プロフィール

高畑耕治

Author:高畑耕治
愛のうたの絵ほんは、高畑耕治の詩と詩集の海です。
Profile 高畑耕治 たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪府四條畷市出身、早稲田大学政経学部中退。東京都多摩市在住。
詩集『銀河、ふりしきる』(2016年5月イーフェニックス)
詩集『こころうた こころ絵ほん』(2012年同上)
詩集『さようなら』(1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25)
詩集『愛のうたの絵ほん』(1994年同上)
詩集『愛(かな)』(1993年同上)
詩集『海にゆれる』(1991年土曜美術社)
詩集『死と生の交わり』(1988年批評社)
雑誌「エヴァ」に扉の詩(1996~1997サンマーク出版)を連載。
リンクのホームページ
でも作品を発表しています。

検索フォーム

最新記事

カテゴリ

リンク

月別アーカイブ

RSSリンクの表示

道浦母都子。感情と情熱の、歌の花(三七)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

● 道浦母都子(みちうら・もとこ、1947年・昭和22年和歌山市生まれ)。

催涙ガス避けんと秘かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり  『無援の抒情』1980年・昭和55年
◎1969年の大学紛争の象徴のようになった歌集の歌。レモンの甘酸っぱさと鮮やかな黄は、近代文学・詩歌の世界では青春の象徴になっていて、梶井基次郎の小説、宮澤賢治や高村光太郎の詩の哀感が木魂して聴こえます。私も「潮風」という詩でこの伝統の感性を響かせました。

人知りてなお深まりし寂しさにわが鋭角の乳房抱きぬ 
◎初めて愛しあった後の寂しさ、愛する気持ちの深まりと共に、会えない時間に増す寂しさ、女性の微妙な心もようと体の感覚を、悲しく響かせていて、美しい歌だと感じます。
 
こみあげる悲しみあれば屋上に幾度も海を確かめに行く
水より生まれ水に還らん生きもののひとりと思う海恋うる日は  ◆
◎海を恋うる歌。
 一首目は、とても素直な歌ですが、海を見るのが好きな人には、よくわかる、そうだなあと共感して、自分の姿を重ね合わせると思います。今見に行けなくても、歌の世界で「幾度も海を確かめに行く」自分を見つけることができる歌です。
 二首目の歌も、海が好きな誰もが心に抱いている想いを歌ってくれます。「海恋うる」、とても好きな詩句です。

全存在として抱(いだ)かれいたるあかときのわれを天上の花と思わむ  『ゆうすげ』1987年・昭和62年
与えむと声なくひとをかき抱(いだ)く或る夜(よ)は乱れし髪のごとくに
◎男女の愛の交わりの情熱的な歌。
 一首目には、濃密なナルシシズム、自己愛の花が香っています。それがうぬぼれに陥っていないのは、「思わむ」という詩句に、夢のような時間にいた自分の姿に少し距離をおいて見つめる眼差しがあるからです。私にはこの短い詩句から「愛欲の交わりを違う風に見て、たとえば獣の性欲を貪っただけだと蔑みはしないで、を心と体がいったいとなる尊いものと感じ、その時間を生きた自分を、天上の花と思おう」という強い意思が聴こえてきます。
 二首目の歌の「乱れし髪」という詩句には、与謝野晶子の歌集『乱れ髪』への意識と木魂があり、鮮烈な愛の歌集の世界へつながっています。彼女はのちに晶子の全歌集を編んでもいます。愛欲の交わりを肯定的に歌いあげていることが、私はいいと感じます。

わたくしの心乱れてありしとき海のようなる犬の目に会う
◎感情の激しさ、意思の強さを秘めた情熱的な歌人が、心乱れたときに出会った犬の目を「海のようなる」と、素晴らしい詩句で受けとめます。自らの心の乱れの前にひろがる、とても静かな穏やかな海です。海を前にちっぽけな人間の心の波立ちが静まっていくように、犬の眼にひろがる海が見えてくるような気がします。

秋草の直立(すぐた)つ中にひとり立ち悲しすぎれば笑いたくなる
◎この歌が心に響くのは「悲しすぎれば笑いたくなる」という人の心の機微をすくいあげているからです。秋草の中にたたずむ姿は、実際の情景であっても、心象風景であってもよくて、こんなふうに感じるときがある、という共感に心ゆれることができるなら、それでよいのだと思います。

父母の血をわたくしで閉ざすこといつかわたしが水になること  『風の婚』1991年・平成3年
取り落とし床に割れたる鶏卵を拭きつつなぜか湧く涙あり  ◆『夕駅』1997年・平成9年
◎離婚し子を産まなかった自分の生き方を見つめる歌。
 一首目は、悲しみが透明に沁み響いてゆくようです。「わたしが水になる」、想いがゆれる詩句です。
 二首目は、その複雑な感情、負い目、責め、悲しみ、諦め、寂しさの絡み合った固まりが、鶏卵が命にならずに割れたことをきっかけに、心の器が砕け、涙になってあふれだす。悲しみの涙が心に波のように打ち寄せてきます。

うたは慰藉 うたは解放 うたは願望(ゆめ) 寂しこの世にうたよむことも  ◆
◎歌人として生きることを意思し続けようとする詩句に私は共感します。感情の豊かな、情熱が響いてくる、好きな歌人です。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

次回も、美しい歌の花をみつめます。

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 道浦母都子 短歌 歌人 詩歌 詩人 高畑耕治

永田和宏。花山多佳子。歌の花(三六)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

■ 永田和宏(ながた・かずひろ、1947年・昭和22年滋賀県生まれ)。

動こうとしないおまえのずぶ濡れの髪ずぶ濡れの肩 いじっぱり!  『メビウスの地平』1975年・昭和50年
◎愛し合う女性との雨に打たれながらのドラマの情景を男性が歌っています。「ずぶ濡れ」という詩句の繰り返しが、青春の匂いを漂わせます。その音「ZUBUNURE」にも雨の重さに浸らされる響きがあります。一呼吸とめての最後の詩句「いじっぱり!」は、思いを投げかける女性への愛する思いのしぶきのように、おとも弾けています。

なおも夕映え 両生類のごと淡く息つめておりひとりのまえに
◎夕映えのなか時を止めて愛の思いを無言で伝え合う男女の姿が浮かびあがります。「両生類のごと淡く息つめて」という詩句には、愛する女性を前に、美しさと愛しさを感じる男性の思いは、人もカエルも変わらない、というように私には聴こえます。調べは母音を変化させながら浮き沈みしていて、「おりひとりのまえORI hitORInomaenI」といった目立たない押韻にも静かな美しさを感じます。

髪に指入れて抱けばはろばろと草いきれ立つ夜の髪ゆえ  ◆『黄金分割』1975年・昭和50年
◎女性の髪を指に、体温のぬくもりを胸に、感じるような歌です。「はろばろと草いきれ立つ」に髪が香るようです。
 このようは詩句は、その女性を愛する心からしか響きださないと感じるから、エロスもしっとりとして清潔です。

背後より触るればあわれてのひらの大きさに乳房は創られたりき  『やぐるま』1986年・昭和61年
◎この歌も男性の女性のからだに感じる感動が「あわれ」という詩句に素直に響いています。後半はその思いを自分に言い聞かせているようにも聴こえますが、「乳房は創られたりき」という詩句には、より遥かな「いのち」の受け継ぎに思いを馳せさせる響きを感じます。女性を愛する心から生まれた歌だからだと思います。

● 花山多佳子(はなやま・たかこ、1948年・昭和23年武蔵野市生まれ)。

子守唄うたい終わりて立ちしとき一生(ひとよ)は半ば過ぎしと思いき  ◆『楕円の実』1985年・昭和60年
海のかなたはなべて戦場二人子に添寝ののちの身を引き起こす  ◆
◎これら二首は、母親の子育てを通しての感慨が歌われています。
 一首目は、赤ん坊、幼児の育児に没頭する合間にふと思い浮かんだような言葉です。喜びと背中合わせの寂しさ、育児のたいへんさと重みを感じさせられます。
 二首目は、世界のいたるところで止まない戦火をみつめ、わが子の将来を思いつつ、戦火の渦中に投げ込まれている他国の子どもたちへの思いも込められているように、私には聴こえます。

あとずさりあとずさりして満月を冬の欅の梢(うれ)より離す  ◆『空合』1998年・平成10年
◎情景が鮮やかに浮かんでくる歌です。冬のケヤキの葉の落ちた梢の枝先にひっかかる満月、その丸みはまるごと見つめたいという気持ちを引き起こす魅力に満ちています。月の光が優しい顔で心に微笑んでくれるような歌です。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 永田和宏 花山多佳子 短歌 歌人 詩歌 詩人 高畑耕治

伊藤一彦。大島史洋。時田則雄。歌の花(三五)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

■ 伊藤一彦(いとう・かずひこ、1943年・昭和18年宮崎市生まれ)。

月の出も日の出も見ずにあり経る日空空漠漠くうくうばくばく  『火の橘』1982年・昭和57年
吾を生みしもの地にありと思へども二階にのぼり月にちかづく  『青の風土記』1990年・昭和62年
◎歌人の、天体、宇宙への馳せる思いを感じる二首です。
 一首目から、月の出や日の出を見て、宇宙の遥かさを感じることが、この歌人にとって生きることの充実に強く結びついていることがわかります。逆に天体を見ず感じずにいる心の表現、「空空漠獏くうくうばくばく」は心の空虚さを、心に拡がる砂漠のように、文字と音でよく、響かせています。
 二首目はよりストレートにその思いを歌った歌で、かぐや姫が月を思慕するように、「月にちかづく」という表現が美しいと感じます。

