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高畑耕治

Author:高畑耕治
愛のうたの絵ほんは、高畑耕治の詩と詩集の海です。
Profile 高畑耕治 たかばたけ こうじ
1963年生まれ大阪府四條畷市出身、早稲田大学政経学部中退。東京都多摩市在住。
詩集『銀河、ふりしきる』(2016年5月イーフェニックス)
詩集『こころうた こころ絵ほん』(2012年同上)
詩集『さようなら』(1995年土曜美術社出版販売・21世紀詩人叢書25)
詩集『愛のうたの絵ほん』(1994年同上)
詩集『愛(かな)』(1993年同上)
詩集『海にゆれる』(1991年土曜美術社)
詩集『死と生の交わり』(1988年批評社)
雑誌「エヴァ」に扉の詩(1996~1997サンマーク出版)を連載。
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新しい詩「流星群の夜」、「秋のいろ」、「つくつくぼうし」をHP公開しました。

新しい詩「流星群の夜」、「秋のいろ」、「つくつくぼうし」をHP公開しました。


 私の詩のホームページ「愛のうたの絵ほん」の「野の花・ちいさなうた」に新しい詩の花が咲きました。
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歌の理想、理想の歌?『俊頼髄脳』源俊頼

 日本の詩歌、和歌をよりゆたかに感じとりたいと、代表的な歌学書とその例歌や著者自身の歌に感じとれた私の詩想を綴っています。

 藤原公任(きんとう)の『新撰髄脳』に続く今回は、1111年~1114年頃に書かれた、源俊頼(しゅんらい)の歌学書『俊頼髄脳(しゅんらいずいのう)』の言葉です。著者は第五代勅撰集『金葉和歌集』撰者でもあります。

 引用文中で彼が模範としている『金玉集』は前回の藤原公任の和歌撰集ですので、源俊頼が彼に学び強い影響を受けていることがわかります。
 心と節(ふし)と言葉(ことば)の関係について、俊頼は、そのどれもが欠けていては良い歌とはいえないと、バランスをとった常識的、まとも、あたりまえな、主張をしています。この点は、公任が十分にそのことを承知したうえで「まず心を」と踏み込んだのに対して、後退していると私は感じます。
 俊頼は続けて、そのような良い歌を「おぼろげの人は、思ひかくべからず。」と述べるので、彼にとっての歌の理想を提示したのだと受けとめてよいと思います。

 彼にとっての理想の歌の姿は、「気高(けだか)く遠白(とほしろ)き歌」、歌柄(うたがら)が高く、雄大な歌、だと述べて、例歌を二首あげています。
 まずわたしは、「気高(けだか)く遠白(とほしろ)き歌」はあくまで、俊頼の好み、彼の心にとってこその、理想だと思います。歌の姿は、心がゆたかな海であるままに、無限の変化、表情を持っています。万人にとって、いちばん美しい、表情は決められません。やはり、美しい、好きだと感じるのは、読者の心、感性です。これが一番と、決め付け押し付けることはつまらないことです。たとえば、私の心は、雄大なものにはあまり、ひかれません。ちいさなものにやどるかなしみやうつくしさにより惹かれます。
 二首目の「思ひかね」の歌は、雄大な歌だとは、私には感じられません。どのような情景が心に浮かびあがるのかも、読者により異なるのだということを、知らされます。

 俊頼は、この歌以外にも、「これはこういう姿の歌」と分類して、多くの歌をあげています。その分類自体には無理があり、あまり意味がないと、私は思いますが、良い歌を「ご覧じて、心を得させ給ふべきなり。」、鑑賞することで感じとることだと述べているのは、その通り、和歌を深く知る人の言葉だと思います。
 ですから、無理な分類はつけずに、「これらが私の心に響く良い、好きな歌です」とあげるのが、例歌に対してのいちばん自然な言葉だと、私は思います。

