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高畑耕治

Author:高畑耕治
愛のうたの絵ほんは、高畑耕治の詩と詩集の海です。
Profile 高畑耕治 たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪府四條畷市出身、早稲田大学政経学部中退。東京都多摩市在住。
詩集『銀河、ふりしきる』(2016年5月イーフェニックス)
詩集『こころうた こころ絵ほん』(2012年同上)
詩集『さようなら』(1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25)
詩集『愛のうたの絵ほん』(1994年同上)
詩集『愛(かな)』(1993年同上)
詩集『海にゆれる』(1991年土曜美術社)
詩集『死と生の交わり』(1988年批評社)
雑誌「エヴァ」に扉の詩(1996~1997サンマーク出版)を連載。
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『アイヌ神謡集』2作品。知里幸惠

 知里幸惠編訳『アイヌ神謡集』についての思いを記し てきました。
 彼女の魂を込めた神謡から短い作品2篇を、ここ「愛(かな)しい詩歌」に咲かせます。
 2篇とも、幸惠がローマ字表記を学びつつ神謡の言葉の音を文字に したものを先に、続けてその神謡の心を日本語の表現として創作した作品を掲載しています。

Terkepi yaieyukar, “Tororo hanrok hanrok!”
蛙が自らを歌った謡「トーロロ ハンロク ハンロク!」

 これはアイヌ神謡の特徴である折返(リフレイン)がわかりやすい、小さないのちへの親愛が心がはねているような、かえるの神が歌うとても愛らしい作品です。

Pipa yaieyukar, “Tonupeka ranran”
沼貝が自ら歌った謡「トヌペカ ランラン」

 こちらは記載は省略されていますが「トヌペカ ランラン」という響きの良いリフレインを繰り返しながら、アイヌの人たちが良いとしたいのちへの慈しみと心の優しさを教えてくれる作品です。

 どちらも小品ですが、私は美しく良い詩だと感じます。
アイヌ神謡を好きになっていただけたら、嬉しく思います。

Terkepi yaieyukar,
“Tororo hanrok hanrok!”


Tororo hanrok, hanrok!
Shineantota muntum peka terketerkeash
shinotashkor okayash aine ingarash awa,
shine chise an wakusu apapaketa payeash wa
inkarash awa, chiseupshotta ikittukari
chituyeamset chishireanu. Amset kata
shine okkaipo shirkanuye kokipshirechiu
okai chiki chirara kusu tonchikamani kata
rokash kane.“Tororo hanrok, hanrok!” ari
rekash awa, nea okkaipo tam tarara
unnukar awa, sancha otta mina kane,
“Eyukari ne ruwe? esakehawe ne ruwe?
na henta chinu.” itak wakushu
chienupetne,“Tororo hanrok, hanrok!” ari
rekash awa nea okkaipo ene itaki:――
“Eyukari ne ruwe? esakehawe ne ruwe?
na hankenota chinu okai.”
hawashchiki chienupetne, outurun
inumpe kata terkeashtek,
“Tororo hanrok, hanrok!” rekash awa
nea okkaipo shui ene itaki:――
“Eyukari ne ruwe? esakehawe ne ruwe?
na hankenota chinu okai.” hawash chiki,
shino chienupetne, roruninumpe
shikkeweta terkeashtek,
“Tororo hanrok, hanrok!” rekash awa
arekushkonna nea okkaipo matke humi
shiukosanu, hontomota shi apekesh
teksaikari unkaun eyapkir humi
chiemonetok mukkosanu, pateknetek
nekona neya chieramishkare.
Hunakpaketa yaishikarunash inkarash awa,
mintarkeshta shine piseneterkepi
rai kane an ko ashurpeututta okayash kanan.
pirkano inkarash awa, useainu unchisehe
ne kuni chiramuap Okikirmui kamui rametok
unchisehe neawokai ko
Okikirmui nei ka chierampeutekno
iraraash ruwe neawan.
Chiokai anak tane tankorachi toi rai wen rai
chikishiri tapan na, tewano okai
terkepiutar itekki ainuutar otta irara yan.
ari piseneterkepi hawean kor raiwa isam.

蛙が自らを歌った謡
「トーロロ ハンロク ハンロク!」


トーロロ ハンロク ハンロク!
「ある日に,草原を飛び廻って
遊んでいるうちに見ると,
一軒の家があるので戸口へ行って
見ると,家の内に宝の積んである側に
高床がある.その高床の上に
一人の若者が鞘を刻んでうつむいて
いたので,私は悪戯をしかけようと思って敷居の上に
坐って,「トーロロ ハンロク ハンロク!」と
鳴いた,ところが,彼の若者は刀持つ手を上げ
私を見ると,ニッコリ笑って,
「それはお前の謡かえ? お前の喜びの歌かえ?
もっと聞きたいね.」というので
私はよろこんで「トーロロ ハンロク ハンロク!」と
鳴くと,彼の若者のいう事には,
「それはお前のユーカラかえ? サケハウかえ?
もっと近くで聞きたいね.」
私はそれをきいて嬉しく思い下座の方の
炉縁の上へピョンと飛んで
「トーロロ ハンロク ハンロク!」と鳴くと
彼の若者のいうことには,
「それはお前のユーカラかえ? サケハウかえ?
もっと近くで聞きたいね.」それを聞くと私は,
本当に嬉しくなって,上座の方の炉縁の
隅のところへピョンと飛んで
「トーロロ ハンロク ハンロク!」と鳴いたら
突然!彼の若者がパッと起ち
上ったかと思うと,大きな薪の燃えさしを
取り上げて私の上へ投げつけた音は
体の前がふさがったように思われて,それっきり
どうなったかわからなくなってしまった.
ふと気がついて見たら
芥捨《あくすて》場の末に,一つの腹のふくれた蛙が
死んでいて,その耳と耳との間に私はすわっていた.
よく見ると,ただの人間の家
だと思ったのは,オキキリムイ,神の様に
強い方の家なのであった,そして
オキキリムイだという事も知らずに
私が悪戯をしたのであった.
私はもう今この様につまらない死方,悪い死方
をするのだから,これからの
蛙たちよ,決して,人間たちに悪戯をするのではないよ.
  と,ふくれた蛙が云いながら死んでしまった.


Pipa yaieyukar,“Tonupeka ranran”

Tonupeka ranran
Satshikush an wa ottaokayashi ka
sat wa okere, tane anakne raiash kushki.
“Nenkatausa wakka unkure
untemka okai! Wakkapo!” ohai chiraikotenke,
okayash awa, too hosashi shine menoko
saranip se kane arki kor okai.
Chishash kor okayash awa unsama kush
unnukar awa,
“Toi pipa wen pipa, neptap chishkar hawe
iramshitnere okaipe neya?” itak kane
unotetterke unureetursere unseikoyaku,
toop ekimun paye wa isam.
“Ayapo, oyoyo! Wakkapo!” ohai chiraikotenke
okayash awa, too hosashi shui shine menoko
saranip se kane arki kor okai.
“Nenkatausa wakka unkure untemka okai!
Ayapo, oyoyo! Wakkapo!” ohai chiraikotenke,
okayash awa pon menoko kamui shirine
unsamta arki unnukat chiki,
“Inunukashki shirsesek wa pipautar
sotkihi ka satwa okere, wakkaewen hawe
neshun okaine, nekonanep okai ruwe tan,
aotetterke apkor okai.” itak kane
unopitta unumomare, korham oro
unomare, pirka to oro unomare.
Pirka namwakka chieyaitemka,
shino tumashnuash. Otta eashir
nea menokutar shinrichihi chihunara
inkarash awa, hoshkino ek unureeyaku
shirun menoko wen menoko anak Samayunkur
kottureshi newa, unerampokiwen
unshiknure pon menoko kamui moiremat anak
Okikirmui kottureshi ne awan.
Samayunkur kottureshi chiepokpa kushu
kor amamtoi chishumka wa, Okikirmui
kottureshi kor amamtoi chipirkare.
Ne paha ta Okikirmui kottureshi shino harukar.
chirenkaine ene shirkii eraman wa,
pipakap ari amampush tuye.
Orowano keshpaanko ainu menokutar
amampush tuye ko pipakap eiwanke ruwe ne.
ari shine pipa yaieyukar.  

沼貝が自ら歌った謡
「トヌペカ ランラン」


トヌペカ ランラン
強烈な日光に私の居る所も
乾いてしまって今にも私は死にそうです.
「誰か,水を飲ませて下すって
助けて下さればいい.水よ水よ」と私たちが泣き叫んで
いますと,ずーっと浜の方から一人の女が
籠を背負って来ています.
私たちは泣いていますと,私たちの傍を通り
私たちを見ると,
「おかしな沼貝,悪い沼貝,何を泣いて
うるさい事さわいでいるのだろう.」と言って
私たちを踏みつけ,足先にかけ飛ばし,貝殻と共につぶして
ずーっと山へ行ってしまいました.
「おお痛,苦しい,水よ水よ.」と泣き叫んで
いると,ずっと浜の方からまた一人の女が
籠を背負って来ています.私たちは
「誰か私たちに水を飲ませて助けて下さるといい,
おお痛,おお苦しい,水よ水よ.」と叫び泣きました
すると,娘さんは,神の様な美しい気高い様子で
私の側へ来て私たちを見ると,
「まあかわいそうに,大へん暑くて沼貝たちの
寝床も乾いてしまって水を欲しがって
いるのだね,どうしたのでしょう
何だか踏みつけられでもした様だが……」と言いつつ
私たちみんなを拾い集めて蕗の葉に
入れて,きれいな湖に入れてくれました.
清い冷水でスッカリ元気を恢復し
大へん丈夫になりました.そこで始めて
かの女たちの気性を探って
見ると,先に来て,私を踏みつぶした
にくらしい女,わるい女はサマユンクルの
妹で,私たちを憫み
助けて下さった若い娘さん淑《しと》やかな方
は,オキキリムイの妹なのでありました.
サマユンクルの妹は悪《にく》らしいので
その粟畑を枯らしてしまい,オキキリムイの
妹のその粟畑をばよく実らせました.
その年に,オキキリムイの妹は大そう多く収穫をしました.
私の故為《せい》でそうなった事を知って
沼貝の殻で粟の穂を摘みました.
それから,毎年,人間の女たちは
栗の穂を摘む時は沼貝の殻を使う様になったのです.
  と,一つの沼貝が物語りました.

出典:青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/(入力:土屋隆、校正:鈴木厚 司)
底本:「アイヌ神謡集」(岩波文庫、1978年)
底本の親本:「アイヌ神謡集」(郷土研究社、1923年)
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tag : アイヌ 神謡 アイヌ神謡 カムイユーカラ 知里幸惠 詩人 詩歌 口承文芸

口承文芸としてのアイヌ神謡

 今回は、口承の文化・文芸としてのアイヌの神謡を見つめなおします。
 狩猟生活に生き文字を持たなかったアイヌの人たちは、口承の文化・文芸の豊かな森を受け継いできました。節を持たずに語り継がれた昔話もこの他にありますが、私の最も好きで、アイヌの心の詩だと感じている神謡について考えます。

 知里真志保(ちり ましほ)は、「神謡について」で、「折返(リフレイン)を以て謡われるということが,神謡においては必須の条件」だと、その重要性を教えてくれます。
 次に、折返(リフレイン)の数は、通常一篇の主人公に固有な一種類だけど、途中で話し手(主人公)が交代する場合には折返(リフレイン)も交代するとします。神謡の途中で「ここからは話し手が変ります」という変化が私はとても好きです。
 折返(リフレイン)の位置と意味については、無数にある神謡ごとの多様性をもっていること、その神・主人公にふさわしい顔をした節と音色を響かせることを教えてくれます。これはアイヌの神謡の魅力を生み出している源泉ではないかと私は感じます。

 私が口承文芸という文化についてまず一番に感じるのは、無数にある種類の、短いもの長いものさまざまな神謡が、文字なしに、記憶だけで、受け継がれ伝えられてきたことのすごさに対する感動です。どうして覚えられるのだろうという、素朴な感嘆です。
 伝わる過程での変化は当然あるとしても、心に揺れ続ける節・リズムなしには、記憶し暗唱し伝えることはできないと思います。逆に言えば、節・リズムと折返(リフレイン)こそが時の流れを渡してくれた壊れない舟なのだと思います。

