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高畑耕治

Author:高畑耕治
愛のうたの絵ほんは、高畑耕治の詩と詩集の海です。
Profile 高畑耕治 たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪府四條畷市出身、早稲田大学政経学部中退。東京都多摩市在住。
詩集『銀河、ふりしきる』(2016年5月イーフェニックス)
詩集『こころうた こころ絵ほん』(2012年同上)
詩集『さようなら』(1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25)
詩集『愛のうたの絵ほん』(1994年同上)
詩集『愛(かな)』(1993年同上)
詩集『海にゆれる』(1991年土曜美術社)
詩集『死と生の交わり』(1988年批評社)
雑誌「エヴァ」に扉の詩(1996~1997サンマーク出版)を連載。
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若山牧水の詩歌。破調。壊れた心から言葉はこぼれ。

 前回は与謝野晶子の短歌を見つめました。出典の同じ本には、若山牧水の短歌集も収められていて、読むことができました。

1.牧水の代表歌
 彼の短歌で、私がいちばん好きなのは、おそらくいちばんよく知られている「白鳥は…」の歌で、白鳥と空と海が目に浮かび、海にいきたい想いがつのります。
 この歌を含め第一詩集『海の声』から選び出した好きな歌四首はどれも、いのちの旅人である歌人の詩心をまっすぐ響かせていて、抒情がとても美しいと思います。

歌集『海の声』から。若山牧水
(1908年・明治41年、24歳)


われ歌をうたへりけふも故わかぬかなしみどもにうち追はれつつ

白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

けふもまたこころの鉦(かね)をうち鳴(なら)しうち鳴しつつあくがれて行く

幾山河(いくやまかは)越えさり行かば寂しさの終(は)てなむ国ぞ今日も旅ゆく

2.牧水の「破調」
 若山牧水のこれらの代表歌の他に、今回印象深く考えさせられたのは、歌集『みなかみ』の時期に生まれた、定型を破った口語的発想の「破調」の歌です。
 解説文によると、牧水自身はこれらの歌を「長歌」または「新長歌」、「短曲」、「短唱」と名づけようか、と書いています。

「破調」とは、定型詩歌である短歌の決まりごと、三一文字の音を五七五七七の音数律でつくるという基本を「破った調べ」です。一音多い「字余り」や一音少ない「字足らず」は基本の些細な変調とみなせますが、「破調」の場合は音数律の基本を「壊し、はみだす」歌です。

 これらの詩形の約束を「壊れた」「壊した」歌が、牧水に生まれたのは、彼の父が亡くなり帰郷していた時期と重なります。
 私はこの「破調」の歌を読んで、破れた心、壊れた心から、漏れで、こぼれた想いを、転写するように掬いあげるしかなかった、そのように生まれ出るしかなかった言葉を、約束事の音数に取捨選択してはめ込むために推敲することは逆に想いのかたちを壊すことになるように彼には思えたのではないか、と感じます。
 切迫感が静かに薄い氷のように、今にも割れそうなほどに、張りつめています。

歌集『みなかみ』から。若山牧水
(1913年・大正2年、29歳)


納戸の隅に折から一挺(ちやう)の大鎌(おほがま)あり、汝(なんぢ)が意志をまぐるなといふが如(ごと)くに

飽くなき自己虐待者に続(つ)ぎ来たる、朝(あさ)、朝のいかに悲しき

新(あら)たにまた生るべし、われとわが身に斯(か)く言ふとき、涙ながれき

傲慢(がうまん)なる河瀬(かはせ)の音よ、呼吸(いき)はげしき灯(ひ)のまへのわれよ、血のごとき薔薇(ばら)よ

薔薇を愛するはげに孤独を愛するなりきわが悲しみを愛するなりき

愛する薔薇を蝕(むし)ばむ虫を眺めてあり貧しきわが感情を刺さるるごとくに

さうだ、あんまり自分のことばかり考へてゐた、四辺(あたり)は洞(ほらあな)のやうに暗い

御墓(みはか)にまうでては水さし花をさす、甲斐(かひ)なきわざをわがなせるかな

わが厨(くりや)の狭き深き入り口に夕陽(ゆふひ)さし淵(ふち)のごとし噤(つぐ)みて母の働ける

飛ぶ、飛ぶ、とび魚がとぶ、朝日のなかをあはれかなしきこころとなり

かなしき月出づるなりけり、限りなく闇(やみ)なれとねがふ海のうへの夜(よる)に

高まりたかまりつひに砕(くだ)けずにきえゆきし曇り日の沖の浪(なみ)のかげかな

● 出典・『日本の詩歌4 与謝野鉄幹 与謝野晶子 若山牧水 吉井勇』(中公文庫、1975年)。

 次回は、私自身の「破調」について記します。

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与謝野晶子の詩歌(十三)。君への愛を歌う。『みだれ髪』と『白桜集』。

 20世紀の冒頭から半ばまで、ゆたかな詩歌を創りつづけた女性、与謝野晶子の作品をみつめつつ詩想を記してきました。
 与謝野晶子は生涯を通じて社会評論の他に、文学作品として詩や童謡など、とても豊かな詩歌を生み続けたことを、あまり注目されなかった視点を主にして記してきました。

