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高畑耕治

Author:高畑耕治
愛のうたの絵ほんは、高畑耕治の詩と詩集の海です。
Profile 高畑耕治 たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪府四條畷市出身、早稲田大学政経学部中退。東京都多摩市在住。
詩集『銀河、ふりしきる』(2016年5月イーフェニックス)
詩集『こころうた こころ絵ほん』(2012年同上)
詩集『さようなら』(1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25)
詩集『愛のうたの絵ほん』(1994年同上)
詩集『愛(かな)』(1993年同上)
詩集『海にゆれる』(1991年土曜美術社)
詩集『死と生の交わり』(1988年批評社)
雑誌「エヴァ」に扉の詩(1996~1997サンマーク出版)を連載。
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赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」(八)生のいとおしさ、厳粛さ

 敬愛する歌人、式子内親王(しょくしないしんのう)の詩魂を、赤羽 淑(あかばね しゅく)ノートルダム清心女子大学名誉教授の二つの論文「式子内親王における詩的空間」と「式子内親王の歌における時間の表現」を通して、感じとってきました。今回が最終回です。

 論文「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた私の詩想を記します。
                                          
◎以下、出典からの引用のまとまりごとに続けて、☆記号の後に私が呼び起こされた詩想を記していきます。
 和歌の後にある作品番号は『式子内親王全歌集』(錦仁編、1982年、桜楓社)のものです。
(和歌の現代仮名遣いでの読みを私が<>で加え、読みやすくするため改行を増やしています)。

◎出典からの引用1
(六の続き)

   ながめつる今日はむかしになりぬとも軒ばの梅は我をわするな  210(新古今・春上 五二)
  <ながめつる きょうはむかしに なりぬとも のきばのうめは われをわするな>

この歌は正治百首のもので、先にあげた

   いまさくら咲きぬと見えてうすぐもり春にかすめる世のけしきかな  210
  <いまさくら さきぬとみえて うすぐもり はるにかすめる よのけしきかな>

と並んでいる。作者の死の前年の作である。「眺めつる今日」が昔になるということは、自分が死んでしまって今のことが過去になってしまうことである。「眺めつる」の「つる」は完了のあとの存続を表わす助動詞で、過去からずっと眺めつづけ、今も眺めているということであろう。「今日はむかしになりぬ」の「ぬ」も完了を表わす。現在をさらに過去化してみようとするのである。

 このような意識の流れにおいて捉えられる心理的時間は、相対的なものであり、有限なものである。「軒ばの梅」はそのような存在である自分よりも命が長い。その梅に「我をわするな」と呼びかけるのである。
 
 作者は梅の木を眺め、梅の木から眺められている自分を感じつづけてきた。梅の木にたえず語りかけ、おのれの心中も明かして来たであろう。いわば共生感をもってともに生きて来た梅の木に自分の死後を託そうとするのである。これも有限な時間からの超出とみてよいだろう。(出典引用1終わり)

☆ともに生きて来た梅の木に
 式子内親王の「ながめつる」の歌は、静かに、けれどとても強く心に響いてきて、忘れられなくなる歌です。それはなぜなのか、赤羽淑は、歌に込められふるえやまない内親王の思いを感じとり、とても丁寧な言葉で伝えてくれます。
 この歌には死への想い、死後への想いが、悲しく染み入っています。赤羽淑の次の言葉は、内親王の告白の声のように聞こえます。

 「眺めつる今日」が昔になるということは、自分が死んでしまって今のことが過去になってしまうこと。
 「軒ばの梅」はそのような存在である自分よりも命が長い。その梅に「我をわするな」と呼びかける。
  共生感をもってともに生きて来た梅の木に自分の死後を託そうとする。

 はるかな死後の永遠が、歌う「今」に流れ込んでいる、限りない悲しみの深さと、自分の短いけれどもかけがえのない生の時間をすぐそばでともに生き、心の会話を続けてきた、梅に、「我をわするな」、「わたしをわすれないで」、とうたいかけるこの言葉の姿にこそ、まぎれもなく、式子内親王の詩魂が込められているからこそ、いつまでも響きやまない、美しく愛(かな)しい歌の花が咲き続けてくれるのだと、私は感じます。

◎出典からの引用2

 このような共生感が根底にあるからこそ、

   今はとてかげをかくさんゆうべにもわれをばおくれ山のはの月  153(玉葉・雑五 二四九三)
  <いまはとて かげをかくさんゆうべにも われをばおくれ やまのはのつき>

と言い切ることができるのである。自分の最後のときもこのようにして自分を見送ってほしいと山の端の月に呼びかけている。

 自分の命の限りあるのに対して月は無限の存在である。その月に自分は今眺められていることを感じているからこのような歌を詠むことができるのではなかろうか。月の永遠性の中におのれのはかない生を同化させようとしたのであろう。永遠の時間をもつ月によって眺められている自己を意識する瞬間に、現実の時間を超出し、未来の時間を先取りすることができたのである。

 過去を潜在させ、未来を予持することのできる「今」は、それゆえ限りなく意味あるものとして眼前に立ち現われる。われわれはこれらの歌から無常感を感じるというより、生のいとおしさ、厳粛さのようなものを感じることができるのではなかろうか。(出典引用2終わり)

☆月の永遠性の中に
 赤羽淑がこの論文の最後に引いた式子内親王の「今はとて」の歌、ここにこれ以上ふさわしい歌はないと、私は思います。赤羽淑のいう、梅との、月との「共生感が根底にあるからこそ」、式子内親王の歌は、心を揺り動かします。

 内親王は生きていた時間ずっと、梅と、月と、ともにいると感じ、話しかけ話しかけられ、生きていました。梅や桜や月と話せる人が詩人です。だれもが無意識に詩心でしている、梅や桜や月との会話を、言葉にすくいあげ歌うのが詩人です。だれもがその歌に共感し心ゆれるのはそのひとの心も同じように話していることに気づくからです。

 「自分の最後のときもこのようにして自分を見送ってほしいと山の端の月に呼びかけ」、歌う内親王の歌は、誰もの心にひそやかに息をしている、悲歌です。内親王が言葉でその詩心を掬いあげふるわせるとき、それは、美しい、強く心をうつ、絶唱にまでたかめられました。

 内親王だからこそ言葉にできた「われをばおくれ山のはの月」という呼びかけは、とても優しく響きます。月のひかりのように。内親王がいつも月と会話していた密やかさで。

 赤羽淑が最後に書き記した言葉は、詩、歌、詩歌が、人間にとって、どのようなものであるのか、文学を愛する心がどのような姿であるのかを、静かに教えてくれます。

  過去を潜在させ、未来を予持することのできる「今」は、それゆえ限りなく意味あるものとして眼前に立ち現われる。われわれはこれらの歌から無常感を感じるというより、生のいとおしさ、厳粛さのようなものを感じることができるのではなかろうか。

 詩歌は、過去も未来も、今このときに響かせることができます。永遠の彼方まで馳せた想いを今ここで生きることができます。
 歌うこと、歌を感じることは、花や月や想うひとを、ともに生きてきた時を深く感じて、愛しつくすことそのものです。
 いのちを、いとおしく、厳粛に、感じて。美しく、愛(かなしく)、ふるわせ。

出典:赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」『古典研究10』1983年。


 次回は、詩想(五)です。


 

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tag : 式子内親王 赤羽淑 和歌 詩歌 詩人 高畑耕治

詩誌『たぶの木』別冊をHP公開しました。

 手作りの詩誌『たぶの木』10号(漉林書房)を、私のホームページ『愛のうたの絵ほん』に3月1日公開しました。
  
   詩誌 『たぶの木』 別冊(詩誌名をクリックしてお読み頂けます。)


 別冊内容
 田川紀久雄『遠ざかる風景』を読む  高畑耕治
 田川紀久雄未発表詩 「明日は晴れるのか」「生と死を越えて」  田川紀久雄

お読み頂けますと嬉しいです。


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tag : 詩人 田川紀久雄 高畑耕治 詩歌 たぶの木

赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」(七)生きられる時間を「今」の瞬間に

 敬愛する歌人、式子内親王(しょくしないしんのう)の詩魂を、赤羽 淑(あかばね しゅく)ノートルダム清心女子大学名誉教授の二つの論文「式子内親王における詩的空間」と「式子内親王の歌における時間の表現」を通して、感じとっています。

今回も前回に続き、論文「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた私の詩想を記します。
                                          
◎以下、出典からの引用のまとまりごとに続けて、☆記号の後に私が呼び起こされた詩想を記していきます。
 和歌の後にある作品番号は『式子内親王全歌集』(錦仁編、1982年、桜楓社)のものです。
(和歌の現代仮名遣いでの読みを私が<>で加え、読みやすくするため改行を増やしています)。

◎出典からの引用1
 六
 年ごとに秋は廻ってくるが、その秋は昔の秋ではない。自分が変ったのだろうか。このような反問は、秋の来るたびにくりかえされたであろう。つぎの三首は、『三百六十番歌合』のもので、作者が四六歳から四八歳ごろに作られたと推定されている。

   ながらへばいかがはすべき秋をへて哀れをそふる月の影かな  403
  <ながらえば いかがはすべき あきをへて あわれをそうる つきのかげかな>

   ながめても思へばかなし秋の月いづれの年の夜半までかみん  404
  <ながめても おもえばかなし あきのつき いずれのとしの よわまでかみん>

   常よりもせめて心のくだくるはわれやは変る秋やことなる  405
  <つめよりも せめてこころの くだくるは われやはかわる あきやことなる>

 長生きすれば秋ごとの月がますます哀れを添えてゆく。このような体験はいつまで続くのだろう。たぶん死によって終りを遂げる日まで眺めることは止めないだろう。ここで取上げられる現在は、過去の思い出によって想いの深まるような現在である。(出典引用1終わり)

☆月がますます哀れを添えて
 式子内親王が四六歳から四八歳ごろに詠んだ、秋、月を主題とした美しい三首。私もその年齢を過ぎた今、その歌にも深く共感する想いを抱かずにいられません。
 赤羽淑が言葉にして教えてくれるように、私もまた生きてきたことで知ることができました。「秋ごとの月がますます哀れを添えてゆく」ということ、「たぶん死によって終りを遂げる日まで眺めることは止めないだろう。」ということ、「過去の思い出によって想いの深まるような現在」があるということ。

 「あはれ」を感じ、「かなし」と感じ、「心のくだくる」想いに生まれでる歌が、詩歌であること、文学であることを、この三首は、ゆりうごされる心に自然に響きだす共感をとおして、感じとらせてくれます。

これらの歌と言葉に、与えられた命の時間を、捨てずに、生きてゆくことで、感じとれるようになる想い、深まる感情は、たしかにあると、私はあらためて教えられ、謙虚な気持ちになることができます。

◎出典からの引用2
定家の歌にも、

   なにとなくすぎこし秋のかずごとにのちみる月のあはれとぞなる  (花月百首 六六一)
  <なにとなく すぎこしあきの あずごとに のちみるつきの あわれとぞなる>

という歌があって、過去が現在に滲透しながら深まってゆく円環的時間意識を詠んだものである。定家の歌はやや観念的であって、現在の視点も曖昧である。

 それに対して式子内親王の歌には、現実の体験的時間を起点にして、生きることができる時間にまで押し広げてみようとするのである。逆な言い方をすれば、生きられる時間を「今」の瞬間に凝集して直観しているのである。(出典引用2終わり)

☆生きることができる時間にまで
 赤羽淑は、藤原定家の全歌集も編んでいる、彼と彼の歌を深く知る人です。『定家の歌一首』というとても美しい本を書かれています。(次のリンクしたエッセイに書いています)。

   藤原定家の象徴詩

その本を通して知った彼の次の一首が私はとても好きです。

    秋の月なかばのそらのなかばにてひかりのうへにひかりそひけり

 ここに引用されている藤原定家の「なにとなく」の歌は、赤羽淑が言うように、私も観念が勝っている(理屈になっている)と感じます。

 対比されている式子内親王の歌、なかでも、「ながめても思へばかなし秋の月いづれの年の夜半までかみん」は、彼女の絶唱だと感じ、私はとても好きです。

 赤羽淑が教えてくれるようにこの歌は、「現実の体験的時間を起点にして、生きることができる時間にまで押し広げてみようと」しています。
「生きられる時間を「今」の瞬間に凝集して直観している」、まさにその通り、死を意識することで、「今」ある生、生きている今の瞬間を、夕陽の逆光を浴びるように、逆照射のなかで、燃やしています。

