの「謡いもの」であって、独立した文学としては、韻文価値のないものである。」
 「独立した文学として、真に韻文価値を有するものは、日本に於て和歌俳句等の短篇詩があるのみである。これ等の詩には、西洋流の形式韻律がない――有っても見るに足りないほど素朴である――けれども、その格律の内部に於て、或る特殊な有機的の自由律、即ち歌人の所謂「調べ」があって、不思議に魅力のある文学的音楽を奏している。そしてこの限りなら、日本の詩の韻文価値が、必ずしも外国に劣りはしない。しかしながら困ったことには、それが短篇詩にのみ限定されて、長篇詩には拡大され得ないのである。(略)」
 「*短歌に於ける有機的な内部律(調べ)とは、言語の構成される母音と子音とから、或る不規則な押韻を踏む方式であり日本の歌の音律美は、全くこの点にかかっている。特に新古今集等の歌は、この点で音韻美の極致を尽している。(略)尚、五七音中に於ける小分の句節(例えば五音の小分された三音二音)は、法則の外に置かれる自由のもので、この組合せを色々にすることから、特殊の魅力ある音律を作り得る。故岩野泡鳴はこの小分の音律を法則しようと試みたが、かくの如きは歌の特殊な「調べ」を殺し、自由のメロディーを奪うもので、最も無意味な考である。」

引用は、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)入力:鈴木修一校正:門田裕志、小林繁雄、を利用しました。
底本:「詩の原理」新潮文庫、新潮社 1954年。
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tag : 萩原朔太郎 詩の原理 抒情詩 短歌 万葉集 自由詩 高畑耕治 詩歌 詩人

萩原朔太郎『詩の原理』(一)純詩、抒情詩の外になし 

 萩原朔太郎が試行錯誤のすえにとりまとめた『詩の原理』は、彼の詩論の集大成であるとともに、文学、散文、詩、日本の詩歌を考え味わううえで本質的なことを教えてくれます。数回にわたり、その要旨を読み返しながら、私が教えられたこと、考えたことを記します。各回とも、冒頭に私の言葉を記し、その後に朔太郎の言葉の原文を区分して引用します。

 初回は、「第三章描写と情象」、「第十一章 詩に於ける逆説精神 2」にある、詩とは何か、について言葉です。

 初めに朔太郎は、芸術の表現様式について、美術や小説は「描写」(知性の意味での表現)であり、音楽や詩歌は「情象」(感情の意味を語ろうとする表現)であると、その違いを明確にします。小説は知性による構築物で描写する言葉を積み上げない限りできないと私も考えます。

 一方、詩は、「たとい外界の風物を書く時でも、やはり主観の気分に訴え、感情の意味として「情象」するのだ。」、そしてより具体的に「詩とは主観に於ける意味を、言語の節や、アクセントや、語感や、語情やの中に融かして、具体的に表象しようとする芸術」だと、その本質を的確に捉えます。私は、私が小説家でなく詩人であるのは、私の資質が、主観、感情を言葉に融かして表象する「情象」に向いていて、知性による描写を積み重ねる作業には向いていないからだと感じています。

 そのうえで朔太郎は、詩とは何か、たたみかけるように、熱く語ります。
 詩は、「より人間的温熱感のある主観を、本質に於て持つべきものだ。」、詩は「心情《ハート》から生るべきものであって、機智や趣味だけで意匠される頭脳《ヘッド》のものに属しない」、詩は「主観に於ける感情の燃焼で」、「痛切な訴えでなければならぬ。」と。これらの言葉に私は共感せずにいられません。

 最後に彼は高らかに朔太郎の、詩観、詩の趣味を表明します。
 「詩の中での純詩と言うべきものは、ポオの名言したる如く抒情詩の外にない。」、「実に抒情詩というべきものは恋愛詩の外になし」。
 私は、詩の正統派はこれだと言い切ることは、排他的にそれ以外の詩を亜流、傍流、異端と決めつける偏狭さにつながり、つまらないことだと考えます。けれどもそのうえで、私は抒情詩、恋愛詩がいちばん好きな詩である詩人の一人であることに誇りを持ち、抒情詩、恋愛詩を愛し続けたいと考えています。