はるかなる海を月かげ浴びながら憩(やす)まず飛ぶか鳥は旅人  ◆『海号の歌』1995年・平成7年
われを知るもののごとく吹く秋風来来世世(らいらいせせ)はわれも風なり  ◆
◎これら二首にも、歌人の人生観がよく響いています。
 一首目は、月光をあびながら海をわたる鳥のイメージが美しく浮かび上がり、「鳥は旅人」という詩句に詩人の共感が響いていて、エコーのように「私も旅人」という書かれていない声が聞こえてきます。
 二首目も、秋風への共感を「われも風なり」と歌いあげます。「来来世世」は、「来世」を重ねた工夫の詩句だと思いますが、「RAIRAISESE」と音がきれいで「らいRAI」子音R音の流れる響きと「せSE」子音S音のかすれが風のように意味と溶け合い吹く過ぎてゆきます。

■ 大島史洋(おおしま・しよう、1944年・昭和19年岐阜県生まれ)。

ぎりぎりのところで人は如何に処す見て見つくして越えんと思う  ◆『わが心の帆』1976年・昭和51年
◎述志の歌です。「ぎりぎりのところ」、「見て見つくして」という詩句に込められた思いの強さが響いてきます。最後の越えんと思う」と詩句にこの歌人の生への前向きな態度が現れています。この詩句に私は石川啄木の「こころよく/我にはたらく仕事あれ/それを仕遂げて死なむと思ふ」が木魂しあって聴こえてきます。

■ 時田則雄(ときた・のりお、1946年・昭和21年帯広市生まれ)。
トレーラーに千個の南瓜(かぼちや)と妻を積み霧に濡れつつ野をもどりきぬ  『北方論』1984年・昭和56年
妻とわれの農場いちめん萌えたれば蝶は空よりあふれてきたり
◎北海道で農場を営む生活を歌う、独自の歌の世界を築く歌人です。
 一首目は、収穫の誇らかな気持ちが歌い上げられています。「トレーラー」という歌われることの少なかった詩句で独自の世界の扉を開き、「千個の南京と妻を積み」、南京と妻を並列して「どちらも深く愛しているんだ、大切なんだ」と歌っています。
 二首目にも、農場に賭ける思いの強さがあふれでています。草木萌えあがる季節の情景が「蝶は空よりあふれてきたり」と、とても美しく歌われ心に響きます。

この躯(く)絞れば黒き脂のいづるべしおしあひへしあひ生ききしからに  『緑野疾走』1985年・昭和60年
◎自省する思いがそのまま調べとなったようです。歌のイメージの中心の詩句「躯(く)KU」と「黒きKUroKI」が、子音K音の音の強さでくっきり浮き出しています。自省の念の厳しさそのままに主調音は母音イI音で、子音S音との「しSHI」、特に最終句は子音K音との「きKI」音とともに鋭く吐かれる息の強さで、思念を奏でています。「絞ればSHIboreba」、「いづるべしおしあひへしあひ生ききしからにIdurubeSHI oSHIaIheSHIai IKIKISHIkaranI」。この文語の音楽性がこの思念を詩歌として高めています。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 伊藤一彦 大島史洋 時田則雄 短歌 詩歌 詩人 高畑耕治 歌人

成瀬有。佐藤通雅。三枝昂之。歌の花(三四)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

■ 成瀬有(なるせ・ゆう、1942年・昭和17年愛知県生まれ)。

水界の峠は越えよ舞ふ白きひとひらの身のかなしくば、鳥  『流されスワン』1981年・昭和56年
◎イメージが美しく浮かびあがる詩です。五七調で、「すいかいの」五音、「とうげはこえよ」七音の後に大きな区切り・谷をつくり倒置し、「かなしくば」の後少し小さな区切り・谷でもう一度倒置し、最後の一語「鳥」、白鳥への呼びかけを、歌のクライマックスにまで高めています。
 意味の連続でつなげた散文「鳥」「舞ふ白きひとひらの身のかなしくば、」「水界の峠は越えよ」に比べると、詩句の並びによって、調べに波を生んで大きくうねらせていることがわかります。
 「ひとひらの」と「かなしくば」のひらがなの文字の並ぶ形が、空を翔ける白鳥の姿のようにも私には見えます。美しい歌です。

■ 佐藤通雅(さとう・みちまさ、1943年・昭和18年岩手県生まれ)。

秋の野のまぶしき時はルノアールの「少女」の金髪の流れを思う  『薄明の谷』1971年・昭和46年
◎野が金色に染まり穂波揺れるとき想うのは絵画の少女の流れるような髪、、野の情景に絵画が重なり浮かぶ詩情ゆたかな歌です。
  
反戦映画見し夕暮は敷石の一つ一つを踏みて帰りき
◎「敷石の一つ一つを踏みて」という詩句に、うつむき反戦について思い考え歩く姿が浮かびます。
 「SHIKIISHIno hItoTSUhItoTSUo」の調べは母音イI音の引締る音が主調で、子音と「しSHI」「きKI」を織りなし「つTSU」とともに、緊張感ある強い音を奏で、情景と溶け合っています。

いつさんに木洩れ日の坂下り行く蟬を握りて熱きてのひら  『水の涯』昭和1979年・54年
◎「熱きてのひら」と触覚を歌っているので、夏の日の子どもの日の、てのひらと心に焼きついた、忘れられない記憶を歌っているように感じます。
 ドストエフスキーも「創作ノート」で、創りだす作品の源に伝えずにはいられない「焼きついた強い記憶」があることが大切だと記しています。そのような時はいつまでも、「今」として変わることなく心にあり、作品となって「今」にあらわれでる、と私は思います。

死の想念に苦しみしころことさらにマーガレットはまぶしかりにし  ◆『天心』1999年・平成11年
◎この歌も心に焼きつき続けている「マーガレット」のまぶしさが、「今」歌となってあらわれでています。「マーガレット」の「マMA」音と「まぶしかりにし」の頭の「まMA」はたった一音ですが、歌のなかの最も強い二つの詩句の頭の音なので、木魂しあい頭韻を奏でています。

■ 三枝昂之(さいぐさ・たかゆき、1944年・昭和19年、甲府市生まれ)。

小さき手をひらきて示す化石あり姿滅びぬ千年あわれ  ◆『甲州百日』1997年・平成9年
◎最後の詩句「あわれ」に感動が静かに強く響いています。「小さきchiisAKI」「ひらきhirAKI」「化石kaseKI」「ありArI」の語尾の音が微かな脚韻のように呼応し調べに脈動を生んでいます。
 「姿滅びぬ千年」という詩句に、遠く長い時間といのちに思いを馳せさせずにはいない強い響きを感じます。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 成瀬有 佐藤通雅 三枝昂之 短歌 歌人 詩歌 詩人 高畑耕治

高野公彦。黒木三千代。歌の花(三三)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

■ 高野公彦(たかの・きみひこ、1941年・昭和16年愛媛県生まれ)。

緑陰に覚めしみどりごああといふはじめのことば得てああと言ふ  ◆『淡青』1982年・昭和57年
◎幼子がはじめて覚えて発する言葉は「ああ」だという、新鮮な感受の歌です。「ああといふ」を二回繰り返すことで、波のように心に打ち寄せます。最初の「いふ」はひらがなで弱く出来事をそのまま受けとめた感じを、二回目は漢字で「言ふ」とすることで詩句「はじめのことばを得て」を逆照射して強めつなげ、「覚えた言葉を自発的に初めて発した」という意味を込め、響かせています。

悲しみを書きてくるめし紙きれが夜ふけ花のごと開きをるなり  『水木』1984年・昭和59年
◎映像が心に映し出される歌。「悲しみ」「書きて」「紙きれ」は「かKA」音が頭韻しています。「花のごとく」とせずに、「花のごと」と止めた後に余韻が生まれ、その無音が「静かにふっと」という意味を感じさせて「開きをる」姿の美しさを強めています。

妻子(つまこ)率(ゐ)て公孫樹のもみぢ仰ぐかな過去世・来世にこの家族無く  『雨月』1988年・昭和63年
◎イチョウの黄金が「過去世」「来世」にはさまれた今この時を強め意識させます。情景と詩想が美しく溶けあって心に響きます。

暗黒を揺籃(えうらん)として育ちたるかなかなのこゑ澄めり日のくれ  ◆『水苑』2000年・平成12年
◎「暗黒」という詩句の強さが、土の中での長い時間と、地上で鳴くかなかなの声の「澄めり」という詩句の輝きをより際立たせています。最後の詩句「日のくれ」には、実際の夕方の時間と同時に、短いいのちの最後の時間という、二つの意味が込められ、澄んだ鳴き声の愛(かな)しみを強めています。