しずかな、月のひかり、死ぬときまでに会うことのできる月のひかりまで、重ねて、今あるこの歌に、輝かせ響かせています。
美しく愛(かな)しく心に響きつづけてくれる歌です。
 
出典:赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」『古典研究10』1983年。

 次回も、赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた詩想です。

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赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」(六)歌うことによって、世界につながる。

 敬愛する歌人、式子内親王(しょくしないしんのう)の詩魂を、赤羽 淑(あかばね しゅく)ノートルダム清心女子大学名誉教授の二つの論文「式子内親王における詩的空間」と「式子内親王の歌における時間の表現」を通して、感じとっています。

今回も前回に続き、論文「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた私の詩想を記します。
                                          
◎以下、出典からの引用のまとまりごとに続けて、☆記号の後に私が呼び起こされた詩想を記していきます。
 和歌の後にある作品番号は『式子内親王全歌集』(錦仁編、1982年、桜楓社)のものです。
(和歌の現代仮名遣いでの読みを私が<>で加え、読みやすくするため改行を増やしています)。

◎出典からの引用1
 五
 孤独な詩人は想念の世界で人を恋い、その思いを進展させている。それを忘れて、夕べになると人が待たれ、待つ人が来ないことが嘆かれる。そんな自分にふと気づいて

   わすれてはうちなげかるるゆふべかなわれのみしりてすぐる月日を  320(新古今・恋一 一〇三五)
  <わすれては うちなげかるる ゆうべかな われのみしりて すぐるつきひを>

と歌うのである。内的時間の持続と外的進行の時間の跛行(はこう)に気がつくのは夕べの時である。夕べは人を待ち、人の訪れる時刻である。伝統的なこの習慣が作者を現実の意識に引き戻す。そして歌うことによって内と外とのバランスをとるのである。(出典引用1終わり)

☆想念の世界で人を恋い
 式子内親王の恋の歌二首から紡ぎだされた、赤羽淑のこの五章の文章は、とても魅力的で、心に沁みるような想いがします。式子内親王の想いに、感情移入し、その人となって心のうちを告白しているかのようです。

「孤独な詩人は想念の世界で人を恋い、その思いを進展させ」、私もそのような人ですので、そうだと思い、
「それを忘れて、夕べになると人が待たれ、待つ人が来ないことが嘆かれ」、そうだと感じ、「そんな自分にふと気づいて」「歌うのである。」、そうだ、私もまたそのように歌う、と感じます。
 「そして歌うことによって内と外とのバランスをとるのである。」、私もそのように生きています、式子内親王もこのように、歌い、生きたのだと、共感を深めずにはいられません。

◎出典からの引用2
 たそがれの荻の葉風にも人が来たのではないかと驚く。

   たそがれの荻の葉風にこの比のとはぬならひをうちわすれつつ  186
  <たそがれの おぎのはかぜに このごろの とわぬならいを うちわすれつつ>

 心の中で進行している恋のはずであるのにふと忘れて荻の葉風に驚く、この瞬間は内的時間と外的時間が触れ合う時である。歌うことによって詩人は夢想から覚醒して世界につながることができるのである。そうでなければどこまでも想念の淵に沈み、意識の流れに押し流されてゆくであろう。

 たそがれの荻の葉風を聞いて思わず「とはぬならひ」を忘れ、つぎの瞬間に内的時間と外的時間の齟齬(そご)に気がつく。その時、純粋持続の重みを担う過去から解放されるのである。この瞬間に作者は意識の流れから現実に立ち戻り、同時に現実の時間からも抜け出ることができる。(出典引用2終わり)

☆内的時間と外的時間が触れ合う時
 赤羽淑は、式子内親王の、恋の歌、悲しみの想いの美しい歌をとおしてここで、詩歌の本質を捉え、気づかせてくれます。
 想念の世界で人を恋い、心の中で進行している恋、意識の流れ、詩歌はそのような内的時間と、現実時間、外的時間が、触れ合う時に、その異なる時間の交わりに、生まれでます。多くの場合それは、跛行(はこう)、ずれ、食い違い、齟齬(そご)に気がつくことです。

 だからあふれでる想いは悲しみの歌、悲歌です。けれども、人を恋い、愛する内的時間を源としているから、その想いがかなわない、悲しみであってさえ、悲しみであってこそ、愛と悲しみが歌に溶け合ってどこまでもいつまでも響いてゆくことができます。

 そのことを赤羽淑は、つぎのように、美しい言葉の結晶にして手渡してくれます。
 「歌うことによって詩人は夢想から覚醒して世界につながることができる」。
 現実の外的時間に、内的時間、純粋に持続する想念が、たとえ破られたときにさえ、破られることで、歌は生まれる。そのとき、詩人は歌によって、世界につながる。

出典:赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」『古典研究10』1983年。

 次回も、赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた詩想です。


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赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」(五)心は谷に投げはてて

 敬愛する歌人、式子内親王(しょくしないしんのう)の詩魂を、赤羽 淑(あかばね しゅく)ノートルダム清心女子大学名誉教授の二つの論文「式子内親王における詩的空間」と「式子内親王の歌における時間の表現」を通して、感じとっています。
今回も前回に続き、論文「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた私の詩想を記します。
                                          
◎以下、出典からの引用のまとまりごとに続けて、☆記号の後に私が呼び起こされた詩想を記していきます。
 和歌の後にある作品番号は『式子内親王全歌集』(錦仁編、1982年、桜楓社)のものです。
(和歌の現代仮名遣いでの読みを私が<>で加え、読みやすくするため改行を増やしています)。

◎出典からの引用1
(三の続き)
 式子内親王は、「―行く」という表現をしばしば用いる。右の歌(前回引用)のほかに、

   のこり行く有明の月のもるかげにほのぼのおつるはがくれのはな  17
  <のこりゆく ありあけのつきの もるかげに ほのぼのおつる はがくれのはな>

   ながむれば月はたえゆく庭の面にはつかにのこる蛍ばかりぞ  28
  <ながむれば つきはたえゆく にわのもに はつかにのこる ほたるばかりぞ>

   槇のやにしぐれはすぎて行くものをふりもやまぬは木のは成るらん  58
  <まきのやに しぐれはすぎて ゆくものを ふりもやまぬは このはなるらん>

   くれて行く春の名残をながむればかすみのおくに有明の月  118
  <くれてゆく はるのなごりを ながむれば かすみのおくに ありあけのつき>
 
 「のこり行く」「たえゆく」「すぎて行く」「くれて行く」など、動作や作用などが引き続いて進行する意を表わし、これも時間概念を含む表現と言ってよかろう。眺める間も時間はどんどん侵入し、存在を否定なしにあらわにし、どこへともなく過ぎてゆく。その行方を追う視線が止まるものは、ほのぼのと散る葉隠の花であり、わずかに残る蛍である。時間への視線も、空間の場合と同じように、視線を住まわせるささやかな片隅を求めてやまないのである。(四は略)。
(出典引用1終わり)

☆「―ゆく」という表現
 赤羽淑は、式子内親王がしばしば用いた「―行(ゆ)く」という表現を感じとります。「どこへともなく過ぎてゆく。その行方を追う」「時間への視線も、空間の場合と同じように、視線を住まわせるささやかな片隅を求めてやまない。」その片隅は、葉隠れの花、蛍、木の葉、月、かすんだ、あわく、はかなく、繊細な感受性のふるえる、美しい世界です。
 私もひとりの詩人として「~ゆく」という言葉を好みます。ひらがなの「ゆ」の形、曲線の柔らかさが美しいこと、音の響き「YU」もやわらかく繊細なこと、「yUkU」母音Uウ音の重なり、連なりが美しいこと、さらに、進んで「行く」という意味と同時に、死んで「逝く」、消えてゆく、と言う意味が、はかなげくまとわれている、からです。
 式子内親王が、さまざまな言葉につなげ、「のこり行く」「たえゆく」「すぎて行く」「くれて行く」と詠んだときにも、これらのことを感じて使っていたと私は思います。内親王の「―ゆく」には、「どこへともなく過ぎてゆく」、「消えて逝く」という響きが聴こえます。そのように感じるのは私だけでしょうか?

◎出典からの引用2
 また式子内親王は「行くへも知らぬ」を好んで用いる。

   うき雲の風にまかする大空の行くへもしらぬはてぞ悲しき  98
  <うきぐもの かぜにまかする おおぞらの ゆくえもしらぬ はてぞかなしき>

   匂ひをば衣でとめつ梅の花行くへもしらぬ春風の声  108
  <においをば ころもでとめつ うめのはな ゆくえもしらぬ はるかぜのこえ>

   ながめつる遠の雲井もやよいかに行くへもしらぬ五月雨のそら  128
  <ながめつる おちのくもいも やよいかに ゆくえもしらぬ さみだれのそら>

   ながむればわが心さへほどもなく行くへもしらぬ月のかげかな  151
  <ながむれば わがこころさえ ほどもなく ゆくえもしらぬ つきのかげかな>

   しるべせよ跡なき波にこぐ船の行くへもしらぬ八重のしほ風  272(新古今・恋一 一〇七四)
  <しるべせよ あとなきなみに こぐふねの ゆくえもしらぬ やえのしおかぜ>
   
   秋はきぬ行くへもしらぬ歎きかなたのめし事は木のはふりつつ  344(続後撰・恋四 九一七)
  <あきはきぬ ゆくへもしらぬ なげきかな たのめしことは このはふりつつ>

 「行くへもしらぬ」のは、「浮雲」「春風」「五月雨の空」「八重のしほ風」などであり、「歎き」である。大自然の行方は何処へゆくのかわからないが、一方ではその運行に身を任せたいと願う。式子内親王の内向性と外向性の二律背反についてはすでに述べたが、忍ぶ姿と任せる姿の両方がその歌にはみられる。内密性の極限まで凝集してみるが、今度はそれを限りなく解放したいと志向する。過ぎゆくものに身を任せ、どこまでも行かせたいと希求する反面で行方もしれないということに不安と悲しみを感ぜずにはいられない。かの女はまた、

   日にちたび心は谷に投げはててあるにもあらずすぐる我が身は  93
  <ひにちたび こころはたにに なげはてて あるにもあらず すぐるわがみは>

とも歌うのである。(出典引用2終わり)

☆「行くへも知らぬ」
 赤羽淑は続けて、内親王が好んで用いた「行くへも知らぬ」、この言葉が込められた歌を感じとります。内親王が強い愛着を抱いていた言葉、内親王の心、想いを伝え響かせてくれる言葉、と言い換えてよいと思います。それだけに、ここにあげられた歌はどれも、内親王の絶唱、強く心に響く、痛く美しい悲歌です。

 赤羽淑が鋭敏に感じとっている、「過ぎゆくものに身を任せ、どこまでも行かせたいと希求する反面で行方もしれないということに不安と悲しみを感ぜずにはいられない。」、その想いを、さまざま詩想、、「浮雲」「春風」「五月雨の空」「八重のしほ風」「歎き」などに託し歌うことが、内親王が生きること、彼女の生き様だったのだと、心打たれます。

 赤羽淑が感じとった「忍ぶ姿と任せる姿の両方がその歌にはみられる。内密性の極限まで凝集してみるが、今度はそれを限りなく解放したいと志向する」、この矛盾と葛藤の強さからこそ、「日にちたび」の歌の不安と嘆きの谷の深さからこそ、歌が悲しく美しく、あふれだした、ほとばしりでたのだと、私も思います。

出典:赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」『古典研究10』1983年。

 次回も、赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた詩想です。


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赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」(四)過ぎゆくものを