 十数年前に神謡の録音を聞いたことがあります。節と抑揚はとても控えめで単調ともいえる、内にこもっていくような声での浮き沈み繰り返しです。激しい曲調の変化のようなものはありませんでした。歌詞は覚えられなくてもメロディーだけ口ずさめるような、曲に歌詞がつけられた歌ではないと感じました。
 金田一博士が「神謡は純然たる宗教説話の詩篇」と述べたように、私も謡われる祈りの詩だと体感しました。
 知里真志保が、アイヌは「折返をもって謡われるのでなければ,それをただちに神謡とは認めない」と教えてくれるように、詩篇の言葉のゆらぎは、主人公で話し手である神の心の声として歌われ、聞き手はその揺り返す声に包まれるのだと思います。
 そのとき、神謡ごとに固有の、主人公で話し手である神の姿、顔立ちをまざまざと浮び上がらせるのは、折返(リフレイン)がもつ力なのだと思います。歌う者も聞く者も、固有の節で折返(リフレイン)を繰り返すうちに、神謡の世界に深く惹き込まれてゆき、実際に神がその場にいて神が歌っていると実感し体感できたから、そこに響いた言葉は強い印象と一体となって記憶に焼けつき消え去らないのだと思います。
 知里が教えてくれるように、「神謡が古くは祭儀において所作に伴って歌唱されたもの」、そのような祭儀の心、アイヌの祈りが受け渡されてきたものだと感じます。
 姉の幸惠が、『アイヌ神謡集』の「序」で記したように、「一挙一動宗教的感念に支配されていた昔の人の美しい魂の輝き」が神謡なのだと思います。

 私は日本の言葉と調べ、短歌も詩も、琵琶法師が口承した平家物語も好きでそれぞれの良さに感動しますが、アイヌの神謡にはそれらにはない魅力があります。
 アイヌの神謡のいちばんの特徴、素晴らしさは今述べたように、アイヌの神謡が謡われる言葉の揺らめきとともに私の心が揺れ動きだすとき、アイヌが優しい眼差しでみつめ謡い祈っている世界、身近な神たちが息づき共に生きている豊かな森が生い茂っていて、私もその世界に包まれその森にいる、と感じさせてくれることです。

◎原点の引用 (紫文字箇所は強調のため私がつけました)
「神謡について」知里真志保

3.神謡の条件

(e) 神謡の数はほとんど無数といっていいほどたくさんあるが,一篇一篇,特有の曲が附いていて,中にはかなり変化のある花やかな調子で歌われるものもある.(略)
 金田一博士は,「神謡は純然たる宗教説話の詩篇で,がいして短いが,数は無数であり,節も一つ一つ違い,特有の折返(アイヌ語ではsakehe「節の所」)をもって,全部がその折返(リフレイン)の節で謡われて行く音楽的なものである.」(「アイヌの民族的叙事詩」)(『文学』第3巻第11号)といっておられる.
 この折返を以て謡われるということが,神謡においては必須の条件である.神謡の条件として,それはまさに決定的である.この条件さえ満たされるならば,主人公が人間であっても,説述が第三人称で行われても,アイヌはそれを神謡と認めるのに躊躇しないが,反対に主人公が神でも,第一人称で語られても,折返をもって謡われるのでなければ,それをただちに神謡とは認めないのである.(略)

4.神謡の折返(略)
(a) 折返の数.
 一篇の神謡は一個の折返を持つのが普通である.しかるに神謡の中には二個以上の折返を持つものがある.(略)一つの神謡が途中から別の折返をとるのである.(略) 途中から主人公が変わるとそれにつれて折返の変わるもの(略)が断然多く,それが本原に近い形式である.
(b) 折返の位置.
 折返は種々の位置につく.(1)各句の冒頭に繰り返されるもの,(2)各句の末尾に繰り返されるもの,(3)ところどころに規則的に繰り返されるもの,(略),等々.第一の場合が最も多く,それが本来の形式であった.第二の場合もかなり多いが,第三の場合は稀(略).
 神謡の折返は本来動物神の名乗みたいなものであるから,最初につくのがもとの形式であり,また詞章の切れ目に入れられるものであるから前の句の句尾に属するかのように意識されるのも自然である.
(c) 折返の意味
折返の中には,今では全く意味不明に帰してしまったものもかなりある.(略)現在意味のとれるものだけについて見れば,ほぼ四つの場合に分けられる.
 (1) その神謡の主人公たる神本来の歌声が折返となっているもの.
 例えば熊の神謡の折返,「フウェ・フウェー!」(huwe huwe)とか「ホウェーウェ・フム」(howewe hum)とかいうのは,ウェーウェーという熊の鳴き声であり,また鳴声を含むものである.(略)
 (2) その神謡の主人公たる神を一般的に観察した場合その特徴となるような動作または性質を把えてその主人公を象徴的に示すもの,(略)
 火の神の折返に「アペメル・コヤン・コヤン」(ape-meru ko-yan ko-yan)[火の光・あがる・あがる](略)
 (3) その説話における主人公の臨時的にとる動作,あるいはその説話のなかの状景あるいは事件そのものを象徴的に表わすもの.
 「シュマヅム・チャシチャシ・トワトワト,ニイヅム・チャシチャシ・トワトワト」(suma-tumu chas-chas towa towa to,nitumu chas-chas towa towa to)[石原さらさら駈けぬける,木原もさらさら駈けぬける]という折返の神謡では,狐が実際に日中石原や木原を駈けすりまわるのである.(略)
 (4) 叫び・はやし・かけ声の類もある.
 「ウンナ・オーイ」(unna oy)という神謡の折返は,危急を告げる女の叫び声「ホーイ」を含む(略).

 以上四種の折返の存在は,神謡が古くは祭儀において所作に伴って歌唱されたものであると考えることによってのみ,その意義を把えることができよう.

出典:「神謡について」知里真志保(『アイヌ神謡集』(岩波文庫、1978年)所収)
底本の親本:「神謡について」(一)(『知里真志保著作集』第1巻(平凡社1973年)所収)
 

 次回は、『アイヌ神謡集』の「美しい魂の輝き」を聴き取っていきます。

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アイヌ神謡の優しさの豊かさ

 知里幸惠(ちり ゆきえ)の『アイヌ神謡集』をより深く心に響かせるために、まずアイヌ神謡(カムイユーカラ)の特徴と素晴らしさを考えます。
 幸惠の実弟の知里真志保(ちり ましほ)の名前は彼女の「日記」や「手紙」にあって親しみを覚えますが、彼は優れたアイヌ文化研究者となりました。彼の「神謡について」はその根本を教えてくれます。

 今回は、私がアイヌの人たちの神謡の何をどうして好きなのか、大切に感じるのかを書きます。
 私がアイヌ神謡をとても好きな一番の理由は、真志保が言う「アイヌにおいては,獣鳥虫魚介草木日月星辰みな神である(―というよりも,神々が我々人間の目にふれる時に限り,かりにあのような姿をとって現われる,という考え方である).ことです。彼が書いている通り、身の回りのあらゆるものが神謡の主人公、この世に神が現れる顔・姿として、そのもの独自の声で、神謡を謡っています。
 このアイヌの世界観は次のような豊かさから、世界中のあらゆる宗教の中でいちばん私の心に近い、自然に受け容れたいと感じさせてくれるものです。

 アイヌの神謡の神は、自らを絶対的な至高の存在とは宣言しません。自らに従う者のみが正義で味方、他は悪で敵といったように生き物や人間の間を厳しく隔て峻別することはしません。神である自分のほうが誤ることもあると認め謝ったりします。悪いことをしたために惨めに死んでしまったりもします。(死んでしまったからだの耳と耳の間にいる自分に気がつく、という表現が私はとても好きです)。

 そのようなアイヌの神謡は、人間だけが生きているのではない、動植物やそれ以外の身の回りにあるあらゆるものは、人間だけのためにあるのではない、それらが人間を生かしてくれるアイヌの神の現われなんだと、教えてくれます。狩猟民族だからこそ毎日他の生き物を自分の手で殺し食べることで自分があり続けることができている、その厳しさからこそ生まれてきた心の教えだと私は感じます。

 そのように世界を抱擁する心のおおきさは人間どうしの間柄にも染み渡っています。神謡は、人間を独善的に敵対しあうものとしてではなく、生き物のひとつとしての命を授けられた、等しいもの、として労りあう優しい眼差しで包み込んでいます。
 ほとんどすべての宗教、宗派が、正義は我にあり、とします、そう信じることが信仰です。ただその正義と正義のせめぎあいが、この星のうえの殺戮の歴史を滅し去るより逆に増やしてしまってきたことを私はとても悲しく思います。

 知里幸惠は両親とともにキリスト教を信仰しました。アイヌの世界観の豊かな懐の深さでキリスト教の良いところを受け容れたのだと彼女の言葉に私は感じます。例えば日記に私が忘れない聖書の言葉「偽善者よ、先づ己の目より梁木をとれ、さらば兄弟の目より物屑を取得るやう明かに見べし。(太七・五)」(遺稿「日記」六月九日)を記していることに、共感せずにいられません。
 排他的に他の宗教を退けるのではなく、お互いに必ずどこかで通じ合っているはずの人間としての信仰心、他の宗教の一番良いところを認めあうことはできるのではないか、とアイヌ神謡は謡いかけてくれます。

 このような優しさに満ちた世界観を抱いていたから、アイヌは滅びゆく民族となったのだと、考える人がいるかもしれません。
 でもそのように、自らをのみ世界の中心と考え、他の生き物、民族、人々は利用するための物としか感じ取れず自らだけが栄えればよいと考える愚かな人こそ、この星から必ず少なくなっていくと私は考えます。
 アイヌの豊かな世界、神謡に謡われる優しい心は、民族や国家という境界線に閉じ込められることなく、あふれだし必ずひろがっていく、知里幸惠の心が私の心を揺りうごかし響き続けていてくれるように、と私は思います。その心に共鳴できるよう願いつつ詩を創っています。

◎原文の引用
「神謡について」知里真志保


3.神謡の条件
(略)(b) 説話の主人公,すなわち「我は……我は……」と語るものは,神であるが,ただしここで神というのは,もちろんアイヌの観念における神であって,我々の考えるような意味の神ではない.
 アイヌにおいては,獣鳥虫魚介草木日月星辰みな神である(―というよりも,神々が我々人間の目にふれる時に限り,かりにあのような姿をとって現われる,という考え方である.
 そこで神謡の世界においては,熊・狼・狐・獺(かわうそ)・エゾイタチ・犬・鼠(ねずみ)・兎・鯱(しゃち)・めかじき・鯨(くじら)・ふくろう・鴉(からす)・雀(すずめ)・鶴・啄木鳥(きつつき)・しぎ・阿房鳥(あほうどり)・かっこう・つばめ・鷲(わし)・フーリやケソラプと称する想像上の鳥・蝉(せみ)・蛙(かえる)・蛇(へび)・蜘蛛(くも)・蝶(ちょう)・こおろぎ・鮭(さけ)・沼貝・河童(かっぱ)・トリカブト・ウバユリ・アララギ・火の神・風の神・雷神・その他の神々・種々の魔神・錨(いかり)・舟等が主人公となって現われる.それから,もう一つの方のオイナ(北海道の中東北部から樺太にかけての神謡の呼称)には,半神半人の人祖アイヌラックルその他の神々が主人公となって現われるのである.(略)

出典:「神謡について」知里真志保(『アイヌ神謡集』(岩波文庫、1978年)所収)
底本の親本:「神謡について」(一)(『知里真志保著作集』第1巻(平凡社1973年)所収)


 次回は、口承の文化・文芸としてのアイヌ神謡の素晴らしさを考えます。

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詩「大阪の子どものうた」をHP公開しました

 ホームページの「虹・新しい詩」に、新しい詩「大阪の子どものうた」を公開しました。

詩「大阪の子どものうた 河内の子どもやってん」
詩「大阪の子どものうた 涙の補欠」

お読みいただけると嬉しく思います。

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知里幸惠(三)遺稿「手紙」

 前回の遺稿「日記」に記したように、知里幸惠(ちり ゆきえ)は、『アイヌ神謡集』の原稿が仕上がり印刷所へと送られた年の、大正十一年(1922年)九月十九日、享年十九歳で亡くなりました。亡くなった年の六月から九月の「日記」と「手紙」が遺稿集として出版されています。
 遺稿の「手紙」は亡くなった直前まで記されていて、両親への最後の手紙の日付は九月十四日付、亡くなった日の5日前です。彼女がどんなに生きたかったか、両親に会いたかっただろうか、と思うと悲しくてなりません。そこに記されている、病と闘いながら、アイヌを思い、肉親を思う、心を痛める優しい生の声の切実さに、心を揺さぶられます。