 最終回の今回、彼女自身も、また周囲も評価してきた歌人としての作品、短歌をみつめます。
 今回彼女の第一歌集『みだれ髪』全篇と、生涯に歌われた数万首のなかから晶子自身が自選した歌集を読みました。後者のあとがきとして、彼女の作品の評価が『みだれ髪』を含む初期の歌集に偏っていることへの不満を述べています。初期の歌は、藤村や泣菫(きゅうきん)の詩の影響を強く受け過ぎた模倣でもあり、自分としてはその後の作品の方が良いと思っていると述べて歌集を編んでいます。

 私は短歌の専門家ではありませんので、詩歌を愛する一読者としての感想を率直に述べて、好きな歌を選びました。
私の好みからすると『みだれ髪』と初期歌集の歌は、清新さと情熱、ひとりの異性「君への愛」の想いに満ちあふれていて、魅力的であり、美しいと感じます。古代からの和歌の伝統に洗われた時代を越えた優れた女性歌人たち、額田王や和泉式部や紫式部や式子内親王を受け継ぐちからを感じます。

 晶子自身がより良いとして多く選んだ、それ以降の歌で気づくことは、「君への愛」が歌われなくなったことです。与謝野鉄幹との夫婦生活は、育児と生計に追われて、冷めてもいき、情熱的にはもう歌えなくなったのかもしれません。
 短歌として歌われた題材・モチーフのほとんどは、旅と叙景で、私には晶子でなくても歌えそうな平凡な歌に感じられました。
 創作をかさねて身に付けた短歌の詩法が、端正に、玄人ごのみに秘められた奥行きのある歌であるのを、素人の私がわからないだけかもしれませんが、心を強く揺り動かされるには歌い込まれた思いが弱いと感じました。

 この時期には前回まで見てきたように、自由詩で様々な主題を取りこみ、童謡をやさしく歌い、評論で厳しく社会批評しています。短歌にはそこで表現された主題はほとんど詠まれていません。だからこの時期の彼女の最も優れた表現は、短歌以外にあったと私は感じます。

 ここで終わるのが普通ですが、晶子がすごいと思うのは自選歌集を編んだ後、他者に編まれた遺稿集『白桜集』があり、この最後の歌集で歌人としての魂を燃やし尽くし歌いあげたことです。

 この歌集には、夫の与謝野鉄幹が亡くなった後の鎮魂歌がまとめられています。(出典では解説者の歌人・馬場あき子がこの珠玉の歌集を自選歌集に追加しています。)

 『白桜集』には、初期歌集以降消えていた「君への愛」が亡き人への鎮魂歌として甦っています。最愛の人に取り残された、老齢の、さびしく、悲しい歌ですが、年齢の深みを湛え、とても澄みきっていて美しいと私は感じます。
 
 晶子は、愛の歌人、人間の心と魂を歌わずにはいられない歌人だったと、約40年の歳月を隔てたふたつの歌集が教えてくれます。歌う人と聴く人の心をもっとも痛切にゆらし打つ詩は、愛の歌と、鎮魂の歌です。そのことを自らの生き様で示した晶子は、詩歌の人そのものだと、心から尊敬せずにいられません。

 以下、それぞれの歌集から私の心に特に強く響き、沁みた歌を選び出しました。余計な解説は付け加えなくても、読者の心に強く訴えかけて響き続ける、美しい愛の歌だと、私は思います。

『みだれ髪』から。与謝野晶子
(1901年・明治34年、24歳、東京新詩社)


その子二十(はたち)櫛(くし)にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな

臙脂色(えんじいろ)は誰(たれ)にかたらむ血のゆらぎ春のおもひのさかりの命

清水(きよみづ)へ祇園(ぎをん)をよぎる桜月夜(さくらづきよ)こよひ逢ふ人みなうつくしき

やは肌(はだ)のあつき血潮にふれも見でさびしからずや道を説く君

みだれごこちまどひごこちぞ頻(しきり)なる百合ふむ神に乳(ちち)おほひあへず

乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅(くれなゐ)ぞ濃き

なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな

むね清水(しみづ)あふれてつひに濁りけり君も罪の子我も罪の子

いとせめてもゆるがままにもえしめよ斯(か)くぞ覚ゆる暮れて行く春

春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳(ち)を手にさぐらせぬ


『白桜集』から。与謝野晶子
(1942年・昭和17年、65歳・遺稿集)


人の世に君帰らずば堪へがたしかかる日すでに三十五日

山山が顔そむけたるここちすれ無惨に見ゆるおのれなるべし

鎌倉の除夜の鐘をば生きて聞き死にて君聞く五月雨の鐘

落葉松(からまつ)の上の信濃の夕焼の雲を君来てただ一目見よ

我れのみが長生(ちやうせい)の湯にひたりつつ死なで無限(むげん)の悲みをする

君知らで終りぬかかる悲みもかかる涙もかかる寒さも

多磨の野の幽室(いうしつ)に君横たはりわれは信濃を悲みて行く

我が旅の寂しきこともいにしへもわれは云はねど踏む雪の泣く

伊豆の海君を忍ばず我れもなき千年(せんねん)のちを思ふ夕ぐれ

紅椿君が忌月となりぬれば哀れ哀れと云ひつつも落つ

山荘のランスの鐘よ今振れば君が涙の散るここちする

初めより命と云へる悩ましきものを持たざる霧の消え行く

帰るべき静かならざる都もち身も投げがたし青海の伊豆

木の間なる染井吉野(そめゐよしの)の白ほどのはかなき命抱く春かな

● 出典・『日本の詩歌4 与謝野鉄幹 与謝野晶子 若山牧水 吉井勇』(中公文庫、1975年)。
・『与謝野晶子歌集』(与謝野晶子自選、馬場あき子解説、岩波文庫、1985年改版)。