 敬愛する歌人、式子内親王(しょくしないしんのう)の詩魂を、赤羽 淑(あかばね しゅく)ノートルダム清心女子大学名誉教授の二つの論文「式子内親王における詩的空間」と「式子内親王の歌における時間の表現」を通して、感じとっています。
 今回も前回に続き、論文「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた私の詩想を記します。
                                          
◎以下、出典からの引用のまとまりごとに続けて、☆記号の後に私が呼び起こされた詩想を記していきます。
 和歌の後にある作品番号は『式子内親王全歌集』(錦仁編、1982年、桜楓社)のものです。
(和歌の現代仮名遣いでの読みを私が<>で加え、読みやすくするため改行を増やしています)。

◎出典からの引用1
 三
 式子内親王の歌における時間には「今」を視点として眺める主体があることは、その詩的空間の原典に身体があり、身体が住みつく家があったのと同じ原理として考えることができる。眺めながら眺められる存在、閉ざしながら開かれた存在としての身体や家を詩的空間の中心に考えたのであるが、時間の場合には、今、この場所を原点として眺める視線の運動として表現されている。

   とどまらぬ秋をやおくるながむれば庭の木のはの一かたへゆく  55
  <とどまらぬ あきをやおくる ながむれば にわのこのはの ひとかたへゆく>

   さびしさは宿のならひを木のはしく霜のうへにもながめつるかな  59(玉葉・冬 九〇〇)
  <さびしさは やどのならいを このはしく しものうえにも ながめつるかな>

 ここに表現されている視線は一定の方向をもっている。それは秋の行方であり、季節の過ぎゆきである。
 このように時間の経過を現象の中に追う「ながめ」は、新しい視覚である。風によって一方へ散ってゆく木葉の方向は秋を見送る方向であり、木の葉の散り敷いた上に置く霜も時間の経過を示している。季節の運航を時間として捉え、表現したものであろう。

   くれて行く春の名残をながむればかすみのおくに有明の月  118(玉葉・春下 二八六)
  <くれてゆく はるのなごりを ながむれば かすみのおくに ありあけのつき>

   花は散りその色となくながむればむなしき空に春雨ぞ降る  219(新古今・春下 一四九)
  <はなはちり そのいろとなく ながむれば むなしきそらに はるさめぞふる>

 ここにも時間の経過を眺める視線が捉えた空間が表現されている。どこまでも見届けよう、眺めつくそうとする態度は、王朝の「ながめ」が半ばは外に、半ばは内に向けられた中途半端な視覚であったのとは一線を画する。(略)(出典引用1終わり)

☆今、この場所を原点として眺める
 赤羽淑は、式子内親王の四首に詠まれた「ながめ」を感じとります。私は、「式子内親王の歌における時間には「今」を視点として眺める主体がある」、「今、この場所を原点として眺める視線の運動として表現されている。」、このことが、歌に濃やかさと同時に強靭さを生んでいると感じます。

 「今」を強く意識し感じとる態度は、言い換えると、自分が生きている今、生き歌っている今に、集中し、燃え尽くそう、生き尽くそうとする意思の強さだといえるからです。
 時間の経過を現象の中に追う「ながめ」の主体として内親王は、「どこまでも見届けよう、眺めつくそうとする態度」で、意思で、感受性を研ぎ澄まし、より繊細に、より細やかに、感じとり、言葉を選び、美しい歌を生み出せたのだと、私は感じます。

◎出典からの引用2
 式子内親王の歌における視線は、一定の方向を追いながら、過ぎゆくものを見ている。

   いづかたへ雲井のかりのすぎぬらん月はにしにぞかたぶきにける  49
  <いずかたへ くもいのかりの すぎぬらん つきはにしにぞ かたぶきにける>

   かへるかりすぎぬる空に雲消えていかにながめむ春のゆくかた  120
  <かえるかり すぎぬるそらに くもきえて いかにながめん はるのゆくかた>

同時に過ぎゆくものとしての自分自身を直視する。

   春くればこころもとけて淡雪のあはれふり行く身もしらぬかな  4
  <はるくれば こころもとけて あわゆきの あわれふりゆく みもしらぬかな>

と、歌いながら、その視線は自分の上にも過ぎてゆく時間を眺めている。(出典引用2終わり)

☆過ぎてゆく時間を眺め
「今」を生きることに鋭敏な主体は、その今が、刻々と、過ぎゆく時であることを、いつの瞬間にも、感じずにはいられません。
 赤羽淑がここで捉えるとおり、内親王は「歌いながら、その視線は自分の上にも過ぎてゆく時間を眺め」ています。こころをひりひりとさせながら。どのような情景をみても、直接言葉にしなくても、歌を詠みながら、
「自分の上にも過ぎてゆく時間を」感じずにいられません。
 だからこそ、「過ぎゆくものとしての自分自身を直視する。」とき、その歌は、絶唱です。強く心を捉えられます。
 「春くれば」の歌は、あわゆきのようにすきとおるこころのかなしみが、美しいしらべになり流れすぎてゆく、いのちの清流のよう、私のとても好きな一首です。

出典:赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」『古典研究10』1983年。

 次回も、赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた詩想です。


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tag : 赤羽淑 式子内親王 和歌 詩歌 詩人 高畑耕治

新しい3篇の詩「訪れ」「海」「卒業の日に」をHP公開しました。

 私の詩のホームページ「愛のうたの絵ほん」の「野の花・ちいさなうた」に
新しい3篇の詩の花を公開しました。
                              (クリックでお読み頂けます)

 「訪れ」

 「海」

 「卒業の日に」


ちいさなうたの花です。
お読み頂けましたら、とても嬉しく思います。



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tag : 詩人 高畑耕治 詩歌

赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」(三)全身的な感性を視覚に

 敬愛する歌人、式子内親王(しょくしないしんのう)の詩魂を、赤羽 淑(あかばね しゅく)ノートルダム清心女子大学名誉教授の二つの論文「式子内親王における詩的空間」と「式子内親王の歌における時間の表現」を通して、感じとっています。
今回も前回に続き、論文「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた私の詩想を記します。
                                          
◎以下、出典からの引用のまとまりごとに続けて、☆記号の後に私が呼び起こされた詩想を記していきます。和歌の後にある作品番号は『式子内親王全歌集』(錦仁編、1982年、桜楓社)のものです。
(和歌の現代仮名遣いでの読みを私が<>で加え、読みやすくするため改行を増やしています)。

◎出典からの引用1
 二
   見るままに冬は来にけり鴨のゐる入江の汀うすごほりつつ  259
  <みるままに ふゆはきにけり かものいる いりえのなぎさ うすごおりつつ>

 これも「いま桜咲きぬと見えて」と同じ正治百首中の一首であるが、「見るままに冬は来にけり」という冬の到来を告げる上二句の表現にスピード感があり、「鴨のゐる入江の汀うすごほりつつ」という自然現象の変化を表わす下句は、冬の到来の具象化となっている。ここでも作者の目は高速度撮影のレンズのように対象の動きと変化を適確に捉えている。「見るままに」は、「見ているうちに」という主体の行為の継続を表わすと同時に、対象が「見る見る」変化する速度感覚も表わしている。末句の「うすごほりつつ」はそれを受けて見るまに薄氷が張ってゆく情景である。(略)

 この歌について諸注が参考歌としてあげているのが、『源氏物語』若菜上の「身にちかく秋やきぬらんみるままに青葉の山もうつろひにけり」である。これは紫上が女三宮の降嫁によってわが身の秋を感ずるという不安を詠じたものである。式子内親王の歌はこれに比較しても、視覚に即した時間意識になっている。存在の根底から影響を受けずにはおれない冷たく閉ざされた冬の到来を「入江の汀うすごほりつつ」とつき離したように表現している。対象との間に一定の距離を保っている。しかし、入江の汀に薄氷が張る現象を伴って、眺める存在としてのかの女の世界へ冬は否応なしに押寄せ、侵入して来る。(略)
 時間的な視覚が「見るままに」であり、(略)式子のものには全身的な感性を視覚に凝集したような緊張感と集中力を読み取ることができる。(出典引用1終わり)

☆視覚に即した時間意識
 赤羽淑はここで、歌う作者の「視覚」「まなざし」の動きを捉えることで、式子内親王の「時間意識」を探り、捉えています。私も式子内親王の「全身的な感性を視覚に凝集したような緊張感と集中力を読み取ることができる。」、その通りだと感じます。
「自然現象の変化を表わす下句は、冬の到来の具象化」ですが、この歌が叙景歌にとどまらずに、冬の心象風景にまで高められて感じられるのは、「対象との間に一定の距離を保っている」ことで、「冬の到来を告げる上二句の表現」へと逆流、遡行するような、冬の張り詰めた空気のような、緊張感に包まれるからだと感じます。

◎出典からの引用2
 「見るままに」と同じようなスピード感のある表現に、「ながむるままに」と「みるほどもなく」があげられる。
   久かたの空行く月に雲消えてながむるままにつもるしらゆき  150
  <ひさかたの そらゆくつきに くもきえて ながむるままに つもるしらゆき>

   夏の夜はやがてかたぶく三日月のみるほどもなくあくる山の端  30
  <なつのよは やがてかたぶく みかづきの みるほどもなく あくるやまのは>

 二首ともに、音韻の上からも速いテンポをもって、どんどん積る白雪やあっという間に明ける夏の夜を視覚によって捉えている。「夏の夜はやがてかたぶく」の「やがて」は、ある状態がそのままでつぎの状態に移ることで、時間的な移行が圧縮されて、瞬間からほとんど同時を表わすようになる。

   郭公なきつる雲をかたみにてやがてながむる有明のそら  224(玉葉・夏 三三二)
  <ほととぎす なきつるくもを かたみにて やがてながむる ありあけのそら>

郭公が鳴いた雲を見上げたが郭公はたちまち鳴き過ぎてそのまま有明の月を眺めたというのである。
(出典引用2終わり)

☆スピード感のある表現
 赤羽淑は「スピード感のある表現」を、「ながむるままに」と「みるほどもなく」と「やがて」の詩句を通して感じとっています。三十一文字の和歌、そのほかの短詩形文学は、短ければ短いほど、詩句の重みがまします。
 詩句が詩そのものとなってゆきます。散文の冗長性、言い換えの可能性の広さとは正反対です。
 優れた短詩形の詩歌は、詩句ひとつを選び取ることに「全身的な感性を凝集」させ「緊張感と集中力」で向きあうことから初めて生まれてくるのだと私は思います。

出典:赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」『古典研究10』1983年。

 次回も、赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた詩想です。


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赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」(二)時間と空間が織りなす模様

 敬愛する歌人、式子内親王(しょくしないしんのう)の詩魂を、赤羽 淑(あかばね しゅく)ノートルダム清心女子大学名誉教授の二つの論文「式子内親王における詩的空間」と「式子内親王の歌における時間の表現」を通して、感じとっています。

論文「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた私の詩想を記します。
                                          
◎以下、出典からの引用のまとまりごとに続けて、☆記号の後に私が呼び起こされた詩想を記していきます。
 和歌の後にある作品番号は『式子内親王全歌集』(錦仁編、1982年、桜楓社)のものです。
(和歌の現代仮名遣いでの読みを私が<>で加え、読みやすくするため改行を増やしています)。

◎出典からの引用1
 なお、「むなしき空」が霞や花に先立つものとして詠まれた歌に、

   かすみとも花ともいはじ春の色むなしき空に先づしるきかな  101
  <かすみとも はなともいわじ はるのいろ むなしきそらに まずしるきかな>

をあげることができる。「まだない空間」と、「もうない空間」を指示する「むなしき空」には、時間の経過を眺める視覚が感じられる。(略)(出典引用1終わり)

☆まだない空間
 赤羽淑はここで、式子内親王がひとつの詩句「むなしき空」で、先ほどの歌の「もうない空間」だけでなく、この歌のように「まだない空間」をも歌っていて、過去を今に、未来を今に、呼び込み孕みこみ溶かし込んでいることを教えてくれます。詩歌は、まだない未来、これから訪れる「霞や花」「春の色」をも、予感し、体感し、幻視し、思い描き、詩歌の「今」に孕み歌うことができると。