 幸惠は、『アイヌ神謡集』という美しい祈りのような本で、「彼女にしか出来ないある大きな使命をあたへられてる事を痛切に感じた」、「愛する同胞が過去幾千年の間に残しつたへた、文芸を書残すこと」、「彼女にとってもっともふさはしい尊い事業」をやり遂げたのだと私は思いたいです。彼女ならきっと、まだまだ心に響く言葉を生み出し伝えてくれただろうと思うと、とても悲しく悔しい。優しい美しい心の人はどうして早く召されてしまうのでしょう。
 彼女の言葉の通り、「過去二十年間の病苦、罪業に対する悔悟の苦悩、それらのすべての物」、「それらのすべての経験が、」彼女「をして、きたへられ、洗練されたものにし、また、自己の使命はまったく一つしかないと云ふことを自覚せしめた」、だからこそ、こんなに美しく響く愛(かな)しい本を、生み出し、伝え、私たちの心に響かせ続けてくれることができた、のだと私も感じます。
 彼女が痛切な悲しみに負けずに命を賭して残してくれたこの本に織り込められた願いと祈りの響きは、決して消えない、私はそう信じます。

◎原点引用 (紫文字の箇所はとくに強く響いた言葉に私がつけたものです。)

「手紙」 知里幸惠

知里高吉・波子宛
大正十一年(1922年)
九月四日付(東京発信)

(略)
自分の病気の事ばかり長々と書連ねまして誠に相すみません。私も折角の機会ですから、これを逸せずもう暫く止まって一年か二年何か習得して帰りたいことは山程で、今頃病気だなどとおめ/\帰るは、涙する程かなしうございます。然し御両親様、神様は私に何を為させやうとして此の病を与へ給ふたのでせう。私はつく/″\思ひます。私の罪深い故か、すべての哀楽喜怒愛慾を超脱し得る死! それさへ思出るんですが、神様は此の罪の負傷(いたで)深い病弱の私にも何事か為させやうとして居給ふのであらうと思へば感謝して日を送ってゐます。
今一度幼い子にかへって、御両親様のお膝元へ帰りたうございます。そして、しんみりと私が何を為すべきかを思ひ、御両親様の御示教を仰ぎたく存じます。半年か一年ほど……。
旭川のおっかさんは許してくれる筈です。
今月の二十五日に立つことに先生や奥様と決めました。あまり早過ぎるでせうか。やはり室蘭廻りがよからうと先生のおはなしでございました。それまでに一度大学病院へ先生が連れて行って下さることになってゐます。そして坂口博士に診て戴いて、今後の養生法など仔細に承ることになってゐます。(略)
今日は何を書いたかわかりませんが、ずいぶんぞんざいで誠に相すみませんでございました。では二十五日に帰りますから、よろしくおねがひ致します。そして汽車賃は旭川のおっかさんが送ってくれるはずですから、何卒柳行李と弁当料だけ御都合の時に御恵与の程おねがひ申上げます。これからも度々こんな風にからだが悪くなっちゃ、とても気兼々々で、私の弱むしは困りますから成るべく御迷惑かけないうちに帰りたいと思ふのです。旅の途中などは大丈夫です。船にも汽車にも酔ひませんから……。(略)
涼しくなって、食が進む時はとかく胃腸を悪くしやすい時ださうですから、皆々様おたいせつに。操ちゃんによろしく。フチたちにも沢山よろしく。道雄さんかはいさうに、私の所へも私が病気の最中手紙が来て入院してると云って来ました。まったく困ったものですね。病気になるんなら、ほかの若いピン/\した人たちの病気がみんな私のところへ集って来て、その代り誰も病気しないんなら何んなに嬉しいでせう。彼の人にもまだ見舞状を出しませんが嘸うらんでゐるでせう。では、これで失礼致します。
さよなら
幸惠より
 愛する
  御父上様
  御母上様

知里高吉・波子宛
大正十一年(1922年)
九月十四日付(東京発信)


愛する御両親様、おいそがしいなかをお手紙を下さいまして誠にありがとう存じました。また沢山のお銭をお送り下さいまして何ともお礼の申上げやうも御座いません。ほんとうに御都合の悪い所をおねがひ申上げましてほんとうにありがたうございました。二十五日に帰る予定でしたが、お医者さんがもう少しと仰ったので十月の十日に立つことに致しました。めづらしくよほどやせましたので、すっかり恢復してから帰ります。でも此の頃は大方もとのとほりのふとっちょになりました。まだあとざっと一月もあります。坊ちゃんが大よろこびしてゐます。私のカムイカラの本も直きに出来るようです。昨日渋沢子爵のお孫さんがわざ/\その原稿を持って来て下さいまして、誤りをなほしてもうこんど岡村さんといふ所へまはって、それから印刷所へまはるさうです。(略)
私は奥さんのお裁縫を手伝ったり、先生のアイヌ語のお相手になったり、ユカラを書いたり、気まゝな事をしてゐます。(略)去る七日、私は名医の診断を受けました。(略)先生にすっかり何かをおはなしになり、診断書を於(ママ)ていらっしゃいました。(略)私の方は、やっぱり心臓の僧帽弁狭さく症といふ病気で、其の他には病気はありません。呼吸器もいいさうです。そして前の坂口博士が仰った様に、無理を少しすれば生命にかゝはるし、静かにさへしてゐれば長もちしますって。診断書には、結婚不可といふことが書いてありました。何卒安心下さいませ。
私は自分のからだの弱いことは誰よりも一番よく知ってゐました。また此のからだで結婚する資格のないこともよく知ってゐました。それでも、やはり私は人間でした。人のからだをめぐる血潮と同じ血汐が、いたんだ、不完全な心臓を流れ出づるまゝに、やはり、人の子が持つであらう、いろ/\な空想や理想を胸にえがき、家庭生活に対する憧憬に似たものを持ってゐました。本当に、肉の弱いやうに私の心も弱いのでした。自分には不可能と信じつゝ、それでもさうなんですから……。充分にそれを覚悟してゐながら、それでも最後の宣告を受けた時は苦しうございました。いくら修養しよう、心ぢゃならない、とふだんひきしめてゐた心。ずっと前から予期してゐた事ながらつぶれる様な苦涙の湧くのを何うする事も出来なかった私をお笑ひ下さいますな。ほんとうに馬鹿なのです、私は……。
然しそれは心の底の底での暗闘で、つひには、征服されなければならないものでした。はっきりと行手に輝く希望の光明を私はみとめました。過去の罪怯(ママ)深い私は、やはり此の苦悩を当然味はなければならないものでしたらうから、私はほんとうに懺悔します。そして、其の涙のうちから神の大きな愛をみとめました。そして、私にしか出来ないある大きな使命をあたへられてる事を痛切に感じました。それは、愛する同胞が過去幾千年の間に残しつたへた、文芸を書残すことです。この仕事は私にとってもっともふさはしい尊い事業であるのですから。過去二十年間の病苦、罪業に対する悔悟の苦悩、それらのすべての物は、神が私にあたへ給ふた愛の鞭であったのでせう。それらのすべての経験が、私をして、きたへられ、洗練されたものにし、また、自己の使命はまったく一つしかないと云ふことを自覚せしめたのですから……。もだえ/\苦しみ苦しんだ揚句私は、すべての目前の愛慾、小さいものをすべてなげうって、新生活に入り、懺悔と感謝と愛の清い暮しをしやうと深く決心しました。神の前に、御両親様にそむき、すべての人にそむいた罪の深いむすめ幸惠は、かくして、うまれかはらうと存じます。何卒お父様もお母様も過去の幸惠をお許し下さいませ。何卒おゆるし下さいませ。そして此の後の幸惠を育み導いてやって下さいまし。おひざもとへかへります。
一生を登別でくらしたいと存じます。たゞ一本のペンを資本に新事業をはじめようとしているのです。明日をも知らぬ人の生、たゞあたへられた其の日/\を、清く美しく、忠実に送って何時召しを受けてもいゝ様に日を送れば、それでいゝんですから。私は小さな愛から大きな愛を持って生活しやうと思ってるのです。私の今の心持は、非常に涙ぐましい程平和で御座います。にくみもうらみもなく、たゞ感謝にみちてゐます。私のすべての気持を書きあらはすことはとても出来ません。たゞ、此の事で、名寄の村井が何んな事を感ずるかと云ふことが、私の胸を打ちます。しかし、何卒彼が本当に私をよりよくより高く愛する為に、お互ひの幸をかんがへ、理解ある判決を此の事にあたへる様に、と念じてゐます。
本当に罪深い私でした。何卒おゆるし下さいませ。親にむかって図々しくも斯様な事を書ならべて、嘸や御不快でもいらっしゃいませう。私は、此の後、一生沈黙をつゞけます。ほんとうに無言で暮しませう。たゞその生活に入る前に、私が此の世に於て人間としてあたへられた、此の苦しみ、此のなげきと、さうして最後にあたへられた、大きな愛、使命の自覚などと云ふ心の変りかたを御両親様に申上げます。お察し下さいませ。
昨日、名寄の方へ知らせてやりました。何んな返事が来るか知りません。何卒お情に、もしをりがありましたら、彼に何とか言ってやって下すったら私の幸福は此の上ありません。フチたちや皆々様によろしくお伝へ下さいませ。十月の十二日頃はお目にかゝれます。(略)農繁期でみなさんおいそがしくいらっしゃいませう。東京は此の頃また、暑くなりました。でもやはり秋らしい感じが澄んだ青空にも木の葉を揺りうごかす風にも豊かに満ちてゐます。北海道は涼しくなりましたでございませう。(略)
先達はほんとうに御心配かけました。今度は帰るまで大丈夫でございます。今私は平和な平和な感謝の気分にみたされて、誰でもすべての人を愛したい様な気が致します。何卒御両親様おからだをおたいせつにあそばして下さいませ。
さよなら
幸惠より
  愛するお父様
  愛するお母様

出典:青空文庫(入力:川山隆、校正:松永正敏)
底本:「銀のしずく 知里幸惠遺稿」(草風館 、1996年)


 次回から、『アイヌ神謡集』に込められた知里幸惠の願いと祈りの詩を聴きとっていきます。

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知里幸惠(二)遺稿「日記」

 知里幸惠(ちり ゆきえ)は、『アイヌ神謡集』の原稿が仕上がり印刷所へと送られた年の、大正十一年(1922年)九月十九日、享年十九歳で亡くなりました。(出版は翌年です。)
 亡くなった年の六月から九月の「日記」と「手紙」が遺稿として出版されています。公表を考えていなかったそこに記されている言葉、病と闘いながら、アイヌを思い、肉親を思う、心を痛める優しい生の声の切実さに、心を揺さぶられます。
 『アイヌ神謡集』という美しい祈りのような本を、彼女がどのような思いで生み出してくれたかを知り、この本に織り込められた願いと祈りをより心に聴き取るために、私の心に強く響いた言葉を書きとめます。
 今回は、遺稿の「日記」の、彼女が自分をみつめ自分に問いかけ見つけようとした、心の言葉です。

◎原点引用 (紫文字の箇所はとくに強く響いた言葉に私がつけたものです。)

「日記」  知里幸惠
大正十一年(1922年)
六月一日

(略)
今日は六月一日、一年十二ヶ月の中第六月目の端緒の日だ。私は思った。此の月は、此の年は、私は一たい何を為すべきであらう……昨日と同じに机にむかってペンを執る、白い紙に青いインクで蚯蚓の這い跡の様な文字をしるす……たゞそれだけ。たゞそれだけの事が何になるのか。私の為、私の同族祖先の為、それから……アコロイタクの研究とそれに連る尊い大事業をなしつゝある先生に少しばかりの参考の資に供す為、学術の為、日本の国の為、世界万国の為、……何といふ大きな仕事なのだらう……私の頭、小さいこの頭、その中にある小さいものをしぼり出して筆にあらはす……たゞそれだけの事が――私は書かねばならぬ、知れる限りを、生の限りを、書かねばならぬ。
――輝かしい朝――緑色の朝。(略)

六月二十四日
(略)
私は親の愛をつく/″\思ふ。父の愛、母の愛、それは何れ劣らぬものである。
父様とはまだしみ/″\とお話をしたことは無い。だけど私は、父の愛も母の愛も、私の胸にしっくりと刻みつけられてあるのを今見出す。今此の指の先を流れてゐる血も、父母のわけてくれた血、その血の中には絶えず父母の愛が循還(ママ)してゐるのだ。かうして私が父母を思出してゐる時も、父母はきっと私の事を思出してゐてくれるのだらう。それが何百里遠い此処まで私の心に通じ、硬ばった弁膜をとほして胸の底まで徹して、それでかうしてあふれる涙があるのではないかしら……。私は今日何うかしてゐる。何故こうも父母が思出されるだらう(略)
父様よ母様よ、私は父様にも母様にも不孝な子です。生れるから死ぬまで御心配かけどほしでした。これからだっても私に何が出来るでせう。今までより以上の不孝を続けるかも知れない。だから孝行などゝはあまりに大きくて、私にはそばへもよりつかれない事でありませう。此のまゝの状態で幸恵には何時此の世を去るべき時が訪れるかわからない。
此の世にうまれて何一つ仕出かしたいゝ事もなくて、何時私は死んでゆくかわからない。だけど、父様よ、母様よ、幸恵は生きてゐてなんにもおとっちゃんやおっかさんにいゝ言葉をおきかせしなかったし、ましていゝ事などは出来るはずもなかったけれど、幸恵の心は、おとっちゃんやおっかさんの慈愛に対する感謝でもって一ぱいになってゐたといふ事だけは真実な事です。ゆるして下さい。それだけでゆるして下さい。(二十五日朝)

