式子内親王(しょくしないしんのう、「しきし」「のりこ」とも。)は、新古今集を代表する女性歌人です。
彼女の歌の世界にはじめて入り込もうとした二十代の頃、私には彼女の歌の良さがまだ分かりませんでした。彼女が亡くなったのと同じくらいの年齢となった今、彼女の歌はとても心に響き、心の重なりを深く感じとれるようになりました、嬉しいことです。
式子内親王の生涯に華やかさはなく、不遇だといえます。後白河天皇の皇女として生まれましたが十代は賀茂斎院として賀茂神社に奉仕し、その後も生涯独身でした。親しい者の相次ぐ死を見送ったあと出家しています。(
法然からの手紙が残っています。)
和歌の師は千載集選者の
藤原俊成で、
歌論書『古来風躰抄』は彼女に捧げられたもの、俊成の息子の
藤原定家との交流もありましたが、当時の歌の世界で彼女は決して華々しく目だった存在ではなかったようです。
私は今、
新古今集の時代に、天性の詩人として最もよい歌を残したのは、式子内親王だと思います。少し前の時代の、
和泉式部とともに。ふたりの生き方、個性の輝かせ方は対照的ですが、震えだした歌の響きに込められた心の深さと純な美しさは、共鳴していると感じます。
式子内親王の歌もまた彼女が生きた時代、新古今集周辺時代の歌のおおきな潮流から生まれています。
和歌の技巧、修辞を極めようとした時代の流れのなかでも、彼女には技巧を目的化せず表立たせずに言葉の響きに織り込め歌う力量がありました。だから彼女の歌は
わかりやすく心に響くのだと思います。
式子内親王の歌には
感動があり、思いの強さが響いています。彼女には歌わずにはいられない思いがあった、その思いが歌に込められていて、詠むとその響きの強さと純粋さに心が揺り動かされます。言葉の魂のふるえに魂が呼び覚まされる思いがします。
式子内親王の歌には、
言葉の音楽、美しい韻律があります。心の揺れうごき、ふるえが、響いています。心の韻律は、忍ぶ恋や生死を思う歌に、もっとも美しく、悲しく、哀切に響いています。でも春夏秋冬の叙景歌でさえ、歌われた景象に心象が沁み重なっているので、とても美しいと感じます。
心象と表象が、音象の糸に溶け込み、織りなされている式子内親王の歌が、私は心から好きです。
今回は、言葉の音楽が美しく響く
「音象詩」を少しここに咲かせ、☆印の後に感じることを付します。
(句の間は空けました。カッコ内の数字は出典の全歌集の通し番号です)。
春くれば 心もとけて 淡雪の あはれふりゆく 身をしらぬかな (4)
☆ Aの頭韻、対韻、AWAの重韻が美しく響く、雪のよう。
はるあきの 色の外(ほか)なる あはれかな ほたるほのめく さみだれのよひ (129)
☆ Hoの頭韻、Aの頭韻が響く、oの重韻のかさなりもほたるが飛ぶよう。
沖ふかみ 釣(つり)する海士(あま)の いさり火の ほのかにみてぞ 思ひそめてし (172)
☆ Oの頭韻と脚韻が心に残り響く、ほのかな初恋。
逢ふ事は 遠津(とほつ)の浜の いわつつじ いはでや朽ちむ 染むる心を (278)
☆ A音の頭韻から、I音の頭韻、重韻への転調、つつじ色広がる表象から心のしぼみ込む心象への流れ。
忍ぶ恋や生死を思う、私が好きな他の歌は、次回「愛(かな)しい詩歌」に咲かせます。
出典・参考
・
『式子内親王全歌集―改訂版―』(錦仁編、1987年、桜楓社)。・
『やまとうた』(水垣久ホームページ)の「千人万首」。
- 関連記事
-
- https://blog.ainoutanoehon.jp/tb.php/138-73da836a
トラックバック
コメントの投稿