◎出典からの引用2
 刻々に移り変わってゆく時間と空間が織りなす模様を「むなしき空」に追いつづけ、その中にその時々のもの思いを移入して眺めてきたのである。

   はかなくてすぎにしかたをかぞふれば花に物思ふ春ぞへにける  12(新古今・春下 一〇一)
  <はかなくて すぎにしかたを かぞうれば はなにものおもう はるぞへにける>

と歌う時、これということもなく過ぎてしまった過去の「むなしい空」に浮ぶのは、あの年この年の花であり、あの思いもこの思いも花を介するものばかりである。作者は、花への思い出を数えることで、その時々の自己と対話し、花と共に生きて来た自己の実存をそこに見出すのである。はかない過去ではあるが花への思いで満ちた
時間であることが、「はかなくて」「はな」「はる」という「は」の音の反復によってもイメージ化される。(出典引用2終わり)

☆音の反復によるイメージ化
 赤羽淑はここで、彼女自身の「もの思いを移入して眺め」、式子内親王と交感し、内親王の心で眺め語っているように感じます。「はかない過去ではあるが花への思いで満ちた時間」、この言葉には、「花と共に生きて来た自己の実存」、慈しみ、愛する心が沁みとおって感じられます。

 詩歌は言葉の芸術、言葉の音楽、調べであることを理解し感受する彼女は、「は」音の押韻を、内親王がえらびかんじとり歌っていることを伝えてくれます。
 子音H音の息のかすれる音ほど、はかなさを感じる音はありません。意味、イメージと、音が、ふさわしく溶け合うとき詩歌はもっとも美しい花を咲かせると、私も思います。
 くわえて、この歌の抑揚の美しさを生み出しているのは、母音の変化です。「はHA」音を主音として、「かKA」音、「なNA」音、「たTA」音、「ばA」音、明るくのびやかな母音A音が波頭となり、他の母音i、u、e、o音の中間音、低音の沈む波間と、つぎのように美しく波うっています。

HAKANAkute suginisiKATAwo KAzoureBA HANAnimonoomou HAruzohenikeru
はかな(くて  すぎにし)かた(を) か(ぞうれ)ば はな(にものおもう) は(るぞへにける)

他の個性的な、K音やT音やS音、N音やM音も、美しく織り交ぜられ響いています。
 私のとても好きな一首です。

出典:赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」『古典研究10』1983年。

 次回も、赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた詩想です。


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赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」(一)この刹那に世界がはじけ

 敬愛する歌人、式子内親王(しょくしないしんのう)の詩魂を、赤羽 淑(あかばね しゅく)ノートルダム清心女子大学名誉教授の二つの論文「式子内親王における詩的空間」と「式子内親王の歌における時間の表現」を通して、感じとっています。

今回からは、論文「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた私の詩想を記します。
                                          
◎以下、出典からの引用のまとまりごとに続けて、☆記号の後に私が呼び起こされた詩想を記していきます。
 和歌の後にある作品番号は『式子内親王全歌集』(錦仁編、1982年、桜楓社)のものです。
(和歌の現代仮名遣いでの読みを私が<>で加え、読みやすくするため改行を増やしています)。

◎出典からの引用1
 一
 ある場所に動かずにじっとしている時、人は空間よりも時間を意識する。式子内親王の歌から浮かびあがる作者像は、あたかも固定したカメラのレンズのように、目の前を運動してゆく自然を眺め、四季の移り変わりを追う人である。この作者は、つねに「今」を視点として周囲の動きを捉える。

   いまさくら咲きぬと見えてうすぐもり春にかすめる世のけしきかな  210(新古今・春上 八三)
  <いまさくら さきぬとみえて うすぐもり はるにかすめる よのけしきかな>

 新古今時代において、これほど尖鋭に「今」を意識した歌人があったであろうか。この歌における「今」とは桜が咲いたと直覚した瞬間である。時満ちて、この刹那に世界がはじけ、うす曇りの中に春の色が広がり、春の匂いが満ちてゆく。すぐ前ともすぐ後とも違う微妙な一瞬である。「いま咲きぬ」の「ぬ」は、現在において自然推移的な状態が確実に実現したことを表わしており、「見えて」はそれが視覚的に受像されたことを示している。しかし、それに先立って「世のけしき」が変ったことを気分として身体が感じとり、それを目でもって確認しようとしたのではなかろうか。(略)
 この歌の場合、「うす曇り春にかすめる」の「うす曇り」も花の予感を孕んで「春にかすめる」に先行する。両者は同時現象ではなく、その間に微妙な時の経過を表わしている。(略)

 「いま桜」という言葉が生々とした印象を与えるのは、そこに桜が咲いた今を直感する作者の鋭い時間意識が働いているからであろう。それはしかし、いつも眺めつづけ、待ちつづけて来た目だけが捉えることのできる瞬間であって、この意味では作者の主体的なあり方と密接に結びついた「今」である。桜の開花を告げる自然的時間と内面的持続の時間が合致した瞬間、どんより曇った世界がいっせいに気化して春の色に霞み渡ると同時に、過去の流れを引きずった現在の重い時間からも解放される。「うす曇り」と「春にかすめる」は心理的にも同次元ではない。この瞬間に心は広々と限りなく広がってゆく。(略)(出典引用1終わり)

☆この刹那に世界がはじけ
 赤羽淑がみずみずしい感受性で内親王の歌の清流を手のひらですくいあげたような、とても美しい文章が心に沁みとおります。
「この歌における「今」とは桜が咲いたと直覚した瞬間である。時満ちて、この刹那に世界がはじけ、うす曇りの中に春の色が広がり、春の匂いが満ちてゆく。すぐ前ともすぐ後とも違う微妙な一瞬である。」
 詩歌は、瞬間、刹那、一瞬を、とらえ、読みとるたびに、蘇らせ、息づかせ、咲かせてくれます。この歌を詠むたびに、その瞬間、桜が、心に、花開き、染めあげてくれます。
 次の認識も心にとても新鮮です。
 「桜が咲いた今を直感する作者の鋭い時間意識」は、「いつも眺めつづけ、待ちつづけて来た目だけが捉えることのできる瞬間」、「作者の主体的なあり方と密接に結びついた「今」である。」
「桜の開花を告げる自然的時間と内面的持続の時間が合致した瞬間」
この瞬間を感じとることには、静かだけれども確かな感動であり、生きていることを感じること、それが詩歌のゆたかさ、美しさ、喜びだと、私は思います。

◎出典からの引用2

   花は散りその色となくながむればむなしき空に春雨ぞ降る  219(新古今・春下 一四九)
  <はなはちり そのいろとなく ながむれば むなしきそらに はるさめぞふる>

 この歌は過ぎ去ったあとの時間を表現している。(略)花が散ったあとの「むなしき空」には花の残像が残っており、そのイメージと現実に降っている春雨の印象とが交り合った空間を想像させる。(略)「むなしき空」は花が散ってしまったあとの空の意で、たんなる虚空ではない。(略)式子内親王の歌は眼前を捉えている(略)。
式子内親王の歌は、大体において、現実の「今」を核として結晶するものが多く、そこから地味でしかも実感に裏づけられた歌風が生じてくる。(出典引用2終わり)

☆花の残像
 赤羽淑がこの歌から感受する詩の時空はとても美しく、「花が散ったあとの「むなしき空」には花の残像が残っており、そのイメージと現実に降っている春雨の印象とが交り合った空間を想像させる。」、花の残像のイメ-ジと降りかかる春雨の印象の交り合い、過去と現在の交錯、とても美しい情景が目の前に溶けだします。詩は時空を孕んでいると、伝えてくれます。
 続く認識にも私は深く共感します。内親王の歌は、「現実の「今」を核として結晶する」、「地味でしかも実感に裏づけられた歌風」。
 私が詩歌を創作するとき、その核に現実の「今」の結晶、「今」の感動だけを、歌の種とします。それこそが、歌のいのちだと思っています。「実感」という言葉のもつ、「日常性につながる」という弱い意味合いではなく、「確かに感じた、強く心、感受性に刻まれた」という意味合いの「実感」は歌の種です。それがない歌には生命力、魂が欠けています。内親王の歌には、その強く確かな「今」があり、そこを起点に、過去にも、未来にも、ゆたかに時間を孕む詩の世界が紡ぎ出されていると、私も感じます。

出典:赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」『古典研究10』1983年。

 次回も、赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた詩想です。


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tag : 赤羽淑 式子内親王 和歌 詩歌 詩人 高畑耕治

新しい五りんの「野の花・ちいさなうた」をHPに咲かせました。

 私の詩のホームページ「愛のうたの絵ほん」の「野の花・ちいさなうた」に
新しい五りんの詩の花を公開しました。
                              (クリックでお読み頂けます)

 「ゆうぐれむらさき」

 「悲歌」

 「こころふんすい」

 「星のあなた」

 「海のあなた」


ちいさなうたの花です。
お読み頂けましたら、とても嬉しく思います。



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tag : 詩人 高畑耕治 詩歌 うた こころ絵ほん 野の花 ちいさなうた

田川紀久雄詩集『遠ざかる風景』(五)他者の痛みを忘れて

 詩人・田川紀久雄が今年2月20日に上梓した詩集『遠ざかる風景』から、私の心にとくに響いた詩作品、詩句をとりあげ、呼び覚まされた私の詩想を記しています。主題ごとに、全5回です。

 最終回の今回に感じとる作品は、詩「黙っていることによって(抄)」と詩「足音が聴こえてきませんか(抄)」です。詩集からの引用を感じとりながらその前後に、☆印をつけ私の詩想を織り込んでいきます。

☆ 今回の2篇の主題は、現在の社会状況、世相です。同時にそれは、歴史認識のあり方にも繋がります。田川紀久雄の詩を読んだうえで、私が感じ想うことを記します。


 黙っていることによって
田川紀久雄

(略)

大陸からの引き上げの苦労話を聴くが
大陸で何をしてきたかは口をつむぐ
自分たちの苦労より
日本人によって苦しめられた人たちがいたことを
大陸での残虐な行為の記憶は
死ぬまで消え去ることがない

個人はみんないい人だ
なんて言われても
そう簡単には信じられない

つねに普段から権力と闘っていないと
自分だけが被害者面(づら)をしてしまう
人間というのものは哀しい生き物だ
他者の痛みを忘れてしまう
加害者は自分であることを忘れて・・・・・・
           (二〇一三年三月十九日)

☆ 田川紀久雄は真っ正直な人間なので詩の言葉も、とてもまっすぐです。言わずにはいられない、書かずにはいられない思い、考えを書き、伝えようとします。
 現在の社会風潮、世相は、民意、投票者の考え方の多様性を上手く掬い上げることができない選挙制度の歪みのままに少数の為政者が、少数の好み、偏狭な歴史観を、恐ろしいほど独断的に、あたかも国民の総意であるかのように、ごまかし、押しつけようとしています。多くの主権者の意思を、無視して、声を聞き流して。

 近隣の国に生きる人たちと、対話すら行えなくして、敵対し、好戦的態度で誇らしげに威嚇する者は、知性ある人間の品位を貶める者でしかありません。愚かで、情けなく、獣レベルです。

 1920年代の終わりから1945年8月15日の無条件降伏、敗戦日まで、日本の軍隊は、朝鮮半島、満州、東南アジア、南太平洋の島々を、武力軍隊で制圧し、戦闘を引き起こし、侵略し、多くの人間を、老若男女、幼児、赤子までも殺害し、女性を辱め、強制連行をし、強制労働をさせ、生活を壊し、願いを壊しました。まともな人間なら、まず恥じるべきことです。被害者の声に耳を傾け、加害者であったことについて詫びること、大切な人を奪われ殺害された人、強制命令、連行で、意思と生活の自由を奪われ壊された人が、心情的に加害者を決して許すことができなくても、謝るのが、まともな人間だと、私は思います。

 開き直り、加害者であったことを虚偽であるかのようにごまかし、嫌い、威嚇までしている今の為政者と取り巻きに、私は人間性を感じることができません。
 絶対的な正しさなどないのに、あるかのように偽り、ルールを曲げやぶり押し付け、他の考えを排斥することほど、民主的な社会に有害なことはありません。