六月二十九日
(略)
私たちアイヌも今は試練の時代にあるのだ。神の定めたまふた、それは最も正しい道を私たちは通過しつゝあるのだ。捷路などしなくともよい。なまじっか自分の力をたのんで捷路などすれば、真っさかさまに谷底へ落っこちたりしなければならぬ。
あゝ、あゝ何といふ大きな試練ぞ! 一人一人、これこそは我宝と思ふものをとりあげられてしまふ。旭川のやす子さんがとう/\死んだと云ふ。人生の暗い裏通りを無やみやたらに引張り廻され、引摺りまはされた揚句の果は何なのだ! 生を得ればまたおそろしい魔の抱擁のうちへ戻らねばならぬ。
死よ我を迎へよ。彼女はさう願ったのだ。然うして望みどほり彼女は病に死した。何うしてこれを涙なしにきく事が出来ようぞ。心の平静を保つことに努めつとめて来た私もとう/\その平静をかきみだしてしまった――だからアイヌは見るもの、目の前のものがすべて呪はしい状態にあるのだよ――。先生が仰った。おゝアイヌウタラ、アウタリウタラ! 私たちは今大きな大きな試練をうけつゝあるのだ。あせっちゃ駄目。ぢーっと唇をかみしめて自分の足元をたしかにし、一歩々々重荷を負ふて進んでゆく……私の生活はこれからはじまる。
人を呪っちゃ駄目。人を呪ふのは神を呪ふ所以なのだ。神の定めたまふたすべての事、神のあたへたまふすべての事は、私たちは事毎に感謝してうけいれなければならないのだ。そしてそれは、ほんとうに感謝すべき最も大きなものなのだ。(略)
赤ちゃんをおんぶして外へ出る。何だか自分が母親になった様な、涙ぐましいほど赤ちゃんがかはゆくて、母らしい気分で赤ちゃんをあやし、赤ちゃんの為に心配する……。子供が欲しい。またしてもこの望みが出てくるのだ。

七月十一日
母様からの手紙。松山さんの話、大尉の話、八重さんの話、すべてにお母様式を遺憾なく発揮してるのが面白く、またかなしい気がする。
葭原キクさんはほんとうに死んでしまったのだ。何卒嘘であってくれるやうに……と思った甲斐もなく。彼の女に就いて思出すことは、容貌の美しかったこと、よく泣く人であったこと、よく笑ふ人であったこと、幼い記憶に残ってるのは先づそんなものである。文字が上手であった。怒った時の表情も目の前に見るやうだ。動作はしとやかな、先づ私たちアイヌのうちにも彼女がゐたことは喜ばしいことである。私を可愛がってくれたった。
その人も今やなし。またしても何故アイヌはかうして少しよい人をみな失ってしまふのかと泣きたくなる。きくさんの娘はみゆきと言った。可愛い子であったが、父なく母なき孤子になってしまったのだ。妙に気にかゝって仕様がない。今は何処にゐるのか知ら。母親に似て、色白の顔の形もとゝのった美しい子だった。さうして、やはり母親に似て利発な子であった。今はもう十歳ぐらゐにもなるであらう。おゝかはいさうに。幼くして母を失ったおん身は、これから何ういふ生活に入るのか。さなきだに涙の多い母を持ったおん身だから涙もろい性質を持って居るのであらうものを、きっと、さびしい/\涙の子におん身はなるであらう。それもよし。泉と湧く涙に身を洗ったならば、おん身は却って、美しい清い魂を得るであらう。何卒さうなって下さい。涙の谷に身を沈めてはいけない。決して沈んでしまってはなりません。

七月十二日 晴、終日涼
(略)
岡村千秋さまが、「私が東京へ出て、黙ってゐれば其の儘アイヌであることを知られずに済むものを、アイヌだと名乗って女学世界などに寄稿すれば、世間の人に見さげられるやうで、私がそれを好まぬかも知れぬ」と云ふ懸念を持って居られるといふ。さう思っていたゞくのは私には不思議だ。私はアイヌだ。何処までもアイヌだ。何処にシサムのやうなところがある たとへ、自分でシサムですと口で言ひ得るにしても、私は依然アイヌではないか。つまらない、そんな口先でばかりシサムになったって何になる。シサムになれば何だ。アイヌだから、それで人間ではないといふ事もない。同じ人ではないか。私はアイヌであったことを喜ぶ。私がもしかシサムであったら、もっと湿ひの無い人間であったかも知れない。アイヌだの、他の哀れな人々だのの存在をすら知らない人であったかも知れない。しかし私は涙を知ってゐる。神の試練の鞭を、愛の鞭を受けてゐる。それは感謝すべき事である。
アイヌなるが故に世に見下げられる。それでもよい。自分のウタリが見下げられるのに私ひとりぽつりと見あげられたって、それが何になる。多くのウタリと共に見さげられた方が嬉しいことなのだ。
それに私は見上げらるべき何物をも持たぬ。平々凡々、あるひはそれ以下の人間ではないか。アイヌなるが故に見さげられる、それはちっともいとふべきことではない。ただ、私のつたない故に、アイヌ全体がかうだとみなされて見さげられることは、私にとって忍びない苦痛なのだ。
おゝ、愛する同胞よ、愛するアイヌよ!!!


出典:青空文庫(入力:田中敬三、校正:川山隆)
底本:「銀のしずく 知里幸惠遺稿」(草風館、1996年)


 次回は知里幸惠の遺稿の「手紙」)の思いを感じ取ります。
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『アイヌ神謡集』序、知里幸惠(一)

 アイヌの神謡カムイユーカラは、とても美しい心の詩だと私は感じます。口承されてきた神の言葉で謡われている心はとても優しく、慈しみに満ちています。いのちを深く豊かに捉えたアイヌの世界観を私は学びとりたいと思っています。
 これから何回かにわたって、アイヌの神謡と、その素晴らしさを伝えてくださったアイヌの方たちについて、私の思いを書き記します。
 私が最初に出会えたのは、知里幸惠(ちり ゆきえ)編訳『アイヌ神謡集』でした。ですからこの美しい本と、知里幸惠への思いから書き留めていきます。
 アイヌの美しく豊かな文化の森への入り口として、『アイヌ神謡集』への尽くせない思いを丁寧にまとめあげた知里幸惠の「序」の言葉ほど、ふさわしいものはないと私は思います。彼女のやさしい魂の祈り、アイヌを愛する深い思いが織り込められている、とても美しい文章です。
 この文章は削り傷つけたくないと私は感じますので、少し長いですが全文転載させて頂きます。彼女の心を聴き取り感じてくださると、私も嬉しく思います。

◎原文引用
知里幸惠『アイヌ神謡集』
   序


 その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました.天真爛漫な稚児の様に,美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は,真に自然の寵児,なんという 幸福な人だちであったでしょう.
 冬の陸には林野をおおう深雪を蹴って,天地を凍らす寒気を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り,夏の海には涼風泳ぐみどりの波,白い鴎の歌を友に木の葉の様な小舟を浮べてひねもす魚を漁り,花咲く春は軟らかな陽の光を浴びて,永久に囀(さえ)ずる小鳥と共に歌い暮して蕗( ふき)とり蓬(よもぎ)摘み,紅葉の秋は野分に穂揃うすすきをわけて,宵まで鮭とる篝(かがり)も消え,谷間に友呼ぶ鹿の音を外に,円(まど)かな月に夢を結ぶ.嗚呼なんという楽しい生活でしょう.平和の境,それも今は昔,夢は破れて幾十年,この地は急速な変転をなし,山野は村に,村は町にと次第々々に開けてゆく.
 太古ながらの自然の姿も何時の間にか影薄れて,野辺に山辺に嬉々として暮していた多くの民の行方も亦いずこ.僅かに残る私たち同族は,進みゆく世のさまにただ驚きの眼をみはるばかり.しかもその眼からは一挙一動宗教的感念に支配されていた昔の人の美しい魂の輝きは失われて,不安に充ち不平に燃え,鈍りくらんで行手も見わかず,よその御慈悲にすがらねばならぬ ,あさましい姿,おお亡びゆくもの……それは今の私たちの名,なんという悲しい名前を私たちは持っているのでしょう.
 その昔,幸福な私たちの先祖は,自分のこの郷土が末にこうした惨めなありさまに変ろうなどとは,露ほども想像し得なかったのでありましょう.
 時は絶えず流れる,世は限りなく進展してゆく.激しい競争場裡に敗残の醜をさらしている今の私たちの中からも,いつかは,二人三人でも強いものが出て来たら,進みゆく世と歩をならべる日も,やがては来ましょう.それはほんとうに私たちの切なる望み,明暮(あけくれ)祈っている事で 御座います.
 けれど……愛する私たちの先祖が起伏す日頃互いに意を通ずる為に用いた多くの言語,言い古し,残し伝えた多くの美しい言葉,それらのものもみんな果敢なく,亡びゆく弱きものと共に消失せてしまうのでしょうか.おおそれはあまりにいたましい名残惜しい事で御座います.
 アイヌに生れアイヌ語の中に生いたった私は,雨の宵,雪の夜,暇ある毎に打集って私たちの先祖が語り興じたいろいろな物語の中極く小さな話の一つ二つを拙ない筆に書連ねました.
 私たちを知って下さる多くの方に読んでいただく事が出来ますならば,私は,私たちの同族祖先と共にほんとうに無限の喜び,無上の幸福に存じます.

  大正十一年三月一日
               知里幸惠
 
 知里幸惠はこの『アイヌ神謡集』一冊を残し、この序を書いた年の九月に、出版された著書を手に取ることなく、十九歳の若さで病のため亡くなりました。わたしはとても悲しく悔しく思います。
 次回は、彼女の遺稿の「日記」に触れることで、この美しい文章を生み出させた彼女の思いの深さをより感じ取りたいと願います。

出典:青空文庫http://www.aozora.gr.jp/(入力:土屋隆、校正:鈴木厚司)
底本:「アイヌ神謡集」(岩波文庫、1978年)
底本の親本:「アイヌ神謡集」(郷土研究社、1923年)


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ケプラーの詩心(三)星の音楽

 ケプラーの言葉「地球はミ・ファ・ミと歌う。」に私は心うたれます。
 彼の詩心、彼の祈りに、私は共鳴し、響きあう音楽を奏でたいと願っています。これまでも、これからも。
 これまで私が授けられ発表できた星の音楽の詩は、ホームページの章『あどけない心の森 星のこもりうたにまとめています。(リンクしていますのでお読み頂けます。)

 目次

詩「星の愛 星の祈り(連詩「愛と祈りの星魂(ほしだま)の花」

詩「星のささやき(同上)

詩「星魂の花(同上)

詩「星のこもりうた(同上)

詩「あどけない星魂のはなし

 私がケプラーの詩心と祈りに共鳴するように、共鳴を心に感じて頂けたらとても幸せに思います。

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ケプラーの詩心(二)天体の音楽と祈り

 ケプラーは生涯にわたる探求で見出した天文学の法則を叙述する著作に、彼の心では切り離せず一体となっている詩心と祈りの調べを織り込めています。前回『世界の調和』の全体イメージをまとめたことを受け、彼が本当に探していたもの、伝えたかったものは何だったのかを考えます。
 引用は、『世界の調和』(ヨハネス・ケプラー、島村福太郎訳、『世界大思想全集(社会・宗教・科学31)』所収、河出書房新社、1963年)によります。

 『世界の調和』の第5巻、天文学・形而上学篇、「調和的比例による離心率の起源と天体運動の完全な調和」の第3章で、彼が見出した天文学の三つの法則を述べた後、次の二つの章では、ケプラーが書かずにはいられないことを書くための下地が作られます。
 第4章、「創造主による惑星の諸運動の際に、調和的比例がどこに表現されるか、またはそれはどのように起るか。」
 第5章、「見かけの惑星運動の比率(いわば太陽上の観察者に対する)においては、体系の諸段階、すなわち音性長調と短調のような音階が表現されること。」