人間が支離滅裂に荒らす皮膚 皮膚ほろぶとも地球ほろびず  ◆
◎観念的な歌ですが空疎な主張ではないと感じるのは、自分もそのひとりである人間の行いへの怒りと悲しみと反省の意識のうえで、詩句「地球ほろびず」に強い願いを込めて歌っているのが、伝わってくるからだと思います。

● 黒木三千代(くろき・みちよ、1942年・昭和17年大阪生まれ)。

さうたうに軌道はづるる生き方もしてみよみよと三月の猫  『貴妃(きひ)の脂(あぶら)』1989年・平成元年
◎この歌人はおかしみ、ユーモアを真骨頂とするようです。して「みよ」と猫の鳴き声「みよみよ」を掛けています。
ダジャレと感じないのは、そこまでの詩句に意思の真率さが歌われているからで、その生真面目さをやわらげています。

老いぼけなば色情狂になりてやらむもはや素直に生きてやらむ
◎この歌も機智が勝っていますが、前半のどぎづいとも言える詩句を、後半の「もはや素直に生きて」という思いに込められた真実な詩句で、ひっくりかえしているからです。そっちこそ本当じゃないだろうか、と考えさせる力があります。

アーモンド色の少女とすれちがふ街路みづのやうなる挽夏光
◎映像的な色彩感のある感性が響く歌。「アーモンド色」と「みづのやうなる」が鮮やかなイメージを呼び覚ます美しい歌です。

死にたらば同じ蓮(はちす)に住まうと言ふ改宗をして死なうと思ふ
◎この歌も機智が勝ったおかしみの歌ですが、いやらしさを感じないのは、ここにも「死んでまで夫婦一緒は嫌だ」という思いもあることを突く、鋭さがあるからです。
 当然のこととされがちな建て前を暴き引っくり返すように、「本当はどうだろう?」と問う鋭い批評眼を持ちつつ、ユーモアとおかしさを溶け込ませて歌とする、個性の際立つ歌人だと感じます。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 高野公彦 黒木三千代 短歌 歌人 詩歌 詩人 高畑耕治

藤井常世。笛のように。歌の花(三二)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

● 藤井常世(ふじい・とこよ、1940年・昭和15年東京生まれ)。

よぢれつつのぼる心のかたちかと見るまに消えし一羽の雲雀  ◆『紫苑幻野』1976年・昭和51年
◎ひばりの飛翔の軌跡に、眼にはみえない「心のかたち」を見、感じとっています。「見るまに消えし」と見失ったことで逆に歌の中で、一羽の雲雀の姿をどこに消えたんだろうと、心は見つめ探し続けます。

いちにちを降りゐし雨の夜にても止まずやみがたく人思ふなり  ◆
◎降り続く雨に、夜までのいちにちの時間の流れが重なって感じられ、詩句「止まずやみがたく」はその流れを受けつつ、人を愛する思いにも流れ込み、双方を情感深くぬらしています。美しい流れそのものが歌になっているようです。愛を歌う抒情歌人だと感じさせる歌です。
 雨に係る冒頭の詩句「いちにちを降りゐしIchInIchIo furIIsI」は母音イI音の細い音をつらね、「ちCHI」と「しSI」も滴が弾けるような音で、雨の情景・イメージに溶け込んでいます。

あひ逢はば告げむことばの数々をめぐらして夜半の心冴えくる  ◆
◎愛する人を想い眠れない深夜のもの想いが心にゆれひろがります。「あわばawaBA」と「ことばことBA」は弱くかすかな韻の呼応をしています。詩情の高まりの詩句「心冴えくるKoKoroSaeKuru」は、子音K音とS音の鋭い音が意味とよく合っていて、母音オO音の3つの連続、母音ウU音の2つの連続が心に響くリズムを生んでいます。

胸におくひとつのうつはあふれたる水のごとしよ不意に思ひは  ◆
◎情感深い歌、「思ひ」は限定していませんが、愛する思いがふさわしく感じます。最後に「不意に」「思ひは」と、三音、三音の繰り返す、倒置が、主題の詩句「思ひ」を強め、心に響かせ続けます。

いちめんにすすき光れる原にゐて風に消さるることば重ねむ  ◆
◎言葉に浮かぶイメージ、情景が、そのまま心象風景となっています。「風に消さるることば重ねむ」という詩句には、ことばを歌う歌人の静かな意思が沁み響いていると感じます。

寡黙の時ややながきのちおちてくる雪のやさしさ音を言ふなり  ◆
◎口を閉じ雪のなかで、雪と会話している、感受性のふるえる美しい歌です。

雪はくらき空よりひたすらおりてきてつひに言へざりし唇に触る  『草のたてがみ』1980年・昭和55年
◎直接歌われてはいないけれど、愛する人とそばにいながら想いを伝えられなかった時間へと拡がっている歌だと感じます。
 「唇に触るkUchIbIrUnIfUrU」は母音ウU音と母音イI音がきれいな音楽を織りなしています。最後の詩句「触るFURU」は、唇に「触れる」意味とともに、歌の初句の「雪」が歌の全体をつつんで「降る」意味にも掛けられていて、詩想が重層して美しく響いています。

気を裂きて笛は鳴りいづこの世ならぬものを呼ばむと息あつくする  ◆『氷の貌』1989年・平成元年
ふところに抱かれぬくもり唇に触れてはうるほふ笛のあはれや  ◆
うつし身を出で入る息の笛の音のあはれ自然(じねん)にうたへわが歌  ◆
◎これら三首の歌は、笛をとおして、息すること、生きること、歌うことに背景にある死ぬことにまで、想いを馳せさせる情感が静かに深く響きます。二首にある詩句「あはれ」そのもの、体温のある「ああ」という深い感動が伝わってくる美しい抒情歌です。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 藤井常世 短歌 歌人 詩歌 詩人 高畑耕治

辺見じゅん。岸上大作。玉井清弘。歌の花(三一)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

● 辺見じゅん(へんみ・じゅん、1939年・昭和14年富山市生まれ)。

いづかたの春のくれなゐそのむかし男は女のために死せりき  ◆『水祭りの桟橋』1981年・昭和56年
◎「いづかたの春のくれなゐ」は意味がとりづらいですが、おぼろな暖かさの紅のイメージが歌全体を染め上げる感覚を受けとめればいいと思います。「そのむかし男は女のために死せりき」、何かに取材した詩句とも、より広い感慨とも、どちらとして受けてもよいと思います。心に波紋をひろげるような詩句です。

灯のいろの燈籠海に咲きつぎて波に遅れし父流すかな  ◆
◎情景が鮮やかに浮かぶ美しい歌。亡き父への鎮魂の想いが静かに心に響きます。

■ 岸上大作(きしがみ・たいさく、1939年・昭和14年兵庫県生まれ、1960年・昭和35年自死)。

海のこと言ひてあがりし屋上に風に乱れる髪をみている  ◆『意思表示』1961年・昭和36年
耳うらに先ず知る君の火照りにてその耳かくす髪のウェーブ
◎恋する感情を、女性の髪に託している歌。初々しい青春の清らかさを感じます。

ひっそりと暗きほかげで夜なべする母の日も母は常のごとくに
◎母への愛(かな)しみの歌。愛する想いと悲しく感じる想いが、ほかげにひっそり灯り、揺れていて、心に響きます。

■ 玉井清弘(たまい・きよひろ、1940年・昭和15年愛知県生まれ)。

息ひきし父の半眼の目を閉ずる母の指花にふれいるごとし  ◆『久露』1976年・昭和51年
棺にうつ釘のひびきの掌にあふる死者なる父の重さつたえて
◎感性の繊細な歌人を感じます。一首目は、「花にふれいる」と見つめ感じ詩句を咲かせる感性、二首目は「ひびきの掌にあふる」と触感を感じ詩句にふるわせる感性、悲しみの時を掬い上げ、歌として揺らめかせ伝えてくれています。、

ゆうぐれに澄む茄子畑かなしみのしずくとなりて茄子たれており  『風筆』1986年・昭和61年
摘みし芹さかだて水に振りたればつよき韻律のさざなみあふる
◎この一首目も茄子を「かなしみのしずく」ととても繊細に美しく感じとります。
二首目も芹と水の動きを「韻律のさざなみ」と鮮やかな詩句で捕らえます。焦点にある詩句「芹(せり)Seri」、「さざなみSaZAnami」の子音S音のかすれる息の音が、調べを澄ませているように感じます。

ねむりつきてぐにゃぐにゃの子を抱きうつす青葉の風のとおる畳に
◎この歌では、眠った子どもを抱き上げた感覚を、印象深くもっとも適格な詩句「ぐにゃぐにゃの」と歌います。心の感受性もゆたかな歌人だと思います。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。
 

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 辺見じゅん 岸上大作 玉井清弘 短歌 歌人 詩人 詩歌 高畑耕治

