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高畑耕治

Author:高畑耕治
愛のうたの絵ほんは、高畑耕治の詩と詩集の海です。
Profile 高畑耕治 たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪府四條畷市出身、早稲田大学政経学部中退。東京都多摩市在住。
詩集『銀河、ふりしきる』(2016年5月イーフェニックス)
詩集『こころうた こころ絵ほん』(2012年同上)
詩集『さようなら』(1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25)
詩集『愛のうたの絵ほん』(1994年同上)
詩集『愛(かな)』(1993年同上)
詩集『海にゆれる』(1991年土曜美術社)
詩集『死と生の交わり』(1988年批評社)
雑誌「エヴァ」に扉の詩(1996~1997サンマーク出版)を連載。
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新しい詩「死と愛。たきぎと、ぼたもち。(美しい国。星の王女さま)」 公開。

 私の詩のホームページ「愛のうたの絵ほん」に、新しい詩
「死と愛。たきぎと、ぼたもち。(美しい国。星の王女さま)」
を、公開しました。
(クリックでお読み頂けます)。


詩「死と愛。たきぎと、ぼたもち。(美しい国。星の王女さま)」
  ・プロローグ 死。手のひらと肌と。(母から、祖母に)
  ・たきぎと、ぼたもち。(孫から、祖母と祖父に)
  ・美しい国。憎悪咲き乱れる、
  ・星の王女さま。『続・絵のない絵本』
  ・エピローグ 愛。もういちど、みんなで。(母から、祖父に)

長い作品ですが、五つの詩篇を独立してもお読み頂けます。お好きな、お気持ちにあいそうな章を、お読みくだされば、とても嬉しく思います。

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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

tag : 詩人 高畑耕治 詩歌

松尾芭蕉と近現代文学者の直筆、書の美。

 東京の下町、隅田川のほとりの芭蕉記念館を今年の4月に初めて行くことができました。松尾芭蕉(まつお・ばしょう、1644~1694年)が暮らしていた場所のすぐ近くに建てられています。河口近い隅田川の水量はとても豊かに波打っていて、ゆりかもめが気持ちよさそうに風に乗っていました。
 これまで近づかなかった俳句の世界を感じとりなおそうと最近『奥の細道』を読み返したところでもあり、また彼と与謝蕪村、小林一茶から読みなおそうと考えていることもあり、とても楽しみでした。

 近くにある深川江戸資料館を先に訪ね、江戸時代の庶民の暮らし、長屋住まいや井戸端、八百屋、茶屋、屋台などを見ながら館員さんの当時の庶民の生活についての丁寧な解説を伺うことができたので、なおさら芭蕉を親しく感じました。
  芭蕉記念館では、折りよく、常設展示に加え企画展「近現代の作家と文化人~詩歌の世界~」も催されていました。

 私が訪ねてほんとに良かったなと感じたのは、文学者たちが自分で筆をとり直接書いた、直筆の俳句や手紙の実物の文字を見ることができたことです。松尾芭蕉の手紙や短冊、「奥の細道」直筆本の複写、夏目漱石、尾崎紅葉、芥川龍之介、永井荷風、谷崎潤一郎などの俳句、短歌の短冊に、作者の息遣いを感じ、個性がにじんでいて、感動しました。

 毛筆で流暢に、また癖の強い字体で、書き流された作者ごとに異なる文字のかたちを感じると同時に、その日本語の文字を読み取れないことを私はとても残念に思い、前から感じつつできずにいたことですが、古典の直筆を読めるようになろうと思いました。

 本屋で探し見つけた次の二冊の本には、古典から近現代までの、歌人、作家の直筆写真がたくさんあり、とても楽しく学ぶことができました。藤原定家、高村光太郎の直筆などを見ると、心の深みにある文学を愛する思いを揺り動かされ、私も良い作品を生めと、励まされている思いがします。
 たとえば、藤原定家は和歌のイメージから繊細な薄墨のかすれた細い字体を思い浮かべますが、直筆は、太く濃く幅のある四角ばった字体(書道でそのアクの強さから流派が生まれたそうですが)で、驚きます。
 一方、芥川龍之介の直筆は、彼の神経がそのまま文字になったように私には見えました。文字は人を表すのでしょうか。とても興味深く感じます。

 芭蕉の『奥の細道』や俳句の短冊の直筆は、素人目にも、精神性のある、流れと変化のある、書の美というものを教えてくれます。

『入門 日本語のくずし字が読める本』(角田恵理子:つのだ・えりこ、2010年、講談社)。
『実践 日本語のくずし字が読める本』(角田恵理子:つのだ・えりこ、2011年、講談社)。

 とても良い本です。おかげでようやく、この本にある一覧表と照らし合わせつつなら、芭蕉の短冊を読めるようになりました。

 なぜ、私が明治期までの歌人、文学者たちの文字を、今と変わらぬ日本語でありながら、まったく読めなかったか、読める喜びを知らずにいたのか、断絶はどこにあったのか、ようやく知りえたこと、変体仮名について、次回は記します。

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tag : 松尾芭蕉 詩人 高畑耕治

吉川宏志。梅内美華子。歌の花(四八)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。歌の花の連載は今回で終了となります。

出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

■ 吉川宏志(よしかわ・ひろし、1969年・昭和44年宮崎市生まれ)。

夕闇にわずかに遅れて灯りゆくひとつひとつが窓であること  ◆『青蟬』1995年・平成7年
◎ひとつひとつわずかに遅れて灯る窓をとおして、窓のなかの部屋とそこにいる人に想いを馳せさせる歌。自然に人を想うということが、心を暖かくすることを、思い出させてくれるような、なつさしさを感じるような歌です。直接言葉にしないことで逆に想像がゆたかになる、文学の一面を良く伝えてくれます。

風を浴びきりきり舞いの曼珠沙華 抱きたさはときに逢いたさを越ゆ  ◆
◎男性としても自らの、愛する女性にたいする愛情と性的な欲望に揺らめく想いの姿を、真っ赤な細い曲線を風に揺らすまんじゅしゃげ、彼岸花の姿に重ねています。歌の色調が明るいのは、赤い花のイメージとともに、調べの主調がアA音だからです。「kAzeoAbi kirikirimAino mAnjyushAge dAkitAsAhAtokini AitAsAokoyu」、57577の2番目の7以外のすべての初音の母音がアA 音で頭韻していうことでその印象が強まっています。