 彼の詩心はここから後の章に記されていきます。言葉とともに美しい楽譜と音符が頁の上に描かれていて、まるで歌っているかのようです。ケプラーが見出した法則以上に本当に訴えたかったのは、宇宙について、生きることについての信念、祈りであるこれらの言葉ではなかったかと私は感じて心を揺さぶられます、科学史のうえでは価値ないものとして捨てられ省みられない言葉であっても。
 ケプラーの心の言葉、祈りの詩 、私にとって大切な共鳴する音楽を、ここに植えつけ響かせたいと思います。

 第6章、惑星の極端な諸運動においては、ある仕方で、音楽的な旋法すなわち音調が表現されること。
     概略:二つの隣接した惑星の極端点における運行の間に存在する調和的比例について。
 「惑星間に音楽の音調を割り当てられる。(略)
 私は土星には常用の音調によって第七または第八音調を与えたいと思う。木星に対しては、(略)第 一ないし第二音調をあてがう。火星には第五もしくは第六音調を与える。(略)
 地球については第三ないし第四音調を与えてもよいだろうと思う。というのはその運動は一つの半音の内部に止まり、その音調にあっては、最初の音程が一つの半音(原注)なのである。
 水星にあっては、その音程がきわ めて広域なために、どの音調も同一の方程で適合するであろう。金星にあっては、その音程が狭いために、どんな音調も現われない。(略)」
 (原注)地球はミ・ファ・ミと歌う。
 そこでこの語の綴りからすると、われわれの住みかには「ミゼリアとファーミス」(災難と飢餓)とが支配する、
と受け取 ることができる。」
 この原注に私は心打たれました。ケプラーがこの膨大な著作に小さく記したこの注に込めた思いがとても強く悲しく響いて私の心を離れません。このエッセイを書いた一番強い動機もこの言葉を書いたケプラーを伝えたいことにあります。

 ここからさらに、ケプラーはより深まりより強く詩を奏でていきます。天体は調和する音楽であると、彼は信念を歌います。

 第7章、六個の全惑星に、共通した四重の対位法と同じの全体調和が存在すること。
 「さてもウラニア(天文を司る女神)よ。世界構造の真の原型が秘匿され、保存されている個所へ向って、私が高き天体の運行の調和的な階梯をのぼっていくにつれ、響きはまますます高鳴ってくる。こんにちの音楽家たちよ、私に続け、(略)
 御身らの重音のメロディーをとおして、御身らの耳の媒介によって、自然は人間の精神に、神の姿をした愛児に、その内部の本質をささやく。
(原注)(略)天空では六つの声調が共鳴していることに気づいた。なぜなら月は、地球のそばではそこに発祥地をもつかのごとく調和的に音をたてる。(略)。
 私の著作に述べられている天の音楽を最もよく表現する者には、クリオ(歴史を司る女神)が花環を約束し、ウラニアが、花嫁としてヴィーナス(恋愛と美を司る女神)を約束する。」

 「天体の運行は一つの音楽である。それは、恒久的な重音の音楽(耳によっては聴きとりえず、理解によって聴きとりうる)、すなわち、不調和な調子によって、(略)一定の、さきにのべた、それぞれ六段階(同時に六重音)の約款上に向けられた、そしてそれによって無限の時の流れの中で種々の符号をもつところの、音楽以外の何者でもない。
 それゆえに、その姿の模倣者である人間が、昔の人々に知られていなかった多重音旋律の技術をついに発見したことは、もはや少しも驚くにあたらない。人間は間断なき世界の時の流れをより多くの音律の精巧な交響曲をもって短時間の中に奏しようとする。そして神を模倣して彼にこの音楽を用意する歓喜の気持で、神の芸術家の満足を可能な限り彼の作品の中にたしなもうとする。」

 第8章、天体の調和においてどの惑星がソプラノ、アルト、テノール、バスを代表するか。
 「音楽的実地がバスに与え、自然が自己のために必要とする特質は、天空においても特定の方法で、土星と木星とに見出される。またテノールの特性は火星に、アルトの特性は地球と金星に、ソプラノの特性は水星において見出される。そのさい、たしかに間隔の同等性はないが、確実な比例性は存在するのである。」

 ケプラーの言葉の響きは極限まで高まり、詩は祈りに重なり溶け込み、永遠に向きあい響き続けます。

  第9章、個々の惑星における離心率は、その起源を、運行の間の調和に対する配慮の中にもっていること。
 「神の模倣者としてのわれわれが、敵意、争い、嫉妬、怒り、口論、不一致、不和、猜忌、挑戦的な特性、挑戦的な言葉等あらゆる不協和と肉体の他の行為を遠ざけつつ、(略)彼の作品の完全さにならおうと努めていることに対して、彼はわれわれに力を与えるかもしれない。(略)
 「聖なる父よ、(略)貴方が貴方の全作品を愛らしい一巻の協和音によって統一したのと同じような、そういう人間でわれわれがあり得るために、(略) 貴方が、調和で天空を基礎づけたように、(略)われわれを互いの愛情の協和音の中に維持させたまえ。

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ケプラーの詩心(一)天体の音楽と祈り

 詩についてのこのエッセイで、どうしてケプラー?と思われる方にも、彼の天文学に詩心が息づいていること、彼の著述には祈りの調べがあることを伝えられたらと思います。
 ヨハネス・ケプラーは天文学の開拓者として三つの法則に名が添えられ、彼の法則の暗記とともに通り去られがちです。
 第一、第二法則は『新しい天文学』(1609年)に、第三法則は『世界の調和』(1619年)という豊かな著作で述べられていますが、科学は原典から抽出した法則の普遍性と妥当性をのみ興味の対象とするので、そこにくっついた余分な人間臭は忘れ去られがちです。彼はガリレオ・ガリレイと同時代に生き、やりとりもありましたが、私は科学者としての評価は置いて、ケプラーの人間性の方に親しみを感じます。
 彼は1611年に息子と妻を天然痘で亡くしたり三十年戦争で母を背負い逃げ惑うなど、激しく厳しい変動の時代に生きました。波乱に満ちた彼の生涯に感じ思うことは多くありますがそれは伝記に譲り、私は彼の著作『世界の調和』にきらめく詩心、私が心打たれた言葉を、ここに響かせたいと願います。
 引用は、『世界の調和』(ヨハネス・ケプラー、島村福太郎訳、『世界大思想全集(社会・宗教・科学31)』所収、河出書房新社、1963年)によります。

 まず、この著作全5巻の世界の全体イメージは次の目次から伝わってきます。
第1巻、幾何学篇。
     概要:調和的比例(音楽からの類推に由来。一定張力のもとで、たがいに協和音を発する弦がなす特定の簡単な比例。ピタゴラスが発見、定義)を証明する正則図形(正多角形、正多面体)の起源と記述。
第2巻、構造論篇、すなわち図形幾何学にもとづく篇。
第3巻、厳密な調和論篇。
     概要:図形の調和的比例の起源。古代と対照しての、音楽的事物の本性と相違。
第4巻、形而上学・心理学・占星術篇。
     概要:調和の精神的本質および世界における調和の特性。とくに天体から地上にふりかかる光線の調和、ならびに地上の心霊や人間の心霊など自然にたいするこれら光線の影響。
     第6章、星相と音楽的協和音との間には、その数とこれらに対する原因とについてどのような類似性があるか 。

 以上の4巻を踏まえケプラーは、第5巻、天文学・形而上学篇で、「調和的比例による離心率の起源と天体運動の完全な調和」を論じていきます。
 まず第3章で、「天体の調和を観察するに際して、不可欠な天文学の諸主要定理」として、第一、第二法則を振り返ったあとに第三法則を表明します。
  「地球を中心点としているのは月だけであって、その月を除いたすべての惑星は太陽のまわりを円を画いて運行している」
  「すべての惑星は偏心的であって、すなわちその太陽からの距離は変るものであって、それ故軌道のある地点においては太陽から最も遠ざかり、 反対側の地点においては太陽に最も近づく」。
  「詳しく私は次のことを証明した。すなわち、一つの惑星の軌道は楕円形(長円)であること、及び運動の源泉たる太陽は、この楕円の焦点にあることである。」(ケプラーの第一法則)
  「同一時間、例えば一日のうちには、偏心的な軌道上にえがく真の円弧はその太陽からの距離に反比例する」(ケプラーの第二法則)
 「ある二つの惑星運行周期の間に成立する比率は、平均距離、すなわち惑星軌道それ自体の比率の一カ二分の一乗に等しい」(ケプラーの第三法則)

 科学史、科学上の彼の業績は、ここまでの著述で完結します。あくなき探求心と執念なしになしえない膨大な計算の試行錯誤の結実に畏敬の念を抱かずにはいられません。
 ですがケプラーはこの叙述のうえにさらに、私が心打たれる言葉を紡ぎ、この美しい著作に織り込んでいきます。それらの彼の詩心と祈りの言葉について次回に記すとともに、彼は本当は何を書き伝えたかったのか、考えます。

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新しい連作詩「優しさの花」をHP公開しました

 ホームページの「虹・新しい詩」に、新しい連作詩「優しさの花」を公開しました。

優しさの花(ひぃ)ここにいて
優しさの花(ふぅ)芽吹いたよ
優しさの花(みぃ)お花は咲いたよ
優しさの花(よぅ)さえずる小鳥なんの鳥
優しさの花(いつ)星のお花
優しさの花(むぅ)もみじの赤ちゃん
優しさの花(なな)うぐいすが好き
優しさの花(やぁ)こころ花
優しさの花(ここの)ここにいるよ

お読みいただけると嬉しく思います。


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夏目漱石『夢十夜』の詩心

 前回、アンデルセンの小説翻訳について森鴎外のことを記しました。
 明治時代のもう一人の文豪、夏目漱石について今回は記します。夏目漱石とアンデルセンの直接の影響関係があるかどうか私は知りません。ここに記すのは、夏目漱石とアンデルセンの作品に響きあって感じられる詩心のことです。
 アンデルセンの『絵のない絵本』を想うとき、私の心には、夏目漱石の『夢十夜』が自然に心に浮かんでしまいます。十夜からなる短編小説で、各夜の冒頭は、「こんな夢を見た。」で始ります。
 この小説には、夏目漱石の詩心が満ちていて、私はとても好きです。
 なかでも、冒頭の「第一夜」はずっと心に響いている作品です。漱石の詩を強く感じる箇所を引用して心に刻みます。

◎「第一夜」からの原文引用
(略)
 しばらくして、女がまたこう云った。
「死んだら、埋(う)めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片(かけ)を墓標(はかじるし)に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢(あ)いに来ますから」
 自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。
「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。―― 赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」
 自分は黙って首肯(うなず)いた。女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。
「百年、私の墓の傍(そば)に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」
(略)
勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。それでも百年がまだ来ない 。しまいには、苔(こけ)の生(は)えた丸い石を眺めて、自分は女に欺(だま)されたのではなかろうかと思い出した。
 すると石の下から斜(はす)に自分の方へ向いて青い茎(くき)が伸びて来た。見る間に長くなってちょうど 自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりと揺(ゆら)ぐ茎(くき)の頂(いただき)に、心持首を傾( かたぶ)けていた細長い一輪の蕾(つぼみ)が、ふっくらと弁(はなびら)を開いた。真白な百合(ゆり)が鼻の先で骨に徹(こた)えるほど匂った。そこへ遥(はるか)の上から、ぽたりと露(つゆ)が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴(したた)る、白い花弁(はなびら)に接吻( せっぷん)した。自分が百合から顔を離す拍子(ひょうし)に思わず、遠い空を見たら、暁(あかつき)の星がたった一つ瞬(またた)いていた。「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。

青空文庫(入力:野口英司)。
底本:『夏目漱石全集10巻』ちくま文庫、筑摩書房、1988年。


 好きな作品はずっと私の心にせせらぎとなって響いているので、私自身の作品に影響し共鳴を呼びおこしてくれることがあります。 私の次の二作品は、漱石の『夢十夜』の「第一夜」の詩心のせせらぎを聞きながら、詩心の泉から別々に違う姿で流れだし生まれてきた詩です。

詩「すず虫とちいさな花
詩「あどけない星魂のはなし 

 私が『夢十夜』の「第一夜」をとても好きなように、私の二作品を好きになってくださる方がきっといる、そう信じる私は夢想家でしょうか?
 私はアンデルセンのように読者の心に響いてゆく言葉を紡ぐ、夢想家、詩人でありたいと願います。


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アンデルセンの『即興詩人』

 『絵のない絵本』は月が語りかけてくれるやわらかな水彩画でしたが、アンデルセンは若い情熱があふれてロマンが強く香り、極彩色の濃淡が波打つ油絵のような小説『即興詩人』を描き切る力量をもつ作家でした。
 この小説を読むと、アンデルセンは本当に詩人だと強く感じます。
 明治の文豪・森鴎外の良さを私はわからずにいましたが、『即興詩人』の訳文を読むと、鴎外は熱く強い魂と意思をもつ文人だったのだと素直に感じました。
 