次回は、若山牧水の短歌を見つめ詩想を記します。

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与謝野晶子の詩歌(十二)。押韻小曲。自由詩の音楽の試み。

 20世紀の冒頭から半ばまで、ゆたかな詩歌を創りつづけた女性、与謝野晶子の作品をみつめつつ詩想を記しています。

 今回は与謝野晶子の詩を見つめる最終回です。「小鳥の巣(押韻小曲五十九章)」について、日本語の口語自由詩に押韻により音楽性をもたせようとした彼女の試みを作品を通して感じとります。
 
 五十九ある小曲から私の好きな作品を選びました。全体の特徴を挙げると、
① いづれも全5行の短い詩で、すべての詩行は音数律七五調です。 
   例)いつもわたしの(七)むらごころ(五)
② 口語を主とした試みです。文語的表現はありますが、晶子の短歌はほとんど文語なのに比べるとずっと。

 以上を踏まえ、口語の自由詩として音韻を踏んだことによる効果と、言葉の音楽性が高まったかどうかについては、以下個々の小曲を通してみつめ、感じたことを●印に続けて記します。なお、各小曲ごとの題名はありません。
(押韻している詩句は赤色文字緑色文字にします)。

  小鳥の巣(押韻小曲五十九章)(抄)
                与謝野晶子

    
いつもわたしのむらごころ
真紅《しんく》の薔薇《ばら》を摘むこころ
雪を素足で踏むこころ
青い沖をば行《ゆ》くこころ
切れた絃《いと》をばつぐこころ

● 五行とも同じ詩句「こころ」の体言止めで結んでいるので、詩行の区切りはわかりやすく、単純ともいえます。

いつか大きくなるまま
子らは寝に来《こ》ず、母の側《そば》。
母はまだまだ云《い》ひたきに
金《きん》のお日様、唖《おし》の驢馬《ろば》、
おとぎ噺《ばなし》が云《い》ひたきに

● 一、三、五行の押韻「にni」はとても弱い音ですが、三行目と五行目は詩句の想いの強さが押韻を強めています。二、三行目の「そば」、「ろば」はわかりやすく耳に残ります。
  
おち葉した木が空を打ち
枝も小枝も腕を張
ほんにどの木も冬に勝ち
しかと大地《たいち》に立つてゐ
女ごころはいぢけがち
    
● 二、四行目の「る」は日常語の語尾なので押韻とまでは感じません。五行目は詩行は面白いけれど。無理やり押韻した不自然さがあります。

誰《た》れも彼方《かなた》へ行《ゆ》きたがる
明るい道へ目を見張る
おそらく其処《そこ》に春がある
なぜか行《ゆ》くほどその道が
今日《けふ》のわたしに遠ざかる

● 二行目詩行中の「道へ」と四行目末の「道が」、二行目末の「張る」と三行目中の「春」が隠れた音の呼び合いをしています。「春があるharugaaru」の2回を含めてaruが5回押韻しているので、音が快いか、しつこいか、感じとり方は読者次第です。

青い小鳥のひかる羽《はね》、
わかい小鳥の躍る
遠い海をば渡りかね
泣いてゐるとは誰《だ》れが知ろ、
まだ薄雪の消えぬ

● 単語の音が小変化する押韻、hane、mune、mineは、同じ詩句の繰り返しとはちがう変奏の快さがあります。
三行の「かね」に少しあるわざとらしさを、四行目の押韻のない行が打ち消している気がします。
    
がらすを通し雪が積む
こころの桟《さん》に雪が積む
透《す》いて見えるは枯れすす
うすい紅梅《こうばい》、やぶつば
青いかなしい雪が積む

● 語句の繰り返し、リフレインは、覚えやすい親しみを生んで、詩行を歌詞に近づけます。

うぐひす、そなたも雪の中
うぐひす、そなたも悲しい
春の寒さに音《ね》が細る
こころ余れど身が凍《こほ》る
うぐひす、そなたも雪の中

● 詩行の繰り返し、変奏も、歌詞のようです。
   
摘め、摘め、誰《た》れも春の薔薇《ばら》、
今日《けふ》の盛りの紅《あか》い薔薇《ばら》、
今日《けふ》に倦《あ》いたら明日《あす》の薔薇《ばら》、
とがるつぼみの青い薔薇《ばら》、
摘め、摘め、誰《た》れも春の薔薇《ばら》。

● 各行末は、同じ詩句「ばら」で押韻してわかりやすくすぐ覚えられます。初行と最終行は同一の繰り返し、リスレインで、「摘め、摘め、」に強いリズム感があり、二、三行目も「今日」で頭韻しているので、全体が歌のよう。詩想からも童謡のようです。
    
論ずるをんな糸採《と》らず、
みちびく男たがやさず
大学を出ていと賢《さか》し、
言葉は多し、手は白し、
之《こ》れを耻《は》ぢずば何《なに》を耻《は》づ。

● 詩想と音数律の七五調が相まって、押韻はその型にはめ込むような役割をしていて、警句のようです。
    
雲雀《ひばり》は揚がる、麦生《むぎふ》から。
わたしの歌は涙から。
空の雲雀《ひばり》もさびしろ、
はてなく青いあの虚《うつ》ろ、
ともに已《や》まれぬ歌ながら。

