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高畑耕治

Author:高畑耕治
愛のうたの絵ほんは、高畑耕治の詩と詩集の海です。
Profile 高畑耕治 たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪府四條畷市出身、早稲田大学政経学部中退。東京都多摩市在住。
詩集『銀河、ふりしきる』(2016年5月イーフェニックス)
詩集『こころうた こころ絵ほん』(2012年同上)
詩集『さようなら』(1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25)
詩集『愛のうたの絵ほん』(1994年同上)
詩集『愛(かな)』(1993年同上)
詩集『海にゆれる』(1991年土曜美術社)
詩集『死と生の交わり』(1988年批評社)
雑誌「エヴァ」に扉の詩(1996~1997サンマーク出版)を連載。
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中野鈴子の詩。表現に自由の花を咲かせて。

 この約百年間に女性の詩人が生み出し伝えてくれた詩に
 心の耳を澄ませ聞きとっています。
 『ラ・メール 39号、特集●20世紀女性詩選』(1993年1月、編集発行人:新川和江・吉原幸子、発売:思潮社)に採録されている詩人の一作品・一輪の花たちのなかから、私が好きな、木魂する思いを揺り起こされた詩について、詩想を記しています。

 今回の詩人は、中野鈴子(なかの・すずこ、1906年明治39年~1958年昭和33年)です。
 略暦によると、二度の離婚の後、上京し『ナップ七人集』に作品収録。没後『中野鈴子全著作集』全二巻、『中野鈴子全詩集』が出版されています。

 平明な言葉で、出来事と、思いを、書き記した詩です。このような作品を、詩ではない、詩として劣ったものと決めつける詩人たちがいますが、私は偏狭なつまらない考えだと思います。
 詩は「こうであらねばならない」という決まりごとのない、自由な表現であることにだけ、良さがあります。学問や技術のように知性で整合的に体系だて正しい解答を用意できるものでも、強いられた枠に当てはまるように形を整えるものでもありません。
 とくに日本の口語詩には、定型も、音律の決まりごとも、まったく何もありません。まったくどのように書いてもかまわない、だから難しいともいえます。

 作品を詩と感じるかどうかを決めるのも、読者の自由な心です。権威をもちたがる学者や自称詩人が決めつけ押しつけられるものではありません、そのようにしたがる人は詩を本当には知らないし、好きでもないんじゃないかと私は思います。

 この作品は、作者が伝えたいものが、私の心に、強く悲しく響いてくるから、私はいい詩だと思います。
 散文ではなく詩と感じるのは、言葉に音楽性、リズムとくり返しによる、感情の波の浮き沈みがあるからです。

 結婚、男と女、親と子、家。個人の意志、女性の意志と時代と因習と生活の制約。この詩を読むことで、思いがかけめぐり、考えずにはいられません。これもこの詩のもつ力、意味だと思います。
詩人はまず自分自身のために、書かずにはいられないから書くことで、読者に伝え心に響いてほしいと必ず願っています。
 そのことを実現している、そして女性にしか書けなかった詩だと思います。強いられるなかでも耐え、心だけは最後まで奪われず失わずに、そこから生み出した自由な表現、咲かせた花は美しいと感じます。


  花もわたしを知らない
             中野鈴子


春はやいある日
父母はそわそわと客を迎える仕度をした
わたしの見合いのためとわかった

わたしは土蔵へかくれてうずくまった
父と母はかおを青くしてわたしをひっぱり出し
戸をあけて押し出した ひとりの男の前へ

まもなくかわるがわる町の商人が押しかけてきた
そして運ばれてきた
箪笥 長持ち いく重ねもの紋つき
わたしはうすぐらい土蔵の中に寝ていた
目ははれてトラホームになり
夜はねむれずに 何も食べずに
わたしはひとつのことを思っていた
古い村を抜け出て
何かあるにちがいない新しい生き甲斐を知りたかった
価値あるもの 美しいものを知りたかった
わたしは知ろうとしていた