 私は、芸術、美しいもの、優しいもの、自発的であり自由であろうとするもの、が好きです。人間性が昇華した結晶だからです。金と力を奪うこと、欲望を満たすために命令と従属を好む集団で行政を排他的に歪ませることに血眼な政治屋、為政者を、厭います。
 「黙っていることによって」、この社会は再び、獣の目で監視しあう悲惨でおぞましい奴隷社会に陥りそうな危うさにあります。そのなかで一市民、生活者としての、意思を示すことが必要だと考えています。


 足音が聴こえてきませんか
田川紀久雄


戦争の足音が微かに聴こえてくる
その顔は平和を装ってやってくる

戦争はいつも国会議事堂の入口に黙って佇んでいる
狼少年のように
敵が攻めてくるぞと
国民を守れと

戦争をして得をするのは誰だ
誰も得をするものなぞいない
それなのに
いつも世も戦争をしたがる奴がいる

人のいのちは一銭五厘の値打ちしかないのか
赤紙一枚の葉書で
多くの国民のいのちが奪われていった
これもお国のためです

銃を担がされて
他国の人民を苦しめて
何がお国の為になったのか
内地では空襲に襲われているのに
勝マデハ負ケラレマセン

死ぬのは嫌です
人を殺すのはなお嫌なことです
(略)

ある詩人が東京空襲の光景を見て
美しいでしたね
といった話を聞いた
そこに必死になって逃げ惑っている人たちがいたことを
一瞬でも考えなかったのか
泣き叫ぶ子供達
爆弾で吹き飛んだ亡骸
そこはまさに地獄そのもの

それでも軍は敗戦を拒み続けた
ヒロシマ
ナガサキ
原爆投下

戦争で何を日本は得たのだろう
いやそれ以上に侵略した国民の苦しみを考えるだけでも

平和ボケにでもなったのか
戦争を知らない世代の国会議員が
まるでマンガを見るかのように
このままの日本で良いのだろうかと
憲法改正を目指している

戦争の足音が微かに聴こえてくる
その顔は平和を装ってやってくる
             (二〇一三年四月二十一日)

☆ 田川紀久雄がここに記した「死ぬのは嫌です / 人を殺すのはなお嫌なことです」、この言葉を私も言い続けたいと思います。
 私の祖父も「赤紙一枚」で召集され、お国のために、殺されました。
 戦前の大日本帝国憲法は有権者を資産家に狭く限定し、女性は参政権すら与えられていませんでした。今ある憲法が、ひとりひとりの人権をなによりもまず守ってきたことを忘れてはいけません。

 お国のために、死んだ若者を、美化する小説、映画がはやりましたが、私はそこに、感受性の枯渇を感じてしまいます。殺された事実をごまかしていること、そして戦わされた相手、人間がいて、相手も傷つき苦しみ痛みの中で殺されていること。こちらだけではなく、ともに生きる者がいることに、気付けるのが、人間ではないでしょうか。

 爆撃も同じです。どちらが、どちらに対して行った場合にも、
「そこに必死になって逃げ惑っている人たちがいたことを / 一瞬でも考えなかったのか」
 考えずに命じるのが政治屋、考えるのを禁じられ無理強いされるのが軍隊、考えるのが人間だと私は思います。

 5回に分けて読み感じとり、書いてきたとおり、田川紀久雄詩集『遠ざかる風景』は、人間らしく生きたいと
いう願いのままの言葉の結晶であることで、人間の心、人間であることを、人間らしくあれる社会を、問いかけ、追い求めてやみません。人間らしく愚直にまっすぐいのちをみつめ生きようとする、そうせずにはいられない、真率な願いの強さこそが、この詩集のなによりの輝きだと、私は思います。

◎出典:田川紀久雄詩集『遠ざかる風景』(2014年2月20日発行、漉林書房)

 次回からは、赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた詩想を綴ってゆきます。

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田川紀久雄詩集『遠ざかる風景』(四)フクシマ原発事故で置き去りに

 詩人・田川紀久雄が今年2月20日に上梓した詩集『遠ざかる風景』から、私の心にとくに響いた詩作品、詩句をとりあげ、呼び覚まされた私の詩想を記しています。主題ごとに、全5回です。

 4回目の今回に感じとる作品は、詩「人間の哀しみよりも」と詩「埋没されていく記憶(抄)」です。
 詩集からの引用を感じとりながらその前後に☆印をつけ私の詩想を織り込んでいきます。

☆ 今回みつめる詩2篇も、昨年2013年3月に書かれています。ともに、東日本大震災、そして福島原発事故が引き起こし、引き起こし続けている、引き起こし続ける、企業と為政者による人災を主題にしています。


 人間の哀しみよりも
           田川紀久雄


どんな苦しみにも
どんな哀しみにも
耐え抜く力は誰でもが持っている
ただそこには
寄り添うものがいてのことと但し書きがある
人の心はかよわいものだ
誰かが差し伸べてくれる手を待っている
神さまや
仏さまが
ほんのちょっとの間は手助けしてくれるかもしれない
どんな宗教でもないよりはましだ
信じる事の中で
人はより強く生きられる
異教徒であっても否定してはならない
信仰心を持つ人の方が
困難と立ち向かう心を持っている
私はどんな人とも朋(とも)になりたいから
私だけの神様を持っている

山を見れば山に掌を合す
大樹を見ればその樹木に掌を合す
大海を見れば大海に掌を合す
太陽が昇れば合掌する
なんにでも心が打たれれば祈らずにはいられない
心の優しい人に出会えば微笑みを浮かべてしまう
いつどうなるかが誰にも解からない
だから今日一日を生きていられることに祈りを捧げてしまう
人とは諍いをしたくはない
犬も猫も神様に思えてしまうこともある
いつも心は穏やかでいたい

フクシマ原発事故で置き去りにされた動物をみると
人間の勝手さに怒りが湧き上がる
動物たちの眼はあまりにも哀しみに満ちている
そんな人間に神様が留まるはずがない
人間とともに生きられる動物たち
人間などこの世から消えてもいいと思ってしまう
といっても
生きているいのちを粗末にはできない
どんな罪人であってもいのちは掛け替えのないもの
懺悔した所で救われないかも知れないが
この世に生きることで償っていくしかない

自己を捨てて
苦しみ悩んでいる生き物の傍に寄り添うことが
生きることへの恩返しになる
救われぬいのちでも
いのちが救いを求めている
内なる心から
ひかりが射してくるのを感じることだ
             (二〇一三年三月十二日)

☆ 田川紀久雄は、猫好き、動物好きです。私も動物好きですが、「犬も猫も神様に思えてしまうこともある」というような言葉が自然にあふれだしてくるのは、すごいなと感じます。闘病で、毎日毎日、ひりひりと、いのちをみつめ感じている詩人だからこその言葉だと思います。

 次の感情が込められた詩句に、共感される方はおおくいらっしゃると、私は思います。
「フクシマ原発事故で置き去りにされた動物をみると / 人間の勝手さに怒りが湧き上がる」

 次のような激しい詩句にも、「人間などこの世から消えてもいいと思ってしまう」。けれどもこの言葉に続けて彼が、「といっても / 生きているいのちを粗末にはできない」と書くことに、闘病のなかで死を見据えるひとだからこそと思える、人間性のおおきな、抱擁力のようなものを感じずにはいられません。

 同じことを、次の一連の詩句にも感じます。
「どんな宗教でもないよりはましだ / 信じる事の中で / 人はより強く生きられる / 異教徒であっても否定してはならない / 信仰心を持つ人の方が / 困難と立ち向かう心を持っている / 私はどんな人とも朋(とも)になりたいから / 私だけの神様を持っている」

 死を前にして、いのちを凝視せざるを得ないまなざしにとって、諍いは、そのひかりを覆い隠し、貶める、虚しい行いでしかありません。



 埋没されていく記憶
           田川紀久雄


空は澄み渡っているのに
眼には視えない放射能が
風に乗って運ばれてくる
子供達の遊ぶ姿が何処にもない

神々が住んでいた山や川や海から
小さな生き物たちが姿を消していく
鳥たちの囀りも聴こえない
田畑も放置されたまま

誰も通らない桜並木
それでも今年も桜は咲いた
家族連れで歩いた桜並木
いまは人影がない
風が桜の花を空に舞いあげているだけ

思い出のアルバムも
あの津波で流された
過去の記憶はこの地上からは消え去ってしまった
あの世とこの世が
瓦礫の間を走る一本の道路で繋がれている
希望という言葉は
この荒れ果てた大地からはほど遠い
仮設住宅で人が亡くなって行く
(略)

空は澄み渡っているのに
何も変わらないこの現実に
哀しみの涙ももう出て来ない
フクシマの村に本当に帰郷ができるのだろうか
福島原発では相変わらず予期しない事故が起きている
四十年後にはどうなっているのかさえ解からない
子供達の遊ぶ楽しそうな聲がいつ聴けるのだろう
一日一日と遠ざかる原発事故の記憶が・・・・・・
           (二〇一三年三月二十一日)

☆ あの日から二年たち、三年たつのに、「福島原発では相変わらず予期しない事故が起きている」ことに、
詩人の心は、痛みを感じ続けています。とても悲しい詩句が涙となってこぼれます。

「思い出のアルバムも / あの津波で流された / 過去の記憶はこの地上からは消え去ってしまった」
「希望という言葉は / この荒れ果てた大地からはほど遠い / 仮設住宅で人が亡くなって行く」
「空は澄み渡っているのに / 何も変わらないこの現実に / 哀しみの涙ももう出て来ない」

 苦しみから、悲しみから、こぼれおちた涙であっても、ひかりをやどしていて、美しいということ、汚れがちな人のこころをあらいぬぐってくれること、涙の詩句を流し続け、伝えようとすることが、詩人の生き様だと、私は教えられます。

◎出典:田川紀久雄詩集『遠ざかる風景』(2014年2月20日発行、漉林書房)

次回も、田川紀久雄の詩、戦争へのまなざしを感じとります。


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田川紀久雄詩集『遠ざかる風景』(三)哀しい時は泣くしかない

 詩人・田川紀久雄が今年2月20日に上梓した詩集『遠ざかる風景』から、私の心にとくに響いた詩作品、詩句をとりあげ、呼び覚まされた私の詩想を記しています。主題ごとに、全5回です。

 3回目の今回に感じとる作品は、詩「旅人の夢(抄)」と詩「つらい心はいのちのいのり(抄)」です。
 詩集からの引用を感じとりながらその前後に☆印をつけ私の詩想を織り込んでいきます。

☆ 詩集『遠ざかる風景』には地下深く流れる水音のように、鎮魂の響きが沁みわたっています。田川紀久雄は本質的に「哀しみ」の人、詩人だと私は感じます。末期癌の宣告を受けてなお、闘病しながら詩に生きようとし続けているいま、「哀しみ」は泉のように地に溢れだし、どの詩にもよどみなく流れ出しています。
 今回の2篇は、彼の哀しみが、鎮魂歌、いのりとなり、美しく心に響きます。どうか、亡くなられた方々へ届きますように。

 旅人の夢
        田川紀久雄


哀しみがいのちを育ててくれる
でも哀しみがまたいのちを滅ぼしてしまう
愛しい人の死は人生の中でもっとも哀しい
一人になった者は旅人となって
暗闇の世界を彷徨(さまよ)うしかない
はたして哀しみを癒してくれるものと出遭えるのだろうか
(略)

多くの哀しみがぼくを成長させてくれた
どのような人間になっていけるのか
苦しめば苦しむほど
人が幸せであるように祈らずにはいられない
一人でもこの世の不幸から救いだしたい
それなのに何を成すべきか見いだせないまま
夜の旅人となって心の闇を旅するばかりで

夜空の星を眺める
無限に広がる大空
心が癒されていく
涕が自然に湧き上る
孤独に包まれているのに
なんと気持がいいことか
ぼくの背後では多くの人達が
夜空を眺めている
星の数ほどの孤独の魂が
旅人となって彷徨い続けている
(略)

