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高畑耕治

Author:高畑耕治
愛のうたの絵ほんは、高畑耕治の詩と詩集の海です。
Profile 高畑耕治 たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪府四條畷市出身、早稲田大学政経学部中退。東京都多摩市在住。
詩集『銀河、ふりしきる』(2016年5月イーフェニックス)
詩集『こころうた こころ絵ほん』(2012年同上)
詩集『さようなら』(1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25)
詩集『愛のうたの絵ほん』(1994年同上)
詩集『愛(かな)』(1993年同上)
詩集『海にゆれる』(1991年土曜美術社)
詩集『死と生の交わり』(1988年批評社)
雑誌「エヴァ」に扉の詩(1996~1997サンマーク出版)を連載。
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歌謡と詩歌の交わり

 これまで日本の詩歌を古代から室町時代まで、好きな和歌と歌人を焦点にしてみつめてきました。その後連歌、俳諧という詩歌が形づくられ、和歌も明治の革新期を経て現在へ変遷してきました。その推移に思うことやその時代の好きな詩歌と歌人、詩人については今後記していきいます。 

1.歌謡と詩歌

 その前に今回からしばらくの間、少し異なった視点のテーマをとりあげたいと思います。
 「歌謡と詩歌の交わりの移り変わり」という、ずっと私の心にある主題です。
 今回はテーマ全体の概観として、この主題のどこに関心があるのか、現時点での覚書を記します。
 そのうえで次回以降、日本の古代に再び遡り時代の流れにそって、伝えられてきた歌謡の古典を通してこの主題を考えていきます。
 具体的には、記紀歌謡、神楽、催馬楽、梁塵秘抄(りょうじんひしょう)、閑吟集(かんぎんしゅう)、宗安小歌集(そうあん こうたしゅう)、隆達小唄、民謡、都都逸、おもろそうし、琉球歌謡などをとりあげていく予定です。


2.この主題への問題意識のメモ

☆ 歌謡と詩歌、歌と詩は、影響しあってきた。その共通点と本質的な違いはどこにあるか?
☆ 現在の詩、詩歌が、歌謡・ポップスに呑まれ衰弱したとの感覚が私にあったが、ほんとうは古代から、歌謡と 詩歌はいつも並存して棲み分け続いてきたのではないか?
☆ 曲をともなった歌と、言葉の調べと文字の詩歌は、(初めから? 古代のいつからか?)分かれた後は、別々に流れてきた。
☆ 歌謡を愛するひとの人口が多く、詩歌が限られ少ないのは、いつの時代もかわらない? なぜ?
☆ 歌謡をより俗歌、詩歌はより芸術だと分けようとしても、芸術も芸、文芸も芸であり、俗芸と繋がっている。その境界は時代の趣味、個人の趣味で揺れ動くものにすぎないのでは?
☆ 歌謡にも、民謡、宮廷歌謡、芸謡と、生まれ歌われた場と目的に違い・幅があることを忘れないことは感じとるうえで必要な視点。


3.歌謡の、詩歌にはない魅力。(私は歌謡も好きなので、いいなと感じる点をあげてみます)。

☆ 歌謡は曲が主。声の調べ・言葉の響きはあくまで曲音の一部分。
 ・たとえばラップでも響きと語呂合わせを伝えるのが主で、言葉の意味はおまけ。
 ・美しいメロディー、旋律。情感につつまれ胸があつくなる。
 ・強い拍動、リズム。からだの鼓動が自然に共振する。

☆ 歌詞は単純で短くていい。短くわかりやすいことが大切。たとえば「愛してる」。すっとわかる言葉が良い。
 ・良い歌い手は、短い単純な言葉を、波うたせふるわせ強く微かに響かせ、情感につつみ、興奮と感動を伝える。言葉は複雑でないほうが、歌う人の力量がわかる。

☆ 言葉の意味はなくてもよい。言葉の意味が解らなくても、情感に浸り共感できる。
 ・歌の特徴の極まるところでは、言葉も意味もいらなくなる。
 ・「ルルル・・・、ラララ・・・、ああ・・・、おお・・・、ヤア・・・、ヘイ・・・」だけで興奮と感動を生める。

 ・洋楽の歌詞の意味はわからなくても、好きになり口ずさんでしまう。

☆ くりかえしの重要さ。言葉もメロディー、リズムも。
 ・例えば、好き好き好き好き、でも気持は高まる。
 ・歌詞を覚えやすい。
 ・サビを繰り返して感動の波の頂点に何回か浮かびがる。

☆ 声の美しさの魅力。
 ・声を伸ばしふるわせぞの美しさで感情を高め哀歓につつむ。例えば、奄美の島唄の裏返す声の透きとおる哀切な美しさ。
 ・肉声の性的な魅力。女性の、男性の、声の響きそのものにある、異性を揺り動かし感情を高め興奮を呼び起こす力。
 子守唄の母性のあたたかな懐かしさの大きなちから。