父は大きな掌(て)ではりとばしののしった
父は言った
この嫁入りは絶対にやめられないと

とりまいている村のしきたり
厚い大きな父の手

私は死なねばならなかった
わたしはおきあがって土蔵を出た
外はあかるかった
やわらかい陽ざし
咲き揃った花ばな

わたしは花の枝によりかかり
泣きながらよりかかった
花は咲いている

花は咲いている
花もわたしを知らない
誰もわたしを知らない
わたしは死ななければならない
誰もわたしを知らない
花も知らないと思いながら


次回も、女性の詩人の作品に心の耳を澄ませてみます。

 ☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。

    こだまのこだま 動画
  
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    発売案内『こころうた こころ絵ほん』
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tag : 中野鈴子 詩人 高畑耕治 詩集 こころうた こころ絵ほん

竹内てるよの詩。絶望の涙をおとすな。

 この約百年間に女性の詩人が生み出し伝えてくれた詩に心の耳を澄ませ聞きとっています。
 『ラ・メール 39号、特集●20世紀女性詩選』(1993年1月、編集発行人:新川和江・吉原幸子、発売:思潮社)に採録されている詩人の一作品・一輪の花たちのなかから、私が好きな、木魂する思いを揺り起こされた詩について、詩想を記しています。

 今回みつめる詩人は、竹内てるよ(たけうち・てるよ、1904年明治37年~2001年平成13年)です。
 初めてこの詩人に出会い、読みましたが、詩集のタイトルから心のありようが少し感じとれます。『叛く』『いのち新し』『永遠の花』『夕月』『生命の歌』などです。

 収録されている詩集は『花とまごころ』、1933年昭和8年に出版されています。
 どのようなところから生まれてきた作品か、私は知りません。ただこの詩に向き合っただけなのですが、とても強い想いが響いている詩です。

 どうしてこんなに強い言葉が生まれてきたのか? そう問いかける声が私のうちにあります。
 でも一方で、それがわからなくても、強い響きとなっていることが、この詩の良さなのだと思います。

 詩は、特定の社会的な事柄、イデオロギー、戦争、大義、主義主張の実現を目的として、その意志発揚のための手段として作られ、使われてしまう場合があります。
 日中戦争、太平洋戦争中に、多くの詩人によって、命令に従う目的の意にそう作品が作られました。でもそれは、詩形に整えられた言葉であっても、詩ではありません。
 自由な心から生まれてくる言葉だけが詩だからです。

 この詩の詩句のなかには、「人類のための戦ひ」、「正義の決然」という、危うさがあると思います。
 私は読者として、「ヒューマニズム」、「人間らしさ」を指していると、とります。そうとるとき、共感できます。
 ただ人間は弱く、戦争をあおる国家、権力もその目的を必ず「人類の」「正義の」ため、と言います。ですから、私は残念な習性ですが、このような言葉にはまず疑念を抱いてしまいます。危うい言葉です。

 そう、感じつつ、この詩を見つめてしまうのは、作者が本当に、いちばん言いたいのは、そこにはないと感じるからです。

 母よ、わが子に、悲しみの、絶望の、涙を落すな。たとえどんな時にも。

 ただこのことを言いたいと繰り返される言葉ですが、私には、次のようにも聴こえてきます。

 わが子がいる。子どもがいる。だからどんな時も、母よ、絶望するな。けして諦めるな。

 このように聴こえてくるのは、私だけでしょうか? この詩の強さは、詩人が自分自身に向けて言い聞かせていると、感じることから、生まれているのだと思います。
 読み間違えでしょうか? 誤読でしょうか? そうであっても、作者の手を離れた作品をどう感じるかは、読者の自由です。私はこの詩を、このように読み取りたいと思います。