●以下は、出典からの引用です。

おほかた、歌の良しといふは、心をさきとして、珍しき節(ふし)をもとめ、詞(ことば)をかざり詠むべきなり。心あれど、詞かざらねば、歌おもてめでたしとも聞えず。詞かざりたれど、させる節なければ、良しとも聞えず。めでたき節あれども、優(いう)なる心ことばなければ、また、わろし。気高(けだか)く遠白(とほしろ)きを、ひとつのこととすべし。これを具したらむ歌をば、世の末(すゑ)には、おぼろげの人は、思ひかくべからず。金玉集といへる物あり。その集などの歌こそは、それらを具したる歌なめり。それらをご覧じて、心を得させ給ふべきなり。これらを具したりとみゆる歌、少し記し申すべし。
(略)
気高(けだか)く遠白(とほしろ)き歌、
  よそにのみ見てややみなむかづらきやたかまの山の峰の白雲  
                              (和漢朗詠 雑)
  思ひかね妹がりゆけば冬のよの河かぜさむみ千鳥なくなり  
                  (拾遺抄 冬 紀貫之、拾遺 冬 二二四) (略)

  <現代語訳>

 だいたい、歌が良いと評価されるのは、まず詠む対象に対する感動が第一であり、それを表現するときには、どこかに新しい趣向をこらし、しかも一首全体を美しく花やかに表現すべきである。感動が強く発想がよくても、表現がぎこちなければ、作られた歌はすばらしいとは享受されない。また表現は美しくても、これといった趣向がなければ、良い歌とも思えない。立派な趣向をもり込んであっても、すぐれた情趣・発想・表現をともなわなければ、これも良い歌とは言えない。概して、歌の品格が高くしかも雄大に受けとめられるように詠むことを第一の目的とすべきである。現在のような末世では、以上の条件をすべて備えた歌を、普通の人は詠もうと思うべきではない。金玉集という歌集があるが、その歌集にある歌こそがこれらの条件をかね備えたものであろう。その歌集をよく鑑賞されて、和歌とはこう詠むべきだと御理解されたい。少しばかり例示してみよう。
(略) 

歌柄(うたがら)が高く、雄大な歌は、

  ひそかに想っているあなたのことを、よそながら見つつそのまま終わるのであろうか。あの葛城連山の高間の峰にかかる白雪を遠望だけしているように

  一人寝の想いに堪えかねて、深夜恋人の所へ向かって行くと、川辺の道の冬の夜風は痛く、そのうえ千鳥さえ物寂しく鳴いていることだ

出典:「俊頼髄脳」『歌論集 日本古典文学全集50』(橋本不美男校注・訳、1975年、小学館)

 次回は、、『古今和歌集』の恋歌(二)です。


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tag : 源俊頼 俊頼髄脳 金葉和歌集 和歌 詩歌 詩人 高畑耕治

心に響く、よみ人知らず 『古今和歌集』の恋歌(一) 

 『古今和歌集』の巻第十一から巻第十五には、恋歌が一から五にわけて編まれています。五回に分けてそのなかから、私が好きな歌を選び、いいなと感じるままに詩想を記します。

 平安時代の歌論書についてのエッセイをいま並行して書いていますが、優れた歌論書、歌人に必ず感じるのは、多くの彼自身が好きな良いと感じた歌をいとおしむように、伝えようとする熱情です。
 なぜなら、好きな歌を伝えることは、彼自身の心の感動を響かせることでもあるからです。詩歌を愛する者にとって、それ以上の歓びはないように私は思います。

 今回は一回目です。一首ごとに、出典からの和歌と<カッコ>内の現代語訳の引用に続けて、☆印の後に私の詩想を記していきます。

  恋歌一

469 よみ人知らず
時鳥(ほととぎす)鳴くや五月(さつき)の菖蒲草(あやめぐさ)あやめも知らぬ恋もするかな
<時鳥が里に来て鳴く五月に軒先に葺く菖蒲ではないが、物事の条理(あやめ)も分からないような無我夢中の恋もすることだ。>
☆ この歌のいちばんの魅力は、恋ごころの不安、迷いと紙一重の一途さを歌っている熱さ、心のほてり、に感じます。「あやめ」という言葉の繰り返しも韻律の波を強めて心に残ります。ほととぎすの鳴き声が聞こえ菖蒲の美しい紫に染まる奥ゆきのある心象世界が、一首から立ちのぼり感じられます。