☆ くだけた表現、流行の言語感覚、ダジャレや語呂合わせ、ふんだんにつかって親近感。わかりやすく面白い。
 ・恋愛の憧れや夢や、性的な空想、そそのかし、をふんだんに。
 ・歌の調子、リズムをととのえる声、気持を高める掛け声、振り付けに合わすための声。
 ・流行の言語・英語をはさむ。ダジャレや語呂合わせの楽しさ。

☆ 録音技術の歌謡への影響は大きい。
 ・歌声は文字と同じように、複製・記録され消えずに残り、伝えられるようになった。
 ・民謡の地域での共有は薄まりなくなりつつあるが、時代、地域や国、言語圏による障壁、境界は弱まった。
 ・現在は、世代で、芸謡の共有があるのでは。
 思春期に流行った歌、好きだった口ずさんだ歌は生涯忘れないもの。グループサウンズ。ポップス。フォークソング。歌謡曲。アニメソング。ハードロック。ニューミュージック。ドラマ主題歌。アイドル。(次回は私が好きだった歌を思い出すままに書き留めてみます。)

 こんなことなぜ考えるのか、それは詩歌が好きだから、そしていい詩歌を生み伝えたいから、それだけです。歌謡の良さを知って共通する良さと違いを感じ知ることが、詩歌をより豊かな良い「芸」にすると、私は考えます。
 今回の概観のうえで、まず記紀歌謡から、歌謡と詩歌の交わりを見つめなおしていきます。

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tag : 歌謡 詩歌 高畑耕治 詩人 うた 絵ほん 詩集 詩想

『正徹物語』和歌の難破

 正徹(しょうてつ、1381~1459年)は、室町時代の歌人です。
 出典では次のように紹介されています。禅僧で道号は清厳。多作で一万首超の詠が現存。難解な歌風は保守的な歌壇で異端視されたが、連歌師心敬などに強い影響を与えた。家集に『草根集』、紀行文に『なぐさめ草』がある。新古今集に心酔し、とくに藤原定家を讃仰して止まなかった。

 平安朝末期から鎌倉時代初期に新古今和歌集の華麗な花を咲き匂わせた和歌がどのように移り変わったか、『正徹物語』の三つの段を中心に考えてみます。

●出典・現代語訳の引用(数字は段数)。

109 「(略)和歌はふと吟じてみると、詞(ことば)の続き具合も何となく和歌らしく自然であり、吟じても滑らかに下っていき、理屈っぽくなく、奥が深く優美でもあるのが良い歌である。そして究極の歌というのは、論理を超越したものである。理解しようとしてもどうにもしようがない所にある。これは詞で人に説明するようなことではない。ただ自然と理解すべきことなのである。」

 正徹はこの段で、吟じて調べが優美な歌が良い歌だと、藤原俊成の歌論を受けて述べています。究極の歌とは、論理を超越したもの、詞で人に説明できないものと、和歌の本質を捉えていると私は思います。

●出典・現代語訳の引用(数字は段数)。

「186 「落花」という題で、このように詠んだ。

  さけば散る夜のまの花の夢のうちにやがてまぎれぬ峯の白雲
 (桜は咲いたと思うと夜の間にはかなく散り、夢のうちに消えてしまったが、桜とみまがう白雲は消えることなく峰にかかっている。)

 幽玄体の歌である。幽玄という美は、心の中にはあるが詞では表現できないものである。月に薄雲がかぶさっているのや、山の紅葉に秋の霧がかかっている趣向を、幽玄の姿とするのである。これはどこが幽玄なのかと問われても、どこがそうだとは言えないであろう。これを理解しない人は、月はこうこうと輝いて、一片の雲もない空にあるのが素晴らしいのに、と定めて言うことであろう、幽玄という美は、およそどこがどう趣味が良いとも、絶妙であるとも言えないところによさがある。さて「夢のうちにやがてまぎれぬ」の句は、源氏物語の和歌から来ている。光源氏が、藤壺中宮に逢って、

  見ても又逢う夜稀なる夢のうちにやがてまぎるるうき身ともがな
 (夢のようにはかない一夜の逢瀬を待ちましたが再びは難しいので、このままこの夢の中に消えていきたいと思う。)

と詠んだ歌も、幽玄の姿である。(略)」

 藤原定家を仰ぎ見る正徹が、定家の歌の理想のかたちとみる「幽玄体」を述べた段です。
 幽玄という美は、心の中にはあるが詞では表現できないもの、どこが幽玄なのかと問われても、どこがそうだとは言えない、との捉え方は、的をはずしていないと思います。
 また、ここにあげられた歌に、彼の歌の特徴が現れていると思います。『正徹物語』の他の段にあげられた歌もこの歌に似ていて、私はあまり良いと感じとれません。定家の言葉による虚構世界の構築という方向性を突き詰めようとして、こりすぎたのではないか、三十一文字の制約のなかでの虚構世界の構築に行き詰まり、進めなかったように感じます。異端視されながら、新たに試みた彼が私は好きですが、残念だけれど定家を踏み超えた地に花を咲かせることはできなかった、と感じます。