  
        竹内てるよ


生れて何もしらぬ吾子(あこ)の頬に
母よ、絶望の涙をおとすな。

その頬は赤く小さく、今はたゞ一つのはたんきょうにすぎなくとも
いつ人類のための戦ひに燃えないと云ふことがあらう。

生れて何もしらぬ吾子の頬に
母よ、悲しみの涙をおとすな。

ねむりの中に静かなるまつげのかげを落して
今はたゞ白絹のやうにやわらかくとも
いつ正義への決然にゆがまないと云ふことがあらう。

たゞ自らのよわさと、いくぢなさのために
生れて何もしらぬ吾子の頬に
母よ、絶望の涙をおとすな。


次回も、女性の詩人の作品に心の耳を澄ませてみます。


 ☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。

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新しい詩「ポ」をHP公開しました

 私の詩のホームページ「愛のうたの絵ほん」に、新しい詩「ポ」を、公開しました (クリックでお読み頂けます)。

   詩「ポ」

お読みくださると、とても嬉しく思います。


 ☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。

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    こだまのこだま 動画
  
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新しい詩「晩秋、悲しみ」をHP公開しました。

 私の詩のホームページ「愛のうたの絵ほん」に、新しい詩「晩秋、悲しみ」を、公開しました (クリックでお読み頂けます)。

   詩「晩秋、悲しみ」

お読みくださると、とても嬉しく思います。


 ☆ お知らせ ☆
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    こだまのこだま 動画
  
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新しい詩「せせらぎのうた」をHP公開しました。

 私の詩のホームページ「愛のうたの絵ほん」に、新しい詩「せせらぎのうた」を、公開しました (クリックでお読み頂けます)。

   詩「せせらぎのうた」

お読みくださると、とても嬉しく思います。


 ☆ お知らせ ☆
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    こだまのこだま 動画
  
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林芙美子の詩。本物の口語、自由な心の詩が生まれた。

 この約百年間に女性の詩人が生み出し伝えてくれた詩に心の耳を澄ませ聞きとっています。
 『ラ・メール 39号、特集●20世紀女性詩選』(1993年1月、編集発行人:新川和江・吉原幸子、発売:思潮社)に採録されている詩人の一作品・一輪の花たちのなかから、私が好きな、木魂する思いを揺り起こされた詩について、詩想を記しています。

 今回みつめる詩人は、林芙美子(はやし・ふみこ、1903年明治36年~1951年昭和26年)です。

 彼女の小説『放浪記』は、たぶん私が20代の初め、小説家を目指していた頃に読んで、深く共感したのを今も思い出します。小説のなかに散りばめられた詩も、とてもいいと感じました。

 この詩が収録されている詩集『蒼馬を見たり』(1929年昭和4年)はまだ読めずにいるので、彼女の言葉に触れたのは、その時以来です。

 女性の詩をみつめるこの一連の詩想でとりあげる詩人たちは、どの方も個性が強いですが、林芙美子のこの詩を読んで、とても独特な魅力、このひと、この詩人でないと書けない世界だなと強く感じます。
 これは、詩人にとって、一番のほめ言葉ではないでしょうか? 少なくとも私はそのように読者に感じてもらえる詩人でありたいです。

 私がこの詩に感じる一番の魅力は、自分の言いたいことを自分の言葉で伝える、「語り口調」です。
 最終行の「神様コンチクシヤウ」に特徴的ですが、たぶん彼女でないと詩のなかの言葉として書かれなかったと思える言葉が魅力的な声で散らばっています。

 もうひとつは、生活からにじみだすような人間味です。あんまり苦しすぎて、どん詰まりのときに、自分を笑うしかない時があります。苦しさも悔しさも自嘲も通り越してしまったどん底でみあげた空の青さのような。

 そして、社会に対する批評性も表裏一体になってまっすぐに浮かび上がります。やわらかく書くと、こんな不正だらけの社会に負けるもんか、コンチクショウです。現在にもつながる経済的な格差。この時代には江戸時代からひきずられている社会階層、身分による隔て、差別も露骨でした。そのことを苦しい者、貧しい者の偽りのない言葉で、跳ね返そうとする意地・意思が輝いています。

 彼女の詩が、苦しいことを書いていても、なぜか明るく爽やかなのはなぜか?
 私は彼女があらゆる角度から締め付けてくる制約を、ああでもない、こうでもないと、潜り抜けるように、彼女が自分で生き方を選んでいるからだと感じます。追い込まれてもどうするかは、どう生きるかは、自分が選ぶ、自分が決める。
 彼女は自分を突き放し、「放浪」記としましたが、私は彼女の「自由」を探さずにはいられない思いの日記なんだと、共感して読みました。