◎原典からの引用以下はすべて、『詩の原理』の萩原朔太郎の原文の引用です。その核心の言葉を私が抽出し強調したい箇所は薄紫太文字にしました。
 「(略)芸術は常に表現の様式で発想される。(略)あらゆる一切の表現は、所詮して二つの様式にしかすぎないのである。即ちその一は「描写」であって、美術や小説がこれに属する。描写とは、物の「真実の像《すがた》」を写そうとする表現であり、対象への観照を主眼とするところの、知性の意味の表現である。然るに或る他の芸術、例えば音楽や、詩歌や、舞踊等は、物の「真実の像」を写そうとするのでなく、主として感情の意味を語ろうとする表現である故に、前のものとは根本的に差別される。この表現は「描写」でない。それは感情の意味を表象するのであるから、約言して言えば「情象」である。(略)あらゆる芸術は「描写する」か、でなければ「情象する」かの一であり、それ以外に表現はない。」
 「(略)詩は音楽と同じく、実に情象する芸術である。詩には「描写」ということは全くない。たとい外界の風物を書く時でも、やはり主観の気分に訴え、感情の意味として「情象」するのだ。即ち表現についてこれを言えば、詩とは主観に於ける意味を、言語の節や、アクセントや、語感や、語情やの中に融かして、具体的に表象しようとする芸術である。故に詩を特色する決定の条件は、必ずしも形式韻律の有無でなく、又自由律の有無でもなく、実にその表現が、本質に於て「情象」であるか否かにかかっている。もし実に情象であるならば、言語は必然に「感情の意味」で使用され、語韻や語調や語感やの、あらゆる情的要素を具備するが故に、その表現は、必然にまた、音律的、韻文的の特色をもち、かつ語感や語情の点に於ても、十分の詩的ニュアンスをもつようになるであろう。(略)即ち命題すれば、詩とは情象する文学である。(略)」

 「詩は純美というべきものでなくして、より人間的温熱感のある主観を、本質に於て持つべきものだ。すくなくとも吾人は、確信を以て一つのことを断定できる。即ち詩は心情《ハート》から生るべきものであって、機智や趣味だけで意匠される頭脳《ヘッド》のものに属しないと言うことである。(略)」
 「そもそも詩の本質感は何だろうか。詩は「現在《ザイン》しないもの」への欲情である。現にあるところのもの、所有されているところのものは、常に没情感で退屈なものにすぎない。詩を思う人の心は、常に現在《ザイン》しないものへ向って、熱情の渇いた手を伸ばしている。(略)」
 「詩の詩たる本質は、所詮《しょせん》どんなクラシズムの形に於ても、主観に於ける感情の燃焼であり、生活的イデヤの痛切な訴えでなければならぬ。(略)」
 「要するに詩人は――どんな詩人であっても――所詮して主観的な感情家にすぎないのである。(略)詩に於ける主観派と客観派は、その表面上の相対にかかわらず、絶対の上位に於て、一の共通した主観を有し、共通したセンチメントを所有している。そしてこの本質上のセンチメントが無かったならば、実に「詩」というべき文学は無いのである。」

 「(略)丁度、科学が人生に於ける詩の反語であり、小説が文学に於ける詩の反語であるように、叙事詩は詩に於ける詩の反語である。換言すれば、それは主観に反動するところの、最も高調された主観的精神である。故に真の純一のもの、主観の中の純主観であり、詩の中での純詩と言うべきものは、ポオの名言したる如く抒情詩の外にない。(「実に詩というべきものは抒情詩の外になし。」ポオ)他はすべてその反語であり、逆説であるにすぎないのだ。」
 「此処に至って詩の正統派は、遂に浪漫派に帰してしまう。なぜなら浪漫派は、始めから純主観の情緒主義によって立っていたから。のみならず浪漫派は、恋愛を以て中心的のものに考えていた。けだし恋愛の情緒は、あらゆる主観の中で最もセンチメンタルであり、最も甘美な陶酔感をもっているのに、その感傷や陶酔感こそ、抒情詩の抒情詩たる真の本質のものであるからだ。そこでもしポオの言葉を附説すれば、「実に抒情詩というべきものは恋愛詩の外になし」(略)。」


引用は、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)入力:鈴木修一校正:門田裕志、小林繁雄、を利用しました。
底本:「詩の原理」新潮文庫、新潮社 1954年。
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自由詩と定律詩。萩原朔太郎「自由詩のリズムに就て」

 前回に続き、萩原朔太郎の詩論を通して、詩って本当は何なのか、考えます。冒頭に私が朔太郎の言葉に学び共感し考えたことを記し、その後に朔太郎の言葉の原文を区分して引用します。