「母さんのふとんも敷け」とおさな子は声しぐれたり妻の居ぬ夜に  ◆
鳳仙花の種で子どもを遊ばせて父はさびしい庭でしかない  ◆
◎父親の子どもへの想いの歌。一首目は、「声しぐれたり」という詩句におさな子の姿が鮮やかに感じられます。子どもの母親への愛着の強さを示すことで、母子を愛情で包み讃えているような、優しさがよいと感じます。
 二首目はとても素直な気持ちの吐露ですが、ホウセンカの種に託して、子どもの成長と将来の旅立ちを願う気持ちと寂しさが、よく伝わってきます。

● 梅内美華子(うめない・みかこ、1970年・昭和45年青森県生まれ)。

一度にわれを咲かせるようにくちづけるベンチに厚き本を落として  ◆『横断歩道(ゼブラ・ゾーン)』1994年・平成6年
みつばちが君の肉体を飛ぶような半音階を上がるくちづけ  ◆
◎二首ともに、くちづけを、鮮やかに歌っています。一首目は、「われを咲かせる」という詩句に熱いいのちがあってよいと感じます。二首目は、「肉体」と言葉もあり、より肉感的です。くちづけに「みつばち」を見つける感性、「半音階上がる」音を聴きとる感性に、若いいのちの、愛しあう悦びがあふれています。

シャワーにて髪を濡らしているときにふと雨の木になりて立ちおり  ◆
◎シャワーに濡れる髪と女性の体の曲線に流れはねる滴の透明感が、雨のなか立つ木の姿と重なって浮かび上がり、美しいと感じます。

わが首に咬みつくように哭(な)く君をおどろきながら幹になりゆく  ◆
重ねたる体の間に生るる音 象が啼いたと君がつぶやく  ◆
◎より性的に濃密な交わりの時を歌う二首。一首目の「首に咬みつくように哭く」という詩句は男性をよく捉えています。「幹になりゆく」というのは女性にしかわからない感覚だと、新鮮に感じます。
 二首目は、上句で男女の交わりをそのまま言葉にしていますが、「象が啼いた」という、とっぴな感じ方にあるユーモアが歌をやわらかく包んでいると感じます。作者が愛し合うこと、愛し合う時間を好きで、大切に感じとらえているので、この歌人の性愛の歌には清らかさを感じ、私は良いと思います。

 出典の二冊を媒介に、個性的な歌人たちの歌の花を感じとってきました。今回で終了しますが、彼らに続く世代の歌人たち、新しく咲いている歌の花を、今後また見つけ、別の機会に感じとっていきたいと、願っています。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

次回からは別の主題で、詩歌を見つめ感じとっていきます。

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tag : 吉川宏志 梅内美華子 短歌 歌人 詩歌 詩人 高畑耕治

辰巳泰子。笹の船に乗らうか。歌の花(四七)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

● 辰巳泰子(たつみ・やすこ、1966年・昭和41年大阪生まれ)。

午後。唇(くち)といふうすき粘膜にてやはく他人の顔とつながる  『紅い花』1989年・平成元年
◎冒頭の、「午後。」の句点(まる。)が生む間(ま)から劇的な情景が拡がる、印象的な歌。口づけの表現の仕方に、虚無的、投げやりな感じの、この歌人の個性、詩的世界が浮かびあがっています。

ただ海のかはらぬ貌をたしかめに休日を雨の港へと寄る
◎映画のような世界ですが、孤独感の吐露もこの歌人の魅力だと感じます。「かはらぬ貌をたしかめにKAwArAnuKAOO tAshiKAmeni」という詩句に、思いの強さと響きの強さを感じます。

橋桁(はしげた)にもんどりうてるこの水はくるしむみづと決めて見てゐる
◎この歌も映像的です。「もんどりうてる」という詩句が、苦しみの暗い情感をとらえ、激しく波立たせ響かせます。

いとしさもざんぶと捨てる冬の川数珠つながりの怒りも捨てる
◎詩句「ざんぶ」に、水の音としぶきと情感がこもって強さがあります。「数珠つながりの」という「怒り」を形容する詩句にも情念を掬い上げ響かせています。「いとしさ」も「怒り」も、心の表情、強い感情、感動です。心に響く歌には、感動の強さが必ずあると私は思います。

乳ふさをろくでなしにもふふませて桜終はらす雨を見てゐる  ◆
◎これも映画のような歌ですが、投げやりな雰囲気が「ろくでもなし」、「ふふませて」という詩句から漂っています。「桜終はらす雨」の音が聞こえ、男女の汗のにおいと体温も三十一文字の世界にこもって感じられる歌です。

骨太く胸たくましく育つともかく抱かせよわが死の際(きは)に  ◆『アトム・ハート・マザー』1995年・平成7年  
◎母親が赤ちゃんに語り聞かせる言葉に愛と願いが響いていて美しい歌だと感じます。赤ちゃんでありながら成人した男の肉体、性意識が底に響いていることに、この歌人の個性の強さを感じます。

つらぬきて子を持たぬ生もはや無くだぶだぶとせつなさの袋のごとき子  ◆
◎子を生涯産まない生き方も選択肢として意識して迷いつつ生きたうえで、子を産んだ、その想いを歌っています。
「だぶだぶとせつなさの袋のごとき子」という詩句には、感動の強さがあります。「せつなさ」、愛がつめこまれているようで、心に迫ってくる歌です。

にんげんら屠りあふ日も海渡る燕(つばくらめ)あり地を瞰(み)ずにとべ  ◆
◎この歌人の虚無的な眼差しが生まれてくる源には、人間と人間の社会のあり様を見据える眼差しがあることを教えられる歌です。戦争だらけ、殺し合い奪い合い蹴落とし合いだらけの、人間がひしめく地上を厭う思いは私にもあり、そらを飛ぶツバメに託して、歌に昇華させていることに共感します。否定的な表現のようで、生まれてきた源にある、願いを反語として、歌いあげていると、私は思います。

こんなところでわたしの乳に触れたがるおまへと笹の船に乗らうか  ◆
◎乳幼児の子どもに歌いかける言葉に、愛の歌人だと感じます。「笹の船」に乗れるはずもなく、乗れば沈んでしまうのを承知で歌う言葉には、メルヘン世界の愛と死の景色、無常観、「死のうか」という無言の声が重ねられて聞こえてきます。

 心の扉の奥深く隠された感情を抉り出すこの歌人の歌は、自虐性と痛みをも感じさせますが、それができるのは、いのちを見つめ、感じとる感受性のゆたかさと、つかんだ感動の強さを詩句に織りなす歌人として創作力を持っているからだと、私は思います。
 前回とりあげた俵万智とともに心と感情をとらえ愛を歌う女性ですが、表現する心の表情が極端に正反対で違っていることに、二人の個性の輝きを私は感じます。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂
から。