● 行末の「から」「かろ」「ろ」の組み合わせに流れと変化は童謡のよう。「はてなく青いあのhAtenAkuAoiAno」のように「アa」の音をふくむ詩句が多くその見え隠れが全体の音調をかもしだしています。

玉葱《たまねぎ》の香《か》を嗅《か》がせても 
t A m A n e G i n o KA wO / KAGA s e TEMO
青い蛙《かへる》はむかんか
A o i KA e r u w A / m u KA n KA KU
裂けた心を目にしても
s A K e t A KO KO rO wO / m e n i s i TEMO
廿《にじふ》世紀は横を向く、
n i j u u s e i k i w A / YO KO wO mUKU
太陽までがすまし行《ゆ》く。
t A i YO m a d e g A / s u m a s i yUKU

● この歌は詩想にはほとんど意味がない、詩句の音楽性だけでできた詩です。(音をローマ字で記しました)。一、三行末の押韻「てもTEMO」は二文字音(子音+母音+子音+母音)なので響きがのこります。二、四、五行目の押韻「くKU」をふくめ、全体に子音Kの音、KA,KE,KOがとても多く強く、似通うGA、GIとの音も響き合っています。一、二、五行目はその他の詩句にも母音「A」が多く主調音になり、三、四行目には母音「A」が少なく母音は「I、U、E、O」が散らばり転調になっています。
 音の調べに鋭敏な短歌を書き続けたから、こんな詩も書いたんだと思いました。
 
 最後に、個々の小曲の詩としての完成度はまだ低いとしても、晶子のこの試みは日本語の自由詩にとって、とても貴重だと私は思います。詩と散文を分かつ、言葉の音楽性に、詩人なら無感覚でいられないからです。

 1942年頃からの中村真一郎、福永武彦、加藤周一らの、「マチネポエティク」の押韻の主張などを先取りしています。この主張は日本語の特性を深く見つめずに西欧詩の押韻を規範とすることにこだわりすぎたから自滅したと私は思います。
 でも晶子に続く問題意識に学ばないなら、口語の言葉の音楽性に鈍感であるまま散文の行分けによる書き流しを続けてしまうと思います。散文を書く心は散文化します。詩心は鈍ります。だから音楽性に鈍感であるのは詩歌にとってよくないと私は考えます。

 私自身は、日本語の自由詩で生み出せる音楽性は、ここで晶子が試みた詩法も含め、より古くひろく深く和歌の調べを詩想にふさわしい繊細なかたちで織り合せた音色とリズムにあると考え、言葉の音楽にこだわりながら自由詩を創作しています。
 (詩の音楽性については、萩原朔太郎の『恋愛名歌集』などを通してみつめた記事「歌の韻律美と口語自由詩」で書いていますので、(クリックして)お読み頂ければ嬉しく思います)。

● 出典は、インターネットの図書館、青空文庫
入力:武田秀男、校正:kazuishi。
・晶子詩篇全集。底本:「晶子詩篇全集」実業之日本社、1929年。
・晶子詩篇全集拾遺。底本:「定本與謝野晶子全集第九巻詩集一、同・第十巻詩集二」講談社、1980年。

 次回は、与謝野晶子の短歌を見つめ詩想を記します。

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与謝野晶子の詩歌(十一)。自由詩は詩歌?行分け散文?

 20世紀の冒頭から半ばまで、ゆたかな詩歌を創りつづけた女性、与謝野晶子の作品をみつめつつ詩想を記しています。
 今回は、短歌という短詩形を書き続けた言葉による芸術家としての彼女の横顔を見つめます。

 晶子のさまざまな主題をとりあげた詩をみつめてきて、私は晶子が短歌と詩との形のちがいを意識したうえで、主題にふさわしい詩形で歌っていた、短歌と詩を歌い分けていたと感じます。短歌には歌い込めない雑多な主題、短歌からはこぼれおちてしまう心のありよう、心に映る諸相を、詩の形で歌ったのだと感じます。
 短歌と詩のどちらがいい、どちらが優れていると比較しているのではありません。(短歌だからこそ美しく凝縮された心の結晶のような歌は、最後の回にとりあげるつもりでいます。)

 短歌は三十一文字という厳しい語数制限の枠組みのなかで言葉を選び、言葉の音の流れ、美しい調べを生みだそうとします。その創作に生涯情熱を注ぎ続けた晶子にとって、自由詩は様々な主題、心の表現が可能な器でありながらも、一方で、音数律の制限も音楽性もない、形のうえで行分けしただけの散文にすぎないのではないかという疑念を抱いていました。

 私は晶子が生粋の詩人だからこそ、詩歌を生む人、言葉で歌う人だったからこそ、次の『小鳥の巣(押韻小曲五十九章)』の小序を記せたのだと私は思います。今の日常語に私がしたうえで、その内容について考えてみます。

● 小序。詩を創り終えたときにいつも感じるのは、日本語の詩には押韻の規則が定められている詩形がないので、句の独立性の確実(詩句・詩行を確実な理由があって独立させ改行しているかどうか)について不安です。散文の横書き(西欧詩をまねて散文を横書きして理由もなく適当に改行しただけ)にすぎないという非難は、勝手気ままな自由詩のどの作品にもつきまとうように思います。(詩形に何の規則もないという自由詩の)この欠点を克服するような、押韻の規則をもつ新しい自由詩形(の運動)が生まれてほしというのが、私の長い間の願いでした。私自身でやってみようと折々に試みてみた拙い作品から、以下にその一部だけ抄録します。押韻の技法は唐以前の古い(漢)詩、または欧州の詩を参照し、主として詩句が私の心に生まれ出て自ずから形をなしていくのを創作の基本としたうえで、多少の推敲を加えました。子音も避けずに音韻(の一部と)しているのはフランス近代詩と同じです。詩行ごとに同音で押韻している詩形、また隔たる詩行に同じ詩句を繰り返して押韻している詩形は、古い漢詩にたくさんの例があります。