 この作品の詩の言葉も、文語定型詩の制約、「こうあらねばならない」という締め付けを初めて本当に跳ね飛ばした、口語の自由詩だと感じます。言葉が生き生きと息している、それが本物の輝かしい印。
 もう文語定型にはどのようにしても収めようがない、新しい口語の自由詩を彼女は生き、生みました。


 苦しい唄
         林芙美子


隣人とか
肉親とか
恋人とか
それが何であらう――

生活の中の食ふと言ふ事が満足でなかつたら
描いた愛らしい花はしぼんでしまふ
快活に働きたいものだと思つても
悪口雑言の中に
私はいじらしい程小さくしやがんでゐる。

両手を高くさし上げてもみるが
こんなにも可愛い女を裏切つて行く人間ばかりなのか!
いつまでも人形を抱いて沈黙つてゐる私ではない。

お腹がすいても
職がなくつても
ウヲオ! と叫んではならないんですよ
幸福な方が眉をおひそめになる。

血をふいて悶死したつて
ビクともする大地ではないんです
後から後から
彼等は健康な砲丸を用意してゐる。
陳列箱に
ふかしたてのパンがあるが、
私の知らない世間はなんとまあ
ピヤノのやうに軽やかに美しいのでせう。

そこで始めて
神様コンチクシャウと怒鳴りたくなります。


次回も、女性の詩人の作品に心の耳を澄ませてみます。


 ☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。

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金子みすゞの詩(二)。絵と、歌と、詩情と。

 前回につづき、金子みすゞの歌に心の耳を澄ませます。
 『金子みすゞ童謡集』(編解説・矢崎節夫、1998年、ハルキ文庫)、底本『新装版・金子みすゞ全集』(JULA出版局、1984年)を出典にしました。口語表記です。

 彼女の豊かな詩の表情の魅力を、少し違う角度から見つめてみます。

 たとえば、つぎの詩は短い詩行ですが、とてもひろい世界を映し出しています。優れた絵や映像のような詩です。

 川岸の花から川のながれのままに遠い海まで視線も流れてゆくと、突然視野は大きな海いっぱいにひろがります。がアングル、焦点は急に縮まり、小さな一滴を浮かび上がらせます。とおい距離のうごきと、大と小の対比が鮮やかです。
 そしてその一滴の水玉が想います、わたしはあの川岸の花の露、涙でしたと。おどろき、こころのときめき、そして今と過去の時間の逆行、重なり。
 詩が表現できるものの豊かさを包み込んだような、とても好きな詩です。


  みそはぎ
          金子みすゞ


ながれの岸のみそはぎは、
誰も知らない花でした。

ながれの水ははるばると、
とおくの海へゆきました。

大きな、大きな、大海で、
小さな、小さな、一しずく、
誰も、知らないみそはぎを、
いつもおもって居りました。

それは、さみしいみそはぎの、
花からこぼれた露でした。


 次は言葉の音楽性での、彼女の歌びととしての天性を感じる詩です。
 「(お)てんと」と「(お)使い」、「(そ)ろって」と「(そ)ら」、「(み)ち」と「(み)な(み)」。それぞれの詩行の畳韻は、たぶん無意識に音を探しながら言葉をさがす詩人の心に浮かびえらばれた言葉だと思います。
 七五調のリズム感が、お話、童謡の、優しさをもたらしています。
 各詩連は初めに同じ言葉「一人」から入って変化していて、繰り返しの安心感と、展開への期待感を、生んでいます。
 作品の内容からは、最後に「影」を忘れないのが、みすゞの詩人の感受性がほんものだと、教えてくれる気がします。
明るさと暗さ、喜びと悲しみ、どちらも大切なものとして感じ歌うのが、詩です。


  日の光
         金子みすゞ


おてんと様のお使いが
揃って空をたちました。
みちで出逢ったみなみ風、
(何しに、どこへ。)とききました。

一人は答えていいました。
(この「明るさ」を地に撒くの、
みんながお仕事できるよう。)

一人はさもさも嬉しそう。
(私はお花を咲かせるの、
世界をたのしくするために。)

一人はやさしく、おとなしく、
(私は清いたましいの、
のぼる反り橋かけるのよ。)