次回も、美しい歌の花をみつめます。

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tag : 辰巳泰子 短歌 歌人 詩歌 詩人 高畑耕治

詩誌『たぶの木』6号をHP公開しました。

 手作りの詩誌『たぶの木』6号を、私のホームページ『愛のうたの絵ほん』に公開しました。
  
   詩誌 『たぶの木』 6号 (漉林書房)

 漉林書房の詩人・田川紀久雄さん編集・発行の小さな詩誌です。
 私は作品を活字にでき読めて、とても嬉しく思います。
 参加詩人は、田川紀久雄、坂井のぶこ、山下佳恵、高畑耕治です。
 今回6には、私が敬愛する、人間の魂を見つめ問う祈りの詩を紡がれる詩人・神谷恵(かみや・めぐみ)さんが、詩「お手をどうぞ」をお寄せくださいました。神谷さんは小説家でもあります。 
 ぜひご覧ください。

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tag : 詩人 神谷恵 田川紀久雄 坂井のぶこ 山下佳恵 高畑耕治

新しい詩「東北、恋。海と牛と少女に」をHP公開しました

 私の詩のホームページ「愛のうたの絵ほん」に、新しい詩
「東北、恋。海と牛と少女に」
を、公開しました。
(クリックでお読み頂けます)。

   詩「東北、恋。海と牛と少女に」

お読みくださると、とても嬉しく思います。

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tag : 詩人 詩歌 うた

俵万智。口語心に響き。歌の花(四六)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

● 俵万智(たわら・まち、1962年・昭和37年大阪生まれ)。

寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら  『サラダ記念日』1987年・昭和62年

◎彼女の歌は、日常の言葉そのままの、力まない柔らかな口語であること、会話と同じように意味を伝えることを大切にしていること、これらが優れている歌ですので、共感、いいなという想いが多くの読者の心に自然に生まれるのだと感じます。
 言葉の調べも美しく、「しぐさSIguSA」「優しさyaSASISA」「さようならSAyounara」の、子音S の「さSA」音と「しSI」音の響きあいと、「いつ」Itu「言われてもIwaretemo」「いいII」の「イI」音の重なる押韻がとても自然に響いてきます。

落ちてきた雨を見上げてそのままの形でふいに、唇が欲し

◎イメージが自然に眼に浮かんできます。「ふいに、唇が欲しHOSI」は、「欲しい」の「い」を切り落としていることで、無音の感情の余韻が響きます。
 恋の歌であることも、幅広い年代の読者に好まれるいちばんの理由だと思います。詩歌、短歌がいちばん魅力的な輝く爽やかな表情をみせてくれるのは、恋の歌だからです。

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ

◎とても自然に共感する恋の歌です。「寒いね」という言葉の交わしあいが聞こえてくるようです。最後の「あたたかさAtAtAkAsA」はひらがなで一字ずつひろう5文字の母音がすべて明るい音色の「アA」音で、5回重ねて奏でられ、ぬくもりを増しています。

今日まで私がついた嘘なんてどうでもいいよというような海

◎日常での日常語で浮かぶ思いそのままの詩句「どうでもいいよというような」が、短く一語で対比される「海」を大きく印象深く心に浮かびあがらせます。

潮風に君のにおいがふいに舞う 抱き寄せられて貝殻になる  ◆

◎「君」という一語が、青春期の男女の恋の情景を香らせます。ジャン・コクトーの詩の堀口大学訳との木魂が、作者の意識にあったのではないかと思います。どちらもいいなと、感じます。
   私の耳は 貝の殻 
   海の響を懐かしむ    

なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き

◎「なんでもない」を三回くりかえし強調してから、反語となって最後に置かれた言葉「好き」が心に残ります。詩の作者として私も、作品のなかに「好き」と響かせるのが好きですので、共感します。

散るという飛翔のかたち花びらはふと微笑んで枝を離れる  『風のてのひら』1991年・平成3年

◎映像的な魅力と、調べの流れの変化が美しいと感じます。「散るCHIru」「飛翔hIshou」の母音イI音の頭韻、「かたちkataCHI」の「ち」との響き合い、中間部「かたち花びらはkAtAchi hAnAbirAwA」は母音アA音を重ね、後半部「ふと微笑んで枝を離れるfutOhOhOEndE EdaOhanarEru」は、この歌の感動の中心ですが、母音オO音とエE音が耳に快く微笑んでいるようです。

やわらかな秋の陽ざしに奏でられ川は流れてゆくオルゴール

◎この歌もイメージと言葉の音楽が溶け合い流れています。「やわらかな秋の陽ざしに奏でられ川は流yAwArAKAnA AkinohizAsini KAnAderAre KAwAwA nAgA」このまでは母音アA音が主調で、特に「かKA」音が輝きます。転調し、「れてゆくオルゴールrEtEyUkUOrUgOOrU」母音エE音、ウU音、オO音に流れのきらめきの表情を変化させています。

眠りつつ髪をまさぐる指やさし夢の中でも私を抱くの  ◆『チョコレート革命』1997年・平成9年
水蜜桃(すいみつ)の汁吸うごとく愛されて前世も我は女と思う  ◆
焼き肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き  ◆

◎これら三首は、少女の恋の時代は過ぎて、男女の性と生活の意識も深まり織り混ぜられた、愛の歌です。
 それでも三首目で「好き」という言葉を選ぶところに、怒り、悩み、苦しみといった心の他の表情は少しも見せずに、明るく優しく温まる微笑のような恋の歌、愛の歌を咲かせる、この歌人の個性、人柄、創作意識があるのだと私は思います。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)から。

次回も、美しい歌の花をみつめます。

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tag : 俵万智 短歌 歌人 詩歌 詩人 高畑耕治

加藤治郎。大辻隆弘。紀野恵。歌の花(四五)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

■ 加藤治郎(かとう・じろう、1960年・昭和35年名古屋市生まれ)。

鋭い声にすこし驚く きみが上になるとき風にもまれゆく楡  『サニー・サイド・アップ』1987年・昭和62年
もうゆりの花びんをもとのもどしてるあんな表情を見せたくせに

◎二首ともに、男女の心と体の交わりをストレートに口語で表現しています。
 一首目は男性が感じる女性を歌っています。性愛を歌いながら露骨描写と感じないのは、愛する女性の比喩に選び取った詩句「風にもまれゆく楡」のイメージによります。
 二首目は、愛の交わりの後の男性の心そのままの日常語による歌です。「もどしてる」という口語に、女性の仕草をおう眼差しがあり、「あんな表情を見せたくせに」にも、男女の情交、性愛が濃密です。
日常の男女の性の口語表現として、読者の好き嫌いは分かれると思います。