 晶子は第一歌集『みだれ髪』を、島崎藤村や薄田泣菫(すすきだ・きゅうきん)の大きな影響を、自分で後年模倣というほど強く受けて生みだしました。ですから、藤村の七五調は彼女の心のリズムとなっていたし、泣菫の音数律を七五調から変調する試みの詩も良く知っていたと思います。
 そのうえで、短歌は音数のリズム、音数律で一首が流れ切って美しいけれども、詩行があり詩連がある自由詩はそれだけでは、まとまりのある美しい音楽性に欠けると、感じとっていたように思います。
 ただ散文を適当な長さの個所で行分けして適当なまとまりに分けるのは、歌じゃない、美しい調べが足りない、心たかまる、心をうつ音楽が欠けている、と。
 藤村の詩にも、泣菫の詩にも、各詩行に音数律の調べが、作品の最初から最後まであるけれど、それだけでは、足りない、弱いのではないか、漢詩や西欧近代詩にある押韻規則が生む音楽性のある作品としてのまとまりが、日本の自由詩にはないのではないか?
 押韻すらないのなら、同じ主題を変奏する、短歌の連作のほうが、音楽性のある言葉の芸術として、歌として美しいのではないか?

 私自身がいつも考えている重なり合う問題意識で、晶子の想いを増幅させてしまったかもしれません。日本語で作品を創ろうとする詩人にとって、とても自然で大切な意識だと私は思っています。

 小序に述べられた試みとしての押韻小曲の五十九の作品群については次回詳しくみつめますが、タイトルとされた小曲一篇だけ、小序につづけて引用します。愛らしい歌です。

● 以下は、出典の原文です。
小鳥の巣(押韻小曲五十九章)
                与謝野晶子

小序。詩を作り終りて常に感ずることは、我国の詩に押韻の体なきために、句の独立性の確実に対する不安なり。散文の横書にあらずやと云ふ非難は、放縦なる自由詩の何れにも伴ふが如し。この欠点を救ひて押韻の新体を試みる風の起らんこと、我が年久しき願ひなり。みづから興に触れて折折に試みたる拙きものより、次に其一部を抄せんとす。押韻の法は唐以前の古詩、または欧洲の詩を参照し、主として内心の自律的発展に本づきながら、多少の推敲を加へたり。コンソナンツを避けざるは仏蘭西近代の詩に同じ。毎句に同韻を押し、または隔句に同語を繰返して韻に押すは漢土の古詩に例多し。(一九二八年春)

小鳥の巣(押韻小曲)
           与謝野晶子


高い木末《こずゑ》に葉が落ちて
あらはに見える、小鳥の巣。
鳥は飛び去り、冬が来て、
風が吹きまく砂つぶて。
ひろい野中《のなか》の小鳥の巣。


●出典は、インターネットの図書館、青空文庫
入力:武田秀男、校正:kazuishi。
・晶子詩篇全集。底本:「晶子詩篇全集」実業之日本社、1929年。
・晶子詩篇全集拾遺。底本:「定本與謝野晶子全集第九巻詩集一、同・第十巻詩集二」講談社、1980年。

次回は、与謝野晶子の詩歌を見つめ詩想を記します。

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tag : 与謝野晶子 詩人 高畑耕治 詩歌

与謝野晶子の詩歌(十)。8、8、8、8、……

 20世紀の冒頭から半ばまで、ゆたかな詩歌を創りつづけた女性、与謝野晶子の作品をみつめつつ詩想を記しています。

 今回は、晶子が短歌と詩の違いをどのように感じてそれぞれの作品を生みだしていたのかを少し考えてみます。


 詩「詩に就《つ》いての願《ねがひ》」は、作品というよりも、創作のための覚書とも受けとれます。
 そこで晶子は、詩における行と節(詩行のかたまり、連のこと)意識していることが伺えます。
 短歌の三十一文字という、数少ない語数に、出来得る限りの心情と美を凝縮して表現しようと生涯試み続けた晶子にとって、口語自由詩のあまりの決まりごとの無さ、無制約は、ただそのままでは受け入れがたい、言葉の芸術として受け入れがたい、許しがたいものであったように感じます。(次回、行分け散文についての晶子の意識と試みをとりあげます。)

 だからここでは、詩行とは、「自然の肉の片はしが/くっきりと」浮き上がる、凝縮した表現でありたいとの願いを記しています。
 そして、短歌にはない、詩の特徴としての、行と行、連と連の、間(改行、余白、息の休止)は、陰影と奥行ある表現でありたいとも記します。
 
 これまで読みとってきた作品から、晶子は短歌での表現に比べて、詩のかたちでは貪欲に様々な主題を表そうとしていますが、それはあらわせるものの違いを意識したうえであったことがわかります。詩のかたちとその音楽性であらわすことがふさわしいものを、そのかたちで生みだそうとしていたのだと思います。