 萩原朔太郎は、詩集『青猫』の付録として「自由詩のリズムに就て」を発表しています。『青猫』とそれに続く『蝶を夢む』が朔太郎の詩の中で私はいちばん好きです。彼が切り開いた口語自由詩の魅力と可能性を今なお伝え教えてくれる詩作品として、高村光太郎のまた異なった独自の世界と共に。
 日本語による文学が文語から口語に、言文一致の波をまともに浴びて変化していく渦中で、朔太郎は詩を、言葉を、日本語を、口語を考え、その可能性を手探りし、心に響く詩をつくりました。

 朔太郎はこの詩論でまず、定型詩と自由詩の違いの本質を、自由詩は「耳に聽えない韻律(リズム)」を奏でることにあると、言います。定型詩と異なり自由詩は「感情本位」「旋律本位」の音楽だ、と言います。とても新鮮で本質を捉えた言葉、今でもそのまま変わっていない自由詩の本質を捉えた言葉だと、私は思います。

 その美しい音楽、言葉の旋律は、言葉の音韻的效果と、言葉のもつありとあらゆる屬性――調子(トーン)や、拍節(テンポ)や、色調(ニユアンス)や、氣分(ムード)や、觀念(イデア)――による綜合的な自由詩のリズムとして、ただ詩句の全體から、直覺として「感じられる」ものだ、と言います。その通りではないかと私は思います。詩人の「心内の節奏と言葉の節奏とは一致する」。
 
 短歌のような定型詩との違いを考えるとき、「その心に明白なる音樂を聽き、詩的情操の醗酵せる抑揚を感知するに非ずば、自由詩の創作は全く不可能である。」という言葉は、自由詩の核心を捉えていると思います。
 自由詩には定型詩のように「便利なる「韻律の軌道」がない。」だから詩人は「一篇毎に新しき韻律の軌道を設計せねばならぬ。」そして、「心の中の音樂がそれ自ら形體の音樂であつて、心内のリズムが同時に表現されたるリズムである。」と。自由詩が短歌の調べほどに美しくないと感じられたとしたら、それは詩人が「心の中の音樂がそれ自ら形體の音樂」になっている詩にまで高められなかったか、読者にその音楽を聴き取れる心の耳がまだ育っていないか、そのどちらかだと思います、でも心の中の音楽が嘘の拵え物でない本当さを奏でられたら、読者の心の耳は自然に素直に開かれる、と思います。そのような詩を奏でることが、私の願いです。

 どのような詩が好きかは、最後は趣味の問題です。でも、少なくとも本当に詩を感じたいと願うような優しく柔らかな傷つきがちな心をした人になら届く詩、言葉、思い、音楽は、あると、私は知っています。そんな詩を生みたい、そんな詩に出会い、そんな詩を聴き取り、心に響かせ、ゆたかに揺れる思いを感じとりたい、そう願って私は今生きています。

◎原典からの引用
 以下はすべて、詩集『青猫』付録「自由詩のリズムに就て」の萩原朔太郎の原文の引用です。その核心の言葉を私が抽出し強調したい箇所は薄紫太文字にしました。

「耳に聽えない韻律(リズム)」それは即ち言葉の氣韻の中に包まれた「感じとしての韻律(リズム)」である。そして實に、此所に自由詩の詩學が立脚する。(略)我我は詩想それ自身の抑揚のために音韻を使用する。即ち詩の情想が高潮する所には、表現に於てもまた高潮した音韻を用ゐ、それが低迷する所には、言葉の韻もまた靜かにさびしく沈んでくる。(略)定律詩と自由詩との特異なる相違を一言でいへば、實に「拍子本位」と「旋律本位」との音樂的異別である。(略)我我の音樂的嗜好は、遙かに「より軟らかい拍節」と「より高調されたる旋律」とを欲してきた。即ち我我は「拍節本位」「拍子本位」の音樂を捨てて、新しく「感情本位」「旋律本位」の音樂を創造すべく要求したのである。(略)我我は詩の拍節よりも、むしろ詩の感情それ自身――即ち旋律――を重視する。我我の詩語はそれ自ら情操の抑揚であり、それ自ら一つの美しい旋律である。(略)旋律は形式をもたない。旋律は詩の情操の吐息であり、感情それ自身の美しき抑揚である故に、空間上の限られたる形體を持たない。(略)