 この小説は激しい展開のうちに心をうつ感情が波打っていますが、そこから少しだけでも、アンデルセンの、訳者鴎外の、詩心を強く感じた箇所を引用し、記憶に刻みたいと思います。 

 初めは、『絵のない絵本』のように、美しい月の光に浮び上がる情景のなか生まれた会話に詩心が響きわたっていると私が感じる次の箇所です。
 アンデルセンの、精神、詩、空想、美についての想いが込められていて、彼の声が聞こえる気がします、
「實世界は空想の如く美ならず。されど又空想より美なるものなきにあらず。」と。

◎「流離(さすらひ)」の章から原文引用

 月光始めて渠水(きよすゐ)に落つるころほひ、我は二女と市長の家の廣間なる、水に枕(のぞ)める出窓ある處に坐し居たり。マリアは すでに一たび燈火(ともしび)を呼びしかど、ロオザがこの月の明(あか)きにといふまゝに、主客三人は猶月光の中に相對せり。マリアは ロオザに促されて、穴居洞の歌を歌ひぬ。聲と情との調和好き此一曲は、清く軟かなる少女(をとめ)の喉(のど)に上りて、聞くものをして 積水千丈の底なる美の窟宅を想見せしむ。ロオザ。この曲には音節より外、別に一種の玲瓏たる精神ありとはおぼさずや。われ。洵(ま こと)に宣給(のたま)ふごとし。若し精神といふもの形體を離れて現ぜば、應(まさ)に此詩の如くなるべし。マリア。生れながらに目しひな る子の世界の美を想ふも亦是の如し。ロオザ。さらば目開(あ)きての後に、實世界に對せば、初の空想の非なることを知るならん。マリア。實世界は空想の如く美ならず。されど又空想より美なるものなきにあらず。話頭は直ちにマリアが初め盲目なりし事に入りぬ。こはポ ツジヨが早く我に語りしところなれども、今はわれ二女の口より此物語を聞きつ。ロオザは弟の手術を讚め、マリアも亦その恩惠を稱(たゝ )へたり。マリアの云ふやう。目しひなりし時の心の取像(しゆざう)ばかり奇(く)しきは莫(な)し。先づ身におぼゆるは日の暖さ、手に觸る ゝは神社の圓柱(まろばしら)の大いなる、霸王樹(サボテン)の葉の闊(ひろ)き、耳に聞くはさま/″\の人の馨音(こわね)などなり。 一の官能の闕(か)くるものは、その有るところの官能もて無きところのものを補ふ。人の天青し、海青し、菫(すみれ)の花青しといふを 聽きて、われは董の花の香を聞き、そのめでたさを推し擴めて、天のめでたかるべきをも海のめでたかるべきをも思ひ遣りぬ。視根の光 明闇きときは、意根の光明却りて明なるものにやといふ。これを聞く我は、ララが髮に挿みし菫の花束と、ペスツム祠の圓柱とを憶ひ起す ことを禁ずること能はざりき。

 もうひとつの次の箇所には、妙(たへ)なる音樂が響きわたっています。
死と生の境界を行き来する魂になり、アンデルセンが叫んでいます。
「否、我夢は夢にして夢に非ず。若しこれをしも夢といはゞ、人世はやがて夢なるべし。」
そして高められた魂から詩がほとばしりでて、
「今この短き生涯にありて、幸にまた相見ながら、爭(いか)でか名告(なの)りあはで止むべき。我はおん身を愛す。」
その魂を受けとめ諾う無言の接吻。
美しさに心がふるえる詩、です。

◎「心疾身病」の章から原文引用

 寺僮の柩(ひつぎ)はかしこにと指して、立ち留まるがまゝに、我はひとり長廊を進めり。聖母(マドンナ)の御影の前に、一燈微かに燃え、 カノワが棺のめぐりなる石人は朧氣なる輪廓を畫けり。贄卓に近づけば、卓前に三つの燈の點ぜられたるを見る。董花(すみれ)のかほ り高き邊(ほとり)、覆(おほ)はざる柩の裏に、堆(うづたか)き花瓣(はなびら)の紫に埋もれたる屍(かばね)こそあれ。長(たけ)なる黒 髮を額(ぬか)に綰(わが)ねて、これにも一束の菫花をめり。是れ瞑目せるマリアなりき。我が夢寐(むび)の間(あひだ)に忘るゝことな かりしララなりき。われは一聲、ララ、など我を棄てゝ去れると叫び、千行(ちすぢ)の涙を屍(かばね)の上に灑(そゝ)ぎ、又聲ふりしぼりて 、逝(ゆ)け、わが心の妻よ、われは誓ひて復た此世の女子(によし)を娶(めと)らじと呼び、我指に嵌(は)めたりし環を抽(ぬ)きて、そを 屍の指に遷(うつ)し、頭を俯して屍の額に接吻しつ。爾時(そのとき)我血は氷の如く冷えて、五體戰(ふる)ひをのゝき、夢とも現(うつゝ )とも分かぬ間(ま)に、屍の指はしかと我手を握り屍の唇は徐(しづ)かに開きつ。われは毛髮倒(さかしま)に竪(た)ちて、卓と柩との皆 獨樂(こま)の如く旋轉するを覺え、身邊忽ち常闇(とこやみ)となりて、頭の内には只だ奇(く)しく妙(たへ)なる音樂の響きを聞きつ。 忽ち温なる掌の我額を摩するを覺えて、再び目を開きしに、燈(ともしび)は明かに小き卓の上を照し、われは我枕邊の椅子に坐し、手 を我頭に加へたるものゝロオザなるを認め得たり。又一人の我臥床(ふしど)の下に蹲(うづく)まりて、もろ手もて顏を掩へるあり。ロオザ の我に一匙の藥水を薦(すゝ)めつゝ熱は去れりと云ふ時、蹲れる人は徐(しづ)かに起ちて室を出でんとす。われ。ララよ、暫し待ち給へ。 われは夢におん身の死せしを見き。ロオザ。そは熱のなしゝ夢なるべし。われ。否、我夢は夢にして夢に非ず。若しこれをしも夢といはゞ、 人世はやがて夢なるべし。マリアよ。われはおん身のララなるを知る。昔はおん身とペスツムに相見(あひみ)、カプリに相見き。今この短 き生涯にありて、幸にまた相見ながら、爭(いか)でか名告(なの)りあはで止むべき。我はおん身を愛す。語り畢りて手をさし伸ばせば、 マリアは跪(ひざまづ)きて我手を握り、我手背に接吻したり。

出典:青空文庫(入力:三州生桑、校正:松永正敏)。
底本:『定本限定版 現代日本文學全集 13 森鴎外集(二)』筑摩書房、1967年。


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月の光と詩の絵本

 私はアンデルセンの『絵のない絵本』を、詩を書き出してからもずっと大切に心に抱いてきました。
 月が言葉の絵の具が描いた三十三の短いお話優しくを語りかけてくれて、読んでいる時は月のひかりに私の心は自然に染まり浸され泳いでいます。

 次のような何気ない言葉に、アンデルセンの豊かな詩心が溢れ出していて、言葉が詩の響きをもつと絵本になるんだと教えてくれます。

◎原文引用:第一夜の結びの文章。
「あの人は生きている!」と、娘は喜びの声をあげました。すると、山々からこだまが返ってきました。
「あの人は生きている!」

◎原文引用:第三十三夜の冒頭の文章。
「私は子供が大好きです」と、月が言いました。「小さい子は、ことにおもしろいものです。子供たちがわたしのことなんかちっとも考えてい ないときにも、わたしはカーテンや窓わくのあいだから、たびたび部屋の中をのぞいています。

出典:(訳・矢崎源九郎、新潮文庫)。

 私もアンデルセンのように「絵のない絵本」、ことばの絵本を、読んでくださる方の心に届けたいと願い、少しずつ描いてきました。
 ささやかな私なりの「絵のない絵本」が、私のホームページ「愛のうたの絵ほん」のアンソロジー3「詩の絵ほん です。
目次
詩「ゆりと海うと水の花
詩「おり鶴の恩返し
詩「ななつ星のオルゴール
詩「菜の花のひと かもの愛
詩「かげろうの湖
詩「まんじゅしゃげ あげはちょう
詩「すず虫とちいさな花
詩「星のしずかなあおい夜
詩「まりものゆらら
詩「こな雪
詩「ほら貝

 月のひかりのような優しい声の響きを感じて頂けたら私は幸せに思います。
 これからも月のひかりのお話を聞きとり絵本の頁にくわえていきたいと、今も願っています。

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アンデルセンの『マッチ売りの少女』

 ハンス・クリスチアン・アンデルセンの童話が私はとても好きです。
「マッチ売りの少女」「みにくいアヒルの子」など幼心にともった小さな火が、ずっと消えずに灯り続けてくれていると感じます。
 心優しい詩人の山下佳恵さん「マッチ売りの少女」の詩を書かれています。
   詩「マッチ売りの少女
 山下さんの詩句「最後まで読もうと思っても/涙でぐちゃぐちゃになって/見えないんだ文字が」に、私も心の重なりを感じます。

 アンデルセンは貧乏な家庭に生まれた苦労人だから、人の悲しみ、苦しい境遇に追い込まれた人の気持ちがわかりその目線で書いていることに私は共感するのだと思います。
 そして何より彼の詩心は本物でアンデルセンが真の詩人だと感じるから、私は彼の作品が心から好きです。

 彼の作品のなかでも大好きな『絵のない絵本』についての思いを次回に記します。


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詩人・村山精二さんのHP『ごまめのはぎしり』をリンク

 日本詩人クラブのホームページや日本ペンクラブ電子文藝館も作られていらっしゃる詩人・村山精二さんの詩集・ホームページ『ごまめのはぎしり』を私のホームページにリンクしました。
村山さんの笑顔をまんなかに、詩を愛する人たちの心の花がいちめんに咲いていて、詩はいいって、あたたかく、うれしい気持ちになれます。

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歌え。歌道と物のあはれ

  本居宣長(もとおりのりなが)の『紫文要領(しぶんようりょう)』を通して、『源氏物語』をより深く読み感じ取ろうとしています。引用文の出典は、『紫文要領(しぶんようりょう)』(子安宣邦 校注、岩波文庫、2010年)です。章立ての「大意の事」と「歌人の此の物語を見る心ばへの事」から任意に引用(カッコ内は引用箇所の文庫本掲載頁)しています。

 最終回は、「歌道と物のあはれ」を宣長がどのようにとらえていたか、私が感じ思うことを記します。

1.歌道、歌物語
 本居宣長は、『源氏物語』は物のあはれの限りをつくし描いていて、この物のあはれをおいて歌道はない、と繰り返し次のように強調します。深く心に感じること、大切なのはただそれだと。
 また宣長はこの物語のすぐれた文章が、心の感動をより深めていると述べ、その特徴を的確に次のように記しています。

◎原文
「歌道の本意をしらんとならば、此の物語をよくよくみて其のあぢはひをさとるべし。又歌道の有りさまをしらんと思ふも、此の物語の有りさまをよくよく見てさとるべし。此の物語の外に歌道なく、歌道の外に此の物語なし。歌道と此の物語とは全く其のおもむき同じ事也。されば前に此の物語の事を論弁したるは即ち歌道の論としるべし。歌よむ人の心ばへは全く此の物語の心ばへなるべき事也。」(P162-P163)
「歌は物のあはれをしるより出でき、又物の哀れは歌を見るよりしる事有り。此の物語は物のあはれをしるより書き出でて、又物のあはれは此の物語を見てしることおほかるべし。されば歌と物語と其のおもむき一つ也。」(P164)
「歌の出でくる本は物のあはれ也。その物のあはれをしるには、此の物語を見るにまさる事なし。此の物語は紫式部がしる所の物のあはれより出できて、今見る人の物の哀れは此の物語より出でくる也。されば此の物語は物のあはれをかきあつめて、よむ人に物の哀れをしらしむるより外の義なく、よむ人も物のあはれをしるより外の意なかるべし。是れ歌道の本意也。物のあはれをしるより外に物語なく、歌道なし。故に此の物語の外に歌道なき也。」(P180-P181)
「なほいはば、文章めでたければ、よむ人感ずる事まさりて物のあはれ深し。又よろづこまやかに心をつけてくはしく書ける故に、よむ人現(うつつ)に其の事を見聞くがごとく、其の人に会ふがごとし。よりていよいよ感ずる事おほく、物の哀れ深し。又大部にして事の始終をつまびらかに書き、世の事をひろく書ける故に、よむ人かれこれをかよはして物の哀れをしる事ひろく、世の風儀人情をひろくしり、事の始終をつまびらかにしるゆゑ、一きは物の哀れも深し。又すこしも虚誕(きょたん)なる事を書かず。つねに世の中にある事をなだらかにやさしく書ける故に、よむ人げにもと思ひてことに感ずる事深く、物の哀れふかし。」(P175)