佐々木幸綱。春日井健。歌の花(三〇)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

■ 佐々木幸綱(ささき・ゆきつな、1938年・昭和13年東京生まれ)。

◎前回の寺山修司とともにこの歌人も個性の際立つ歌人です。男歌を歌う歌人です。「男性的な」姿と心のあり方を押し出しているので、読者により好き嫌いが分かれる気がします。
 男歌らしく、愛する女性を「お前、おまえ」と呼び、「抱き合う」のではなく能動的に「抱(いだ)く」と歌います。
 私は性について、とくに心では、女と男は陸続きで混じり行き交うものでさえあるので、「男性的」「女性的」と一般的な概念で類型的に分けることは、あまり意味がないと考えています。でも次の三首の歌には、愛する強い思いが、強く美しくほとばしりでていて、とてもいいと感じます。
 言葉の音に鋭敏な歌人だとも感じます。

サキサキとセロリ噛みいてあどけなき汝(なれ)を愛する理由はいらず  『緑晶』合同歌集1960年・昭和35年
◎この歌は「サキサキSaKiSaKi」「セロリSerori」「噛みKami」の子音S音とK音が意味に溶け合って響き、後半は母音アA音で大きな波のように「AdokenAkiNAreoAisuru」と心の高まりを歌いあげます。
 この歌で「おまえ」を使わないのは、「あどけなきadokeNAi」の「なNA」の音に続く調べの流れで「汝(なれ)NAre」という詩句の音を選んでいます。

ゆく水の飛沫(しぶ)き渦巻き裂けて鳴る一本の川、お前を抱(いだ)く  ◆『夏の鏡』1976年・昭和51年
◎この歌は母音イI音と子音S音とK音が「SIbuKIuzumaKI SaKe」と水のイメージと溶けていて、後半は「一本の川、」と、川とお前を並置し間に置いた句点の息の休止、間(ま)の無音があることで、最後の「お前を抱く」の音が強く屹立して感じられます。

泣くおまえ抱(いだ)けば髪に降る雪のこんこんとわが腕(かいな)に眠れ  ◆
◎この歌では「こんこんと」がイメージと音楽の両方で中心にあって、雪が「こんこんと」降る、伝統ある表現と、「こんこんと」眠れ、眠りの深いやすらぎの音楽の両方にかけて美しく響かせています。

抱き合って動かぬ男女ゆっくりと夕波は立つ立ちて崩るる  『火を運ぶ』1969年・昭和54年
◎美しい男女のシルエットのイメージが浮かびあがります。「立つ」と「立ちて」の間に置かれたリズムの変化点が、調べの印象をとても強めています。最後の「るるRURU」の音も抒情の調べそのものです。

一輪とよぶべく立てる鶴にして夕闇の中に莟(つぼみ)のごとし  ◆『金色の獅子』1989年・平成元年
◎この歌も鶴の姿と花のつぼみのイメージが夕闇に溶け、美しく咲いています。

風呂場より走り出て来し二童子の二つちんぽこ端午の節句
◎男児のドタドタ走る姿が弾んでいるような歌。「端午の節句」という詩句に「元気に育て」という思いが込められいるように聞こえます。

のぼり坂のペダル踏みつつ子は叫ぶ「まっすぐ?」、そうだ、どんどんのぼれ  ◆
◎この歌も、自転車をこぐ子どもの姿と声が聞えてくるようです。子に答える後半の詩句は、会話のカッコ「」を外していることで、子への答えと同時に歌人の思いのうちに響きひろがる子の将来への願いの声にもなっています。爽やかな歌です。

■ 春日井健(かすがい・けん、1938年・昭和13年愛知県生まれ)。

大空の斬首ののちの静もりか没(お)ちし日輪がのこすむらさき  ◆『未青年』1960年・昭和35年
◎「斬首」という詩句のイメージの強さが歌全体を染めあげています。色彩が鮮やかな歌です。

死ぬために命は生るる大洋の古代微笑のごときさざなみ  『青葦』1984年・昭和59年
◎スケールの大きな歌です。空間と時間が大きく拡がっています。大洋、広い広い海と、古代から今までずっと変わらずに微笑んできた、微笑んでいるさざなみ。死と命という無限に深い問いを、海の情景に溶かし込みふるわせている、心に響く歌です。「生るる」の「るるRURU」の音のふるえもさざなみのように聴こえてきます。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 佐々木幸綱 春日井健 短歌 歌人 詩歌 詩人 高畑耕治

新しい詩「あい」をHP公開しました。

 私の詩のホームページ「愛のうたの絵ほん」に、新しい詩「あい」を、公開しました。
(クリックでお読み頂けます)。

   詩「あい」

お読みくださると、とても嬉しく思います。

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 詩歌 詩人 高畑耕治 新しい詩

詩人・尼崎安四(二)。詩は愛。

 詩人・尼崎安四の詩を今回もみつめます。詩人はこころの奥行き、拡がり、高み、深み、過去、未来、瞬間、そのさまざまな表情に輝く個性を作品に結晶化します。
 だから一人の詩人が、豊かな個性をもつ、子どもを生み出します。尼崎安四にも、仏教をテーマとした詩、いのちと死を見つめる詩、象徴詩、それぞれの輝きと深まりがあり、共感します。

 彼の作品群のなかで、私がいちばん好きだと感じ、今回紹介するのは、愛の詩です。
 戦争にあえて二等兵としてたぶん死ぬ覚悟で出征し、戦後の過酷な時代に病死した彼は、絶えず死を意識し、絶望の崖淵を歩みながらも、愛の詩を残してくれました。そのことに私は強く打たれます。
 詩は人間としての魅力が滲みでる文学だと、改めて思います。

 愛するひとへ呼びかける歌、愛するひとを想う歌、トワエモア(あなたとわたし)の愛の詩は心を揺らし心に花を咲かせてくれます。

 これら三篇の詩も、言葉の調べがとても美しいです。音色は子音、母音がやわらかに結びつき流れ木魂しあっています。リズムの緩急の変奏、間(ま)の置き方にも、彼が言葉の響きをとても大切に作品としていると感じます。抒情歌と呼んでいいと思います。
 敗戦後の現代詩は歌を捨て断絶を傲慢に宣言して干からびてしまいましたが、同じ時期にこのように優れた詩歌が生まれていたことを、私は心から嬉しく感じています。(カッコ内のふりがなは、私が加えました。)


  きよに
            尼崎安四
きよ
あなたの愛する朝焼雲が
村街道から遠く離れて
海の向ふの空の中に
今冷えびえとめざめてくる
まだ夢みる瞼(まぶた)を開きあへず
あんなにも悲しくはぢらつて
冷たい蒼空(あおぞら)の中へ身を埋めてゆく

きよ
あのほとりの何といふ静かなこと
雲は殻を脱いだ蟬(せみ)のやうだ
じつと優しく陽を吸うて
鳴き声なんかは何もしない
聖(とお)とい何かに触れてゐるかのやう
頑(かたくな)なものはみんな消え
美しい結晶ばかりキラキラ光る

きよ
どこかに美しいものがあると信じてゐると
私の心は希望で楽しい
たとへわたしに要(い)らない幸福であつても
あなたの円鑑になつてかがやけば
わたしの道はあかりで飾られるのだ
この世のものならぬあなたの眼差(まなざし) あなたの夢
わたしの道はどんな「窄(せま)き門」に通じてゐるのだらう


  私は離れてゆく
            尼崎安四
きよ
私があなたを求めれば求めるほど
愛を羞(はじ)らふやうに遠くへと私は離れてゆく
痛苦(つうく)が私の魂を引き裂いてしまふのを見守るために
そして距(へだ)てられた深淵(しんえん)の彼方で
あなたが星のやうに優しく何かに向つて光るのを仰ぐために

きよ
あなたの美しさは水盤(すいばん)を溢れる水のやうに 白く拡がつてくる
私の心はそのしぶきを避けるやうに寂(しず)かさの深みで瞼(まぶた)をとざすのだ
閉された瞼の外では いつも遠くでのやうに
幸福が想ひ出の水音をたててゐる
いつからか 私のものでなくなつてしまつた不思議なあの幸福


  トワエモア
            尼崎安四

世界のどこかにつながつてゐたものが切れてしまつた
私はいつ地球の外へおちてゆくかも知れない
私の一歩一歩 私の一言ひとことはみんな偶然だ奇蹟だ
私が一番自分を信じてゐない
私は自分がどこにもつながつてゐないのを知つてゐる

然(しか)しあなたは私をあてに生きてゐる
私の袖につかまつて
あなた自身が陥(お)ちてゆくもののやうに
このことを信じ あのことを信じ
たしかに露だつて葉末(はすえ)に生きてゐることがある
陰鬱な私のそばでなぜかあなたは輝いてゐる


詩を愛する方の心に、尼崎安四の作品が響き、愛の花が咲くことを、私は願ってやみません。

☆お知らせ  『定本 尼崎安四詩集』の朗読が聴けるかもしれません。
詩語りライブ 第11回 いのちを語ろう 
日時 2013年5月18日(土)14時
より(13時40分開場)。
プログラム
野間明子  八木重吉詩集より・他
坂井のぶこ 麻生知子詩集、坂井のぶこ詩集『浜川崎から』より 
田川紀久雄 田川紀久雄『慈悲』、『定本 尼崎安四詩集』よ

場所 東鶴堂ギャラリー(JR鶴見駅徒歩5分、京浜急行鶴見駅徒歩2分)
横浜市鶴見区鶴見中央4-16-2 田中ビル3F(TEL045-502-3049)
料金 2000円
問合せ 044-366-4658 詩語り倶楽部
関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 尼崎安四 詩歌 詩集 詩人 高畑耕治