■ 大辻隆弘(おおつじ・たかひろ、1960年・昭和35年三重県生まれ)。

点描の絵画のなかに立つごとく海のひかりに照らされており 『水廊(すいろう)』1989年・平成元年

◎後期印象派の点描画は、ひかりを絵として美しくとらえるので、私は好きです。「海のひかり」「照らされて」という二つの単純な詩句が、「点描の絵画」という詩句で生かされています。海そのものの輝きと、絵のイメージが、重なり合って心に浮かび、美しいと感じる歌です。

● 紀野恵(きの・めぐみ、1965年・昭和40年徳島県生まれ)。

手すさびに折れば匂へる蕗の香のかなしかりけり折れば匂へる  『さやと戦げる玉の緒の』****年

◎最後にもういちど繰り返される「折れば匂へる」の響きに込められた、歌人の内省と余情が、「蕗の香」となって匂ってくるように感じます。

ゆめにあふひとのまなじりわたくしがゆめよりほかの何であらうか

◎夢と現(うつつ)の境をいききするような詩想の淡さを、ひらがなの曲線のやわらかさが、かもしだしているようです。「あふひと」も「わたくし」も夢にいるのか現にあるのか、どちらがゆめなのか、わからなくなるような、ふたしかさにさまよってしまうように、感じる不思議な魅力を感じる歌です。

晩冬の東海道は薄明りして海に添ひをらむ かへらな

◎一呼吸の間(ま)を置いて最後に置かれた詩句「かへらな」の、古風さが魅力の歌です。今使われないこの古語がこの歌のいのちなので、読者の好き嫌いが分かれる気がします。歌集のタイトルからも、古典への関心が強い歌人だと思いますが、受け継がれてきた言葉の歴史をさかのぼって知り、感じることは、とても大切なことだと私は考えています。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

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tag : 加藤治郎 大辻隆弘 紀野恵 短歌 歌人 詩人 詩歌 高畑耕治

水原紫苑。死生、愛と美。歌の花(四四)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

● 水原紫苑(みずはら・しおん、1959年・昭和34年横浜生まれ)。

 とても繊細な感性で言葉の泉からふるえ輝く詩句をすくいあげるような叙情歌人です。どの歌も美しく、私はとても好きです。

光線をおんがくのごと聴き分くるけものか良夜眼(まなこ)とぢゐる  『びあんか』1989年・平成元年

◎「良夜」という詩句から、月のひかりを浴びて息する「けもの」、生き物である身をみつめます。「光線をおんがくのごと聴き分くる」という詩句は、光線を感じとることでも、音を聴き取ることでも、他の「けもの」に劣っている人間が、繊細な感性と感受性のみずみずしさを失わない人間であることで、初めてできること、詩心を抱くことです。心に響く詩句です。

透明の伽藍のごとく楽章がその目に見ゆる青年を恋ふ

◎恋の歌。抒情の歌の本質は、恋愛、恋の歌の調べにこそふるえます。詩想の美しい透明の「伽藍GAran」「楽章GAkushou」の荘重さを、頭韻しあうGA音、子音G音が響かせています。最後の詩句「恋ふKOU」は、静かに閉じる、もの思いにふける音色で余韻を響かせます。旧なかづかい「ふ」は「ウU」と発音はしても、はかないため息のような子音F音を無音でふくみふるわせるので、切なさがまして感じられます。

からまつの天に向かひて落ちゆけり神やはらかに梢(うれ)を引く朝

◎静かな映像のようなイメージを呼び覚ます歌。水溜りに映る青空と落葉松の梢の円錐の中心深くにひそむ神に引かれ吸い込まれていくような感覚です。ここでは水溜りは使わずに、見上げる空に伸びるゆく梢の枝先に囲まれた中心点の空に吸い上げられてゆく感覚を、落ちゆくと美しく歌ています。歌人の感性の繊細さを感じる歌です。

われらかつて魚(うを)なりし頃かたらひし藻の蔭に似るゆふぐれ来たる

◎この歌も歌人の感受性のゆたかさがふるえます。「ゆふぐれ」を、「魚だった昔に語らい合った藻の蔭に似ている」と感じ、歌うのは、すごいなと思います。

まつぶさに眺めてかなし月こそは全(また)き裸身と思ひいたりぬ

◎素直な歌ですが、月の心、月の気持ちを自分とおなじように感じ、裸身である月と宇宙空間を越えて、交感しあっています。「かなし」という詩句が月光のように清澄に響いてきます。

風狂ふ桜の森にさくら無く花の眠りのしづかなる秋  ◆

◎新古今和歌集の藤原定家の歌「見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮」と木魂するような象徴詩のような歌です。「桜の森」「さくら」「花」と詩句を繰り返すことで、イメージとしての桜を想起させながら、花はすでに散り枯れ枝に風が吹き抜ける情景をより強めて歌います。無いものを、象徴的に見せる技法です。
もう一点、「風狂ふ」風の強さと、今は散ってもう無い桜の「花の眠りのしづかなる」静けさの対比、コントラストが心に強い印象を残します。

魚(うを)食めば魚の墓なるひとの身か手向くるごとくくちづけにけり  『びあんか』以後

◎魚のかなしみを感じる感受性がとても好きです。この歌の「手向くるごとくくちづけ」ているのは、食べている歌人自身の魚への祈りでもあり、魚の墓である歌人に食べられようとしている魚の祈りでもあると感じます。「くちづけにけりKuCHIzuKEnIKErI」という詩句に子音K音、チCHI音の鎮魂の鐘の音色を沁みこませていて、最後の母音E +I音の変奏「けに」「けり」も、かなしく心に響き続ける歌です。

死ぬるまで愛しあふ鳥 死を越えて愛しあふ鳥 白ふかきいづれ  ◆『客人』1997年・平成9年

◎死と愛の抒情詩。生の極みである死と愛を歌い、その究極の価値を「白の深さ」、純白であることに置いていて、心を染められる想いがします。白い鳥に死生をわたる象徴をみる、記紀歌謡の頃から日本詩歌の伝統に根ざしています。より広く、不死鳥、フェニックスも重ねて感じられます。美しい歌です。、