残った一人はさみしそう。
(私は「影」をつくるため、
やっぱり一しょにまいります。)


 最後に、彼女の寓話性、おとぎ話の魅力です。
 私は優れた暗喩は、「言葉の意味は捨てずに、書かれていないものまで呼び起こし想いを馳せさせる」表現だと思います。比喩が暗示するものは伝えたうえで、寓意は読者の自由に委ねることで無限に拡がってゆきます。

 モダニズムの詩や現代詩がつまらないのは(西欧翻訳詩のマネが多い点は無視しても)、暗喩の段階で読者をはねつけ拒み、言葉の意味を捨てた作者しかわからない飛躍の積み木を喜ぶ稚拙な独りよがりに陥っているからです。意味と表象のつながりを潰した瓦礫のわからなさを得意顔で自慢するのはもうやめたほうがよいと思います。

 つぎの詩は誰でも、書かれている言葉の意味がわかります。そのうえで、書かれていないことを伝えようとしているのだと、読者は感じて、想い・想像力がひろがってゆきます。
 本当に優れた詩情、ポエジーとはこのように、やわらかく、やさしく、それでいて無限に広がってゆく想いを、呼び覚ましてくれるものです。

 一人の読者としては、この詩の最終連に、みすゞの抵抗の気持ちを感じ、悲しみが心に沁みてきます。でも、わたしもきっと「下へ、下へと、」同じことをするだろうと、このざくろの気持ちになって共感しています。
 
 ざくろにもなれる。詩って、おもしろいなと、ますます好きになります。だから、みすゞの詩が、私はとても好きです。


  ざくろ
       金子みすゞ


下から子供が
「ざくろさん、
熟(う)れたら私に
くださいな。」

上からからすが
「あほかいな。
おさきへ私が
いただこよ。」

あかいざくろは
だんまりで、
下へ、下へと、
たれさがる。


 次回も、女性の詩人の作品に心の耳を澄ませてみます。


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金子みすゞの詩(一)。鈴になって、小鳥になって。

この約百年間に女性の詩人が生み出し伝えてくれた詩に
心の耳を澄ませ聞きとっています。生年の順を基本にしています。
今回と次回は金子みすゞ(1903年明治36年~1930年昭和5年)です。以前から書き記したい気持ちがあった好きな詩人ですので出典も変え、『金子みすゞ童謡集』(編解説・矢崎節夫、1998年、ハルキ文庫)、底本『新装版・金子みすゞ全集』(JULA出版局、1984年)からの紹介です。読みやすいよう口語表記になっています。

 今回は、彼女の作品のうち最もひろく知られている三篇になりました。なんど読み返してみてもいいし、彼女の良さ、個性、感性が光っていると感じるからです。
 
 最初は、海辺で生まれ育ち生きた彼女の身近でいつも泳いでいる「お魚」の詩です。
 最初の一行と最後の一行、素直な気持ちの表現、その良さと大切さを教えてくれます。共感できるひとのこころにはそのままどこまでも響きます。


  お魚
           金子みすゞ


海の魚(さかな)はかわいそう。

お米は人につくられる、
牛は牧場(まきば)で飼われてる、
鯉(こい)もお池で麩(ふ)を貰う。

けれども海のお魚は
なんにも世話にならないし
いたずら一つしないのに
こうして私に食べられる。

ほんとに魚はかわいそう。


 次はたぶん一番知られ愛されている詩です。
 彼女は鈴になって鈴の気持ちを感じて鈴とお話できます。小鳥になって小鳥の気持ちを感じて小鳥とお話できます。
 そして最後の一連を口ずさむように歌えたひと、みすゞはとても、優れた詩人だと思います。
 こどもみんながこのような言葉にふれ、心にもちつづけられたら、と願わずにはいられません。
 

  私と小鳥と鈴と
            金子みすゞ


私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面(じべた)を速(はや)くは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。


 最後に、とてもすてきなタイトルの、彼女の感受性のゆたかさから生まれあふれでた詩を。
 ばくぜんと知ってはいても、見過ごして感じとれずにいるものを、そっとささやいてしらせてくれる。
 心にねむっている景色を目覚めさせてくれる、詩のよさを思い出させてくれる、詩人がすぐそばに、彼女の声が耳元に聞こえてきます。