詩人・尼崎安四(一)。詩はいのちの生き様。

 今回と次回は、詩人・尼崎安四(あまさき・やすし)の、とても心に響く詩を紹介します。出典は『定本 尼崎安四詩集』(1979年、彌生(やよい)書房)です。
 彼のような本当の詩人が忘れられ埋もれてしまうことは、詩を愛する者にとってとても不幸なことです。それだけにこの本を出版された出版社の方、そして尽力された詩人や友人の方を尊敬します。その方々、高橋新吉、富士正晴、諌川正臣らが附録に寄せている文章はどれも熱い真心が込められていて感動せずにいられません。

 敗戦後の現代詩は、「荒地」や「列島」によった詩人たちや彼らの弟子、迎合者ばかりが評価されています。もちろん、私も読み理解しようと努めました。でも心を打たれ感動する作品は多くありません。ジャーナリストであっても、本当の詩人ではなかったからだと思っています。この尼崎安四のような優れた詩人を埋もれさせて平気な人たちを私は詩人と思えません。
 森英介や原民喜、峠三吉、作品が詩そのものだと私が感じ敬愛し評価する詩人については、これまでブログでとりあげてきましたので、読み返していただけたら嬉しく思います。
 
 尼崎安四は、まだあまり知られていませんので、最初に出典の本から彼の年譜を引用します。戦争でフィリピン沖で戦死し会うことができなかった私の母方の祖父と同年齢です。(私は祖父への想いから育まれる詩を今書いていて近日公開したいと考えています。)
 作家の野間宏の戦後すぐの小説『顔の中の赤い月』や『崩壊感覚』に、私は20歳の頃強い影響を受けました。野間宏らの同人誌に尼崎安四が詩を寄せていたことを知り、時の流れと出会いを想わずにいられません。

尼崎安四(あまさき・やすし)年譜
1913年・大正2年、大阪市生まれ。
1931年・昭和6年、18歳、僧になろうと龍谷大学、失望し中退。
1934年・昭和9年、21歳、同人誌「三人」七号に詩を掲載。富士正晴、野間宏ら。
1937年・昭和12年、24歳、京大文学部入学。
1938年・昭和13年、25歳、高橋凉香と結婚、長女瑶子出生。
1940年・昭和15年、27歳、京大卒業を放棄。
1941年・昭和16年、28歳、将校を望まず二等兵として出征。
満洲、パラオ、フィリピン、ボルネオ、ジャワ、ニューギニア、ラングールを転戦。
軍事郵便に詩を書いては妻や友人に送る。
1946年・昭和21年、33歳、帰国、妻の郷里の愛媛県西条市に居住。
同人誌「地の塩」を諌川正臣らと始める。過去の日記・ノート類の殆どを焼却す。
1947年・昭和22年、34歳、長男彬出生。
1950年・昭和25年、37歳、詩集『微笑みと絶望』を自ら編む。
1951年・昭和26年、38歳、『微塵詩集』を編む。
1952年・昭和27年、38歳、骨髄性白血病で歿す。

 今回は、出典の中で、私がいちばん好きな、いいと感じる詩「お母さん泣くのはよして下さい」を紹介します。
詩誌「たぶの木 5号」に詩人の田川紀久雄さんが選ばれ掲載しています。(私のホームページ『愛のうたの絵ほん』でも、こちらから、ご覧になれます)。
 私も彼の作品を一篇選ぶなら、この作品を選びます。

 彼のいのち、生き様そのものが、母への愛に洗われながら裸の姿で歌われています。とても強い詩です。
 そして、言葉の調べが美しい歌です。くりかえしのリフレインが大きな波のようにゆれ、波頭では言葉の音色がなめらかに繋がりささめき輝いています。(カッコ内のふりがなは、私が加えました。)


  お母さん泣くのはよして下さい
                    尼崎安四

あゝ お母さん 泣くのはよして下さい
そんな惨(いた)ましい声はあげないで下さい
一生孤独を求めながら得られないで
さりとてなりはひのすべも覚えず
真実 阿呆(あほう)のままのこのみすぼらしい私の姿

それでもお母さん 泣くのはよして下さい
私には私の生き方があると思つてゐます
人間の世界に通用しなくても
もしかしたらけだものの世界に通用するかも知れない
あなたの子供はほんたうに正直に生き抜いてきました

だからお母さん 泣くのはよして下さい
神様がきつとお許し下さるに違ひありません
人間の姿に佯(いつわ)りが多いなら
四つ這ひになつて森に住むのもいいでせう
何万何億といふはつぱや枝が一様(いちよう)に静かな歌を唄つてゐます

あゝ お母さん 泣くのはよして下さい
私の心は非常に静かなのです
少しは生きる姿がぶざまであつても
あなたの子供は今 狐(きつね)のやうに幸福なんですよ
だから お母さん 泣くのはほんとによして下さい

 次回は、尼崎安四の愛の詩をみつめます。

☆お知らせ 『定本 尼崎安四詩集』の朗読が聴けるかもしれません。
詩語りライブ 第11回 いのちを語ろう
日時 2013年5月18日(土)14時
より(13時40分開場)。
プログラム
野間明子  八木重吉詩集より・他
坂井のぶこ 麻生知子詩集、坂井のぶこ詩集『浜川崎から』より 
田川紀久雄 田川紀久雄『慈悲』、『定本 尼崎安四詩集』より

場所 東鶴堂ギャラリー(JR鶴見駅徒歩5分、京浜急行鶴見駅徒歩2分)
横浜市鶴見区鶴見中央4-16-2 田中ビル3F(TEL045-502-3049)
料金 2000円
問合せ 044-366-4658 詩語り倶楽部

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 尼崎安四 いのち 詩歌 詩集 詩人 高畑耕治

寺山修司。歌の花(二九)。映像心象世界。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

 寺山修司との私の出会いは学生の頃に見た映像作家としての作品を通してでした。タイトルは忘れましたが、特に青森の恐山を舞台にした作品など、極彩色の、原色が散りばめられた映像美は、独自の個性、才能を感じます。

 今回選んだどの歌も、ドラマを孕み、幻想美が霞のように漂い、田舎の古道具やさびれた家屋を舞台に、アクの強い独自の映像的な世界を浮かび上がらせています。
 この歌を種として映像世界を芽吹かせたとも、映像世界の心象風景を三十一文字に凝結させた歌だとも、言えると想います。

■ 寺山修司(てらやま・しゅうじ、1935年・昭和10年青森県生まれ、1983年・昭和58年没)。

ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし  『空には本』1958年・昭和33年
一粒の向日葵(ひまわり)の種まきしのみに荒野をわれの処女地と呼びき  ◆
夏蝶の屍(し)をひきてゆく蟻一匹どこまでゆけどわが影を出ず  ◆
マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや  ◆

◎青春、そのほろにがさと感傷性とさまよいが心に響いてくる歌です。

死ぬならば真夏の波止場あおむけにわが血怒涛となりゆく空に  ◆『血と麦』1962年・昭和37年
地下鉄の入口ふかく入りゆきし蝶よ薄暮のわれ脱けゆきて  ◆
地下鉄の汚れし壁に書かれ古り傷のごとく忘られ、自由

◎映像が映し出されるような歌です。一首目は極彩色の空と海の青と鮮血の赤。地下鉄の二首は、黒と白のモノクロームの心象風景、孤独なモノローグのように響きます。

生命線ひそかに変へむためにわが抽出(ひきだ)しにある 一本の釘  『田園に死す』1965年・昭和40年
たつた一つの嫁入道具の仏壇を義眼のうつるまで磨くなり  ◆
売られたる夜の冬田に一人来て埋めゆく母の真赤な櫛を  ◆
かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭  ◆

◎寺山修司という人間がいてはじめて生まれたといえる、独特な心象風景。創作と個性について考えさせられます。
とても映像的で、歌集名の映画を本のページのうえで映写しているようです。
「美」にはこういう横顔もあるのだと、驚きを与えてくれる歌人だと私は感じます。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 寺山修司 短歌 歌人 詩歌 詩人 高畑耕治

石川不二子。小野茂樹。歌の花(二八)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

● 石川不二子(いしかわ・ふじこ、1933年・昭和8年神奈川県生まれ)。

紅梅が見たしと思ふ 唐突にせつぱつまりし如くに見たし  ◆『牧歌』1976年・昭和51年
◎この歌と次の歌二首は、この歌人が抒情歌人としての天性、資質をもっていると伝えてくれます。人としての心と感情を、情熱と愛をこめてまっすぐに歌う抒情歌が、私はいちばん好きです。

のびあがりあかき罌粟(けし)咲く、身をせめて切なきことをわれは歌はぬ  ◆
◎意味・イメージと調べが美しく溶け合う抒情歌。上の句は、母音アA音と母音イI音、子音K音と子音S音の並びとバランスが快い調べを奏でています「nobIAgArI AKAKI KESISAKu」。続く歌うことへの意思を奏でる詩句では、「せめて」「せつなき」の「せSE」のかすれる息の繰り返しが切迫した音を響かせています。「われは歌はぬ」、いい詩句に深い共感の思いを抱きます。