桜桃の対幻想のくれなゐのまばたきさへも責めらるるかな  ◆

◎つながる二つぶのさくらんぼの紅に、愛と性の象徴をみて、時間を止めます。静止画のような沈黙の瞬間の美があります。冒頭は「OUtOUNO tuigensOUNO kurenaiNO」は、母音OUと「のNO」音の調べ、最後の「らるるかなRARURUKANA」の調べも美しく響きます。「まばたきさへも責めらるる」と感じる感性の感度の鋭さが、時間が止まり音が消える美を、この歌に立ち上らせています。

きらきらと冬木伸びゆく夢ににて太陽はひとり泪こぼしぬ  ◆

◎童話の心が息づいている優しい歌。太陽の心、太陽の孤独をともにを感じて歌うのが、歌人、詩人です。美しい絵本の頁を心に開いて、絵を見つめているような気持ちになれる、好きな歌です。とても優れた抒情歌人だと思います。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

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tag : 水原紫苑 短歌 歌人 詩歌 詩人 高畑耕治

新しい詩「こえ」をHP公開しました。

 私の詩のホームページ「愛のうたの絵ほん」に、新しい詩「こえ」を、公開しました。
(クリックでお読み頂けます)。

   詩「こえ」

お読みくださると、とても嬉しく思います。

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tag : 詩人 高畑耕治 詩歌 新しい詩

坂井修一。川野里子。米川千嘉子。歌の花(四三)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

■ 坂井修一(さかい・しゅういち、1958年・昭和33年愛媛県生まれ)。

見上ぐれば狂(ふ)れよとばかり山澄みていやおうも無しわれは立たさる 『ラビュリントスの日々』1986年・昭和61年

◎高く広大な山脈を目の前に見上げた時の感動が響く美しい歌。「狂(ふ)れよとばかり」、「いやおうも無し」という詩句が感動を強め、高めています。「立たさる」と受動態で終えていることで、自然を前にした自分の小ささと、自然に生かされているという、謙虚な想いが歌に沁み込んでいると、感じます。

● 川野里子(かわの・さとこ、1959年・昭和34年大分県生まれ)。

ことばもてうつろふものとこゑなくて変はりゆくものいづれが哀し  『五月の王』1990年・平成2年
気まぐれな春の雪片われと子のはるかな間(あはひ)に生まれては消ゆ
こども抱く腕のふしぎな屈折を玻璃(はり)ごしにながく魚らは見をり

◎これら三首の歌からこの歌人が、生を外側から、彼岸から、遊離したものとして、斜視しているような眼差し、人間として生きていることへの違和感、死生観を感じます。
 一首目は、言葉を持ち生き死んでゆく人間と、人間以外の生き物、無生物を、ともに変わりゆく、哀しいもの、と感じていて、共感します。やわらかな字形のひらがなを多く使っていることも、やわらかに流れゆく透明感を調べに静かに孕ませています。ただ二つの感じ「変」と「哀」がきらめくように浮き出して響いてきます。
 二首目では、「雪」と「われ」と「子」を等しく感じています。「雪片」を「気まぐれな」と擬人化し、生まれては消えてゆく、まるで私と子のように、と感じています。「われと子のはるかな間」という詩句に、消えてゆくときは、雪のひとひらひとひらのように、別々に、離れて、という死への想念、この歌人の死生観がにじみだしています。
 三首目は、「こども」と、抱く「私」と、「魚ら」を、等しく感じ、心が遊離するように、水槽のガラスの向こうで泳いでいる魚になって、魚の目で、「こども」と「わたし」を見つめ、感じています。「腕のふしぎな屈折」という詩句に人間という生物がこのような肉体で今あることの不思議さをこの歌人が知っていることがわかります。
三首ともに、人間を絶対視して、他の生物、無生物は人間が利用するためだけにあると考える人達に対して、静かに「ちがうよ」と伝えているように感じ、私は共感します。

● 米川千嘉子(よねかわ・ちかこ、1959年・昭和34年千葉県生まれ)。

さやさやとさやさやと揺れやすき少女らを秋の教室に苦しめてをり  『真夏の櫂』1988年・昭和63年
ひるがほいろの胸もつ少女おづおづと心とふおそろしきもの見せに来る
劣等の感情われに突きつけて汗垂れて少年の噴くごとき黙

◎これら三首は、歌人が教師の立場で、教室という特殊な場所で、思春期の生徒たちと過ごした時間に生まれでた詩想を響かせています。教師である自分と教室と生徒を離れた外側から見返して、自問する意識と鋭敏な感受性から生まれた歌だと感じます。
 一首目は、思春期の柔らかな心の少女たちを教室に閉じ込めて知識を詰め込み学力を競わせることを疑問に感じる思いが、それをしている自分への反省として流れています。とても音楽的な歌で、前半部は「さやさやさやさやSaYaSaYaSaYaSaYa」を初めに、子音Sの風のような音と、子音Y音のやわらかさが、「揺れやすき少女YureYaSukiShoJo」まで、思春期の少女の清純さを奏でています。後半部は、強くきつい子音K音が子音S音に加わり、母音イI音の引き締まる音と織り交ぜられ「やすきyasuKI」「秋の教室に苦しめaKInoKyoSHITunI KuruSHIme」と、問いかけの心の緊張感を奏でています。
 二首目は、「ひるがほいろの胸」という詩句に、薄いピンクの花びらが咲く詩想が少女の乳房に重なり美しいです。母音の主調音はOオ音とUウ音の、閉じこもり内に向かう音です。「hirUgaOirOnOmUnemOtU shOjO OzUOzUtO kOkOrOtOfU OsOrOshikimOnO misenikUrU」、これだけ母音が連なると、歌はその母音の音色に染まります。
三首目は、歌われる感情の強さを、音が高めています。母音の主調音はやはり詩想にあったOオ音とUウ音、「劣等 reTTOu」「感情KanJOu」「突きつけてTUKITUKeTe」「汗垂れてaSeTareTe」「噴くごとき黙fUKUGOTOKimOKU」
、強く響く子音T音、K音と濁りのあるJ音、G音が耳に残ります。最後の詩句をKU音で強く断ち切っているので、歌の後に沈黙の無音が浮き出しています。思春期の少年を歌の響きで描き出したような歌です。
三首ともに、少女と少年をよく知り、感じとれる心からこそ生まれた良い歌だと感じます。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

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tag : 坂井修一 川野里子 米川千嘉子 歌人 詩歌 詩人 高畑耕治

新しい詩「四季コーラス、虹のスケッチ」をHP公開しました。

 私の詩のホームページ「愛のうたの絵ほん」に、新しい詩「四季コーラス、虹のスケッチ」を、公開しました。
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   詩「四季コーラス、虹のスケッチ」