  星とたんぽぽ
           金子みすゞ


青いお空の底ふかく、
海の小石のそのように、
夜がくるまで沈んでる、
昼のお星は眼にみえぬ。
  見えぬけれどもあるんだよ、
  見えぬものでもあるんだよ。

散ってすがれたたんぽぽの、
瓦のすきに、だァまって、
春のくるまでかくれてる、
つよいその根は眼にみえぬ。
  見えぬけれどもあるんだよ、
  見えぬものでもあるんだよ。

 次回も金子みすゞの歌を少しちがう視点からみつめます。


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中田信子の詩。性愛の喜びを歌う。

 約100年ほど前、明治時代からの詩を、女性の詩人の作品という視点でみつめなおしています。
 『ラ・メール 39号、特集●20世紀女性詩選』(1993年1月、編集発行人:新川和江・吉原幸子、発売:思潮社『に採録されている詩人の一作品・一輪の花たちのなかから、私が好きな、木魂する思いを揺り起こされた詩について、詩想を記しています。

 今回みつめる詩人は、中田信子(なかた・のぶこ、1902年明治35年~)です。
 詩集『処女の掠奪者』(1921年大正10年)の収録作品、詩人が19歳頃の詩です。他の詩集名『女神七柱』からも、女性として生きることへの意識が強い方ではないかと思いました。

 愛、男女の性愛を、肯定的にとらえた歌です。
 肉体を、乳房を、筋肉を、直接的に、良いもの、喜びとして歌う言葉には、まぶしさがあります。作品が書かれた時代を思うと、彼女はかなり勇気のある表現者、本当のことを伝えようと願う先駆者だったように感じます。
 性愛を隠すもの、陰湿なもの、とばかり捉えることに対して、私もこの詩人と同じ年齢の頃、反発する思いを抱いていました。
 女性の乳房は、男性の筋肉は美しい。そのような思いを私は詩『ほら貝』をはじめとする作品に込めてきました。この詩人が海に思いを託したことにも、素直な共感を覚えます。
 海はいのちの母、抒情の母だからです。

 愛、性愛、肉体を、蔑まない、否定しない、肯定的に、大切なものとして、感じ、歌い、伝えたい。この願いは、若者の「生きたい」、「生きていきたい」という切実な思いと結びついています。
 若者が生きることに向きあい、死と生を強く意識する時が必ずあると思います、愛しあい、交わりあい、子どもを生み、育てていく、そのように生きることを受け入れ決意する時です。
 自分のからだを、他者のからだを、大切なものとして、愛し合う心の大きさのなかに溶かし込んで、生の方向へ、歩みだしてほしい、この詩を読んでそう、思います。


  歓喜の生るる処
          中田信子


ふくれ上つた大地に
脂肪の多い海に
健康に燃ゆる二人の肉体に
歓喜は翼を広げて跳ね上る

おお愛する人よ、見よ
豊饒な畑に
鍬(くわ)を振る農夫! あなたの額に輝く汗の玉
私が摘んだ果物の芳烈な匂
私が掘つた太つた甘藷
莢(さや)もはち切れそうな大豆小豆
限りない喜は 二人が素足でふみしめた土より生れるのだ

おお愛する人よ、更らに見よ
緋ちりめんに輝く若い海は
華やかな唄をうたつて
二人の心を慰めてくれる
青味走つて吹く風に
あなたの船は軽く走つて私を離れ、私に近づく
群れ重なつた魚は 跳ね上つて陽をのむ
おお限りない喜は 板一枚が生死を分つ海より生れるのだ