わが息子この日ごろ歯の生えそめてつつましく子もわれもはにかむ
◎とても愛らしい歌。歯が生え始めたばかりの息子との愛情の交感に心温まります。「つつましく」そして「はにかむ」という詩句が美しく響きます。

荒れあれて雪積む夜もをさな児をかき抱きわがけものの眠り  ◆
◎この歌も、外の荒れた雪の寒さとの対比でなおさら、母の愛が暖かく響きます。「わがけものの眠り」という言葉に、歌人の生き物としてのいのちの実感が込められていると感じます。吹雪のなか戸外とおい洞穴などで子を抱き冬眠している熊や野生のけものたちのイメージも重なり、母と子の命の交感はどの生き物もおなじだよと、伝えてくれているように私は感じます。

手握りてびらうどに似る青梅のかたき弾力を指がよろこぶ  ◆『鳩子』1989年・平成元年
◎触感を伝える「指がよろこぶ」という詩句がとても良く、読むと自分の手のひらにもその感覚が生まれる気がします。詩歌では五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触感)をどのように言葉で読者に伝えるかに、芸術家としての技量が現れることがおおいと私は思います。

■ 小野茂樹(おの・しげき、1936年・昭和11年東京生まれ、1970年・昭和45年没)。

ひつじ雲それぞれが照りと陰をもち西よりわれの胸に連なる  『羊雲離散』1968年・昭和43年
◎この歌人も繊細な感受性を歌える抒情歌人だと感じます。空高く群れ歩く羊雲の輝きが「照りと陰をもち」という詩句で、立体感をもって浮かびあがります。「われの胸に連なる」という詩句は独創的で美しく、この表現でしか示せない空に繋がる感覚を読者は「ああわかる」と発見できる喜び、感動を感じます。

強いて抱けばわが背を撲(う)ちて弾みたる拳をもてり燃え来る美し
◎抒情歌のなかの抒情歌は恋愛の歌だと、ポーも萩原朔太郎も言っていますが、この歌人も恋を美しく歌っています。
背中に弾む拳を感じる思いがします。「燃え来る美し」という詩句は愛の感情の高まりを二音二音四音でリズム感よく奏でています。前にある詩句「もてりMOteRI」と「燃えMOe」の「MO」が頭韻、「美し」の末尾の「しshI」の母音イI音が脚韻し、「来る美しkUrUUtUkUshi」と母音ウU音を5回重ねて、美しい調べを響かせています。

五線紙にのりそうだなと聞いてゐる遠い電話に弾むきみの声  ◆同上
◎この歌人が言葉の響き、音色、音楽に鋭敏なことがそのまま歌になっているようです。女性の声は男性の耳に快いですが、愛する女性の声はなおさらです。彼女の声が音符になって弾んでいるようです。

あの夏の数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ  ◆
◎愛するひとへの心のなかの呼びかけの思いが美しく馳せてゆくようです。調べに波のうねりを感じるのは、子音に隠れた母音に大きな変化があるからです。冒頭と中間部に明るい母音のアA音の連なり「AnonAtsuno kAzukAgirinAki」「mAtAtAttA」があり、それに続く部分は他の母音での変奏を感じます。

われに来てまさぐりし指かなしみを遣らへるごときその指を恋ふ  ◆
◎「遣らへる」という詩句は不思議なやわらかさを響かせいます。「まさぐりし」という詩句が指の肌触りを心に呼び覚ましてくれて、愛する人を想うかなしみの気持ちが「恋ふ」という詩句に注ぎ込む小川のせせらぎのようです。愛の歌はいいなと、感じさせてくれる歌人です。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 石川不二子 小野茂樹 短歌 歌人 詩歌 詩人 高畑耕治

稲葉京子。花や樹と会話して。歌の花(二七)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

● 稲葉京子(いなば・きょうこ、1933年・昭和8年愛知県生まれ)。

抱かれてこの世の初めに見たる白 花極まりし桜なりしか  ◆『槐の傘』1981年・昭和56年
◎生まれたばかりの赤ん坊の眼差しを桜に想い起こす美しいイメージが広がる歌。上の句の末尾、一文字余白の前の詩句「白」が全体を染め上げています。
調べも美しく、下の句の調べはうねりのように、「hAnAkiwAmARISHI sAkurAnARISHIka」明るい母音アA 音と「ARISHI」が多音の押韻のように響きます。最後の問いの詩句「しかSHIKA」は、遠く上の末尾の詩句「白SHIRO」と二音どうしの木魂の変奏のようです。

人であり樹であることの偶然の空間に降る葩(はな)の雨  ◆
◎前の歌では「花」を「桜」としめしましたが、この歌での「葩(はな)」も桜だと感じます。「花」という漢字でjはなく「葩」にしたのは歌人の好みと、「葩」の漢字の中にある「白」に惹かれて桜をほのめかしたかった気がします。同じ意味を伝える漢字であっても、歌、詩行、詩句にもっとも合う字体を、私も選んで使うことがあります。
 調べに三回浮かぶ「の」がリズム感を生んでいます。人と樹を等しく感じる感性が美しい歌です。

水桶にすべり落ちたる寒の烏賊いのちなきものはただに下降す  ◆
◎下の句が説明の言葉、観念の遊びに堕してしないのは、一匹の烏賊(いか)の姿に死を強く感じたところから、生まれでた言葉だからです。良い歌の源には必ず感動がある、歌は感動に咲く花だと、私は思います。

言はざりし言葉は言ひし言葉よりいくばくか美しきやうにも思ふ  ◆『秋の琴』平成9年
◎想念の流れをそのまま書き留めたような歌です。上述の烏賊の歌と並べると、偽りない想いであっても観念的、源の感動は弱いと感じます。詩句のなかに「いくばくか」ともあり、ふと想った、くらいの強さです。

若き日の耀ひて見ゆ身を折りて泣きし記憶もまして耀ふ  ◆『秋の琴』平成9年
◎この歌では同じ意味をあらわす「かがやいて」「かがよう」という言葉を繰り返しています。繰り返しは同音の木魂が耳に快いですが、反面、三十一文字という限られた制約の中では単調、平板にしてしまう負の側面もあわせもちます。この歌では、あえて同語を繰り返しつつ「まして」という強調の詩句で微妙な差異を照らし出すためにも、同語の繰り返しがなくてはならなず、緊密に呼び合い、美しく木魂しています。

桜狂ひなりし亡き父わがまなこ貸して今年の桜花を見せむ  『しろがねの笙』1989年・平成元年
◎亡き父を偲ぶ想いが桜の花のイメージと色合いに溶けて心をうつ美しい歌です。「わがまなこ貸して」という詩句に娘と亡き父が少なくとも想いのうちでは今も重なりあい一体となれる、共にいるという想いが聴こえてきます。

みどり児の重さをかひなは記憶せり赤枇杷一枝宙に撓(たゆ)めり
◎母親の赤ん坊を抱いた腕の記憶を枇杷の木の枝に感じる歌ですが、この歌人は樹木にとても親しいものを感じ、人間に対してと同じように樹木を愛する、感受性の持ち主だと、この歌からも伝わってきます。赤枇杷と赤ん坊のイメージが重なり溶け交じり合うのも美しく感じます。枝に抱かれて。母の腕に抱かれて。

アマリリスの花茎のびてゆく力しづかにおのれを立てよと言へり
◎アマリリス「AMALILISU」響きの美しい名前です。歌人は花の言葉を聴き取っています。花や樹と会話する心を失わない人が歌人であり詩人だと私は思います。だからとても好きな歌です。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 稲葉京子 短歌 詩歌 詩人 高畑耕治

水野昌男。石田比呂志。来嶋靖生。小野興二郎。奥村晃作。小中英之。歌の花(二六)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。
 今回は1930年代生まれの6人の歌人の短歌です。

■ 水野昌男(みずの・まさお、1930年・昭和5年東京生まれ)。

石ころを音もたてずに押し上げてすっくと立ちし寒霜柱  ◆『正午』1928年・平成13年
◎私は抒情歌、心を歌う歌が、景色を描写、写実するだけの叙景歌より好きです。でもこの歌のように、叙景だけのように見える言葉で、心のあり方や精神性を、象徴させ感じさせてくれる歌は好きです。「音をたてずに」と「すっくと」という詩句が心に響くいい歌だと感じます。

■ 石田比呂志(いしだ・ひろし、1930年・昭和5年福岡県生まれ)。

<職業に貴賤あらず>と嘘を言うな耐え苦しみて吾は働く   『無用の歌』1965年・昭和40年
◎まっすぐな直情の歌。それだけに、共感する人としない人は完全に分かれます。歌は「そうは思わない」人の考えを変えようとする目的の論理的な主張ではないからです。逆に同じ思いを抱く人は、自分の思いを代弁してくれたような、深い喜びを感じとれます。私の場合は後者です。

店頭の赤き林檎の頬をつと指につつきて幼子ゆけり  『九州の傘』1989年・平成元年
◎林檎と幼子(おさなご)の情景が微笑ましく浮かぶ人間味ある優しい歌。慈しみがあふれてくるようないい歌です。