●出典・現代語訳の引用(数字は段数)。

「193 和歌は極信体(ごくしんたい)で詠んだら、道を踏み外すことはあるまい。しかし極信体はなるほど勅撰集にふさわしい一つの歌風ではありますが、そればかりでは達人の名を取ることは難しいであろう。これは全く御子左家(みこひだりけ)が三流に分かれて以来、次第にこんな風になっていったのである。京極為兼は生涯の間、ひたすら奇矯(ききょう)な歌のみを好んで詠まれたのであった。同じ時代に、二条為世(ためよ)はいかにも謹厳な極信体を詠まれたために、頓阿・慶運・浄弁・兼好といった高弟も、みな師家の歌風を継承して、極信の体だけを歌道の到達点と思って詠みましたので、この頃から和歌がつまらなくなったのである。各流派に分裂する前は、俊成・定家・為家の三代とも、いかなる体をも詠まれていたではないか。
 *極信体。極信は謹厳真摯の意。逸脱のない実直な詠風。」

 正徹はこの段で、定家の御子左家(みこひだりけ)の末流が三流に分かれた頃から、和歌がつまらなくなった、と嘆きます。みんな師家の勅撰集向けに確立された歌風を継承し、逸脱のないまじめな歌ばかりを詠んでいると批判します。
 三十一文字というきつい制約のうえで、まして題詠で、さらに細かな縛り通りに詠めと教えられた通りにしたら、みんな代わり映えのしない、同じような歌にならないほうが不思議です。
 でも確立され崇められた権威に誰も正直にいえません。アンデルセンの『裸の王様』の世界です。
つまらないと感じたことをつまらないと、正徹がこのように率直に書き記せたのは、彼の歌に対する気持が世間体や虚勢ではなかったこと、彼の批評精神が鈍ってはいなかったことを教えてくれます。
 だからこそ彼は、自身の歌を全体の潮流に引き連られない逆の方向に進めようとして、難破してしまったように思います。独力では超え難い時代の壁がそこにあったのだと私は思います。

 他の段では、当時の題詠や歌会の作法が述べられていて、そのよう場から、個の新しい感性が輝きでる歌は生まれ難いと、私は感じました。
 また正徹は他の段で、定家の歌論書『毎月抄』に挙げた「十の体(てい)」を受けて、この歌には余情はあっても幽玄体ではない、というように批評していますが、定められた形に歌を振り分けること自体意味のない、末期的な症状ではないかと感じてしまいました。

 歌人として正徹は不幸な時代に生きたのかもしれません。この時代以降わたしの知る限られた範囲で和歌はつまらなくなった、明治の『明星』の時、夜が過ぎ曙光となり蘇ったのでしょうか。
 それではこの時代の言葉の輝きはどこにあったのでしょうか。ほかの表現のかたち、『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』や『閑吟集(かんぎんしゅう)』に伝わる歌謡、能や謡曲、狂言から発せられたのでしょうか。これらのことを考え感じとりたいと思っています。

出典:『正徹物語 現代語訳付き』(小川剛生・訳注、2011年、角川ソフィア文庫)。
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tag : 正徹 室町時代 歌人 正徹物語 和歌 藤原俊成 藤原定家 歌論 高畑耕治 詩歌

月と星、光と響き。定家の歌

 藤原定家の和歌のうち私が好きな歌を摘み取り、ここに咲かせます。
 本歌取りや物語の言葉が巧みに織り込められた歌を味わうためには調べることがどうしても必要です。そのような歌を悪くは思いませんが、「好きな歌」という野原には咲いてくれないようです。野草が好きな私の好みです。 
 出典の『定家の歌一首』にちりばめられた数多くの歌から摘み取りました。歌が響かせてくれる主調音を聴き、「月と星」、「花」、「亡き母を偲ぶ歌」としました。

 定家の歌のうち特に、「月と星」の、ひかり、澄みとおる、冴えた、ひびきが、とても美しいと私は感じます。このように月と星を歌えたのは、彼が詩を極めようとして漢詩を貪欲に学んだ執念への、詩神からの贈り物なのかもしれません。
 「花」、「亡き母を偲ぶ歌」の歌にも、言葉をあらい言葉の芸術を極めようとした定家らしさを感じます。美を追い求める彼の魂にとって、この世のものを言葉で詩世界に昇華させて結晶とすることが生きることだった、そう感じてしまう詩魂の調べがふるえています。

☆ 月と星
 
とこのうへのひかりに月のむすびきてやがてさえゆく秋のたまくら

さえとほる風のうへなるゆふづく夜あたる光にしもぞちりくる

風の上にほしの光はさえながらわざともふらぬあられをぞきく

さえのぼる月のひかりにことそひて秋のいろなるほしあひのそら

あまのはらそらゆく月の光かは手にとるからに雲のよそなる

ありあけのあか月よりもうかりけりほしのまぎれのよひのわかれは

長月の有明の月のあなたまで心はふくる星あひの空

ほしの影のにしにめぐるもをしまれて明なんとする春のよの空

秋の月なかばのそらのなかばにてひかりのうへにひかりそひけり

☆ 花

あぢさえのしたばにすだく蛍をばよひらのかずのそふかとぞ見る

ふるさとは庭もまがきもこけむして花たち花の花ぞちりける

見わたせば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕暮

花の春紅葉の秋とあくがれてこころのはてや世にはとまらん

☆ 亡き母を偲ぶ歌

たまゆらのつゆもなみだもとどまらずなき人こふるやどの秋風

まださめずよしなきゆめの枕哉心の秋を秋にあはせて

おなじ世になれしすがたはへだたりてゆきつむこけの下ぞしたしき

出典:『定家の歌一首』(赤羽淑、1976年、桜楓社)。

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tag : 藤原定家 和歌 新古今和歌集 高畑耕治 詩人 詩歌 うた