 本居宣長は、歌物語では、歌が心を深く述べ一際哀れを深めている、と言います。読者として私も『源氏物語』の広大な野原に散らばり咲く花のような歌に強く惹かれます。恋の歌がおおいのは人の自然な姿だと思います。
 そのうえで宣長は、蓮の花は泥水で育てはするが、めでるのは蓮の花であるように、『源氏物語』がめでているのは多様な恋の姿それ自体ではなく、そこに咲く物の哀れの花なのだ、この物語は、戒めを目的とせずあくまで、物の哀れを深くめでようと植え育てられた、桜の花なのだ、と述べます。

◎原文
「さてその物語といふ物は、いかなる事を書きて、何のためにみる物ぞといふに、世にありとあるよき事あしき事、めづらしき事おもしろきこと、をかしき事あはれなることのさまざまを、しどけなく女もじに書きて、絵を書きまじへなどして、つれづれのなぐさめによみ、又は心のむすぼほれて、物思はしきときのまぎらはしなどにするもの也。その中に歌のおほき事は、国の風にして、心をのぶるものなれば、歌によりて、その事の心も深く聞こえ、今一きは哀れとみゆるなれば也。さていづれの物語にも、男女のなからひの事のみおほきは、集どもに恋の歌のおほきとおなじことにて、人の情(こころ)の深くかかること、恋にまさることなき故也。」(P29-P30)
「泥水をたくはふる事は蓮をうゑて花を見む料(りょう)也。泥水を賞するにはあらねど、蓮の花のいみじくいさぎよきを賞するによりて、泥水の濁れる事はすててかかはらずと答へける。此の定(じょう)也。物の哀れの花をめづる人は、恋の水の澄み濁りにはかかはるべからぬ事也。(P123)
「此の物語を戒めの方に見るは、たとへば花を見よとて植ゑおきたる桜の花を切りて薪(たきぎ)にするがことし。此のたとへをもて心得べし。薪は日用の物にてなくてかなはぬ物なれば、薪をあししとにくむにはあらねども、薪にすまじき木をそれにしたるがにくき也。薪にすべき木は外にいくらもよき木有るべし。桜を切らずとも薪に事欠く事はあらじ。桜はもと花を見よとて植ゑおきたれば、植ゑたる人の心にもそむくべし。又みだりに切りて薪とするは心なき事ならずや。桜はただいつ迄も物のあはれの花をめでむこそは本意ならめ。」(P183)

2.古歌と詩歌
 以上のような考えに立って宣長は、古歌の良いところを学べと言います。月花をめづる心、深く感じる心は、鈍く衰えてしまっていると。この指摘は今なお当てはまると私は思います。
 ただ「もしおのが思ふままにくだれる世の下賎の情にてよまば、」良い歌はできない、「情は古歌にならひて、其の内にて又同じ事を新らしくとりなしてよめ」と言っている箇所は、その言葉のまま受け取ると古の貴族社会に依存し過ぎで真似事の歌しかできないと考えます。(「桜花を雲」「紅葉を錦」と感じとれた古の人の情(こころ)の深さに学べとの意なら共感できますが。)
 以前ブログ「歌論と詩歌」
でとりあげた藤原定家『近代秀歌』の言葉、「ことばはふるきを慕ひ、心は新しきを求め、及ばぬ高き姿をねがひて」のほうこそ、良い歌を生みたいなら望ましいあり方ではないかと、私は思います。

◎原文
「古へと今と月花をめづる心をくらべて見よ。今の人はいかほど風雅を好む人とても、むかしの歌又は物語などのやうに深くめづる事なし。古への歌や物語を見るに、月花をめづる心の深き事、それにつけて思ふ事のすぢを感じてものの哀れをしれる事など、今とは雲泥のたがひ也。今の人は一わたりこそ花はおもしろし、月は哀れ也とも見るべけれ、深く心にそむるほどの事はさらになし。」(P168)
「歌の本を論ずるときはまことにさる事なれども、よき歌をよまむとするときは、詞(ことば)も意(こころ)もかならずよきをえらばではかなはぬ事也。よきをえらばむとするときは、必ず古への歌のよきをまなばではかなはぬ事なり。古への歌を学ばんとすれば、かの中以上の風儀人情をまなばではかなはぬ事也。もしおのが思ふままにくだれる世の下賎の情にてよまば、よき歌は出できがたかるべし。(P172-P173)
「かの桜花を雲かと思ひ、紅葉ばを錦かと見るやうの情は古歌にならひて、其の内にて又同じ事を新らしくとりなしてよめと也。」(P177)

 以上をふまえて最後に、私が詩の創作でとても大切だと考えていることを記します。
プロレタリア詩人・中野重治の詩「歌」は、私の心に強く響き、深く考えさせられる詩でした。
 冒頭の3連を引用します。
「おまえは歌うな/おまえは赤まんまの花やとんぽの羽根を歌うな/風のささやきや女の髪の毛の匂いを歌うな/(以下略)」

 この言葉に対して、私の心は反歌を歌いだします。
黙っていられず、次のように、私は歌わずにはいられません。

「歌うなと言うな。自分にとってとても大切なものなら押し殺さず、困難があっても歌え」。
「赤まんまの花やとんぽの羽、風のささやきや女の髪の毛の匂いを大切に思っているなら、その心を歌え」。
「ほんとうに大切なものなら、歌わずにいられないはずだ。詩人にできるのはそれだけだ。」
「だからどんな障害があっても、抑圧・弾圧を受けても、詩人ならほんとうに大切なものを歌え。」
「良い時代、良い社会なんてない、相対的なものだ。そんなものに潰されず、歌い続けろ。死ぬまで決してやめるな。」
「愛の詩が陳腐な言い古されたテーマだと歌うのをやめるのは、生きるのをやめ詩を捨ててしまうこと、詩を捨てるな。陳腐なテーマを初めて生きる新鮮な心のままに歌え。」
「ひとりひとりが初めて一回限りの生で、愛さずにいられないままに愛の詩を、繰り返し何度でも何度でも、生き、歌え。」
「傍観者には単調な繰り返しでも、それを生きるものはただ一度限りの真実を見つけるのだから、かけがえのない、おのれの愛にこだわり、歌え。」

 この思いのままに私は、とても大切なものを、かけがえのないものを、大きな声でわめき散らすのではなく、歌いたいと思います。「あいのうた(た) うた」

 これまで本居宣長と『源氏物語』を見つめ直してきました。
 彼は歌についても物の哀れを『排蘆小船(あしわけおぶね)』『石上私淑言(いそのかみささめごと)』『新古今集美濃の家づと(みののいえづと)』で述べています。これらについては別の機会に考えてみたいと思います。


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歌物語と善悪と信仰

 本居宣長(もとおりのりなが)の『紫文要領(しぶんようりょう)』を通して、『源氏物語』をより深く読み感じ取ろうとしています。引用文の出典は、『紫文要領(しぶんようりょう)』(子安宣邦 校注、岩波文庫、2010年)です。章立ての「大意の事」と「歌人の此の物語を見る心ばへの事」から任意に引用(カッコ内は引用箇所の文庫本掲載頁)しています。
 6回目の今回は、「歌物語と善悪と信仰」についての宣長の考えを起点に、私が感じ思うことを記します。

 本居宣長は『源氏物語』を明鏡と呼び、人間と人間が生きる社会を有りのまま映し出している、と述べました。その言葉は、彼自身が人間の生き様を捉えているという自負の礎のうえでこそ成り立つものです。
 たとえば、『源氏物語』の時代の人々が病を加持祈祷でふり払おうとしていたことについて、物語の時代だけでなく宣長がいる時代もまた神仏の力にすがっているし我国でも他国でも常の事だ、と述べていますが、人間の素顔を有りのまま捉えた言葉だと言えます。

◎原文
「病といへば物の怪(け)といひ、さならでもひたすら加持祈祷(かじきとう)をのみする事、是れ又其の比(ころ)の風儀人情也。其の比のみにもあらず、今とても又神仏の力をあふぐ事世のつね也。我国のみにもあらず人の国も又しかり。」(P157)

 また宣長は、『源氏物語』が宮廷社会の上々の人々の事のみ描いているのは、作者と物語の読者が、つねに見る事・聞く事・思う事でないと心に感じないからだとし、「万(よろず)の事わが身に引き当てて見るときは、ことに物の哀れ深き物也。」と物語の根本をも述べています。文学、物語は感動なのだから、良い作品は、作者の心の感動から生まれ、読者の心に重なり揺れ動きだす感動の波です。切実に感じられるか、心にどこまで近いか、が何より大切だと私は思います。

◎原文
「其のつねに見る事・聞く事・思ふ事の筋にあらざれば、感ずる事薄し。万(よろず)の事わが身に引き当てて見るときは、ことに物の哀れ深き物也。されば物語は上々の人の見るものなれば、上々の事をもはら書きて、心に感じやすからしめむためなり。たとへば人の国の事をいふよりはわが国の事をいふは、聞くに耳近く、昔の事をいふよりは今の事をいふは、聞くに耳近きがごとく、つねに目に近く耳に近くふるる事の筋は、感ずる事こよなし。此の物語のみにもあらず、すべての物語みな同じ事也。」(P161)

 本居宣長は、物語は儒仏のように善悪を教え諭すことを目的としない、「ただよしあしとする所は、人情にかなふとかなはぬとのわかちなり。」と述べます。さらに、「歌物語は、(略)物の心・事の心を知りて感ずるをよき事として、其の事の善悪邪正はすててかかはらず。とにかくその感ずるところを物の哀れ知るといひて、いみじき事にはする也。」
 この文学と宗教という主題を、日本、儒仏を離れて少し考えて見ます。
 キリスト教プロテスタント宣教師のジョン・バニヤンの『天路歴程(てんろれきてい)』は自ら信じる信仰を正義とし他を悪として退ける信仰の物語です。
 ジョン・ミルトンの『失楽園』もまた、旧約聖書のエデンの園をモチーフに天使と悪魔が激しい殺し合いを繰りひろげます。その長大な詩篇を盲目で完成させたミルトンを詩人として私は畏敬しますが、この詩篇は読者に信仰を、信じることを突きつけている宣教の書に限りなく近いと感じます。
 一方でドストエフススキーは中期後期の小説『地下室の手記』、『罪と罰』、『白痴』、『悪霊』、『カラマーゾフの兄弟』(最晩年の宗教短編を除いて)で、善悪正邪が混沌のうちに入り乱れた人間と人間の心を描ききります。
 宣長のいう、「悪しく邪(よこしま)なる事にても感ずる事ある也。是れは悪しき事なれば感ずまじとは思ひても、自然としのびぬ所より感ずる也。」そのままに、「其の事の善悪邪正はすててかかはらず。とにかくその感ずるところを物の哀れ知るといひて、いみじき事にはする也。」
 彼の小説には、善悪邪正と聖と俗が入り乱れるままに描かれているからこそ、宗教、宗派、国家の束縛からすりぬける波となり読む人の心に感動の波動を揺り起こすのだと、私は思います。(ドストエフスキーが小説で描くロシア正教を敬虔に信仰する人の姿を私個人は好きです)。

◎原文
「まづ儒仏は人を教へみちびく道なれば、人情にたがひて、きびしくいましむる事もまじりて、人の情(こころ)のままにおこなふ事をば悪とし、情をおさへてつとむる事を善とする事多し。物語はさやうの教誡の書にあらねば、儒仏にいふ善悪はあづからぬ事にて、ただよしあしとする所は、人情にかなふとかなはぬとのわかちなり。」(P63)
「その感ずるところの事に善悪邪正のかはりはあれども、感ずる心は自然と、しのびぬところより出づる物なれば、わが心ながらわが心にもまかせぬ物にて、悪しく邪(よこしま)なる事にても感ずる事ある也。是れは悪しき事なれば感ずまじとは思ひても、自然としのびぬ所より感ずる也。故に尋常の儒仏の道は、そのあしき事には感ずるをいましめて、あしき方に感ぜぬやうに教ふる也。歌物語は、その事にあたりて、物の心・事の心を知りて感ずるをよき事として、其の事の善悪邪正はすててかかはらず。とにかくその感ずるところを物の哀れ知るといひて、いみじき事にはする也。」(P97)

 このように述べつつ、宣長は、仏の道を、「此の道につきては物のあはれ深き事多し。」と捉えます。
『源氏物語』の宇治十帖は、仏道への誘いの書ではないけれども、仏道と物のあはれが深くにじみあい、波紋を織りなしています。それは紫式部の心の光と闇の絵模様であり、深くあわれを感じる心から紡ぎだされた言葉だからだと私は思います。
 文学と宗教、信仰は、人の心の奥底で深く結びつき切り離せはしないものだと、私は思っています。