(略)詩句の異常なる魅力は、主として言葉の音韻の旋律的な抑揚――必しも拍節的な抑揚ではない――にある。勿論またそればかりでない。詩句の各各の言葉の傳へる氣分が、情操の肉感とぴつたり一致し、そこに一種の「氣分としての抑揚」が感じられることにある。(勿論この場合の考察では詩想の概念的觀念を除外する)此等の要素の集つて構成されたものが、我等の所謂「旋律」である。(略)どこにその美しい音樂があるか、我等は之れを分析的に明記することができない。ただ詩句の全體から、直覺として「感じられる」にすぎないのだ。(略)言葉の旋律! それは一つの形相なき拍節であり、一つの「感じられるリズム」である。(略)全曲を通じて流れてゆく言葉の抑揚や氣分やは、直感的に明白なリズムの形式――形式なき形式――を感じさせる。(略)我我は音樂のより部分的なるリズム全體、即ち旋律と和聲とをそつくりそのまま表現しようとする。(略)第一に先づ言葉の音韻的效果が使用される。我我の目的は、それとはもつと遙かに複雜なリズムを彈奏するにある。(略)また音韻以外、およそ言葉のもつありとあらゆる屬性――調子(トーン)や、拍節(テンポ)や、色調(ニユアンス)や、氣分(ムード)や、觀念(イデア)――を綜合的に利用する。(略)自由詩の表現は、實にこの詩想の抑揚の高調されたる肉感性を捕捉する。情想の鼓動は、それ自ら表現の鼓動となつて現はれる。表現それ自體が作家の内的節奏となつて響いてくる。詩のリズムは即ち詩の VISIONである。かくて心内の節奏と言葉の節奏とは一致する。内部の韻律と外部の韻律とが符節する。(略)

(略)自由詩には、この便利なる「韻律の軌道」がない。我等の詩想の進行では、我等自ら軌道を作り、同時に我等自ら車を押して走らねばならぬ。。(略)我等は一篇毎に新しき韻律の軌道を設計せねばならぬ。(略)自由詩の作曲に於ては、心の中の音樂がそれ自ら形體の音樂であつて、心内のリズムが同時に表現されたるリズムである。故にその心に明白なる音樂を聽き、詩的情操の醗酵せる抑揚を感知するに非ずば、自由詩の創作は全く不可能である。(略)詩の詩たる特色は、リズムの高翔的美感を離れて他に存しない。「心内の節奏」とは、換言すれば「節奏のある心像」の謂である。節奏のない、即ち何等の音樂的抑揚なき普通の低調な實感を、いかに肉感的に再現した所でそれは詩ではない。なぜならばこの類の者は、既にその心像に快美なリズムがない。どうしてその再現にリズムがあり得よう。リズムとは單なる「感じ」を言ふのでなく、節奏のある「音樂的の感じ」を言ふのである。それ故に自由詩は、その心に眞の高翔せる詩的情熱をもつ所の、眞の「生れたる詩人」に非ずば作り得ない。心に眞の音樂を持たない人人にして、もしあへて自由詩の創作を試みるならば、そは單に「實感の如實的な表現」即ち普通の散文となつてしまふであらう。(略)今日「韻文」と「散文」との相對的識別は、その外觀の形式になくして、主として全く内容の表現的實質に存するのである。(略)その一方の表現に於ては、言葉が極めて有機的に使用され、その一つ一つの表象する心像、假名づかひや綴り語の美しい抑揚やが、あだかも影日向ある建築のリズムのやうに、不思議に生き生きとした魅惑を以て迫つてくる。作者の心内の節奏が、それ自ら言葉の節奏となつて音樂のやうに聽えてくる。(略)一言にして定義すれば「詩とはリズム(内的音樂)を明白に感じさせるもの」であり、散文とはそれの感じられないもの、もしくは甚だ不鮮明の者である。(略)

 (略)自由詩は、本質的に主觀的、感情的、象徴的、音樂的である。(略)自由主義の美は、空間的の繪畫美でなくして時間的の音樂美であり、その形式は「眼に映る形式」でなく「感じられる形式」を意味するから。(略)自由詩の特色はその「旋律的な音樂」にある。心内の節奏と言葉の節奏との一致、情操に於ける肉感性の高調的表現、これが自由詩の本領である。(略)即ち格調の曖昧な、拍子の不規則な、タクトの散漫で響の弱いものとして現はれる。(略)旋律は拍節の部分的なもの、言はば「より細かいリズム」である故に、しぜんその感じは纖細軟弱となり、スケールの豪壯雄大な情趣を缺いてくる。(略)古典派の尊ぶものは、莊重、典雅、明晰、均齊、端正等の美であるのに、すべて此等は自由詩の缺くところである。(略)しかしこの類の議論は、結局言つて「趣味の爭ひ」にすぎぬ。定律詩と自由詩、古典主義と自由主義とは、本質的にその「美」の對象を別にする。(略)