■ 来嶋靖生(きじま・やすお、1931年・昭和6年大連生まれ)。

詠人不知・作者不詳・逸名・失名・無名 名のあらぬことのゆかしさ  ◆『肩』1997年・平成9年
◎詠み人知らずの歌についての、呼び方を漢字で並列した詩句に、面白さ・機智を感じるか、作為性が強すぎると感じるか、読者の好みが分かれると感じます。私はその面白さよりも、最後の一語に「ゆかしさ」という言葉をこの歌人が選んだから、この歌が好きです。

■ 小野興二郎(おの・こうじろう、1935年・昭和10年愛媛県生まれ)。

疾(と)く癒えてわが領分を生きよとぞ声すると思ひまた眠りゆく  『紺の歳月』1988年・昭和63年
◎病床での、悲しみの歌。自らが病のときにも、病にある人を想うときにも、心をうつ響きの真実を感じます。

■ 奥村晃作(おくむら・こうさく、1936年・昭和11年長野県生まれ)。
イヌネコと蔑(なみ)して言ふがイヌネコは一切無所有の生を完(まつた)うす ◆『鳷色の足』1988年・昭和63年
◎奢り思いあがる人間の鈍感さをあらわにするような批評精神の強靭さを感じさせる、心に響く歌です。

■ 小中英之(こなか・ひでゆき、1937年・昭和12年京都市生まれ、1938年・平成13年没)。

月射せばすすきみみずく薄光りほほゑみのみとなりゆく世界  ◆『わがからんどりえ』1979年・昭和54年
◎詩情に調べの溶けた美しい歌です。導入部は「TuKISaSeBa SuSuKI」、子音T音、K音、S音と息を細く吐く透明感のある音色が月の光のようです。また同音の重ね「すす」「みみ」「ほほ」が快いリズム感を生んでいます。「すす」「ほほ」は弱く息を吐く音、「みみ」は唇を結ぶ柔らかな音で、優しい詩情を奏でます。

むらさきに秋の山脈昏れゆけばふたたび明くる夜とは思へず  ◆『翼鏡』1981年・昭和56年
◎心が色彩に美しく染まる歌です。歌人が「山脈」を「さんみゃく」と読んだか「やまなみ」と読んだか、ふりがながないので私にはわかりません。音色としては「YAMANAMI」のなだらかな音が、詩想の色彩と情景に溶ける気がしますが、ふりがなをふらない以上どちらをとるかは、読者の自由です。完成した作品はもう読者のものです。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 水野昌男 石田比呂志 来嶋靖生 小野興二郎 奥村晃作 小中英之

雨宮雅子。高嶋健一。田井安曇。歌の花(二五)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

● 雨宮雅子(あめみや・まさこ、1929年・昭和4年東京生まれ)。

たましひはここに遊ぶと菜の花のうすあかりを黄のひとうねり  『鶴の夜明けぬ』1976年・昭和51年
さくらばな見てきたる眼をうすずみの死より甦(かへ)りしごとくみひらく  ◆『悲神』1980年・昭和55年
百合の蕊(しべ)かすかにふるふこのあしたわれを悲しみたまふ神あり  ◆
生き残る必死と死にてゆく必死そのはざまにも米を磨ぎゐつ  ◆『雲の午後』1997年・平成9年

◎クリスチャンであるこの歌人の歌には、この世ではない世界、霊的な存在を感じとり歌う意思が流れています。
一首目は、菜の花の黄のうねりが美しく心に拡がりますが、歌人はそのうごきに何者か、誰かのたましいを感受します。
二首目は、桜の咲く世界に、死後の世界の景色を重ねて、感受しています。この歌人の感性はそのように感受してしまう、という表現が正確かもしれません。
三首目は、より直接的に信仰者として「神」を感受していることを記します。信仰告白の言葉ともとれます。
四種目も、この歌人が絶えず死をみつめ意識して生き生活していることを歌います。この世のほうが仮の世、見えない真の世界があると歌っている気がします。
読者が信仰を同じくするかどうかで、これらの歌に感じる思いは大きく分かれると思います。信仰と文学について考えることを促される歌人です。

■ 高嶋健一(たかしま・けんいち、1929年・昭和4年神戸市生まれ)。

愛うすくなりつつ旅をつづけ来て支線分るる駅に別れき  『甲南五人』1956年生まれ・昭和31年
◎男女の愛の機微を象徴的に歌っていると感じます。歌われた意味・イメージのままの駅での別れは、より広がりのある男女の愛の旅の終りまでの象徴でもあるようです。

てのひらのくぼみにかこふ草蛍移さむとしてひかりをこぼす  『方向』1977年生まれ・年昭和52年
立ちあがるものの気配や桔梗の藍とどこほる庭土のうへ  ◆『存疑抄』1990年・平成2年
◎これら二首は、この歌人の感性の細やかさを響かせています。心に映像が鮮明に映し出され、蛍や桔梗の微かな息遣いが聴こえてくるようです。

■ 田井安曇(たい・あずみ、1930年・昭和5年長野県生まれ)。

大学を出ていぬと罪のごとく云われ鳴り止まぬ風の街帰りゆく 『木や旗や魚らの夜に歌った歌』1974年・昭和49年
◎「鳴り止まぬ風の街」という詩句に、情景の表象と、心象風景を重ね、歌っています。

闇にまぎれて帰りゆくこのよるべなきぼろぼろをわれは詩人と呼ぶ  ◆『水のほとり』1976年・昭和51年
◎歌われた意味内容、この歌人の生きづらさ、苦みの感覚を、詩句中多く散らばる濁音「ぎ」「べ」「ぼ」「ぶ」、濁る響きが、強めています。

素のからだよこたはるときかなしかるからだはありつくらやみにして  ◆『春の星』1996年・平成8年
◎末句の「くらやみにして」は、横たわっている自らのからだの周りの暗闇と、からだそのものをそのなかまで暗闇として感じる感覚の混ざり合ったもののように感じます。冒頭の一文字以外をすべて「ひらがな」としているのも、この感覚と心のかなしみの模様を、やわらかな曲線のかたちで表現しています。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 雨宮雅子 高嶋健一 田井安曇 短歌 詩歌 詩人 高畑耕治

島田修二。橋本喜典。歌の花(二四)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

■ 島田修二(しまだ・しゅうじ、1928年・昭和3年横須賀市生まれ)。

子が問へる死にし金魚の行末をわれも思ひぬ鉢洗ひゐて  ◆『花火の星』1964年・昭和38年
◎とても素直な歌ですが、情景が鮮やかに思い浮かびあがるのは、さりげなく置かれている末尾の「鉢洗ひゐて」があるからだと感じます。概念として思念する「死」ではなく、目の前での金魚の死に、なぜ? どこへ? は子どもも親も人類の始まりから誰もが抱いている問いが静かに響いてきます。

幾億の年を隔てて光りゐる銀河系の下に子と二人なり  ◆
◎この歌も静かに、いのちを感受していて、心に響いてきて想いを遥かに拡げてくれます。末尾の「子と二人なり」が、散文的な解説や概念の思考ではない、宇宙空間を感受する歌、感受性のふるえの発露に三十一文字を高めています。

音たてて翅博ち合へる揚羽二羽ひとつになりて谷に堕ちゆく  ◆『渚の日日』1983年・昭和58年
◎ただ出来事を描写、叙景しただけではない、象徴の歌だと感じます。この歌の詩句に喚起され、並行する心象世界が
拡がるからです。どのように読み取るかは読者の自由に委ねられていますが、「二羽ひとつになりて」という詩句から、男女の交わり、愛のふるえが、奏でられているように私は感じます。

しぐれ降る夜半に思へば地球とふわが棲む蒼き水球かなし  ◆
◎しぐれの雨音に愛(かな)しみが沁みふるえているような静かな美しい歌です。この歌も「わが棲む」という素朴な詩句が、観念ではない心のふるえ、歌としています。たとえばこれが「我々の棲む」になったとたんに散文化し、政治論議と同じレベルの日常言語に変わってしまい、歌でなくなります。「我々」には「かなし」と歌う感受性はありません。この歌の「かなし」は私が好きな、愛と悲しみが溶け合い揺れる「愛(かな)し」です。

何をしてゐるのだといふこゑのする 歌を作つてゐると答ふる  ◆
◎この歌に、私は詩歌を愛し創作する者の一人として、深い共感を覚えます。「何をしてゐるのだ」という問いには、「なぜ生きているのか?」という根源的な問い、「社会的政治的にどのような行為をしているのか?」と現在についての問いが含まれ、自らへの自問の声と、社会世間からの視線・詰問の声をも含んでいます。その声に対して私もこの歌人と同じ言葉で答える者だからです。

■ 橋本喜典(はしもと・よしのり、1928年・昭和3年東京生まれ)。

南北のいづれの軍と問ふなかれ屍は若き兵にあらずや  ◆『冬の旅』1955年・昭和30年
◎収録歌集の刊行年からこの歌の「南北」は南と北に民族が引き裂かれた朝鮮戦争を指しています。国家やイデオロギーではなく、一人一人の人間に眼を向ける意思は、文学の根幹だと私は考えていますので、この歌に共感します。