484 よみ人知らず
夕暮は雲のはたてにものぞ思ふ天(あま)つ空(そら)なる人を恋ふとて
<夕暮れになると、雲の果てを眺めながらもの思いにふけることだ。空のかなたにいるような、あの貴いお方を恋い慕って。>
☆ なんど読んでもいいなと感じてしまう、恋ごころがそのまま詩句になったような歌です。夕暮れの雲、空の果てまで、恋の想いがイメージゆたかに沁みひろがっゆく、遥かさが、とても美しいです。

488 よみ人知らず
我が恋はむなしき空に満ちぬらし思いやれども行く方(かた)もなし
<私の恋の思いは何もないはずの大空いっぱいになってしまったらしい。いくら思いを晴らそうとしても、そのやり場もないのだから。>
☆ 前出の歌に続けて読むと物語性を感じます。恋のもの想いは、喜びと悲しみが絶えず浮き沈み入れかわるので、空の遥かさを美しいと感じる心は、すぐそのあてども無さ、不確かさに、不安になり憂鬱に沈みもします。「行く方もなし」という詩句は、人生そのものなので、私は共感してしまいます。

497 よみ人知らず
秋の野の尾花(をばな)にまじり咲く花の色にや恋ひむ逢ふよしをなみ
<秋の野のすすきにまじって色美しく咲く花のように、思いをあらわに示して恋い慕おう。逢う手だてとてないのだから。>
☆ 前半部のすすきと秋の花の交り咲くイメージの広がりの美しさと、後半の想いの奏でる言葉の旋律の美しさに、調和を感じます。「いろにやこいん あうよしおなみ」「iroNiYakoiN auYoshioNaMi」は、子音Y音、N音、M音が柔らかな粘着質の音色と、母音I音、O音が多く織り交ぜられていることによると感じます。

512 よみ人知らず
種しあれば岩にも松は生(お)ひにけり恋ひをし恋ひば逢はざらめやも
<種さえあれば、固い岩の上にでも松は生え育つ。いちずに恋い慕い続けたならば、どうしてあの人に逢えないことがあろうか。>
☆ この歌の魅力は前半の比喩より、後半の想いの強さに感じます。「めやもmeyamo」という古語の響きの柔らかさも、堀辰夫のヴァレリー詩句の訳語「風立ちぬ、いざ生きめやも」を呼び覚まして、心に響きます。

514 よみ人知らず
忘らるる時しなければ葦鶴(あしたづ)の思ひ乱れて音(ね)をのみぞなく

<あの人のことが忘れられる時がないので、葦辺の鶴が乱れ飛びながら鳴くように、私は思い乱れて声を立てて泣くばかりだ。>
☆ 冒頭の詩句「忘らるるWasuURARURU」は、その意味以上に、言葉の音の連なりを美しく感じます。「音をのみぞなく」はこの時代によく現れる定型的な表現ですが、それでも「声を立てて泣く」という表現に、心の悲しみを私は感じてしまいます。

528 よみ人知らず
恋すれば我が身は影となりにけりさりとて人に添(そ)はぬものゆゑ

<恋の物思いのために、私の身は影法師のような幻になってしまった。と言って、あの人に寄り添っていられるわけでもないのに。>
☆ 想いの流れが言葉となって流れる調べを、「なり」「けり」「さり」の類音の連なりなどに感じます。歌われたイメージには、影になって寄り添いたいという願いが、とげられないことの悲しみに反転して、語尾が消えゆくような歌の終わり「ものゆえ」の響きに、悲しみがよどみゆれうごくのを感じます。