闇の中にはかならず越えられる境界線があるはず
その地点がどこに存在するのか誰にも解からない
亡くなっていった人たちの魂が
闇の中で足許に灯りを照らしてくれている
生きているものたちに
死者の魂は生きる事に声援を送っている
(略)
                 (二〇一三年四月二日)

☆ 田川紀久雄は、「苦しめば苦しむほど / 人が幸せであるように祈らずにはいられない」と書きます。おそらく、なぜそう感じるのかわからない人、偽善ではないのかと疑う人が、いると私は思います。

 私は真の宗教者がそうであるように、真の詩人は社会的にみれば、異常悲哀反応者だと思っています。「異常悲哀反応」とは精神病理学の用語で、一般の生活者が、過酷な悲哀の感情に落ち込んだあと、時間の経過とともに悲哀は薄らいでゆくことで日常生活に復帰できるのに対して、いつまでも悲哀の感情から立ち直れない精神状態、心のありかたです。ですから、その精神状態は、日常生活では齟齬、軋轢を生みがちで、本人はとても生き辛さを感じずにはいられません。

 真の宗教者、真の詩人は、「異常悲哀反応」を抱えそのような心のあり方でしか、生きられない人、それでもその心で生きようとする人だと、私は思います。彼は群集、多くの人々が浮かれ騒いでいるときにも、そこにひとりの悲しんでいる人がいたら、我慢できずに心が悲しく痛む人です。田川紀久雄はそのような詩人です。

 彼が書かずにはいられなかった詩句「亡くなっていった人たちの魂が / 闇の中で足許に灯りを照らしてくれている」、この言葉は、亡くなっていった人たちの魂へも、向けられています。このように想い、捧げずにはいられなかった言葉だからこそ、この詩は、いのり、鎮魂歌となり響いていると、私は心に感じます。


 つらい心はいのちのいのり
           田川紀久雄


哀しい時
いまがどん底だと思えば
気が幾らかでも楽になれる

明日という日は
哀しみの続きの日ではない
明日は今日よりより良い日の為にある

哀しみに打ちのめされていては
誰もあなたの心に灯火(ともしび)を照らすことができない
まず自分の心の窓を少し開けてみよう

まわりを見渡せば
哀しんでいるひとはあなただけではない
だれもがこの世の無常の中にいる

その中で寄り添う人を見いだせれば
この世の無常も
まんざら悪いものでもない

哀しいから
愛が生まれ
生きる希望がもてる

世の中は
つねに不条理なもの
哀しい時は泣くしかない

哀しみの涕(なみだ)は
いのちの涕
その涕が他者のいのちに触れ合う

自己を捨てる
相手の哀しみの涕に
想いを馳せることが出来る

いのちに向って
お互いの手を取り合うことができる
灯火が相手のいのちの道標になれる

哀しみがあるから
人は前に向って生きられる
不幸はあなたのいのちを救ってくれる
              (二〇一三年四月十四日)

☆ この詩は「あなた」に語りかけていますが、あなたはまず田川紀久雄、自分自身です。彼は自分に言い聞かせています。
 彼の詩句「いまがどん底だと思えば / 気が幾らかでも楽になれる」、この言葉に偽りも嘘も感じられないのは、田川紀久雄自身が、この数年間、末期癌と貧困という、どん底でもがいているからです。
 だから、私は「哀しい時は泣くしかない」という詩句に、詩人の涙のひかりを感じます。彼の心は泣きながら、祈っています。

 「哀しいから / 愛が生まれ / 生きる希望がもてる」
 「哀しみがあるから / 人は前に向って生きられる / 不幸はあなたのいのちを救ってくれる」

 彼自身のために、ともに生き、悲しみ泣いている心とともにふるえる涙、鎮魂の歌、いのりです。

◎出典:田川紀久雄詩集『遠ざかる風景』(2014年2月20日発行、漉林書房)

次回も、田川紀久雄の詩、福島原発事故の人災へのまなざしを感じとります。


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田川紀久雄詩集『遠ざかる風景』(二)あれから一度も笑ったことがない

 詩人・田川紀久雄が今年2月20日に上梓した詩集『遠ざかる風景』から、私の心にとくに響いた詩作品、詩句をとりあげ、呼び覚まされた私の詩想を記しています。主題ごとに、全5回です。

 2回目の今回に感じとる作品は、詩「遠ざかる風景」と詩「救われぬ魂(抄)」です。
 詩集からの引用を感じとりながらその前後に、☆印をつけ私の詩想を織り込んでいきます。

☆ 今回みつめる詩集タイトルの詩「遠ざかる風景」には昨年二〇一三年三月十日、詩「救われぬ魂」には同年三月十一日と記されています。田川紀久雄は詩を一気に書き上げるタイプの詩人ですので、日ごと胸を痛めている東日本大震災で被災された方々への想いが強まったそれぞれの日に、生まれたのだと私は感じます。
 震災と被災された方々のことを詩に書くことをただそれだけで批判するような人がいますが、その行為は自らの心の鈍感さと人間性の乏しさを得意げに曝しているに過ぎず、とても卑しいと私は感じます。
 田川紀久雄の詩をとおして、なぜか、伝えたいと思います。

 遠ざかる風景
          田川紀久雄


日々哀しみが深まっていくばかり
先がまったく何も視えてこない
生きているのか
それとも死んでいるのかさえ解からない
愛するものの死に
愛おしさが募るばかり
生きていたらあれもこれも出来たのにと・・・・・・

砂浜をチドリが歩く
波が打ち寄せてくる
爽やかな風が吹いている
カモメも飛んでいる
死者の魂がこの海上を彷徨っている

あれから一度も笑ったことがない
防風林は跡形もないままだ
工事用のトラックが砂埃をまきあげながら
何にも存在しない風景の中を走り抜けていく

さらさら流れる
風の音が海面を撫でてゆく
海底から
哀しみの啜り泣きのような聲がかすかに聴こえる

あれは誰の聲
子供たちの聲
それとも
母親が子供を捜す聲なのだろうか

海を見に行くのはつらい
おかぁが俺を呼んでいる
夢の中まで
あの聲が追いかけてくる

ますます遠ざかる風景が
ふっとした瞬間に襲いかかってくる
忘れる事の出来ない
明日で二年になろうとしているのに
時はあのとき止まったまま動かない
元気をだしなと言われても
心の時計は前に動いてくれない
苦しみは時が奪っていってくれると言うが
愛しき者を思う度に
いのちがいつまでも立ち上がってくれない
           (二〇一三年三月十日)

☆ この詩のなかに、「あれから一度も笑ったことがない」という詩行があります。また、「元気をだしなと言われても / 心の時計は前に動いてくれない」という詩行があります。
 この詩がかかれたのは、まもなく三年になろうとするあの震災の日から二年後の前日です。私はいまもまだまだ、田川紀久雄がこの詩行に掬いあげた想いのまま毎日生きている、とても多くの方々がいらっしゃると感じます。

 話題性や事件、目新しいことを追いがちなマスコミが丁寧に聴き取り、耳を澄まそうとすることを減らしているから、意識されないだけです。あれだけの恐怖、愛する人を突然奪われた悲しみと苦しみが、かんたんに薄められると思えるとしたら、あまりにその心は鈍すぎる、と思います。「震災の詩うんぬん」と賢しらに論じる批評屋は文学の根本と本質を知らず鈍くこり固まりすぎて感じなくなった心の石のまま黙っていればいいと思います。

 田川紀久雄は、闘病と貧困で彼自身がこの数年間、いま、とても苦しんでいます。だから、苦しみ、悲しんでいる心、人の嘆きに、ひどく敏感です。自分のこととして感じてしまうから、このような詩句を書かずにはいられないのだと私は感じます。


 救われぬ魂
        田川紀久雄

(略)

誰にも気付かれずに
新聞記事にも載らない世界が
この世の中には溢れている
詩を書く想像力は
沈黙の聲に耳を傾ける事の中から生まれてくる

(略)

東北の地から
風に乗って
聴こえない筈の聲が
私の胸の中に運ばれてくる
私と同じく苦しんでいる人よ
黙ったままで
心と心を触れ合いたい
風の中から聴こえてくる聲に向かって
ひたすら祈りを捧げる
三月十一日は今日だけではない
明日も
明後日も
生きている限り
永遠に三月十一日には終わりがない
             (二〇一三年三月十一日)

☆ 田川紀久雄は、ともに投げ込まれた悲しみと苦しみのなかで、祈らずにはいられないのだと思います。
 これら二篇の詩は、感情移入の詩です。感情移入、言い換えれば、共鳴、共振、ともに心ふるわせる詩です。相手の心を思い、自らの思いに重ねて、言葉とする詩です。
 詩句「詩を書く想像力は / 沈黙の聲に耳を傾ける事の中から生まれてくる」、私もそう思います。
 広島の作家・原民喜は、文学は自分の心の泉の源をたどって、人と人の心と心を結んでいる、地下水脈にたどりつくことだ。そこから地上にあふれ吹きこぼれるのが文学だと教えてくれ、小説『鎮魂歌』をはじめとする、悲しく美しい心に響く作品を、生み伝えてくれました。

 田川紀久雄は、『遠ざかる風景』で同じことをしています。ほんの数年で「風化」などと忘れ去られるようなものではない、人間の心を馬鹿にするなと、彼は悲しみ、怒っています。
 「私と同じく苦しんでいる人よ」と呼びかけ、悲しみの心を、自らの心をとおして感じとりながら。
 「誰にも気付かれずに / 新聞記事にも載らない世界が」あるのに、終息宣言や安全宣言で偽り誤魔化し隠そうとばかりする為政者たちのことを。

◎出典:田川紀久雄詩集『遠ざかる風景』(2014年2月20日発行、漉林書房)

次回も田川紀久雄の詩、鎮魂といのりへのまなざしを感じとります。


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田川紀久雄詩集『遠ざかる風景』(一)生と死の狭間

 詩人・田川紀久雄が今年2月20日に上梓した詩集『遠ざかる風景』から、私の心にとくに響いた詩作品、詩句をとりあげ、呼び覚まされた私の詩想を記します。主題ごとに、全5回です。

 初回に感じとる作品は、詩「生と死の狭間(抄)」と詩「弥勒菩薩像(抄)」です。
 詩集からの引用を感じとりながらその前後に、☆印をつけ私の詩想を織り込んでいきます。

 最初に、詩集の「あとがき」に記された詩人の想いをみつめます。

あとがき
(略)大切なのは心に響くということではなかろうか。
(略)相手に伝えたいという願いがあればおのずから誰でも読んで分りやすい詩を書くようになる
 私の場合、詩集を上梓してそれで終わりではない。そこから詩語りという表現を求めてゆく。
(略)少しでも人の心に響く語りを行いたいと思って努力するしかない。(略)

☆ ここには私が詩にとって一番大切だと思っていることが書かれていて共感します。ひとつは、「大切なのは心に響くということ」、詩は心の感動です。書き手自身の心に生まれ響いた、書かずにはいられない想いです。
そして「相手に伝えたいという願い」であることです。言葉にし、書くという行為には、伝えたい人、相手、読者がいます。
 たとえば詩人の高村光太郎は、自分の詩をまず誰よりも読んでもらいたい人、智恵子がいた、そのことが詩を生む原動力だったと記しています。私も心に響き良いと感じる詩は、「恋文」「ラブレター」だと感じます。愛する人への、人間への。伝えたいという願いこそ、読者の「心に響く」のだと私は思います。
 田川紀久雄は、伝えたいという願いを強く抱く詩人です。ほとんどの詩人は書き、発表する行為に生きますが、彼はそのうえで、詩集を何度も繰り返して朗読する練習をし、「詩語り」という声でも、伝えようとします。その情熱の強さには心をうつものを私は感じます。

☆ 田川紀久雄は数年前に、末期癌の宣告を受けました。彼はそのときから、新しい詩人として生き始めました。詩「生と死の狭間」の言葉は、今も闘病を続けている彼の意思、「いのち」を詩の主題に、それだけを執拗にみつめ言葉にする、彼の決意表明です。心に響きます。