おお愛する人よ、更に更に見よ
華やかな二人の肉体を
含らんだ私の乳房
はち切れさうなあなたの筋肉
二人の心は太陽の様にもえてゐる

陽は薔薇色に
二人の愛を 健康を祝福してくれる
二人は疲れた身体を静かに抱き合つて
永遠の生命を歓喜してうたふ
おお私たち二人の限りない幸福はそこから生れるのだ

ふくれ上つた大地に
脂肪の多い海に
健康に燃ゆる二人の肉体に
歓喜は翼を拡げて跳ね上る


次回も、女性の詩人の詩に耳を澄ませます。

 ☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。

    こだまのこだま 動画
  
 ☆ 全国の書店でご注文頂けます(書店のネット注文でも扱われています)。
    発売案内『こころうた こころ絵ほん』
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tag : 中田信子 詩人 高畑耕治 詩集 こころうた こころ絵ほん

武内利栄の詩。悲歌の、感動。

 約100年ほど前、明治時代からの詩を、女性の詩人の作品という視点でみつめなおしています。
『ラ・メール 39号、特集●20世紀女性詩選』(1993年1月、編集発行人:新川和江・吉原幸子、発売:思潮社)に採録されている詩人の一作品・一輪の花たちのなかから、私が好きな、木魂する思いを揺り起こされた詩について、詩想を記しています。

 今回みつめる詩人は、武内利栄(たけうち・りえ、1901年明治34年~1958年昭和33年)です。

 個人誌「をみな」発行。上京「女人芸術」に参加。小説『山風の唄』『武内利栄作品集』(1990年)、童謡・童話など。この短い略歴から私は、この詩人の文学への志の強さと、やわらかな心のやさしさを思います。

 作品の末尾に(1945年8月下旬 疎開地にて)と記されています。日本の敗戦直後に、本土空襲から逃れた疎開地で生まれた、「汗のしずく」です。
 一読、心深く打たれました。悲しいけれど、この詩を感じとることができてよかったと思いました。

 詩は感動です。ひとの心にいちばん強く響く感動は、悲しみ、悲歌です。
 萩原朔太郎やポー、優れた抒情詩人が言っています。でも、古くからの世界の文学、詩歌、古くからの日本の歌謡、和歌、物語、詩歌そのものが、そのことを教えてくれます。源氏物語は、もののあわれ、ああと心にもれる声そのもの、平家物語もそうです。ひとの心にとって、変わらない真実だと私は思います。

 とても悲しい詩です。詩人の思いのゆれ動き、一言一言が、私の心に沁みこんでくる、悲しい詩、心の詩です。
伝えたいと願わずにいられない、詩です。


  行水
          武内利栄


百合の花がむぞうさに咲いている。
なでしこ コスモス 千日紅なども
咲きあふれる農家の庭へ
古びた盥(たらい)をすえ、
顔と両手に火傷したむすめに
行水をつかわせる。

このあいだまで
小型機がうなりつづけた
茨城の空も爽かにすみわたり、
日立あたりへながれる雲が
淡いかげを刷いてゆくばかり。

くろずんだ盥に
まんまんとたたえた湯へ
腕のきかぬむすめをたすけいれる
わたしの指さきのこのふるえ。

肩から背へ
背から腰へ
あたたかい湯をそそげば、
十七の少女のなめらかな肌は
しゃぼんの泡をうかせて匂い
ぬれたうぶ毛もほそぼそひかる。

だが
ぐるぐる巻かれた繃帯(ほうたい)の両手を
木の切り株のようにされた両手を
おずおずと虚空(くう)にうかせ、
しょんぼりと盥に坐るむすめの
かわりはてたこのすがたは。

焼け焦げた皮膚に
黄土のような薬をば
ぶあつく塗られ
かたちのくずれた顔を
顔とも思えぬその顔をかたむけ、
ものの音をきいているらしいむすめの
かわりはてたこのすがたは。

たんねんに垢をおとしてやりながら
わたしはおもう
一つのことを。
野をわたる風のごとく
たえずわたしの心に鳴りひびく
ただ一つのことを。

それにしても
少しもおごらぬ
この庭の花々たちよ。

ひと眼をさけて
むすめのからだをなでさすり
洗いきよめるわたしの頬につたうこれは
泪ではない。

汗だ。
そぼくにちぢんだ母の皮膚から
しぼりだされる汗のしずくだ。


次回も、女性の詩人の詩に耳を澄ませます。


 ☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。

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 ☆ 全国の書店でご注文頂けます(書店のネット注文でも扱われています)。
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