引用は、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)入力:kompass 校正:門田裕志、小林繁雄、を利用しました。底本:「萩原朔太郎全集 第一卷」筑摩書房。
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詩を思ふとき。萩原朔太郎『月に吠える』序

 今回から複数回にわたり、詩人・萩原朔太郎の詩論、詩歌についての思いについて、その要点を抽出し、考えたいと思います。詩歌を深く愛し、言葉・歌について深く考え、心に響く詩を作った朔太郎に私は、多くのことを学びました。
 各回とも冒頭に私が朔太郎の言葉に学び共感し考えたことを記し、その後に朔太郎の言葉の原文を区分して引用します。
 初回は、詩集『月に吠える』の序での、朔太郎の詩についての宣言です。
 私が愛する詩人たちがみなそうであるように、朔太郎はまず詩は「感情をさかんに流露させること」と宣言します。詩は理屈ではないと。そして、「詩の表現は素樸なれ」と。良い詩、心に響く詩はみなそうだと、私は考えています。
 次に音楽と詩。これについては次回以降何度も考えます。
 そして、詩歌のほんとの『よろこび』と『秘密性』は、一人しかいない私を深く掘り下げて、世界中の何びとにも共通なる感情の泉につながること、「この道理をはなれて、私は自ら詩を作る意義を知らない。」との言葉に私は共感し感動します。
 朔太郎は、「やさしい手をおいてくれる」「看護婦の乙女が詩」だと言い、「詩を思ふと、烈しい人間のなやみとそのよろこびとを」感じ、「人情のいぢらしさに自然に涙ぐましくなる」と言います。
 詩についての考え・好みは人それぞれ違うけれど、私は朔太郎の詩へのこの思いに共感し、詩歌は本来このようなものだと考えています。世界中の何びとにも共通な感情をこの心に感じとれる詩歌が、私は好きです。
 次回は、詩集『青猫』で表明された朔太郎の言葉を考えます。

◎原典からの引用
以下はすべて、『月に吠える』序の萩原朔太郎の原文の引用です。その核心の言葉を私が抽出し強調したい箇所は薄紫太文字にしました。 

 詩の本来の目的は(略)、人心の内部に顫動する所の感情そのものの本質を凝視し、かつ感情をさかんに流露させることである。すべてのよい叙情詩には、理屈や言葉で説明することの出来ない一種の美感が伴ふ。これを詩のにほひといふ。(略) 詩の表現は素樸なれ、詩のにほひは芳純でありたい。

 私の心の「かなしみ」「よろこび」「さびしみ」「おそれ」その他言葉や文章では言ひ現はしがたい複雑した特種の感情を、私は自分の詩のリズムによつて表現する。併しリズムは説明ではない。リズムは以心伝心である。(略)どんな場合にも、人が自己の感情を完全に表現しようと思つたら、それは容易のわざではない。この場合には言葉は何の役にもたたない。そこには音楽と詩があるばかりである。

 私のこの肉体とこの感情とは、もちろん世界中で私一人しか所有して居ない。またそれを完全に理解してゐる人も一人しかない。これは極めて極めて特異な性質をもつたものである。けれども、それはまた同時に、世界中の何ぴとにも共通なものでなければならない。この特異にして共通なる個々の感情の焦点に、詩歌のほんとの『よろこび』と『秘密性』とが存在するのだ。この道理をはなれて、私は自ら詩を作る意義を知らない。

 詩は一瞬間に於ける霊智の産物である。(略)詩は予期して作らるべき者ではない。

 私どもは時々、不具な子供のやうないぢらしい心で、部屋の暗い片隅にすすり泣きをする。さういふ時、ぴつたりと肩により添ひながら、ふるへる自分の心臓の上に、やさしい手をおいてくれる乙女がある。その看護婦の乙女が詩である。 私は詩を思ふと、烈しい人間のなやみとそのよろこびとをかんずる。(略)詩を思ふとき、私は人情のいぢらしさに自然と涙ぐましくなる。

 引用は、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)入力:福田芽久美 校正:野口英司、を利用しました。
底本:「現代詩文庫 1009 萩原朔太郎」思潮社
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