新しい詩「こころ絵ほん(さん)」を公開しました。

藤原定家の象徴詩

 藤原定家(ふじわらのさだいえ、「ていか」。 1162~1241年)の和歌をみつめます。
 彼は生涯をかけて和歌に生きました。年齢とともに歌風の変遷はありますが、三十一文字で言葉による虚構の世界を構築しようとした姿勢は一貫しています。新古今和歌集の撰者の一人として、象徴詩と言える領域を先頭で切り拓きました。
 でも、本歌取りを多用し、『源氏物語』などの情景や言葉を織り込み違う姿で生き返らせる手法と極められた技術は、簡単には真似のできないものです.。その歌を味わうためには、その本歌や物語を知っていること、知らなければ調べることが必要とされるので、近づきがたい弱点でもあります。私もそのような歌は一読して、どこがいいのかよくわかりませんでした。

 出典としてあげた赤羽淑氏の『定家の歌一首』は、そのような私にも、定家の独自の世界を教えてくれました。定家を深く研究された彼女は「歌は本来的に生に密着したリアリズムの文芸」だが、「定家はこのような歌を虚構の次元で構成するいわゆる象徴詩の領域にまで拡充した。」と書きます。
 著者の一首一首の解読には定家の歌を感じ尽くそうとする熱意と感性が光り、本歌や織り込められた物語について知ると、その和歌が異なった姿で立ち上る思いがします。

 この本のなかでも、次の一首についての章が、定家の歌を全体の視点で感じ取っていることで、特に優れた批評だと思います。

  たまゆらのつゆもなみだもとどまらずなき人こふるやどの秋風

 まず著者は、この歌の韻律の構造を分析します。母音構成、脚韻、子音による音の傾向性です。
 つぎに、音数律を分析します。221・2122・221・2221・2122。221・2221という下に向かう動勢の型と、2122という上にはね返す強勢をもつ型とがくり返されて全体として下へ流れてゆく、と。
 和歌を声調、音象としてまず感じ取る考察は、萩原朔太郎の主張に連なる優れたものです。

 著者は次に、「ことばの観念と形象」を解析します。「たまゆら」「つゆ」「なみだ」と、歌われた言葉ごとの、意味とイメージと語感を感じ取ります。 
 そのうえで展開される考察は、短歌に留まらず、詩についての考えを深めてくれるものです。著者は言います、「語が連続し、重層されると、幾重にも意味やイメージが限定され、また複雑なニュアンスが付加される。」そして、「語と語はたがいの類似性・共通性を反映しあって輝き出す。存在の奥にあるエレメンタルなものが、互いに呼び合うのである。」

 そして著者はここで、マラルメの象徴詩の核心についての言葉を引き、定家が言葉で構築したこの虚構の、音象と表象と意味の響きあう世界は美しい象徴詩だ、フランス象徴詩と通い合うものだと、教えてくれます。(フランス象徴詩に私が思うことはいつか記します)。

 この本は、藤原定家の歌の特質、新古今集が創り上げた詩世界を、深く理解し伝えてくれる、素晴らしい、私の大切な一冊です。
(この機会に私が好きな藤原定家の歌たちは、別に「愛しい詩歌」に咲かせます。) 

●以下、出典の文章の引用です。

 ところで、定家は歌作りといわれ、歌人としては異端者であるといわれる。ということは、歌は詠むべきもので、作るものではないと考えられてきたからであって、そういう意味においても、歌は本来的に生に密着したリアリズムの文芸なのである。定家はこのような歌を虚構の次元で構成するいわゆる象徴詩の領域にまで拡充した。(略)しかしいかに型破りであっても、歌が歌である限り、その出発点とし、個の抒情を基盤としながら、そこからいかに大きく掛け離れて象徴詩の領域に踏み込むことが出来たか、いかにして現実の自我を捨象して純粋な歌のフォルムに昇華させ得たか、つまるところ、おのれの生の体験と歌のフォルムをどのように出逢わせたか、この母の詩を傷む歌はその謎を解く鍵を与えてくれるであろう。(略)

 つぎに、ことばの観念と形象が奏でる音楽を解析してみよう。
  たまゆら(の)  丸さ 冷たさ 透明さ 瞬間
  つゆ(も)    丸さ 冷たさ 透明さ こぼれやすさ
  なみだ(も)   丸さ 冷たさ 透明さ 悲しさ
  とどまらず    変化 無情
  なきひと     無情 悲しさ
  こふる      愛 追憶
  やど(の)    人間の営み 追憶
  あきかぜ     寂寥