◎原文
「されどそれはもと仏の深く物の哀れをしれる御心より、此の世の恩愛につながれて生死をはなるる事あたはざるを、哀れとおぼすよりの事なれば、しばらく此の世の物の哀れはしらぬものになりても、実は深く物の哀れをしる也。」(P103)
「又仏道は物の哀れをすつる道にして、返りて物の哀れの有る事おほし。定めなきうき世のありさまを観じ、しかるべき人に後れ、身の歎きにあたりて、盛りの姿を墨染めの衣にやつし、世ばなれたる山水に心をすましなど、其の方につきて物の哀れふかき事又多し。故に巻巻に仏の道の事をいへる事おほく、殊に物の哀れしりてよき人は、ややもすれば此の世をいとひて、世を遁(の)がるる望みある事を書けり。これ此の世のはかなき事心にまかせず、うき事を思ひしる故なれば、すなはち物の哀れをしる也。」(P104)
「仏の道は深く人情を感動せしむる物にて、智者も愚者も此の道には心を傾(かたぶ)くるもの也。ことにわが国は、古へより世の憂き事あるときは、必ず形(かたち)をやつし、此の道に入る事、世間普通の風儀人情也。さるから此の道につきては物のあはれ深き事多し。この故に仏道の事多く書ける也。」(P154)

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神谷恵詩集『てがみ』の詩4篇をHPで紹介しました

 詩人・神谷恵さんの詩集『てがみ』(本多企画、1993年)所収の詩4篇「生の良心」、「病室の海 霊安室から」、「てがみ6 神様の石」、「茜色のバス停にて」をホームページの「好きな詩・伝えたい花」で紹介しました。

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神谷恵の小説『家郷』

 作家の神谷恵は2002年7月に小説『家郷』(新風舎)を発表しました。詩から小説へと表現の器を変えたのはなぜか、私はそうしなければ伝えられないものがあるからだ、と受止めました。また詩人の魂がどのように小説の言葉となり生かされていのか、感じ取りたいと思います。

◎縁(えにし)
 この小説に繰り返し表れる大切な言葉に、家郷、安心して帰れる家があることがどれほどお年寄りに必要か、という言葉とともに、縁(えにし)、ふとしたきっかけで生じた命のつながりの不思議な大切さ、があります。
 詩集『てがみ』は心に響く切実な一人称の語りかけ、求め訴える、そうせずにはいられない心でした。その言葉は透き通り魂を貫きますが、痛みに満ちています。
 小説『家郷』には、縁(えにし)があります。詩集に息づく一人称の叫び悲しむひとは同じ姿で生きていますが、その人と縁でつながる人たちがいます。その人の痛みと悲しみを、自分のことのように思い、分かりたいと傍にいる人たちがいます。ぶつかり衝突しつつ許しあう姿があります。そんな普通の、優しい人たちが傍にいても悲しみや痛みに沈んでしまうことは同じでも、笑顔と笑いがまた必ずあります。さりげない思いやりの一言、優しい一言をかけ合う人たちがいます。この人と人との縁(えにし)を、小説だからこそ伝えられる何げないやりとりのうちに作者は伝えてくれます。

◎強烈な印象、詩を核として
 第2章「金色の雪」は、前回紹介させて頂いた詩集『てがみ』所収の詩「病室の海 霊安室から」がモチーフとなっています。詩の痛切な言葉を強い核としてもちながら、人たちの表情、思い、怒り、笑い、涙を、小説として描きあげたものです。込められた作者の魂は同じ強さを秘めながら、詩でしか伝えられない言葉、小説に創り上げることで始めて伝えられるもの、作者はそのことを知っていて、描ききったのだと、私は思います。
 詩「病室の海 霊安室から」の語りかけに込められた悲しみに私は打たれます。
 一方この詩をモチーフとした小説の第2章「金色の雪」を読んで私は感じます。ここに生きているおばあちゃんたちの怒り、嘆き、笑い、涙と会話、人の心を喪失した縁者、見守り心配する医師や看護婦さんのちょっとした思いやり、いたわり、憤りは、読み進む私のすぐ傍で今起こっている、私を取り巻いている、その人たちと喜怒哀楽を共にして読者の私がいると。
 強烈な印象、詩を核として創り上げられた小説でしか得られない感動だと私は感じます。

◎シモーヌ・ヴェイユの言葉
 この小説には、本筋から少し逸れた挿話が挟み込まれています。登場人物の医師が過去を振り返り亡くなった友人のことを語ります。その友人はシモーヌ・ヴェイユを畏敬し生きざまへのおおきな影響を受けていたと。
 神谷恵はシモーヌ・ヴェイユに心酔していると詩集のあとがきに記しています。挿話のかたちでありながら、作者がどうしても書きたい伝えたいメーセージがこの挿話に込められていると私は感じます。
 私自身ははシモーヌ・ヴェイユの言葉に触れた時、魂の最も底にあるそれだけは善いことと感じ得るもの、に共感しながら、彼女の言葉のようには「この世では生きられない」、彼女の志向する世界像と「現代の大量物質消費社会はまったく逆の方法に進んでいる」、だからといって「今私が現にいる世界、社会を否定はできない」と痛切に感じました、どうするか、私は俗にまみれて、生きようと決めました。魂の奥底の善いことと感じ得るものだけは決して見失わずにいたい、と願いながら。
 作者は心酔し魂を同化したヴェイユの生の言葉をはこの小説に刻みつけます。
 そしてその言葉のままに、どこまでも純粋であろうとし聖を希求する魂として生きるために、この俗社会での生き難さを、医師の亡くなったの友人の行動と死、その友人の姉の焼身自殺に、結実させた、昇華させたのではないかと私は感じました。
 作者はとてもヴェイユに近い純粋な魂を抱くが故に、この世はとても生き難い、けれど生きる方向を向こうとする意思こそが、この小説なのだと私は感じます。

猫の神(ジン)
 この小説の第一章にある、神(ジン)と呼ばれた猫と飼い主のパスターとよばれる老人の話が、私はとても好きです。もうだめだ疲れ切った死のうと思ったその日のパスターの夢に、先に死んだ猫の神(ジン)が現れて、次のように話しかけます。

  そうしてふと気が付くと、ジンを抱いているつもりが、いつも間にかジンに抱かれて眠っていた。ジンは柔らかなその手でパスターの頭を撫でながら、「もうなにも心配しなくていい。あなたの悔いは家族に伝わりました。充分に」と人間の言葉で言うのだった。


 その後の別の箇所で作者は次のように記します、

  犬や猫に、まだ言葉さえ発しない赤子に、植物状態になった夫や脳死の妻にさえひとは養い育まれている。

 この言葉に、私は詩集『てがみ』の詩人・神谷恵の魂が、この小説全体に貫いていることを感じ、感動します。小説『家郷』に、神谷恵は、生きることには悲しみ、苦しみ、痛みが満ちているけれど、でも人が生きようとする願いの強さ、そのたくましさを信じる気持ちを込めて、伝えたかったのではないか、と私は感じました。
 人と人の縁(えにし)が、孤独な思いを見守り包むものとして、傍にあることに気づこうと。
 作中人物のコウキを通して次のように呼びかけて。

  「ひとりのひとの中にさえそれぞれ醜く、傲慢で、自分勝手で、どうしようもない心があります。正直言うと、ぼくだって本心では人間は嫌いだという部分も持っています。でも、ぼくは家族に、とくに祖父母に精一杯の愛情を注いでもらったせいかも知れませんが、お年寄りたちがたまらなくいとおしくなるときがあるんです。ただそこにいらっしゃる。それだけで、ああ、よく頑張って生きてきたんですね。そう言って抱き締めてあげたくなるときがあります。きっと、皆さんには分かって戴けると思います。お爺さん。今までほんとうに辛かったんですね。たいへんだったんですね。でも、もう大丈夫。心配しないで下さい。こんなに優しい先生や看護婦さんや、お友達がたくさんいらっしゃるじゃないですか。最後に、お爺さんのために歌います。聞いてください」

 現在、神谷恵は、闘病生活のなかで、個人文芸誌『糾(あざな)う』に、新しい書かずにはいられない作品を発表し続けています。それらの作品群が届けてくれるメッセージは別の機会に紹介したいと思います。


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神谷恵の詩。詩集『てがみ』から

 作家・詩人の神谷恵(本名:崎本恵さん)は、私が心から感動した詩集『てがみ』(本多企画、1993年)の詩人です。
 私が心から良いと感じたいうことを裏返せば、現代詩詩壇では評価され難いということなのかもしれません。でも私は、この詩人の慎ましい性格から詩集の存在があまり知られていないだけで、心ある人なら出会えば必ず、魂が揺り動かされる詩集だと信じて疑いません。
 あとがきにある、詩人の言葉を抜き出すことで、この詩集から漏れ出る微光を伝えます。
「障害者や老人などの社会的弱者の不利」、「生きるもののいたみ」、「ひとりでは生きられないかなしみ」、「植物人間の父」、「ひとの生と原性の意味」、「聖格に対峙する原罪」。
 この詩集の言葉は、生きているかなしみ、苦しみにさらされ震えている声、絞り出され訴える声、嘆き、叫び、祈りそのものとなってここにあるので、安易な慰め、解決策、答えはありません。
 微かな、けれど柔らかな光のように、二篇の詩「生の良心」、「てがみ6 神様の石」で、この延ばされた手の先に触れ受け止めうるものが、美しくかなしい言葉にされています。
 読み終えても思いは深みで渦巻くように揺れ動き続け、救い、信仰について思いを沈潜させずにはいられなくなる詩集です。

 以上のように書き記しつつ私は、詩は作品そのものの響きが読者の心に伝わるしかないもの、と考えていますので、詩人神谷恵の魂に直接触れていただきたいと願い、詩集から一篇の詩「病室の海 霊安室から」を引用、紹介させて頂きます。


  病室の海 霊安室から

おばあちゃん おばあちゃん
誰かが呼び掛けたようでぼくはあたりをみまわした
そうか 誰もくるはずがない か

霊安室(ぼく)は今朝から独りの老婆を抱いている
この仏さまは新しい家が建った日から雨の日も雪の日もおにぎり一個をわたされ外に追い出され 夜だけ家に入れてもらえるというくらしだった 息子も嫁も孫たちでさえ 新しい家が汚れると言って ばあちゃんを追い出した あげくのはてが肺炎 付き添ってきたのは救急車の隊員だけだった

  仏さまになったばあちゃん ぼくの手足が冷たくてごめんよ それ
  にたった独りにさせて・・・  
  誰か来ると良いのにね ああ ぼくのことはかまわないでいいんだ
  よ そうさ いつまでだってばあちゃんを泊めてやるさ 心配はい
  らないよきっと誰かがたずねてくる 心配はいらない いままでだっ
  て遅れたことくらいあるさ 車の渋滞なんて珍しくないんだから

チビで不器用な それにうるさいほどおせっかいで泣き虫でぽっかぽっかにあったかい新米看護婦が仏さまになったばあちゃんの家に電話した

  逝ったの知ってるんですかって? わかってるわよ 忙しいのにそ
  んなことくらいでいちいち電話しないでください えっ 遺体をど
  うするのかって? 好きにしていいわよ うるさいわね あなたが
  泣くことないじゃない そんなにほしけりゃあなたにあげるわよ
  ああもう わかったわよ 取りに行けばいいんでしょ 取りに行けば

新米看護婦は ぼくの膝の上でねむっているばあちゃんの 髪を梳きながら 人間さまの業をかみしめながら哭いている

  君のせいじゃないさ 誰にだって重荷のひとつやふたつくらいはあ
  るものさ このばあちゃんは きっと 息子や孫や嫁たちの業を独り
  で引き受けたんだ 君が泣いてくれた だからばあちゃんは もう
  立派な仏さまだ

その日の夕方 葬儀社の若者二人がぼくの膝の上からばあちゃんを降ろしていった くわばらくわばら 飯の種飯の種 新しい洋風の家に仏間は似合わないんだとさ 説得力もなにもない言葉の余韻がぼくの部屋を満たしている あのばあちゃんの家族はとうとう一度もこの病院に姿を見せなかったけど ばあちゃんはこれからどこへ還ればいいのだろう よかったらいつでも遊びにおいでよ ばあちゃん ぼくの部屋は病室の海に浮かぶ艀(はしけ)みたいなものだけど 降り損ねたたくさんのひとたちでいつも埋まっている ほらそう言っている間に 男の子になる筈だった小さな小さな仏さまがまた遊びにやってきた

 次回は、神谷恵の小説『家郷』についての思いを記します。

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