532 よみ人知らず
沖辺(おきへ)にも寄らぬ玉藻(たまも)の波の上に乱れてのみや恋ひわたりなむ
<沖の方にも寄る辺のない玉藻が波の上に乱れて漂うように、私は心乱れるばかりで、いちずに恋い続けるのだろうか。>
☆ 私にも詩集『海にゆれる』がありますが、恋の想い、心のゆれうごきは、海の波の浮き沈みと、ふかく響きあうものがあります。この歌も心の乱れ、そのうごきとしぶきを、波に漂い浮き沈む藻、海草にたとえていることで、その情感の真率さが、海のイメージに重なり心に打ち寄せてくるのを、私は感じます。

出典:『古今和歌集』(小野谷照彦訳注、2010年、ちくま学芸文庫)

 次回は、歌の理想、理想の歌?『俊頼髄脳』源俊頼です。


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新しい詩「八月十五日」、「空のあおに」、「悲しい記憶」をHP公開しました。

 私の詩のホームページ「愛のうたの絵ほん」の「野の花・ちいさなうた」に新しい詩の花が咲きました。
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ふかく、先づ心を。『新撰髄脳』藤原公任。

  前回から、日本の詩歌、和歌をよりゆたかに感じとりたいと、代表的な歌学書とその例歌や著者自身の歌に感じとれた私の詩想を綴っています。

  『古今和歌集』仮名序に続く今回は、十世紀末から十一世紀前半に書かれた藤原公任(きんとう)の歌学書『新撰髄脳(しんせんずいのう)』の言葉です。著者は平安時代を通じて広く読まれた『和漢朗詠集(わかんろうえいしゅう)』の編纂者でもあります。
 
 彼が和歌をどう捉えたか、その核は次の二つの文章にあります。
「凡そ歌は心ふかく姿きよげにて心をかしきところあるをすぐれたりといふべし。」
「心姿あひ具することかたくば先づ心をとるべし。」


 最初の文。優れていると心に響いてくる詩歌は、「心ふかい」と感じられ、「姿きよげ」であり、「心をかしきところ」、読んでみての驚き、発見、共感を、呼び起こす力を秘めている歌だ。この文章を読むと、著者の公任が、漢詩と和歌、詩歌というものの良さがどこにあるのかを、深く感受した人であったとわかります。単純なことを、あたりまえの、ありのままの姿で、捉え、伝えるのは、簡単なことではありません。

 続く二文目。こちらは彼の資質と経験を踏まえた上での主張です。詩歌のモチーフ、詩歌の種である心と、その心を表現するための言葉、言葉の続け方、これらふたつがぶつかりあい選択する必要があるなら、彼は「先づ心を」とりなさい、とします。私も彼の選択が好きです。
 万葉集の、相聞歌、正述心緒の歌、東歌、防人の歌のような、言わずにはいられない強い想い、心が、あふれださずにいられない言葉ほど、人の心をふかく揺り動かす歌はないと思います。
 「心ふかい」歌は、読者の「心ふかく」響き、揺り動かします。
 続けて彼は、「遂に心深からずは姿をいたはるべし。」と、言葉のつづけがら、表現自体をいたわり、丁寧に選ぶとることの大切さも、認識してます。

 彼のこの「先ず心を」という選択は、日本の詩歌のゆたかな川の主流となって流れ続けています。後の『新古今和歌集』撰者の藤原定家だけは「先ず言葉をこそ」と、強くきらめく詩歌観、文学空間の、激しい断崖の奔流、滝のしぶきを、美しく魅力的にたたきつけていますが、本流の海までとどく深さ、豊かさは、人の詩歌があるかぎり絶えないと私は思います。

 藤原公任が良い歌としてあげた例歌のうち、私は「昔のよき歌」がより好きですが、これは読者の心のありかたにより変わる、共振の度合いなので、私は、よい歌と感じて決めることができるのは、一人ひとりの読者のこころだけだと、思っています。