 生と死の狭間
         田川紀久雄


生きようという心があれば
どんなに困難な状況でも
いのちはあなたを応援してくれる

私は生きた
生き抜いてきた
死の淵から生還できた
その時
あと半年のいのちと言われても
一度も死ぬ事を考えなかった
死ぬことを考えないことが
生き抜く秘訣である
確かに生のあるものには
かならず死が訪れてくる
それは今じゃない
(略)

先生もう抗癌剤は打たないでください
と私はある日突然いいだした
治療が無くなれば退院するしかない
ガン細胞は一向に減る様子はない
あとはどうにでもなれ
生と死の狭間の中で
生きようという心があれば
どんなに困難な状況でも
いのちはあなたを応援してくれる
そう信じるしかこの先はどうすることもできない
いのちはひかりを求めて
明日に向けて歩き出した
             (二〇一三年四月九日)

☆ 私は父を数年前、癌で亡くしました。抗癌剤は父の意思で使用しましたが、結果的に命を縮めてしまったことに、もっと助言や何かをできなかったのかという悔いを抱いています。
 闘病しつつ、猛烈に毎日詩を書き、次々に詩集を上梓し、詩語りを続けている、田川紀久雄の言葉は、心に響きます。
 いのちをみつめるとき人は、信仰のほとりにたたずんでいることに気づきます。詩「弥勒菩薩像」はそのとき、心に響いている言葉を感じ、掬いあげた詩です。


 弥勒菩薩像
        田川紀久雄


仏の微笑みは
絶望した者たちへの憐みの表情なのだろうか
それとも慰めの為の表情なのだろうか
吹雪く中を歩いている心は
痛みに耐えようとする
一歩一歩前に進むことによって
この吹雪の寒さもなんとか耐え凌(しの)ぐことが出来る
(略)

あの微笑みは
やはり人間に対しての憐みでしかなかったのでは
吹雪の中を独り歩く
孤独だけを抱きしめて
あの仏の微笑みを求めて
あてどなくこの世を歩き続けるのだろうか
          (二〇一三年四月十七日)

☆ 哀しい問いかけの詩です。人間にできるのは、問いかけることだけかもしれないと、感じます。哀しみが、そのひとの心の真実から沁み出したものだと感じるから、心に響きます。
 田川紀久雄の心は、痛ましいほど、激しく浮き沈みします。
 「一歩一歩前に進むことによって / この吹雪の寒さもなんとか耐え凌(しの)ぐことが出来る」と言い聞かせたとたん、「あの仏の微笑みを求めて / あてどなくこの世を歩き続けるのだろうか」と問い、嘆きます。
 矛盾だらけです。でもそれが、人間の心であり、心の声、詩であると、私は心に彼の言葉が響くのを知ります。

◎出典:田川紀久雄詩集『遠ざかる風景』(2014年2月20日発行、漉林書房)

次回も、田川紀久雄の詩、東日本大震災へのまなざしを感じとります。



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tag : 田川紀久雄 詩集 遠ざかる風景 詩歌 詩人 高畑耕治

新しい詩「星月夜」をHP公開しました。

 私の詩のホームページ「愛のうたの絵ほん」に、新しい詩「星月夜」を、公開しました。

   詩「星月夜」   (クリックでお読み頂けます)。


ちいさな歌の花ですけれど、お読みくださると、とても嬉しく思います。


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tag : 詩人 高畑耕治 詩歌 星月夜 雨月夜 きらめき

新しい詩「空の海に」をHP公開しました。

 私の詩のホームページ「愛のうたの絵ほん」に、新しい詩「空の海に」を、公開しました。

   詩「空の海に」   (クリックでお読み頂けます)。


ちいさな歌の花ですけれど、お読みくださると、とても嬉しく思います。


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tag : 詩人 高畑耕治 詩歌 空の海に 三日月

赤羽淑「式子内親王における詩的空間」(五)  来る人を夢想する、歌に詠みつづける

 敬愛する歌人、式子内親王(しょくしないしんのう)の詩魂を、赤羽 淑(あかばね しゅく)ノートルダム清心女子大学名誉教授の二つの論文「式子内親王における詩的空間」と「式子内親王の歌における時間の表現」を通して、感じとっています。

 今回は、論文「式子内親王における詩的空間」に呼び覚まされた私の詩想の最終回です。
                                          
◎以下、出典からの引用のまとまりごとに続けて、☆記号の後に私が呼び起こされた詩想を記していきます。
(和歌の現代仮名遣いでの読みを私が<>で加え、読みやすくするため改行を増やしています)。

◎出典からの引用1
 四(略)
 内親王はくりかえし「軒」または「軒端」という言葉を使う。「松の戸」や「槇の戸」においてもそれは同じであったが、この家に関するイメージへの偏向は、一体何に由来するのであろうか。
(略)内親王がそこに身を託そうとする軒は、

   庭の苔軒のしのぶは深けれど秋のやどりになりにけるかな (B百首 一三七)
  <にわのこけ のきのしのぶは ふかけれど あきのやどりに なりにけるかな>

   たのみつる軒ばの真柴秋くれて月にまかする霜の狭筵 (B百首 一六二)
  <たのみつる のきばのましば あきくれて つきにまかする しものさむしろ>

季節の訪れや月の訪れには全く無防禦である。

   古郷は葎の軒もうらがれてよなよなはるる月の影かな (C百首 二五〇)
  <ふるさとは むぐらののきも うらがれて よなよなはるる つきのかげかな>

この家の軒は、自然からそこに住む人を保護し、隔離するものではなく、逆に自然の中にさらし、むき出しにする。(略)
   吹かぜにたぐふ千鳥は過ぬなりあられぬ軒に残るおとづれ (A百首 六七)
  <ふくかぜに たぐうちどりは すぎぬなり あられぬのきに のこるおとずれ>

「あられぬ」とは、「そうであってはならない」、「似合わしくない」、「あられもない」などの意である。この「あられぬ軒」は、吹風といっしょに過ぎてゆく千鳥の声を隔てるものもなく家にいるものに残してゆく。しかしそれと同時に自然との交流を直接にし、スムースにするものでもある。(略)

   苔深く荒れ行軒に春見えてふりずも匂ふ宿の梅かな (B百首 一〇六)
  <こけふかくあれゆくのきに はるみえて ふりずもにおう やどのうめかな>

   古を花橘にまかすれば軒の忍ぶに風かよふなり (C百首 二二九)
  <いにしえを はなたちばなに まかすれば のきのしのぶに かぜかようなり>
このようにして軒端は内親王がそこに立ち、眺め、自然と対話する場所であり、また、

   たえだえに軒の玉水おとづれて慰めがたき春のふる里 (B百首 一一七)
  <たえだえに のきのたまみず おとずれて なぐさめがたき はるのふるさと>

   五月雨の雲は一つに閉ぢ果ててぬき乱れたる軒の玉水 (C百首 二二八)
  <さみだれの くもはひとつに とじはてて ぬきみだれたる のきのたまみず>

自然の訪れを迎える場所でもある。かの女はそこに眺めわび、住みわびているように見えるが、逆にこの孤独に閉ざされた住居が別世界のような限りなく豊かな詩的空間を展開させるものとなる。(略)

 内親王のように、他者の目を意識し、人を待ち暮らしている存在にとって、その他者が不在であり、また来ぬ人であった場合にどういうことがおこるのであろうか。それでもかの女は来る人を夢想するのであり、不在の他者と会話を交わし、それを歌に詠みつづけるのである。(略)(出典引用1終わり)

☆ かの女は来る人を夢想する
 ここで赤羽淑は、内親王とともに、「軒」「軒端」に、「季節の訪れや月の訪れには全く無防禦で」、「そこに立ち、眺め、自然と対話」し、「自然の訪れを迎え」、内親王の歌に心の耳を澄ませているようです。清澄な歌に、私も心が落ち着き癒される想いがします。
 「この孤独に閉ざされた住居が別世界のような限りなく豊かな詩的空間を展開させるものとなる。」

 詩歌とは、このようなものだと私も考えています。そして続けられる次の言葉は、詠まずにはいられない歌人の心、書かずにはいられない詩人の心、詩歌の魂を、明かしています。
「内親王のように、他者の目を意識し、人を待ち暮らしている存在にとって、その他者が不在であり、また来ぬ人であった場合にどういうことがおこるのであろうか。それでもかの女は来る人を夢想するのであり、不在の他者と会話を交わし、それを歌に詠みつづけるのである。」
 私は私の心を言葉にされたように感じます。

◎出典からの引用2
 五
(略)さきに見たように、内親王の歌における家のイメージは、家の原型のように簡素である。そして「松の戸」で代表されるような山家である。その寝室は槇の戸に直接通じ、月光や落葉まで入りこむ。屋根には時雨が訪れ、籬(まがき)には鹿と虫が鳴く音を合わせる。庭にはいずれの峰の花なのか、落花が滝のように散ってくる。内親王の描く家は最小限に小さく、自然に対しては限りなく開かれている。

 皇女という不自由な身分が逆にこのような家のイメージを抱かせたのだろうか。歌において家を題材にすることは山家や田家に限られていたことが、かの女の家へのイメージをこのようなものにしたのだろうか。それはともかくとして、第一の百首から第三の百首に至るまで、現実の内親王の御所がどんな風に変わろうとも、かの女の家に対する意識は変わらなかった、(略)
 このような山家が当時の歌の類型的なパターンであったにしても、「松の戸」が、「陵園妾」の表現を倣ったものであったとしても、くりかえし「山深くやがて閉ぢにし松の戸に」回帰してゆくところに、内親王たる所以が見出しうるように思われる。(出典引用2終わり)

☆ 家は最小限に小さく、自然に対しては限りなく開かれて
 赤羽淑はこの論文をまとめるにあたり、「内親王の歌における家のイメージ」を水彩画のスケッチのように美しく描いています。
 簡素な「松の戸」で代表されるような山家。「その寝室は槇の戸に直接通じ、月光や落葉まで入りこむ。屋根には時雨が訪れ、籬(まがき)には鹿と虫が鳴く音を合わせる。庭にはいずれの峰の花なのか、落花が滝のように散ってくる。内親王の描く家は最小限に小さく、自然に対しては限りなく開かれている。」

 このさりげない描写に私は、赤羽淑の、自然に対して限りなく開かれている、簡素な家への、愛情を感じます。そのような住いを愛した女性、式子内親王への共感が言葉からこぼれだしています。
 最近のエッセイで、お住いの庭に咲く小さな花たちを描かれていましたが、自然にゆれるしずかな花の姿を愛する眼差しの優しさが、式子内親王のまなざしと重なり、私の心にも美しい歌の花を咲かせつづけてくれます。

出典:赤羽淑「式子内親王における詩的空間」『古典研究8』1981年。

 次回から5回は田川紀久雄詩集『遠ざかる風景』を読みとり、赤羽淑「式子内親王の歌における時間の表現」に呼び覚まされた詩想は、3月16日から公開してゆきます。


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赤羽淑「式子内親王における詩的空間」(四) 痛烈な呼びかけと、孤独と

 敬愛する歌人、式子内親王(しょくしないしんのう)の詩魂を、赤羽 淑(あかばね しゅく)ノートルダム清心女子大学名誉教授の二つの論文「式子内親王における詩的空間」と「式子内親王の歌における時間の表現」を通して、感じとっています。

 今回も前回に続き、論文「式子内親王における詩的空間」に呼び覚まされた私の詩想を記します。

◎以下、出典からの引用のまとまりごとに続けて、☆記号の後に私が呼び起こされた詩想を記していきます。
(和歌の現代仮名遣いでの読みを私が<>で加え、読みやすくするため改行を増やしています)。

◎出典からの引用1
 三
 内親王は奥深い住居に籠り、孤独に住しながら、心の扉、感性の扉は、外部に向かっていっぱいに開き、敏感に感応していた。「松の戸」と同じような傾向の歌語として「槇の戸」や「柴の戸」をしばしば使う。「槇の戸」や「柴の戸」は「さす」(鎖す)ものである。ところが、内親王の歌では「ささでならひぬ」とあって、鎖さないことが習慣になっているような言い方をしている。