このように各語が喚起する観念やイメージを順に追って書いてみると、全体的に丸い物体とその変化を追っていることがつかめる。まるでことばのしりとり遊びのように前のことばの観念やイメージを受けてつぎのことばを起こしている。体言が多く、「たまゆら」「つゆ」「なみだ」「やど」などの体言がポツリポツリと投げ出され、それを助詞の「の」と「も」が数珠つなぎにしている。(略)これらの独立した体言が六個集まって、相互にぶつかり、反映し、響き合って、独自の閉ざされた空間を作り出す。

 (略)つぎに来る語が連続し、重層されると、幾重にも意味やイメージが限定され、また複雑なニュアンスが付加される。たとえば「たまゆら」は玉が揺れて触れ合う瞬間のことであるが、この玉は緑の曲玉でも白い真珠でもなく、透明でこぼれやすい玉のイメージである。それは、つぎにくる「つゆ」「なみだ」によって限定されるからである。同様に「つゆ」も萩の上露でも思草の葉末に結ぶ露でもない。生きとし生けるものに涙があり、秋の万物に露がある、といった意味での露である。(略)「なみだ」は亡き人を恋う涙であるが、イメージとしては全く露と等価なもの、同質のものとなっている。露の涙であり、涙の露なのである。自然現象である露が、人間の生理現象である涙と等しくなることは、科学的にはありえないとしても、イメージとしては「たまゆら」も「つゆ」も「なみだ」も一様に丸く冷たく透明であって、また秋風にあえず散りこぼれるものなのである。ここでは玉も露も涙も、現実的な物体性・肉体性を失い、個別的な意味も失って、語と語はたがいの類似性・共通性を反映しあって輝き出す。存在の奥にあるエレメンタルなものが、互いに呼び合うのである。

 (略)純粋な作品の中では、語りてとしての詩人は消え失せて、ことばに主導権を渡さなければならない、とマラルメは言う。そして、

  「語は、一つ一つちがっているためにその間に衝突を生じ、こうして、いわば動員状態におかれている。ちょうど宝石を灯りにかざすと、長い光の線が虚像として見えるように、語と語はたがいの反映によって輝き出す。それが従来の抒情的息吹きの中に感じられた個人の息づかいや、文章をひきずる作者の熱意などにとってかわるのである。」(「詩の危機」)(略)

詩のことばについてのこの考え方は、定家のこの歌を批評するのにふさわしいのではなかろうか。「たまゆら」「つゆ」「なみだ」などの語は、宝石のような硬質のイメージをもって、互いに反映し合い、ぶつかり合い、響き合うのである。それは言語の意味統一の相とは次元を異にし、また主観的な抒情のぬくもりを伝えることばでもない。(略)

出典:『定家の歌一首』(赤羽淑、1976年、桜楓社)。マラルメ「詩の危機」(南條彰宏訳、筑摩世界文学大系48)。

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源実朝の海と純真のうた

 鎌倉時代の歌人、源実朝の歌のうち、私が好きな十八首をここに咲かせます。
源実朝(みなもとのさねとも・1192~1219・薨年二十八歳)の私家集は『金槐(きんかい)和歌集』(『鎌倉右大臣家集』)のみですが、藤原定家に歌の教えを仰ぎ、秀歌を論じた『近代秀歌』や、万葉集を贈呈されています。

  実朝の歌集に感じることは、古歌をとてもよく読みこんでいて、本歌取りで歌の姿を変え言葉として生き返らせていることです。万葉集で歌われた言葉の良さを、若い感性と詩人としての天性で敏感に感じとっていたことがわかります。実朝は新古今和歌集の鮮烈な風をも浴びていました。歌集の四季の題詠には独自性はありませんが、その時代の歌の水準に達するために彼が重ねた修練のように私は感じます。

 そのような多くの歌の中に実朝は、彼にしか歌えなかった独自の歌の花を咲かせました。ここに選んだ、海と空の歌たちと、純真の歌たちだと、私は感じます。彼がいたから生まれた歌、そう強く感じさせる歌。

 海の歌は、鎌倉と伊豆で、海を目の当たりにし潮騒に包まれた彼の感動が伝わってきます。実朝は海を見るのが好きだったんだとわかります。
 強い感動をそれしかないと思える斬新な言葉の響きに変えた彼には詩人の魂が確かにあったと私は感じます。多くの方と私も同じかと思いますが、私が一番好きな彼の歌をさきに響かせます。

 大海(おほうみ)の磯もとどろに寄する波破(わ)れて砕けて裂けて散るかも

 純真の歌たちは、彼の優しい心のふるえです。なんの解説もいらない感動です。

 彼は鎌倉幕府第三代将軍として飾られ権力闘争の血みどろの殺し合い、兄の殺害に加担させられ、殺されました。生まれた境遇、担ぎ上げられた政治的な立場は、その魂とおよそ似つかわしくないものでした。
 実朝のいのちは若くして抹殺されましたが、彼の歌を押しつぶすことは権力争い殺し合いに生きながらえようとだけ明け暮れた物たち(者ではなく心を失うと人間も物です)には、できませんでした。実朝は生涯をかけて、いのちの歌、そして歌のいのちを、教えてくれていると、私は思います。