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久葉尭。小島ゆかり。歌の花(四二)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

■ 久葉尭(くば・たかし、1955年・昭和30年山口県生まれ)。

生まれ来むはじめての子を待つ日々の心はただに遠浅(とほあさ)なせり  『海上銀河』1987年・昭和62年

◎もうすぐ生まれてくる第一子を待ち望む心象風景を、遠浅の砂浜の海の景色に重ね描きだして、印象的な歌です。

つはつはと牡丹雪降る生れこし吾子の一生(ひとよ)の黎明をふる

◎「つはつはとTUWATUWATO」という詩句表現に不思議な感性を感じますが、わかる気がするのは、この歌人が生涯忘れられない時に、そのように感じて生まれでた言葉だからだと思います。「一生(ひとよ)の黎明」という詩句から、夜明けの景色が心に広がります。最後の詩句「ふる」をひらがなにすることで、一生の始まりという一度しなかい時を祝福するような、雪のやわらかな姿がふんわり見えてくる気がします。

をみなごを産みたる妻が女(をみな)ゆゑ負はむかなしみ淡々(あはあは)と言ふ

◎とても素直な詩想の歌ですが、「をみなごOMINAGO」、「をみなOMINA」という言葉の響きへの感性がこの歌の源にあります。「女の子ONNANOKO」、「女ONNA」、似ているようで違う響きの言葉を使わずに、歌人が選んで使っているからです。「淡々」を「AWAAWA」と響かせるのも心の感性です。「TANTAN」と読ませるとまるで違った感じの歌になります。詩歌の詩句を選びながら詩行を紡いでいくことは、意味・イメージとともに、言葉の音の導きや呼応に耳を澄ませることでもあります。

青空の断片ばかり見ゆるかな都市といふこの大き迷宮
◎都心を歩くとき見上げる空はちぎれつながっていなくて、痛々しく私も感じ、詩にしたこともあり、この歌に共感しました。

● 小島ゆかり(こじま・ゆかり、1956年・昭和31年愛知県生まれ)。

風中に待つとき樹より淋しくて蓑虫(みのむし)にでもなつてしまはう  『水陽炎』1987年・昭和62年

◎素直な口語表現の言葉の風が、情景と心象風景を折り合わせながら、流れてゆくように感じる歌です。

まだ暗き暁まへをあさがほはしづかに紺の泉を展く 
ゆふぞらにみづおとありしそののちの永きしづけさよゆふがほ咲(ひら)く 『水陽炎』以後

◎朝顔と夕顔の、静かな調べの美しい歌。
一首目は「紺の泉を展く」という詩句に鮮やかな、みずみずしいイメージ、花びらのふるえを伝えてくれます。
二首目は、夕顔のひかえめなしとやかなイメージを、ひらがなの、やわらかなかたちと、一音一音の表音をひろってゆくゆるやかな流れの調べで、咲かせています。

ぶだう食む夜の深宇宙ふたり子の四つぶのまなこ瞬きまたたく
抱くこともうなくなりし少女子(をとめご)を日にいくたびか眼差しに抱く  『希望』2000年・平成12年

◎一首目は、ぶどうを食べて喜んでいる二人の子どもの四つの目の輝きを、ぶどうの「四つぶ」、「粒」と木魂させ、「深宇宙」の星の瞬きとも木魂させています。「つぶらな」という瞳を修飾する言葉も、なんとなく聴こえてくるようです。イメージが重なり溶け合い拡がってゆく、童話のような美しい歌です。
 二首目は、子どもの成長を見守る愛情があたたかく伝わってきます。「眼差しに抱く」、愛情の体温を感じる、心に響く詩句です。二首ともにとても好きな歌です。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂
から。

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栗木京子。抒情の水惑星(みづわくせい)。歌の花(四一)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

● 栗木京子(くりき・きょうこ、1954年・昭和29年名古屋市生まれ)。

夜道ゆく君と手と手が触れ合ふたび我は清くも醜くもなる  『水惑星』1987年・昭和59年

◎女性の心模様、性意識の清らかな揺れ動きを感じる歌です。「醜くも」と感じるのは初々しいプラトニックな眼差しだからです。泥にまみれていては泥を醜く感じません。
 「触れ合うたび」と6音として1音字足らずにしていることで、手が触れた瞬間の息が止まる、ためらいの間(ま)が生まれています。「君と手と手がKIMITO TETOTEGA」の律動や、「清くも醜くもKIYOKUMO MINIKUKUMO」の母音オO音ウ音と子音KとMの織りなす調べも美しいと感じます。

観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)

◎女性の恋愛感情が美しく歌い上げられた歌。「回れよ回れMAWAREyoMAWARE」の同音の繰り返しと、漢字の「回」の形そのものが、回る観覧車の大きな姿を想い起こさせます。「観覧車」は詩句そのいものが初恋やデートのイメージと結びついています。「君には一日我には一生」という大きな繰り返しによる変奏も歌に調べの波を生んでいます。「ひとひHITOHI」「ひとよHITOYO」の変奏と意味の対比も心に残る、清純な歌です。

たんぽぽの穂が守りゐる空間の張りつめたるを吹き崩しけり

◎この歌人は清純なものを求め守りたいという願いと、汚し壊したい暴きたいという小悪魔的な心を、歌にします。わたぼうしを歌う前半は、とても繊細な感性で詩句を選んでいます。「吹き崩しけり」という意外性、逆転に、驚きと心の表情の発見がある歌です。

舞ふ雪とその影と地に重なれり子音を追ひて母音降るごと

◎歌人の感性の繊細さがふるえる美しい歌。「雪」と「その影」を感じとる眼差しは素晴らしいと思います。その情景に重ねる比喩「子音を追ひて母音降るごと」はとても美しく、言葉の音楽、調べに敏感な歌人だからこそ、生み出せた音楽だと感じます。雪の降る詩想に言葉の音楽がまじりあい降り注いでくるようです。

叱られて泣きゐし吾子がいつか来て我が円周をしづかになぞる

◎母親ならではのわが子との微妙な距離感と心の交わりをとらえた歌。泣き止んでから無言で母親に手を触れながら周りをまわる子どもの姿が、かわいらしく、詩句にも愛情が沁みていて心に響いてきます。

いのちよりいのち産み継ぎ海原に水惑星(みづわくせい)の博動を聴く

◎誰もの故郷である海、豊かな海をたたえるこの星を、みずみずしく歌っています。歌集タイトルであることから歌人の思い入れの強さも感じとれる「水惑星(みづわくせい)」という詩句はこの星の姿をとらえた美しい造語で、この一言で海の星のイメージを呼び覚まします。「いのち」「産み」「博動」という詩句も互いにこだましあっています。空間と拡がりの大きさのなかに息づく生命を感じさせてくれる美しい歌です。