 詩行の一行一行を短歌のように厳しく制約してしまっては表現できないものを表現するときにも、安易に散文化して行分けするのではなく、行と行、連と連、余白を意識し、形づくろうとしたのは、晶子が詩人だったからだとわかります。
 詩は、散文では表せない、心の高まり、感動です。抑揚、リズム、鼓動、息を止め、息を吸い吐く、呼吸の変化、音と沈黙が、言葉を歌にすることを、晶子はとても良く知っていたのだと思います。

  詩に就《つ》いての願《ねがひ》
                 与謝野晶子

詩は実感の彫刻、
行《ぎやう》と行《ぎやう》、
節《せつ》と節《せつ》との間《あひだ》に陰影《かげ》がある。
細部を包む
陰影《いんえい》は奥行《おくゆき》、
それの深さに比例して、
自然の肉の片はしが
くつきりと
行《ぎやう》の表《おもて》に浮き上がれ。

わたしの詩は粘土細工、
実感の彫刻は
材料に由《よ》りません。
省け、省け、
一線も
余計なものを加へまい。
自然の肉の片はしが
くつきりと
行《ぎやう》の表《おもて》に浮き上がれ。

 
 次の作品は、子どものための詩歌で、前回記した言葉の音楽でできていますが、面白いのは、はち、はち、はち、はち、というリズムの良い響きと同時に、文字の形、8、一文字で、アリ一匹の姿も表していることです。8、8、8、8、とアリの行列を楽しく面白く歌っています。
 文字の形と並びも詩の大切な表現要素だということを踏まえた優れた試みだと私は思います。
 短歌の凝縮した表現への使命感から解き放たれた、自由なのびのびとした心でこそできる楽しい表現だと思います。


  蟻の歌(少年雑誌のために)
              与謝野晶子


蟻《あり》よ、蟻《あり》よ、
黒い沢山《たくさん》の蟻《あり》よ、
お前さん達の行列を見ると、
8《はち》、8《はち》、8《はち》、8《はち》、
8《はち》、8《はち》、8《はち》、8《はち》……
幾万と並んだ
8《はち》の字の生きた鎖が動く。

蟻《あり》よ、蟻《あり》よ、
そんなに並んで何処《どこ》へ行《ゆ》く。
行軍《かうぐん》か、
運動会か、
二千メエトル競走か、
それとも遠いブラジルへ
移住して行《ゆ》く一隊か。

蟻《あり》よ、蟻《あり》よ、
繊弱《かよわ》な体で
なんと云《い》ふ活撥《くわつぱつ》なことだ。
全身を太陽に暴露《さら》して、
疲れもせず、
怠《なま》けもせず、
さつさ、さつさと進んで行《ゆ》く。

蟻《あり》よ、蟻《あり》よ、
お前さん達はみんな
可愛《かは》いい、元気な8《はち》の字少年隊。
行《ゆ》くがよい、
行《ゆ》くがよい、
8《はち》、8《はち》、8《はち》、8《はち》、
8《はち》、8《はち》、8《はち》、8《はち》………

● 出典は、インターネットの図書館、青空文庫
入力:武田秀男、校正:kazuishi。
・晶子詩篇全集。底本:「晶子詩篇全集」実業之日本社、1929年。
・晶子詩篇全集拾遺。底本:「定本與謝野晶子全集第九巻詩集一、同・第十巻詩集二」講談社、1980年。

 次回も、与謝野晶子の詩歌を見つめ詩想を記します。

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tag : 与謝野晶子 詩人 高畑耕治 詩歌

新しい詩「ゆき、愛(かな)しみの」をHP公開しました。

 私の詩のホームページ「愛のうたの絵ほん」に、新しい詩「ゆき、愛(かな)しみの」を、公開しました (クリックでお読み頂けます)。

   詩「ゆき、愛(かな)しみの」

お読みくださると、とても嬉しく思います。

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tag : 詩人 高畑耕治 うた 絵ほん ホームページ ゆき 愛しみ

田川紀久雄さんの詩語りライブ、明日です。

 詩人の田川紀久雄さん、坂井のぶこさん、野間明子さんの詩語りライブが、明日19日行われます。

第九回 いのちを語ろう詩語りライブ
2013年1月19日(土) 午後二時より
東鶴堂ギャラリー
(京浜急行鶴見駅前一分)
 
料金 2000円
参加者 野間明子・・八木重吉詩集より。
    坂井のぶこ・・麻生知子詩集より、 自作詩。
    田川紀久雄・・宮澤賢治詩集より、自作詩。


申し込みは 詩語り倶楽部(044‐366‐4658)
当日でもご覧になれます。

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tag : 田川紀久雄 坂井のぶこ 野間明子 詩人 高畑耕治

与謝野晶子の詩歌(九)。子ども心、ときめきの歌。

 20世紀の冒頭から半ばまで、ゆたかな詩歌を創りつづけた女性、与謝野晶子の作品をみつめつつ詩想を記しています。
 今回は晶子の子ども心の詩、子どものための詩です。

 前回まで詩のかたちでの、多様な主題についての、表情がとても豊かな、変化と創意に富んだ作品たちを見つめてきました。
 心豊かに深く詩歌を愛する優れた詩人に共通しているのは、童心、子ども心を生涯失わないことです。晶子がその一人であることを、私はとても嬉しく感じ、晶子をますます好きになります。