 今回は、歌ごとにコメントは付しませんでした。現代ではわからない若干の古語はありますが、説明の言葉はいらないと思える、優しい心のふるえる感動が海の波となって美しく揺れていて、読むと自然に潮騒に包まれる歌だからです。

出典:『金槐和歌集』(校注・樋口芳麻呂、1981年、新潮日本古典集成)。歌の後の( )内数字は出典の通し番号です。句の間の空きはなくしました。

☆ 海と空の歌 十首

わたのはら八重の潮路(しほぢ)にとぶ雁のつばさの波に秋風ぞ吹く (222)

夕されば潮風さむし波間より見ゆる小島に雪はふりつつ (318)

かくてのみ荒磯(ありそ)の海のありつつも逢ふ世もあらばなにかうらみむ (505)

わが恋は百島(ももしま)めぐる浜千鳥ゆくへも知らぬかたになくなり (507)

沖つ島鵜(う)の棲む石に寄る波の間なくもの思ふ我ぞかなしき (508)

世の中は常にもがもな渚こぐ海人(あま)の小舟(をぶね)の綱手かなしも (604)

くれなゐの千入(ちしほ)のまふり山の端に日の入るときの空にぞありける (633)

箱根路をわれ越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ (639)

空や海うみやそらともえぞ分かぬ霞も波も立ち満ちにつつ (640)

大海(おほうみ)の磯もとどろに寄する波破(わ)れて砕けて裂けて散るかも (641)


☆ 純真の歌 八首

乳房吸ふまだいとけな嬰児(きみどりご)とともに泣きぬる年の暮かな (349)

ものいはぬ四方(よも)の獣(けだもの)すらだにもあはれなるかなや親の子を思ふ (607)

いとほしや見るに涙もとどまらず親もなき子の母を尋ぬる (608)

かくてのみありてはかなき世の中を憂しとやいはむあはれとやいはむ (609)

炎(ほのほ)のみ虚空に満てる阿鼻地獄ゆくへもなしといふもはかなし (615)

塔を組み堂をつくるも人の嘆き懺悔(さんげ)にまさる功徳(くどく)やはある (616)

神といひ仏といふも世の中の人の心のほかのものかは (618)

時により過ぐれば民の嘆きなり八大龍王雨やめたまへ (619)



 実朝とはまた異なる詩世界に生きた藤原定家を、近日のうちに取り上げたいと考えています。

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詩歌の優劣。ルクレティウス『事物の本性について』(3)

ルクレティウスの『事物の本性について―宇宙論』に照らして詩を考えてきました。今回はそのまとめです。

ルクレティウスの『事物の本性について―宇宙論』のような、古代からの西洋の文学伝統に屹立する作品と見比べると、日本の詩歌はとても狭い世界のなかで、思想のかけらもない感情を歌っただけだ、と否定的に捉える見方もあります。たしかに抒情か叙景の短い詩である和歌を本流とする日本詩歌の文学伝統と、ルクレティウスの作品は、おなじ詩と呼ぶのがためらわれるほど、一見すると異質の別世界です。
 私はこのような見方に対してまず、詩に作品の長さ、短さによる優劣はない、と考えます。膨大な行数の長い詩が優れているのでもなく、日本の詩が短いから劣っているわけでもありません。なぜなら詩句に込め、歌い、伝えようとするものと、言葉のかたち、作品の姿は、切り離せず一体だからです。

 日本の短いかたちの詩歌は、もともと思想、概念を盛ろうとはしませんでした。仏教思想や無常観を言葉に滲ませることがあるくらいでした。
 日本の詩歌の本来の姿はおそらく生れたときから、真理を主張しようとするものではなく、あはれ、その真実を歌いだすものだったのだと私は思います。
 男と女の一夜の逢瀬の思い、亡き人への鎮魂の思い、風の音や雪や月の美しさや小鳥のさえずりに、ああ、と深く感じて生れた言葉に、真理や思想のかけらはなくても、いちどかぎりの切実さ哀しさ、いのちのあるがままの表情、心の真実が短い言葉だからこそ凝縮して響いています。
 露にやどる月のひかりの揺らぎを涙と重ねて感じとれる感受性は、文化の伝承があってはじめてつちかわれ研ぎ澄まされた素晴らしいものです。
 日本の詩歌は真理を論じるのではなく、真実を感じとり歌うことを何より大切にする、世界観と感性から生れた詩歌です。
 歌われ、詩歌となったとき、その瞬間だけの真実はなぜか、時を超えて人の心に生きるものとなります。
 だから日本語の詩歌の源流、そしてどの時代の詩歌にも底流には必ず抒情詩があります。
 抒情詩は詩そのものです。詩の言葉でしか表現できないものを伝えてくれるものです。雄大に叙述し描写する叙事詩よりも詩の根源にあり、思想を主張する散文とは異なる姿で響いています。その詩歌の本質が、日本の抒情詩にはあります。

 このように書きながらも同時に私は、日本語の詩歌をもっと多様でゆたかな姿で表現したい、といつも考えています。言葉のかたち、その姿においても、三十一文字を越えと長い詩句で長い詩行で、詩の本質を見失わない言葉を生みだし伝えたいと、願っています。