をり鶴のうなじこきりと折り曲げて風すきとほる窓辺にとばす  『中庭(パテイオ)』1990年・平成2年

◎この歌の命は「こきり」という詩句で、音と表象が一体となって読んだ瞬間に生まれ出ます。とても印象的です。折鶴が好きな人の心に素直な共感を響かせる歌です。

地球儀の底もちあげて極地とふ終(つひ)の処女地を眩しみて見つ

◎この歌の命は「眩しみて見つ」にたたえられています。その詩句の泉からあふれだす響きになにを感じ想うかは、読者の自由です。私には、星と極地への想いの底流に、自らの処女であった年月と経てきた時間への想いが、響いているように聴こえます。

 私はこの歌人の純な抒情の初期の歌が好きです。この後、もう少し斜交いの悪魔的な眼差しで批評性や皮肉の表情をのぞかせる歌も歌っていますが、プラトニックなひかりに眼を向けた横顔の歌が美しいと感じます。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

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武下奈々子。松平盟子。歌の花(四〇)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

● 武下奈々子(たけした・ななこ、1952年・昭和27年香川県生まれ)。

軍艦と烏賊釣り船がさりげなく行き交ひてゐる日本海です  『樹の女』1988年・昭和63年

◎この歌は、冒頭の「軍艦」という詩句のいかめしさと重さ、鈍い黒、戦争・紛争のイメージの波紋と、烏賊釣り船の生活感が交錯し拡がった後、最後に置かれた口語の丁寧語の詩句「です」で、歌の音調、色合いが和らげられ、日頃親しんでいる普段の日本海の風景に一変します。
 そのギャップの大きさそのもので、この歌が問題提起していると感じさせます。軍艦は異質のものという感覚です。政治的なものが心に影をおとし感じ考えるのは、眼を見開き生きていれば自然なことです。伝えずにはいられないなら、歌だからこそ伝えられる姿で響かせるとき、心から心へ感動のふるえを手渡してくれます。
 主義や主張のための言論や、政策論議の論理的な議論は、散文であって、歌とは言葉の質が違います。この切り分けの認識は、詩歌を創るものにとって大切だと私は考えます。

淡く濃く彩りかへてゆくはるの山こゑあげてわれも芽吹きたきものを

◎この歌の特徴は、音数律57577の最後の7音を11音として4音も字余りとしていることです。字余りの分だけ
、音がゆっくり、一音一音長く、終わらず続いて心に残るので、「芽吹きたきものを」という願いの印象が強まって心に響きこだまします。春の山の芽吹くみどりのゆたかさへの共感をとても美しく歌っていると思います。

● 松平盟子(まつだいら・めいこ、1954年・昭和29年愛知県生まれ)。

萩ほろほろうすくれなゐのちりわかれ恋は畢竟(ひつきよう)はがれゆく箔  ◆『シュガー』1989年・平成元年

◎前半と後半の子音H音の息のはかなさが調べの風に浮かんでいるようです。「萩ほろほろHagiHoroHoro」「畢竟はがれゆく箔HikkyoHagareyukuHaku」。「ほろほろ」や「ちりわかれCHIRIWAKARE」などの詩句の印象的な音からも、この歌人が言葉の調べに鋭敏な感性により創作していると感じます。

ロゼ・シャンパンさやさやさやと発砲す生まれる星と死ぬ星の音  『プラチナ・ブルース』1990年・平成2年

◎この歌の詩句も音が美しく響きます。「シャンパンSHANPAN」、SHA音とPA音、二つのN音のリズムで、泡が弾けているように聴こえます。「さやさやさやSAYASAYASAYA」のSA音のYA音、「発砲すHAPPOUsu」のHA音、PO音と変奏されながら離れて音の泡が弾け浮かび上がっています。
 後半も、「生まれる星」と「死ぬ星」の意味の対比とHOSHIの音の繰り返し、「とTO」と「NOOTO」も母音O音の重なりとTOの脚韻が、とても音楽的です。軽やかなピアノ曲のような美しい歌です。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

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塘健。今野寿美。歌の花(三九)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

■ 塘健(つつみ・けん、1951年・昭和26年長野県生まれ)。

青空へひとすぢ奔り去る水のそのかなしみを歌といふべし  『火冠』1983年・昭和58年
水田(すいでん)に薄氷(うすらひ)結ぶその朝(あした)夢のごとくに立てり白鷺
真夜にして胸つき上ぐるもののあり永久(とは)に雪ふる星こそ故郷

◎とても澄みとおるイメージを美しく映し出す歌人です。
 一首目は、歌そのものを感じる、とても美しい歌で好きです。青空へ、ほとばしり消え去る一瞬の水、美しいイメージです。その水の「かなしみ」が歌、共感を覚えます。調べは引き締まる母音イI音を主調音に「ひとすぢHIToSuJI」「奔り去る水HoToBaSIrISarumIZu」「かなしみKanaSImI」「いふべしIuBeSI」、子音もH、T、S、J、B、Z、Kの細く強く息を吐く息が連なり織りなされ、意思を響かせています。
 二首目は、水田にうすく氷の張った寒い朝、たたずむ白鷺の姿を歌う叙景が、「夢のごとくに」という歌人の抒情のまなざしで、心象風景、夢の世界にまで、氷の透明なひかりと白鷺の白をきらめかせながら、美しく沁みひろがっています。
 三首目は、永遠に思いを馳せ、歌を響かせる美しい歌。産み育ててくれた故郷であるこの地球には、永遠に雪、星の光がふりそそぎ続けている、イメージが宇宙の彼方、時間の彼方まで一気に拡がります。
最後の詩句「故郷」に送り仮名をふっていませんので、作者の意図がどうであれ、読者は二通りの読み方を選んでかまいません。「星こそこきょうhOsiKOSO KOKYO」と読むと、母音オO音の連なりと、「こKO」の音の呼応で強い調べになります。「雪ふる星こそふるさと」と読むと「ふるFURU」の繰り返しと音色が優しい調べを生みます。読者の好み、自由に読み作品を自分のものにしてよいと私は思います。どちらかに固執したいなら作者は自らに厳しく送り仮名をつけてから完成とし公開すべきだと思います。