 詩心は深く童心に根ざしているので、優れた詩人の作品のきらめきには、必ず子ども心に通うみずみずしい輝きが顔をのぞかせていると私は思っています。心打たれる詩句、心洗われるのを感じる詩句、心ふるえる旋律の詩句を読めた時に感じることのできる、心の感動は、童心が新しい世界をまぶしく感じ目を大きく見開く姿と、通い合っていて、ほとんど同じだからです。

 選んだ3篇はどれも、子どもたちの心をときめかせる大切なものを、言葉の音楽、歌となり響かせています。
 ・シンプルな言葉。想像はその言葉から子どもがひろげてゆけばいいので、修飾語でガチガチに狭く固めてしまわないこと。
 ・耳で聞きとれること。覚え、口ずさみたくなるからです。
 ・母音、ア、イ、ウ、エ、オののびやかさ、やわらかさ。長母音。まあるい。
 ・リズム。はぎれのよさ。きり、きり、きり。
 ・繰り返し。繰り返される詩句、詩行リフレインは、歌を心に焼きつけます。
 ・問いかけと呼びかけ、会話。なんで? 不思議、おどろき。子どもはお母さんとの会話が好きで言葉を覚えます。

 この詩ができたときの晶子はきっと楽しかったと思います。大好きな子どもとお話している時のままの、優しい目を心に咲かせていたでしょう。そうでないと、このような良い詩は生まれません。

  花子の目
           与謝野晶子


あれ、あれ、花子の目があいた
真正面をばじつと見た。
泉に咲いた花のよな
まあるい、まるい、花子の目。

見さした夢が恋しいか、
今の世界が嬉しいか。
躍るこころを現はした
まあるい、まるい、花子の目。

桃や桜のさく前で、
真赤な風の吹く中で、
小鳥の歌を聞きながら、
まあるい、まるい、花子の目。


  噴水と花子
           与謝野晶子


お池のなかの噴水も
嬉しい、嬉しい事がある。
言ひたい、言ひたい事がある。

お池のなかの噴水は
少女《をとめ》のやうに慎ましく
口をすぼめて、一心に
空を目がけて歌つてる。

小さい花子の心にも
嬉しい、嬉しい事がある。
言ひたい、言ひたい事がある。

小さい花子と噴水と
今日は並んで歌つてる。
ともに優しい、美くしい
長い唱歌を歌つてる。


   紙で切つた象
           与謝野晶子


母さん、母さん、
端書《はがき》を下さい、
鋏刀《はさみ》を下さい、
お糊を下さい。

アウギユストは今日、
古い端書で
象を切ります。
きり、きり、きり、きり。

そおれ、長い長いお鼻、
そおれ、脊中、
まんまるい脊中。
きり、きり、きり、きり。

それから、小さな尻尾《しつぽ》、
後脚とお腹、
さうして前脚。
きり、きり、きり、きり。

少し後脚が短い、
印度《インド》から歩いて来たので、
くたびれて、
跛足《びつこ》を引いて居るのでせう。

象よ、板の上に、
足の裏を曲げて、
糊をば附けて、
さあ、かうしてお立ち。

可愛い象よ、
お腹が空いたら、
藁を遣ろ、
パンを遣ろ。

母さん、母さん、
象の脊中には何を載せるの。
人間ですか、
荷物ですか。

象の脊中に載せるのは
書物ですつて。
それは素敵だ、
僕がみんな読んで遣らう。

それから、象よ、
僕が書物を読んで仕舞つたら、
僕をお載せ、
さうして一散に駆け出して頂戴。

アウギユストは象に乗つて
何処へ行かう。
兄さんの大学へ行かう、
兄さんをおどかしに。

いや、いけない、いけない、
兄さんはお医者になるのだから、
象に注射をして、
象を解剖するかも知れない。

母さん、何処へ行きませう、
宣しい、
母さんの云ふやうに、
広い広い沙漠へ行きませう。

象は沙漠が好きですとさ、
淋しい沙漠がね。
其処を通れば
太陽の国へ帰られる。

(註「アウギユスト」は作者の幼い四男の名です。)


● 出典は、インターネットの図書館、青空文庫
入力:武田秀男、校正:kazuishi。
・晶子詩篇全集。底本:「晶子詩篇全集」実業之日本社、1929年。
・晶子詩篇全集拾遺。底本:「定本與謝野晶子全集第九巻詩集一、同・第十巻詩集二」講談社、1980年。

 次回も、与謝野晶子の詩歌を見つめ詩想を記します。

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与謝野晶子の詩歌(八)。喜怒哀楽の潮騒を歌にして。

 20世紀の冒頭から半ばまで、ゆたかな詩歌を創りつづけた女性、与謝野晶子の作品をみつめつつ詩想を記しています。

 今回は晶子の生活者としての表情がにじむ、母親としての心情を吐露した2篇の詩です。
 短歌だけで晶子をしっているつもりでいた私にとって、詩のかたちで、このように自分の生活の様子を歌っていることがわかったことは、驚きでもあり、新鮮でもあり、喜びでした。

 歌人も詩人も人間です。喜び、楽しみ、悲しみ、嘆く人間です。
 磨きあげられた端正で流暢な短歌は美しく心に響きますが、人間味もあふれる歌はもっとゆっくりじんわり心に沁み、訴えるちからがあると私は思います。
 形式を比較することが生業の批評家は好まないかもしれませんが、私はきめられた形からはみだしてしまう、人間の肉声の息づかいのする歌が好きです。