 私の第一作品集『死と生の交わり』は、詩集ではない、思集だとのこだわりが若かった私にはありました。現代詩という流行の規範に、思想があるように見せかけた独りよがりの虚言を感じて好きになれなかったからです。
 だから私の言葉は、現代詩でも流行りの詩集でもない、世界文学、日本文学と、もっと本質的なところでつながっている言葉なんだと考えていました。
 私は、デモクリトスやエピクロスの原子論を奉じるルクレティウスの思想が真理だと主張する人間ではありません。ギリシャ思想ではピュロンの懐疑論、セクストス・エンペイリコスの、わからないことはわからないとする考え方や著作のほうにこそ、人間にはわからないことまでを真理だと断言してしまう嘘と驕りがないから、より共感します。私は同じ意味で現代科学にも人間の驕りを感じます。
 だから私にはこれが真理だと独善的に主張する思想書は書けず、星は好きでも天文学者にはなれません。それでも考え抜くことに生きた思想家や、宇宙の彼方を望遠鏡で見つめる人は好きです。
 私は私にできること、詩を歌い抜くことで、彼らと響きあいたいとだけ願いつつ、創作しています。そのような思いから生れた第一思集の作品をここに引用します。

 鎮魂歌」(『死と生の交わり』から)。
 
 今は思集でも詩集でもいい、と私は思っています。逆に詩という言葉が指し示すものを、思い、思想、世界観、宇宙感、生命感をも含みこんだ、より豊かなものに、膨らませていきたいと、考えます。

 いのちと宇宙を感じとる心のあり方については、アイヌ民族が育み伝えてくれた言葉に、私は深く共感しています。文字ではない口承文芸として歌い継がれてきたアイヌ神謡が、私はとても好きです。
 アイヌユーカラは、詩であり世界観であり宗教の祈りでもあると感じます。(アイヌ神謡の魅力についてはアイヌ神謡の優しさの豊かさに記しました。)
 日本語の詩歌の流れの中で、このような豊かな歌を生みだしたいと、私は願います。

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詩と真実。ルクレティウス『事物の本性について』(2)

 ルクレティウスの『事物の本性について―宇宙論』から、詩を考える試みの2回目です。今回は、思想と信仰と詩について思うことを記します。

ルクレティウスはこの本で、真理と確信する思想を読者に教えるために、その思想の根本概念で事物を捉え描きなおし説明します。だからこの本は、宇宙を理性で解読して原子論の正しさを証明しようとする論文ともいえます。
そのことは、たとえば彼の恋愛の捉え方に顕著に現われています。恋愛をその渦中に生きて心で歌うのが詩ですが、彼はそうするのではなく、男女の恋愛心理や行動を外側から理知的に観察します、まるで動物行動学のような記述です。
 宇宙そのものの捉え方についても、現代の科学のような、素粒子物理学や原子核物理学が放射性元素プルトニウムや放射性同位体セシウムを説明するのに通じるものを感じます。人間の理性と理知により宇宙は解き明かせるという科学信望、宇宙と照応する体系を記号と数式で書き表せるという、近現代科学の世界観の源流に彼はいます。彼は数学ではなく彼の時代の言葉を記号とするしかありませんでしたが。だからルクレティウスの情熱は、彼の思想の正しさを主張することに注ぎ込まれています。

この意味で彼の『事物の本性について』は詩の形式を借りて音韻を踏んでも、言葉の本質は、理知で説明し概念を伝えることを目的とした散文だと、私は思います。
私は彼の情熱の強さに打たれます、が、彼の叙述に心の感動、詩は感じません。宗教書との違いもここにあり、この書の言葉に祈りは感じられません。詩と祈りは感動をともなう言葉だからです。

 詩は心と思いの真実を歌うものであり、魂の揺れ動きであり、心の感動を波打たせることで、いつも宗教のそばにいますが、信仰ではありません。信仰は、キルケゴール『哲学的断片への結びとしての非学問的あとがき』で突き詰めたように、理性では理解できない不可能から跳び超えること、神、絶対者を信じることです。
 詩は跳び超えられずにいる人間の裸の姿のままにあること、と私は考えています。

 真。善。美。
連星のようにともに強く引きあいながらも、思想は真に、信仰は善に、詩は美に、こがれ、追い求めずにはいられないものだと、私は考えています。

 次回は、ルクレティウスの作品とは全く異質な、日本の詩歌の伝統について考えます。
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詩人・吉川千穂さんの詩集『烈風』の詩「ミュンヘン / 新世界」を紹介します

ホームページの好きな詩・伝えたい花で、詩人・吉川千穂さん第2詩集『烈風』収録の詩「ミュンヘン / 新世界 」を、第1詩集『再生』の詩「海」に続け、紹介しました。
 詩集『烈風』は、書かずにはいられない思いから生まれ、詩集全体がひとつの作品、問いかけとなって心に迫ってきます。そして詩は感動だという、根源の思いを呼び醒ましてくれます。
 生きることも創作も、痛みを感じ尽くし潜り抜け、それでも、そのむこうに「新世界」の光を見つけ向かってゆくことだと、教えてくださる稀有の詩集だと感じています。
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宇宙を歌う。ルクレティウス『事物の本性について』(1)