● 今野寿美(こんの・すみ、1952年・昭和27年東京生まれ)。音楽的。

その五月われはみどりの陽の中に母よりこぼれ落ちたるいのち  『花絆』1981年・昭和56年
きみが手の触れしばかりにほどけたる髪のみならずかの夜よりは

◎この歌人は言葉の音楽に鋭敏、調べで詩句を紡いでいますので、耳を澄ませます。
これら二首は、母音オO音が主調音で、落ち着いた穏やかさが調べにあります。
一首目はさらに「のNO」音となってリズムを生み出しています。
「sONOgOgatu warewamidOriNO hiNOnakanI hahayOrikObOre OchitaruiNOchI」。「中にnakanI」と「inochI」は遠くかすかに脚韻しています。
 二首目は、特に次の詩句「髪のみならず かの夜よりは KAMINOMInarazu KANOYOruYOriwa」は、「かKA」、「みMI」、「のNO」、「よYO」が繰り返し顔をのぞかせ歌っているようです。

どうしてもつかめなかつたか風中の白き羽毛のやうなひとこと

◎この歌もイメージはおぼろですが、音を紡いでいます。「どうしてもmO」、「風中nO」「ひとことhiTOkOTO」は脚韻しています。「ひとこと」は母音オO音と「とTO」音の重なるリズムの快さを感じています。
詩句「どうしてもdOUsiteMO」と「羽毛のやうなUMOUNOyOUNa」も、母音はウU音とオO音、子音はM音とN音、ともに穏やかな音の言葉を、心が聴き取り選んでいるようです。

あの夏の言葉よりなほ無防備にさらす咽喉(のみど)にいま触れてみよ  『世紀末の桃』1991年・昭和63年

◎この歌で「咽喉」をあえて「のみど」と読ませているのは、音数を整えつつ、「のみどnOMIdO」と最後の詩句「MIyO」の母音オO音の響きあいに「みMI」音が加わり印象が強まり快いからです。

みどりごはふと生(あ)れ出(い)でてあるときは置きどころなきゆゑ抱きゐたり

◎この歌の調べは、「生(あ)れ出(い)でて」と敢えて読ませ、「生れ出でてAreIdete」、「あるAru」、「なきnAKI」、「抱きdAKI」、「ゐItArI」と、母音アA音とイI音の連なるこだまを響かせています。

その父に餓鬼と呼ばるる子は笑ふからだまるごと大いに笑ふ

◎この歌では、母音ウU音の響きが、「呼ばるるyobaRURU」、「だまるdamaRU」、そして繰り返され脚韻している「笑ふwaraU」で調べの主調音です。「るRU」の音は詩想の子の笑いの明るさを奏で弾むようです。文語の「笑ふ」の読みの音は「WARAU」ですが、文字の「ふ」を読むとき、「ふFU」の音が心には一瞬流れます。文語にしかない不思議な魅力だと私は思います。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

 次回も、美しい歌の花をみつめます。

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tag : 塘健 今野寿美 短歌 歌人 詩歌 詩人 高畑耕治

阿木津英。永井陽子。影山一男。歌の花(三八)。

 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。

 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

● 阿木津英(あきつ・えい、1950年・昭和25年福岡県生まれ)。

ああああと声に出して追い払うさびしさはタイル磨きながらに  ◆『紫木蓮まで・風舌』1980年・昭和55年
柿の木のうちの力が朱に噴きて結びたりけるこずえこずえに  ◆『天の鴉片』1983年・昭和58年

◎一首目は、日常のなかでの心模様を吐露する歌。「さびしさはタイル磨きながらに」「ああああと声に出して追い払う」と置き換えると限りなく散文に近づくことから逆にわかるように、倒置で声そのものを頭において「ああああと声に出して追い払う」強調することで、歌に高めています。
 二首目は、柿の実の言葉による表現として、とても優れていると思います。「うちの力が朱に噴きて」と感受する感性に生れ落ちた美しい歌だと感じます。後半部のひらがなの文字の一音一音の連なりは、柿の実が点々と実を結んでいる姿のようにも私には見えます。

● 永井陽子(ながい・ようこ、2951年・昭和26年愛知県生まれ)。

逝く父をとほくおもへる耳底にさくらながれてながれてやまぬ  『なよたけ拾遺』1978年・昭和53年
うつむきてひとつの愛を告ぐるときそのレモンほどうすい気管支
こなごなの人の魂ほどれんげさうどこにも咲けるふるさとなりき  『樟の木のうた』1983年・昭和58年
ここはアヴィニョンの橋にあらねど♩♩♩曇り日のした百合もて通る  『ふしぎな楽器』1986年・昭和61年

◎感性の繊細さが言葉の音楽にふるえでているような歌です。
 一首目は、不思議な感性ですが、なんとなくわかり、美しく感じます。「さくらながれてながれてやまぬ」をすべてひらがなにしているので、「さくら」のはかなさの音楽がさらさらと澄みきって流れてゆくように感じます。もう一つの感じとり方として「さくら」の歌を心に聴きとってもいいと感じます。
 二首目は、愛を告白するときの胸と息の詰まる思いを、とても美しい詩句で歌います。「レモン」は甘酸っぱさと果汁の透明感を弾けさせ、「うすい気管支uSuIKIKanSI」は、子音Sと子音K、母音イI音が、か細くもれ出る告白の言葉そのもののような音を奏でています。
 三首目も、不思議な感性の歌ですが、「こなごなの人の魂」と同じくらい多い「れんげそう」は、という感じ方と、「こなごなの人の魂」にとってこそ「れんげそう」は、という感じ方、どちらにも受け取れ、その曖昧さの間で揺れながら、読者が好きなように感じとれば良いと思います。「れんげそう」は「どこにも咲けるふるさとなりき」として心に微笑んでくれることに変わりはありません。「れんげそう」「ふるさと」とひらがなにしているのも、詩想の優しさにとてもあっています。
 四首目は、フランス民謡「アヴィニョンの橋の上で」を、音符三つ♩♩♩を並べて、楽しくBGMのように奏でています。私は音符を見ると音楽を想えて好きですので、この歌の感性もいいなと思います。

■ 影山一男(かげやま・かずお、1952年・昭和27年東京都生まれ)。

春の日の空には鳥語地にはわが幼女(をさなをみな)と草花のこゑ  『天の葉脈』1987年・昭和62年以後

◎「鳥語」、「幼女(をさなをみな)」と特異な詩句の感じ方で好みが分かれる気がします。春の明るさが優しく伝わってくるのは、最後の詩句「草花のこゑ」が、鳥と幼女といっしょに、草花もささやき歌っていると伝え、微笑みかけてくれるからだと感じます。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

次回も、美しい歌の花をみつめます。

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