 詩「日曜の朝飯」は、心はずむ、笑顔いっぱいの、母親の愛情あふれる歌です。読むと心が楽しく温かく成ります。
 対照的に、詩「冷たい夕飯」は、やりくりに行き詰り、どうにもならなくなった嘆きの歌です。

 海の波のように大きく揺れ動くのが人間の心です。そして詩人は感受性の敏感さがいのちです。
 この2篇の詩の、天国と地獄のような喜怒哀楽のとても大きな浮き沈みこそ、晶子がまぎれもなく心におおきな海を抱え、海の波の揺れ動く変化に生まれる潮騒を歌にして生きた詩人だったと教えてくれる気が私にはします。

  日曜の朝飯
            与謝野晶子


さあ、一所《いつしよ》に、我家《うち》の日曜の朝の御飯。
(顔を洗うた親子八人《はちにん》、)
みんなが二つのちやぶ台を囲みませう、
みんなが洗ひ立ての白い胸布《セルヴェツト》を当てませう。
独り赤さんのアウギユストだけは
おとなしく母さんの膝《ひざ》の横に坐《すわ》るのねえ。
お早う、
お早う、
それ、アウギユストもお辞儀をしますよ、お早う、
何時《いつ》もの二斤《にきん》の仏蘭西麺包《フランスパン》に
今日《けふ》はバタとジヤムもある、
三合の牛乳《ちち》もある、
珍しい青豌豆《えんどう》の御飯に、
参州《さんしう》味噌の蜆《しゞみ》汁、
うづら豆、
それから新漬《しんづけ》の蕪菁《かぶ》もある。
みんな好きな物を勝手におあがり、
ゆつくりとおあがり、
たくさんにおあがり。
朝の御飯は贅沢《ぜいたく》に食べる、
午《ひる》の御飯は肥《こ》えるやうに食べる、
夜《よる》の御飯は楽《たのし》みに食べる、
それは全《まつた》く他人《よそ》のこと。
我家《うち》の様な家《いへ》の御飯はね、
三度が三度、
父さんや母さんは働く為《ため》に食べる、
子供のあなた達は、よく遊び、
よく大きくなり、よく歌ひ、
よく学校へ行《ゆ》き、本を読み、
よく物を知るやうに食べる。
ゆつくりおあがり、
たくさんにおあがり。
せめて日曜の朝だけは
父さんや母さんも人並に
ゆつくりみんなと食べませう。
お茶を飲んだら元気よく
日曜学校へお行《ゆ》き、
みんなでお行《ゆ》き。
さあ、一所《いつしよ》に、我家《うち》の日曜の朝の御飯。


  冷たい夕飯
           与謝野晶子


ああ、ああ、どうなつて行《い》くのでせう、
智慧も工夫も尽きました。
それが僅《わづ》かなおあしでありながら、
融通の附《つ》かないと云《い》ふことが
こんなに大きく私達を苦《くるし》めます。
正《たゞ》しく受取る物が
本屋の不景気から受取れずに、
幾月《いくつき》も苦しい遣繰《やりくり》や
恥を忘れた借りを重ねて、
ああ、たうとう行《ゆ》きづまりました。

人は私達の表面《うはべ》を見て、
くらしむきが下手《へた》だと云《い》ふでせう。
もちろん、下手《へた》に違ひありません、
でも、これ以上に働くことが
私達に出来るでせうか。
また働きに対する報酬の齟齬《そご》を
これ以下に忍ばねばならないと云《い》ふことが
怖《おそ》ろしい禍《わざはひ》でないでせうか。
少なくとも、私達の大勢の家族が
避け得られることでせうか。

今日《けふ》は勿論《もちろん》家賃を払ひませなんだ、
その外《ほか》の払ひには
二月《ふたつき》まへ、三月《みつき》まへからの借りが
義理わるく溜《たま》つてゐるのです。
それを延ばす言葉も
今までは当てがあつて云《い》つたことが
已《や》むを得ず嘘《うそ》になつたのでした。
しかし、今日《けふ》こそは、
嘘《うそ》になると知つて嘘《うそ》を云《い》ひました。
どうして、ほんたうの事が云《い》はれませう。

何《なに》も知らない子供達は
今日《けふ》の天長節を喜んでゐました。
中にも光《ひかる》は
明日《あす》の自分の誕生日を
毎年《まいとし》のやうに、気持よく、
弟や妹達と祝ふ積《つも》りでゐます。
子供達のみづみづしい顔を
二つのちやぶ台の四方《しはう》に見ながら、
ああ、私達ふたおやは
冷たい夕飯《ゆふはん》を頂きました。

もう私達は顛覆《てんぷく》するでせう、
隠して来たぼろを出すでせう、
体裁を云《い》つてゐられないでせう、
ほんたうに親子拾何人が餓《かつ》ゑるでせう。
全《まつた》くです、私達を
再び立て直す日が来ました。
耻と、自殺と、狂気とにすれすれになつて、
私達を試みる
赤裸裸の、極寒《ごくかん》の、
氷のなかの日が来ました。
       (一九一七年十二月作)


● 出典は、インターネットの図書館、青空文庫
入力:武田秀男、校正:kazuishi。
・晶子詩篇全集。底本:「晶子詩篇全集」実業之日本社、1929年。
・晶子詩篇全集拾遺。底本:「定本與謝野晶子全集第九巻詩集一、同・第十巻詩集二」講談社、1980年。

 次回も、与謝野晶子の詩歌を見つめ詩想を記します。

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