 ルクレティウス『事物の本性について―宇宙論』は、原子論を全六巻にわたる詩句で織りあげた稀有の長詩として、世界文学と思想史に独自の光を放ち輝いています。私はこのような類例のない作品を書きあげたルクレティウスに尊敬の念を覚えます。
 この作品を読むことで惹き起こされた詩についての考えを、3回に分けて記します。

 ルクレティウスは、この本を詩句のリズムにのせて書き上げた理由を第四巻の冒頭で、「快くひびく歌をかりてこの教えをあなたに述べ、いわばムーサの甘い蜜で包もうと望むのだ。」と自ら述べています。
 紀元前後を跨いで生きた彼の書には、思想書としての厳密な論理構成はなく、巻の内容の展開も、次のように気ままです。
 第一巻 物質と空間、第二巻 アトムの運動と形、第三巻 生命と精神、第四巻 感覚と恋愛、第五巻 世界と社会、第六巻 気象と地質。
 彼は、この宇宙の原理、源泉として原子、アトムの本性を書き記すことを第一の主題としています。そのうえで書きあげられた主なテーマを抜き出すと、宇宙の果て、天体、心、体、死、恋愛、動植物、社会の進歩、気象、地質、疫病と多岐にわたっています。さらに、ローマの飽食や近親毒殺の社会批評、アテナイの疫病の記録も盛り込まれています。
 彼は事物の本性としての原子観に基づいて、宇宙のすべてをこの詩篇で書きあらわそうとしたのだと言えます。その結果、ごちゃまぜで散漫な箇所もありますが、逆に言うとそれは豊かさです。
 私はこの作品が叙事詩ではないところに彼の独自性と文学上の意味があると私は思います。
 ホメロスの作品に代表される叙事詩は、時間の流れに浮かび沈む出来事の記述を積み重ねていく物語だから、その長大さはそのまま内容の大きさともなり、大河のような圧倒的な迫力を生みます。詩句の形式に言葉を載せつつも、本来的にそれは散文の歴史物語、歴史小説に近く、時間の流れの転変や回想による逆流を織り交ぜながらも、底流には人間が感じる時間が波打ち流れています。
 いっぽうルクレティウスのこの作品を敢えて分類するなら、思想の詩、哲学の詩だと言えます。歌われたものがギリシャ自然哲学者から連なるエピクロスの思想、原子論を真理だとする主張であり、その教えを述べるために書かれた言葉だからです。
 ですからこの本の詩句の質そのものは叙事詩とは大きく異なり、世界各地の神話やヴェーダ、仏典、聖書、コーランの言葉など、宗教の教えと祈りを直接に唱える言葉により近いと感じます。
 でも、ルクレティウス個人が書き上げた創作だという点が宗教書とは大きく異なります。伝えられたギリシャ神話『変身物語』という美しい詩句の作品に織り上げたオウィディウスに似て、彼には作品化する文学者、詩人としての天性と筆力があったのだと思います。
 ルクレティウスはこの一冊に自分の一生を込めたのだと感じます。詩人としての壮大な構想と作品化した彼の強い意思が、私は好きです。
 彼の意図と作品の姿を感じとれる第四巻の冒頭箇所を以下に引用し、この作品に照らして詩に思うことは、次回記すことにします。

●以下、出典からの引用です。

第四巻(冒頭部)

何人の足もまだふんだことのない、ムーサの道なき国を
私は遍歴する。人手のつかない泉に近より、その水を
くむのは楽しく、また新しい花々をつみとって、
ムーサの女神がかつて何びとの額をも飾ったことのない領域から
栄ある花冠を私の頭に求めるのは楽しいことである。
なぜならまず第一に私は重大な事柄について教え、宗教の
厳しい鎖から人の心を解放することに努めているのだから。
第二には暗黒に包まれたものごとについてかくも明らかな
詩を作りそれらすべてにムーサの魅惑を与えるのだから。
そうすることもまた、全く理由のないこととは思われない。
すなわち医師が子供にいやなにがよもぎを
飲ませようとする時まず盃のまわりのふちに
蜂蜜の甘い琥珀(こはく)色の液をぬって
子供たちの疑うことを知らぬ年頃が唇まで
あざむかれ、その間ににがよもぎのにがい
液を飲みほし、あざむかれても害をうけるのでなく、
かえってこのような処置により回復して元気になる、
ちょうどそのように私もいま、この教えが非常にしばしば
それを学んだことのない人々にはあまりにいとわしく思われて、
大衆はこの教えからしりごみするがゆえに、ムーサの女神の
快くひびく歌をかりてこの教えをあなたに述べ、
いわばムーサの甘い蜜で包もうと望むのだ。
もしかしてこのような仕方によりあなたの心をこの歌に
つなぎとめ、その間にあなたが事物の本性すべてについて
その形式と構造をみきわめることができればと。
(以下略)

出典:「事物の本性について―宇宙論」
『世界古典文学全集21ウェルギリウス・ルクレティウス』(岩田義一、藤沢令夫訳、1965年、筑摩書房。)

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