●以下は、出典からの引用です。

 歌のありさま三十一字、惣(そう)じて五句あり。上の三句をば本といひ、下の二句をば末といふ。一字二字余りたりとも、うちよむに例にたがはねばくせとせず。
 凡そ歌は心ふかく姿きよげにて心をかしきところあるをすぐれたりといふべし。こと多くそへくさりてやと見たるがいとわろきなり。一すぢにすくよかになむ詠むべき。心姿あひ具することかたくば先づ心をとるべし。遂に心深からずは姿をいたはるべし。そのかたちといふは打ちぎき清げに、故ありて歌ときこえ、文字はめづらしくそへなどしたるなり。ともに得ずなりなば、古の人多く本に歌枕をおきて末に思ふ心をあらはす。さるをなむ中比よりはさしもあらねど、はじめに思ふことを言ひあらはしたるはなほわろきことになむする。
(略)
  世の中を何にたとへむ朝ぼらけ漕ぎゆく船のあとの白波
  天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山にいでし月かも
  わたの原八十島かけて漕ぎいでぬと人にはつげよ海士の釣舟
是は昔のよき歌なり。
  思ひかね妹がり行けば冬の夜の川風寒み千鳥なくなり
  我が宿の花見がてらに来る人はちりなむのちぞ恋しかるべき
  数ふれば我身につもる年月を送り迎ふとなにいそぐらむ
是等なむよき歌のさまなるべき。

  <頭注から抜粋>
心姿あひ具すること云々―公任は、「心」と「姿」とがかねそなわぬとき、表現以前の心の深さを和歌の根本として重視した。
そのかたちといふは―「姿」がそなわるためには。
ともに得ずなりなば―「心」も「姿」もともにえられない場合。
さま―「さま」は、古今集序で貫之が用いた歌の評語。「心」と「詞」とが統一された全体としてみるとき「さま」という。「姿」に近い意味。

出典:「新撰髄脳」『日本詩歌選 改訂版』(古典和歌研究会編、1966年、新典社)

 次回は、続く時代に書かれた歌学書『俊頼髄脳』の言葉を感じとります。


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人の心を種として。『古今和歌集』仮名序。

 今回からは、断続的になるかもしれませんが、日本の詩歌、和歌をみつめなおし、よりゆたかに感じとってゆきたいと思います。具体的には、代表的な歌学書とその例歌や著者の歌人の歌をとおして感じることができた私の詩想を綴っていきます。

 初回は、905年頃まとめられた勅撰集『古今和歌集』の有名な「仮名序」。著述者は撰者の一人、紀貫之です。

 冒頭の一文、この一段が私はとても好きです。詩歌はこのようなものだと素直に思います。
 和歌、詩歌は、人間の心から生まれる。心が種となり、心に宿った種が、受精し、芽吹き、茎を、幹、枝をのばし、いっぱいの木の葉、言の葉をひろげる。
 続く、鶯や蛙の声を聞くと、生きている心は「歌わずにはいられないからから歌う」、という表現は、心の感動こそが歌の源だといっていて、深く共感します。
 結びのくだりには貫之の、自負と気負いからの誇張はありますが、少なくともわたしは、詩歌は男女の仲をもやはらげ」、人間の社会に希望を灯し続けてくれた、これからも、と思います。
 詩歌を書いている一人として、読み返すたびに励まされます。

 この文章を伝えてくれたことで紀貫之を敬愛していますが、私の和歌の好みからすると、彼の歌の多くは知的で技巧的すぎるように思えます。けれど詩歌を愛する人の心、種はゆたかなものだから、彼もやさしい心を素直にも歌っています。
 『古今和歌集』恋歌一の、彼の可憐な抒情歌、私の好きなうたの花をここに、あわせて咲かせます。