これの世になに為して来し吾なると集中治療室のベッドに涙あふれぬ  ◆『無冠』1994年・平成6年
◎心情をありのままに吐露する歌。万葉集の「正述心緒」の時代から、和歌、短歌に絶えることなく歌われ聴き取られてきた歌。人間の心の表現である文学そのものと感じる歌が、私は好きです。

生の終りに死のあるならず死のありて生はあるなり生きざらめやも  ◆
◎観念的な言葉を空疎な思考に終わらせていないのは、歌人が生死の境界線近くにいて自らに生きろと言い聞かせている詩句「生きざらめやも」があるからだと感じます。濁りも偽りもそぎ落された真摯さが心に強く響きます。

この一首この一首とわれは彫る軽く面白きは君らがうたえ  ◆
◎この歌人は生きることと歌うことは分けられない求道者のようです。「軽く面白き」歌を否定しているのではなく、自分にはこうすることしかできないからこうするんだ、という意思、無骨な生き方、苦渋を知る人間の顔がにじみでているから、私はいいと感じます。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 島田修二 橋本喜典 短歌 詩歌 詩人 高畑耕治

馬場あき子。美しい調べ。歌の花(二三)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

● 馬場あき子(ばば・あきこ、1928年・昭和3年東京生まれ)。

胸乳など重たきもののたゆたいに翔(た)たざれば領す空のまぼろし  ◆『桜花伝承』1977年・昭和52年
◎女であり空に飛び立てない想い、「空のまぼろし」を心に感じる想いを、美しい言葉に織り成しています。調べの中間部の流れに「たTA」の音がリズムを生んでいます。「omoTAkimonono TAyuTAini TATAzareba」。「翔(た)たざれば」と読んでいることからも、「たゆたい」という詩句とのイメージの対称性と音感の呼応を感じて、作歌されたと感じます。

降る雪の白く無量のもの思い居ても起ちてもここ冬の極(はて)  ◆
◎白いイメージの世界が美しく拡がります。調べも美しく、初句の「降る雪FUrUyUki」と末句の「冬FUyU」が押韻しています。母音オO音が、「のNO」音と「もMO」音を軸にリズムを奏でています。「yukiNO shirOkumutyONOMONOOMOi iteMOtachiteMO KOKO」。とくに「もの思い」と「ここ」は木魂しています。

夭死せし母のほほえみ空にみちわれに尾花の髪白みそむ  ◆
◎詩想と音楽ともに静かな美しい歌です。若くして亡くなった母を空に感じつつ黒髪が薄(すすき)のように白くなり初めたと、髪と薄のイメージ、背景の空、重ねあわせに感動が生まれます。
調べの主調音は、夭死のイメージにふさわしく静かな母音イI音で句末の脚韻を奏でながら、柔らかな「みMI」音が旋律に静かな波頭となり浮きでています。「youshIseshI hahanohohoeMI soranIMIchI warenI obanano kaMIshIraMIsomu」。

わが生(しょう)やこのほかに道なかりしか なかりけんされどふいに虹たつ  『ふぶき浜』1981年・昭和56年
◎日本語はアクセントの強弱がほとんどなく、リズムの緩急も乏しいなだらかな調べを特徴としますが、この歌は三十一文字のなかで音の強弱と緩急(早い遅い)を心理的に呼び起こせることを、見事に教えてくれます。
初句に俳句の発句の切れ字の強調音「やYA」でアクセントと休止を生み、「このほかkOnOhOka」なだらかに母音オO音を重ねた後、「に道nImIchI」母音イI音で強く締まり小休止を生み、強く問いかける「しかSHIKA」で高め大きな休止を生み、一文字の余白の間(ま)、無音の静けさに沈みます。急激にそそり立つように、同じ「なかりNAKARI」の響きで木魂する答えの言葉を「けんKENN」と強く響かせN音で閉めて小休止を生み、三音の言葉を重ね「されど」「ふいに」とリズムを生んで、最後の詩句の強い音と美しいイメージ「虹NIJI」を空高く「たつ」、立ち昇らせます。
とても美しい調べです。

迷いなき生などはなしわがまなこ衰うる日の声凜(りん)とせよ
◎この歌も自分に言い聞かせる言葉「凜(りん)とせよ」そのまま凛とした、強弱と緩急のある、メリハリを感じさせる歌です。「なき」「など」「なし」と類似音を変化させ畳み掛けて波動をおこし「naSHI」と強く締まる音で小休止を生み、「わがまなこおとろうるwAgAmAnAkOOtOrOUrU」と子音と織り込められた母音は、アA音、オO音、ウU音と順に重なる波音を奏でています。「声KOE」と高めて小休止し、最後にも最も高め強めた命令形の声「りんとせよ」を響かせます。精神性の強さを感じさせる歌です。

まはされてみづからまはりゐる独楽(こま)の一心澄みて音を発せり  ◆『葡萄唐草』1985年・昭和60年
◎独楽を自らの、生きることの象徴にまで高める詩想が調べに溶けてとても美しい歌です。
前半部は「まはされmAwAsAre」と「まはりmAwAri」の繰り返しの波音の高まりの後それぞれ沈む波間に、「みづからmIzUkArA」と「ゐるこまIrUkomA」の母音の並びが類似する静まりの波音があります。「のNO」で大きく休止した後調べは変化します。「ISHInSumIte otoo haSSerI」引締る母音イI音を主調に、詩想と溶け合うように子音S音が透き通る音を美しく発しています。それぞれ三音の「こまのkOmAnO」と「音をOtOO」も弱い波音を重ねています。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

次回も、美しい歌の花をみつめます。

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 馬場あき子 短歌 詩歌 詩人 高畑耕治

岡井隆。天の粉雪。歌の花(二二)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

■ 岡井隆(おかい・たかし、1928年・昭和3年名古屋市生まれ)。

 数多くの歌集を出し意欲的な創作を続けている著名な歌人ですが、私は『現代の短歌 100人の名歌集』にある第一歌集『斉唱』の愛を主題とした抒情歌がいちばんいいと感じ多くを採りました。

あわあわと今湧いている感情をただ愛とのみ言い切るべしや  ◆『斉唱』1956年・昭和31年
◎音楽的な歌です。熱い感情をとらえようとした前半部は明るく開かれた母音アA音が主調です。「AwAAwAto imAwAiteiru kAnjyoo tAdAAi」。後半の自問する内容とともに調べも急転し、厳しく閉じられた母音イI音が主調音になっています。「tonomI IIkIrubeSHIya」。恋愛の悩ましい情感をよく浮き出しています。

抱くとき髪に湿りののこりいて美しかりし野の雨を言う  ◆
◎女性の髪の湿りの手触りと香りが伝わってくるようです。野の雨の美しさをつげる女性への愛する思いが情感ゆたかな調べを奏でています。離れて四回あらあわあれる「のNO」の音が柔らかな優しい音色を奏でています。

逢えば直ぐ表情をして訴うる片手に棘(とげ)をもつと今宵は  ◆
◎この歌の魅力は「表情をして」という詩句にあると感じます。愛する異性の訴えかける表情の微妙さを、この詩句に委ね、読者それぞれのイメージに委ねています。愛の心の機微をとらえていて、いいと感じます。

約しある二人の刻(とき)を予(か)ねて知りて天(てん)の粉雪降らしむるかな  ◆
◎愛する者同士が逢える喜びの時間を、祝福して降る粉雪のイメージが美しい歌です。

病む心はついに判らぬものだからただ置きて去る冬の花束  ◆
雨頭巾(フード)の蔭顫う唇を見守りぬいかなる言葉がいまを救い得ん  ◆
◎これら二首はどちらも物語性のある歌です。どのような物語をこの三十一文字から展開するかは読者に委ねられています。読者のイメージが織りなす物語のための音楽として言葉のせせらぎが愛を奏でています。

歩みつつ髪束ねいる指の動き見ているときの淡き恥(やさ)しさ  ◆
◎「恥しさ」と書いて「やさしさ」と読ませて、「淡き」とつなげて、性の「恥じらい」のあまい細やかな感覚を光らせています。髪を愛しむ女性の指の動きはそれだけで、魅惑的です。愛するひとなら、なおさら、その想いをふるわせています。

雨の谿間(たにま)の小学校の桜花昭和一けたなみだぐましも  『蒼穹(あをぞら)の蜜』1990年・平成2年
◎60歳を過ぎての歌集。「昭和一けた」は思春期、青春時代が戦争真只中の世代です。「桜花」という詩語に、軍歌の「同期のさくら」に象徴される特攻や散華の、悲しい歌が聞こえてきます。「雨の谿間(たにま)」という詩語も「昭和一けた」と木魂して、悲しみの世代を象徴しています。

女とは淡き仮名書きの一行のながるるごとく男捉(とら)へつ
◎この歌人の文字のかたちに対する鋭敏な感性を教えてくれます。「ひらがな」の柔らかな丸みを帯びたかたちを見つめると、女性のからだの優美な曲線が想い浮かび重なって見えます。「女文字」と女性の魅力が美しく奏でられています。

 出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)から。

次回も、美しい歌の花をみつめます。

続きを読む »

関連記事

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 岡井隆 短歌 詩人 詩歌 高畑耕治

| ホーム |


 ホーム