   槇の戸はささでならひぬ天の原夜渡る月の影にまかせて (A百首 五二)
  <まきのとは ささでならいぬ あまのはら よわたるつきの かげにまかせて>

(略)「月の影にまかせる」というのは、月光のさすにまかせることである。(略)それは伝統的なポーズでもあった。(略)
 ところが、式子内親王の

   君待つとねやへも入らぬ槇の戸にいたくなふけそ山のはの月 (D三二〇 新古今恋四 一二〇四)
  <きみまつと ねやにもいらぬ まきのとに いたくなふけそ やまのはのつき>

(略)ここにも詠歌主体の語調がまぎれもなく表出されている。それは、「いたくなふけそ山のはの月」という命令形である。前に、「幾重もとぢよ蔦の紅葉」の強い命令調に、矛盾し背反する心の錯綜をみたのであるが、この、「いたくなふけそ」と山のはの月に向かって発する語調には、何かはげしい抗いの声を聞きとることができないだろうか。さきに、「月の影にまかせて」といい、ここで、「いたくなふけそ」と反撥した言い方をする。受身と反動、随順と抵抗という相反する態度がここでも共存している。内親王の内向的な閉鎖性はよく言われるところであるが、それとは裏腹に以上のような外交的な傾向も見のがすことができない。(出典引用1終わり)

☆ はげしい抗いの声
 赤羽淑は二首の歌を通して、「奥深い住居に籠り、孤独に住しながら、心の扉、感性の扉は、外部に向かっていっぱいに開き、敏感に感応していた」式子内親王の心のありようを感じとります。
 「月の影にまかせて」と「月光のさすにまかせる」受身の、随順な姿の一方で、「「いたくなふけそ」と山のはの月に向かって発する語調に」、「何かはげしい抗いの声を」、反動と抵抗の声を聴きとります。孤独の深さ、寂寥の極みからの、心の痛みの声です。
 「相反する態度」が「共存している」こと感じうるとき、歌人の心をまるごと受けとめているのだと、私は感じます。
私はまた、式子内親王の、月に対する姿が、まるで愛する人と向き合う姿、そのままのようにも感じます。孤独、寂寥の極みで、彼女は月を、痛く愛していた、と思います。

◎出典からの引用2
 命令形は、他者に対する痛烈な呼びかけである。内親王は自問自答する歌人であったが同時に他者と対話する人でもあった。石川常彦氏は、内親王の恋歌の中でもっとも特徴をもつ表現として命令態をあげ、そこに内親王の個性を読みとっておられる。内親王の歌の命令態は、相手対表現者という直接の呼びかけの表現が崩れ、「自己乃至はその分身的形象への命令態」となり、「玉の緒よ」の歌

   玉のをよ絶えなばたえねながらへば忍ぶる事のよわりもぞする(新古今・1034)
  <たまのおよ たえなばたえね ながらえば しのぶることの よわりもぞする>

においては、「対置され、対象化されることの極として回帰した自己」が表現されることになると指摘されている。これは、式子内親王の詩的空間の構成の原質にもかかわる重要な発言と思われる。

 内親王はつねに対者を意識する歌人であった。対者がいない場合、またはそれが自然だったりする場合に、その孤独はますます自己にはねかえってくる。そして孤独な場所が強調されるのである。このように他者との関係を意識し、対立的に捉える傾向は、彼女の詩的空間の構成原理となっている。

 内親王の空間は、まず心と身、または心と袖、心と枕などの対立関係にはじまる。(略)相対立するものへの呼びかけ、または命令などの運動のくりかえしのうちに、自己の存在をたしかめていたようなところがある。「いたくなふけそ山のはの月」に似た呼びかけは、すでに第一の百首の

   寂しさはなれぬる物ぞ柴の戸をいたくなとひそ峯の木枯 (A百首 五二、続後拾遺雑中 一〇六一)
  <さびしさは なれぬるものぞ しばのとを いたくなといそ みねのこがらし>

などにみられ、それは死の前年に詠まれた

   ながめつる今日は昔に成ぬとも軒端の梅は我を忘るな (C百首 二〇九、新古今春上 五二)
   <ながめつる きょうはむかしに なりぬとも のきばのうめは われをわするな>

に至るまで一貫してくりかえされるかの女のいわば自己同一性だったのではなかろうか。(出典引用2終わり)

☆ 他者に対する痛烈な呼びかけ
 赤羽淑が式子内親王の「詩的空間の構成原理」を、「他者との関係を意識し、対立的に捉える傾向」にあると見出した、この論文の核心をなす論述です。式子内親王の歌の強い特性である命令態について、「命令形は、他者に対する痛烈な呼びかけ」だと感受します。
 つぎに「内親王はつねに対者を意識する歌人であった。」というとき、私は「対者」という言葉が指し示しているものは「愛する人」だと言い換えられると感じます。何より心が強く求めずにはいられない。
 たえず待ち続ける愛する人がそばにいない場合、またはいないからこそ心を投げかけられるものが自然だったりする場合に、その孤独はますます自己にはねかえってくる。そして孤独な場所が強調されるのである。

 だからこそ、内親王の月への言葉は、人間、想う人、愛する人への言葉そのもののように、痛切で、心に沁みわたります。愛する人への呼びかけが痛烈であればあるほど、孤独も、痛烈、悲痛です。そのような「自己の存在をたしかめ」彼女は生き、歌った。そうすることしかできなかった。「かの女のいわば自己同一性だった」。
 赤羽淑は、式子内親王の、魂をとらえました。とらえつつ自分の魂をともにふるわせたと、感じつつ私の魂もまた、二人とともにふるえます。

出典:赤羽淑「式子内親王における詩的空間」『古典研究8』1981年。

 次回も、赤羽淑「式子内親王における詩的空間」に呼び覚まされた詩想です。


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赤羽淑「式子内親王における詩的空間」(三) 松の戸。待つ人には開かれるはずの

 敬愛する歌人、式子内親王(しょくしないしんのう)の詩魂を、赤羽 淑(あかばね しゅく)ノートルダム清心女子大学名誉教授の二つの論文「式子内親王における詩的空間」と「式子内親王の歌における時間の表現」を通して、感じとっています。

 今回は前回に続き、論文「式子内親王における詩的空間」に呼び覚まされた私の詩想を記します。
                                          
◎以下、出典からの引用のまとまりごとに続けて、☆記号の後に私が呼び起こされた詩想を記していきます。
(和歌の現代仮名遣いでの読みを私が<>で加え、読みやすくするため改行を増やしています)。

◎出典からの引用1
 二
 内親王の歌には身を置く場所または住処についての意識が強く反映している。冒頭にあげた

   秋こそあれ人は尋ねぬ松の戸を幾重もとぢよ蔦の紅葉 (前出)
  <あきこそあれ ひとはたずねぬ まつのとを いくえもとじよ つたのもみじば>

の「松の戸」は、簡潔にその住まいの様子を描き出しているが、他にも

   山深くやがて閉ぢにし松の戸にただ有明の月やもりけん (A百首 九二)
  <やまふかく やがてとじにし まつのとに ただありあけの つきやもりけん>

   山深み春とも知らぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水 (前出)
  <やまふかみ はるともしらぬ まつのとに たえだえかかる ゆきのたまみず>

の二首がみられ、自分の住処を「松の戸」として意識していたことが知られる。(略)

 この「松の戸」は新古今以後、新勅撰に四例と増え新しい歌語として好み詠まれるようになるのであるが、その式子内親王及び中古・中世和歌での用例を検討して、久保田淳氏は、白楽天の「陵園妾のイメージがあって、内親王の「山深み」の歌にもそれは揺曳していると指摘された(『全評釈』)」。「陵園妾」とは、御陵のもり役として幽閉された宮女を憐れんだ詩である。(略)

 これらの句には、内親王の境涯に通ずるところがあって、内親王自身も深い共感をもって読んでいたであろうことは十分に納得できる。たとえば自分の意志からではなく神に仕えることを余儀なくされた境涯や、又じっと内に籠っていて、四季の移り変わりや周囲の動静を、わずかに聴覚や視覚などの感性を敏感にすることによって捉える生活にも共通性が認められるのであって、「松の戸」の典拠としてのみならず、心情的にも内親王の世界に重なる部分が多い。(略)(出典引用1終わり)

☆ 幽閉された宮女を憐れんだ詩への共感
赤羽淑は、式子内親王の歌から内親王が抱く家のイメージを探します。そして新古今時代にはまだ新しい歌語であった「松の戸」に注目し彼女の心に迫ります。白楽天の「陵園妾」を内親王がどのように読み感じたろうかと思いを馳せる文章には、赤羽淑自身の共感が重なって感じられて、白楽天、幽閉された宮女、式子内親王、赤羽淑、空間と時を越えた人の心の響きあいを生み出すうる文学のゆたかさを、私は感じずにはいられません。

◎出典からの引用2
 それとともに内親王の「松の戸」には、和歌特有の表現効果が認められる・同じように簡素な山家のたたずまいを意識しながら、「桜戸」でもなく、「柴の戸」でもなく「松の戸」でなければならないのは、「松」に「待つ」が掛けられていることである。(略)

   秋こそあれ人は尋ねぬ松の戸を幾重もとぢよ蔦の紅葉 (前出)
  <あきこそあれ ひとはたずねぬ まつのとを いくえもとじよ つたのもみじば>

 この歌において「幾重もとぢよ」といいながらはるかなものの目を意識していたのではなかったかということは前に指摘した。と同時に「人は尋ねぬ」というところに人の訪れを意識し、または待ち望む心がかくされているのではなかろうか。その心を拒否するかのように、「幾重もとぢよ蔦の紅葉」」というのではなかろうか。ここにも矛盾し、背反する心が同時に認められる。「松の戸」は、閉ざすものであると同時に、待つ人には開かれるはずのものであり、ここで又、内親王の世界の両義性、背反性を指摘することができるのである。(出典引用2終わり)

☆ 「松の戸」でなければならないのは
 ここで語られている和歌特有の表現効果、掛け詞について私は、この歌のように「待つ」が掛けられた、「松の戸」でなければならない、と感じられる、自然なものであるなら、日本語の詩歌を美しく、豊かにする、優れた、受け継いでいきたい表現方法だと考えています。
 和歌の魅力を高めている、日本語の短い同音の語彙の特性を活かしている修辞です。機智をひけらかすとダジャレに堕してしまいますが。アクセント、抑揚、強弱が乏しく平板であり、押韻もか弱い音調である日本語で、音楽性と意味とイメージを美しく交錯させることができます。
 「ま つ」、「MA TU」の2音(2母音+2子音)で、「松」と「待つ」という意味とイメージが想起されることで、単純な2音でなくなり、しゃぼん玉の表面にゆれる光のゆらぎように、音のふるえゆらぎに幻のこだま、ハーモニーが生まれ、心は幻聴の美を聴きとることができます。日本語の詩歌をゆたかにする長所として、私は大切に活かし奏でたいと思っています。

 ここで赤羽淑は、掛け詞の「松の戸」という歌語によって、「背反する心が同時に認められる」ことを探りあてています。その通りだと私は思います。文学、詩歌は、論理的に整理すると壊れてしまう矛盾、相克、混沌を、心のありようのままに、伝え、感じとることができる芸術であり、それが命でもあるからです。


出典:赤羽淑「式子内親王における詩的空間」『古典研究8』1981年。

 次回も、赤羽淑「式子内親王における詩的空間」に呼び覚まされた詩想です。

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詩誌『たぶの木』10号をHP公開しました。

 手作りの詩誌『たぶの木』10号(漉林書房)を、私のホームページ『愛のうたの絵ほん』に3月1日公開しました。
  
   詩誌 『たぶの木』 10号(詩誌名をクリックしてお読み頂けます。)

 参加詩人は、田川紀久雄、坂井のぶこ、山下佳恵、高畑耕治です。

 今号には作家・詩人の神谷恵田川紀久雄詩集『寄り添う』評をお寄せくださいました。

お読み頂けますと嬉しいです。




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詩「天の川」を詩誌『詩と思想』2014年3月号に掲載しました。

詩「天の川」を、詩誌『詩と思想』2014 VOL.3(No.326)2014年3月1日発行に掲載しました。

       詩「天の川




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