●以下は、出典からの引用です。

  仮名序

 やまと歌は、人の心を種として、よろづの言(こと)の葉とぞなりける。世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて、言ひ出(いだ)せるなり。花に鳴く鶯(うぐひす)、水に住む蛙(かはづ)の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌を詠まざりける。力をも入れずして天地(あめつち)を動かし、目には見えぬ鬼神(おにかみ)をもあはれと思はせ、男女(をとこをむな)の仲をもやはらげ、たけき武士(もののふ)の心をも慰むるは歌なり。

  <現代語訳>
 和歌は、人の心を本にして、多くの言葉となったものである。この世の中に生きている人は、かかわり合う事がらが多いものだから、それにつけてあれこれと思うことを、見るものや聞くものに託して、歌として表現するのである。花に鳴く鶯や水に住む蛙の声を聞いてみると、すべての命あるものは、いったいどれといって歌を詠まないものがあるだろうか。力をも入れないで天や地を動かし、目には見えない魂や神を感じ入らせ、男女の仲をもうち解けさせ、猛々(たけだけ)しい武士の心をもなごやかにさせるのが歌なのである。


  恋歌一

 貫之
山桜霞の間(ま)よりほのかにも見てし人こそ恋しかりけれ

(山桜を霞の間から見るように、ほのかに見かけたあなたが恋しくてなりません。)


出典:『古今和歌集』(小町谷照彦訳注、2010年、ちくま学芸文庫)

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詩想(三一) こころの足跡12

 私の折々の想いをツイッターにしたためた言葉から、似通う色合いのものを、詩想としてまとめています。

 今回は「こころの足跡12」私の率直な想いです。

 ☆

オルセー美術館展に、思い励まされた補記。150年ほど前の、当時のサロンに、もてはやされたか、無視されたか、酷評されたか、なんて、作品の価値にぜんぜん関係なくて。
見つめていいと感じるのは、作品から作品に込められた魂が、今なお美しく立ち上り心に響き感動生んでくれる、それが人間の芸術。

 ☆

二十歳にひとり旅でふれた、弘前ねぷたの灯りのあかみと、横笛の音色、いくつになっても、愛(かな)しい。

 ☆

古代エジプトの人たちが、太陽を神とうやまいあがめたのは、とても人間らしいこと。
この島国でも、真夏、人間なんて足もとにもおよばない、太陽の子どもだと、思いしらされて。
孤独な太陽の激しさ、敬う。

 ☆

絵画みると思う。芸術は志。人を愛することに似て。志、捧げること、心のまま素直に求めること、愛さずにいられない、こんなわたしを、愛してと。
人間ありのまま。エゴ。けど嘘じゃない生き物の懸命さ、生き物だからわたしは好き。
文学の取り柄は嘘じゃない心、探すこと。

 ☆

愚痴は心の膿、傷口からの感染を防ぐ、とても大切なもの。


 ☆

作品の推敲に想う。あふれでる言葉そのままの素直な美しさはある。告白、恋文のように。
同時により深く心を掬いあげ伝えられる言葉、真嘘善悪美醜への感受性を深められる言葉がある、だから時間をかけ探し見つけ自由に選びとることに生きる。伝えたいと願い。
文学、詩歌の推敲、創作の苦しみと喜び。

 ☆

ミューズ、詩の女神には、推敲はひつようないけど。恋人も詩人も、愛する想いを、美しいものを、より深く伝えたい願いが強ければ強いほど、必死になって、言葉をさかして伝える。ひとの心に響くのはそんな言葉だと、わたしは思います。

 ☆

泣きながら書くひとにわたし惹かれる

 ☆

作品数が増えているのは、書きまくって死のうと意思しているから。
粗雑に乱造するのではなく丁寧にできうるものすべて込めて、死ぬまでは書ききろう、何より詩を、作品をと。
エッセイは減り、頂いた詩集への感想、返礼は滞り、申し訳なく思いますが、私は詩を書くことが天職と言い聞かせます。


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tag : 詩人 高畑耕治 詩歌

新しい詩「秋の花の、少女に」、「鼓動」、「音。なき虫の」をHP公開しました。

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詩 「秋の花の、少女に

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